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Review#2:アスカニオのマジック (Ascanio & Etcheverry)

 『マジックを異常なまでに愛する気持ちがなければなりません。よろしいですか、異常なまでに、です。これは単なる愛情では全くだめなのです。完全に取り憑かれているという風でなければならないのです。』

アスカニオのマジック

かつて私は、スペインのマジックを生で体感したい、という思いから、スペイン旅行に行ったことがあります。日本にFat Brothersが来ていた頃で、Dani DaOrtizなどスペインのマジシャンたちが常に話題になっていたので、なおさら行ってみたかった地。当時は学生だったので、もちろん貧乏旅行。ホステルに泊まりつつ、観光しながらマジックが見に行きました。訪問した町は、マドリード、ア・コルーニャ、そしてバルセロナ。

ありがたいことに、ア・コルーニャではKiko Pastur氏が、日本から来るなら、と現地で会ってくれて、ガリシア地方名物のタコをごちそうしてくれたり、カフェで彼のマジック友達も紹介してくれたり、と楽しい時間を過ごさせてもらいました。(そこには実はスポンジボールで有名になったVictor Noirもいまして、ぶったまげたのも覚えています。)

Kikoがタコをごちそうしてくれました!

お土産にはテンヨー商品を持参。当時発売したてだった佐藤総さん考案の「マジックバタフライ」をプレゼントしました。

さて、現地で楽しみながら、Kikoや現地のマジシャンたちに「スペインマジックはなぜこんな話題になるのか?」と尋ねたところ、やはりアスカニオの影響が大きいだろう、と皆口を揃えて言うのです。

カフェでのセッション。(筆者手前左)

恥ずかしながら、アスカニオの本は当時読んだことがなく、日本語版も売り切れたと聞いていたので持っていませんでした。

ア・コルーニャを後にし、最終目的地はバルセロナ。バルセロナには、El Rei de la Magiaというマジックショップ兼劇場があります。これは行かないわけにはいかない、ということで足を運びました。
(※最近はFISMカード2位になったPere Rafartのショーが見られるようです、すごい!)

EL REI DE LA MAGIA (マジックショップ)

するとなんということでしょう。スペイン語だらけの店内に、なぜか「アスカニオのマジック」と日本語が表紙に書かれた本があるのです。店員さんに、日本から来たこと、そしてその本は日本で人気だから買えないことを伝えました。店員は言います。「アスカニオ読んでないなんてダメだぜ!買っていけよ!」(脳内補完)

ということで、私は『アスカニオのマジック』日本語版をなぜかバルセロナで手に入れたのです。
本を買うと、なんと翌日開催されるマジックショーも無料招待してくれました。まぁ全部スペイン語だったのでなんもジョークとか分からなかったのですが(笑)

そんな、私のスペイン旅行の思い出なしには語れない。それが『アスカニオのマジック』です。

さて、興奮した私は日本帰国の飛行機の中で一気に読んだ訳ですが、当時はこの本の価値をそこまで享受しきれず、しかも納得して理解しきれていませんでした。おそらく当時の私は、客にウケりゃええやろ、的な考えが先行していたからなのかもしれません。(大学生時分でもあり、確かにびっくり箱的な現象を好んでたのもこの時期なので。) 今、様々なトリックを学び、実際に多くのスペインマジシャンを見て、自分でも細々と演じ続けている中で、改めてこの本を読み直したとき、この本の価値を理解しはじめました。一度読んだものの、何も身についていなかったことに自分の脳みそと態度を憂いつつ、今回は、レビューを書くことで、何かしらの定着を自分の中にさせたい所存です。


この本の、ここがすごい

この本が素晴らしい、というのは世界中で言われていることですが、私が改めて読んだところではこの本の魅力は以下の3点に集約されると考えました。

①アスカニオの高い言語化力
②論理的な分析とその話し方
③思考範囲の幅の広さと立場による良い対比 with タマリッツ

①アスカニオの高い言語化力

例えば、今では(ある程度手品を真面目にやっている人にとっては)おなじみと言える、In-Transit Action(イントランジット・アクション:段取り動作)のように、普遍的に適用できる法則を見つけ、それを良いワーディングで言語化(ラベリングともいう)したことが大きな価値です。
既にそこに存在していたものであっても、ラベリングされてはじめて発見、認識されるわけですからね。この言語化により、手品の解説等で引用することができるので、凄まじい貢献です。

②論理的な分析とその話し方

内容はレクチャーや対話の記録が大半ですが、さすが法律家だけあって非常に論理的に構成された話の仕方をしてくれます。例えば「○○は全部で3つあって…」と全体像を説明したあと、個別にひとつずつ解説していく、等の表現がそれにあたります。いわゆる、ロジカルシンキングと言われるような頭の使い方と整理のされ方がなされているので、すごいすっと入ってきます。この論理的な構成そのものも、アスカニオの理論が理論として取り入れられた由縁なのではないでしょうか。
論理的な分析、説明、という点では、ミスディレクションを3段階に分けたところが痺れました。マジシャンはややもすると漫然とミスディレクションを使いに行きますが、一口にミスディレクションといっても彼の分類では3つに分かれる、というのです。ぜひ読んでみて下さい。

③思考範囲の幅の広さと立場による良い対比 with タマリッツ

アスカニオはどちらかというと職人肌で、アマチュア寄り。一方でタマリッツはバリバリの現役プロ、というように立場が異なります。この二人の対話が素晴らしいのです。両者の師弟関係、互いへの敬意、スタンスの違い、マジックへの愛情がひしひしと伝わってきます。ちょいちょい対立するのも、演技している場所が異なるがゆえのスタンスの違いが垣間見える部分で対比が素晴らしい。加えて、どのようなトピックに対しても、アスカニオもタマリッツも、両者の思考量(=幅)にも舌を巻きました。

敢えて疑問を呈するとすれば

こんな伝説級の名著に対して、疑問点は正直なところなかなか思いつきませんでした。しかしレビュー、ということで、のべつ幕なしに褒めるのも違うな、と思い、敢えて疑問を呈してみます。

①マジックの規模感がやや曖昧
②少々感性的な言葉が目立つ
③1巻だけだとトリックの例示なし
④(日本語版のみ)アスカニオ用語の無理やりな日本語化

①マジックの規模感がやや曖昧

アスカニオの理論が、クロースアップなのかサロンなのかステージなのか、どういう規模感のマジックに対して適用可能なのか、やや曖昧なように思いました。実際には、どれにでも適用可能だとは思うのですが、そこを一切定義せず理論展開されている印象です。ステージマジックの規模感での例示がないことも、この疑問に繋がりました。
インタビューパートで、一部観客の数とそこで演じるトリックについての議論はあるものの、基本的にはクロースアップ~サロンの規模感を想定してしゃべっているような気もします。アスカニオ曰く、Fred Kapsの演技などからこの理論を導いているとのこと(本当にKapsには心酔している様子が文章から伺えます)なので、ステージも含まれそうではあります。

②少々感性的な言葉が目立つ

この本の良いところ、とも言えるのですが、少々感性的な言葉が多く、最終的には感情論や気合になることがあります。最終的には「マジックへの愛じゃよ」的な結論になるのですよね。創造性をいかに発揮するか、とか、練習の仕方のところで特にそれが目立ちます。そういう結論になる事自体はいいのですが、色々と論理的に理路整然に述べたのち、最終的に「でも愛だよね」となると、ガクッとなる、というだけです(笑)
ただ、アスカニオもおそらくそれは自覚していて、わざとそのような主張をしているように思えます。アスカニオはマジックを芸術と捉えているため、それ自体を愛していなければ発展しない、という姿勢なので。

③1巻だけだとトリックの例示なし

2巻以降を読め、以上。

理論だけ述べられてもイメージがわかない、ということがあり、結局2巻以降のトリックを一部読んだりする羽目になりました。1巻は理論しか載っていないので、2巻以降も読めってことですねw

④(日本語版のみ)アスカニオ用語の日本語化

これは日本語版特有の問題ですが、アスカニオの言語化した法則・用語も日本語にしてしまっているので、共通の英語ボキャブラリーとしてストックできないので、本当にもったいない!
日本語にこの大著を訳したことについては、強い敬意を示します。しかもその日本語も、こなれたものになっていて、解読を要するものではないとことも、本当に素晴らしいし、ありがたいことです。印刷・発行を本家本元のPaginasに依頼している気合の入りっぷりもすごい。ほぼ、原著通りの装丁になっていて、所有欲もしっかりと満たされます。(今回英語版を片手に読ませてもらったのですが、幾分意訳が強いかな?と思うところや、訳語のブレが多少あるな、という印象があるのも事実ですが、そこまで気になるものではありません。)
という素敵ポイントがある中で、一点日本語版特有の課題が、上記で指摘した「アスカニオ用語のの日本語化」です。これらは、英語もルビ等で併記しておくべきだったと思います(なお、一部のものは脚注で「英語ではこのように表現する」、という補足はあります)。例えば、有名な”In-Transit Action”については「段取り動作」と訳されています。それ自体は良いのですが、マジック業界のリソースの大半が英語であることを考えると、日本語版であろうとIn-Transit Action(あるいは「イントランジット・アクション」という記載をその場に残し、読者にそちらの用語頭に入るように配慮しておくべきだった、と強く主張します。英語での表現を知らないと、耳にしたときにわからないですから。結局自分は、読みながら用語の日英対応表をつくりました。これは今後読む方にとってはそれなりに有用だと思うので、どこかで公開しようと思っています。(露骨にnoteに載せるのもなぁ、と思うので、マジケですかねぇ)

どのように血肉としていくか

書籍からの学び方について、アスカニオ自身が述べている中で、「英雄崇拝にならないようにすべき」という主張があります。その主張を素直に受け取るならば、この本を読んですべてまるまる受け入れる、というよりは、自身のマジックをよりよいものにしていく出発点の理論とし、時には取り入れ、時には批判的に発展させていってほしい、とアスカニオなら言うかもしれませんね。(トミー・ワンダーも理論の盲信には強く注意を促していますし)
また、タマリッツとの対話の中でも触れられていますが、スペインマジックの理論が正義、というよりかは、スタイルの一つであり、(これはDani DaOrtizもインタビューで言っていました)マジックという大木の中のたくさんある枝の一つに過ぎない、ということも忘れてはいけません。
やはり、この本を読んで、アスカニオが目指したマジックへの姿勢を学びながら、自身のマジックを省みる機会とするのが1番良い使い方でしょう。
なお、昨年、堀木さんのレクチャーに参加させていただいた際、歴史的経緯や堀木さんの鋭い洞察、分析を聞かせていただきました。機会があれば、皆さんもぜひ受講してみてください。さらに、この本を面白く、批評的に読めると思います。
しかし、この本を敢えて批判的に読み、独自で理論を拡張し構築していったガビ(Gabi Pareras)はすごい人です。(※「批判的」というのは別に攻撃的とか、反論するとかというわけではなく、議論を発展させるためのcriticalな分析、ということです。念のため。)ガビについては、いつか出るであろうe-bookを楽しみにしています。

同じくこの本を積んでいる同志へ

『初めから沢山の本を手元に置いてしまおうとすれば、「木を見て森を見ず」というような状態になってしまうことでしょう。』

『アスカニオのマジック』 p.307

俺のことむっちゃディスるやん?
私同様、上記が耳が痛いであろう、そんな積読仲間に向けて、個人的におすすめのチャプターを記して、終わろうと思います。(※ページ数は、日本語版としました)

5位:タイミングの基本(p.69)

4位:マジカル・アトモスフィアーとは何か(p.52)

3位:マジックの勉強の仕方(p.291)

2位:パームの心理学(p.80)

  • アスカニオによる「カバー」の概念について、パームを例に詳細に語られます。

1位:アスカニオとタマリッツの対話(p.120ほか)

  • 「アルトゥーロとワンの会話」「続アルトゥーロとワンの会話」「もう一度…アルトゥーロとワンの会話」の部分です。

  • MAJIONさんの商品ページにもある通り、ここだけでも十分に読む価値があります。

日本語版は絶版なようですが、フレンチドロップさんでは微妙に在庫があるようです。
かいつまんで読むもよし、最初から通読するもよし(通読すると結構同じ内容が何回か出てくるので、復習にもなるのでオススメです)。
なお、訳者本人については、逮捕歴等気になるところはあり、決して許されるものではないですが、本自体には罪はないので、その点はご理解ください。

参考文献

  • アスカニオ & エチェベリ, 田代茂 訳 (2011) 『アスカニオのマジック マジックの構造に関する考察』,Paginas

  • Ascanio, A., & Etcheverry, J. (2005). The Magic of Ascanio: The structural conception of magic.: Paginas

  • Pipo Villanueva (2017) “JANUARY 2017: ARTURO DE ASCANIO The Magic Atmosphere”, 

  • Miguel Diaz, Carlos Vinuesa (2012) "Recordando a Arturo" (Digital Edition)

    • アスカニオ追悼のため、スペインで発行された本の電子版。著者のサイトより、無料でダウンロード可能。全編スペイン語。(私は一部だけ気になったところをdeepLに入れ、英語で読みました)

編集後記

アフタートークを録ってみたのですが、ひとり語りであることもあり、なかなか聞いていて面白くなかったため、一旦保留にします。
→再び録りました。テンションを少しあげてしゃべるのがよさそう。

なお、今回アスカニオ本を読む中で、「なぜこのような巨人が出てきたのか?」「なぜスペインはマジック大国なのか?」ということを、文化の側面から調べてみたくなりまして、いくつか一般書を読みました。マジックのマの字も出てこなかったのですが、アスカニオが表舞台に出てきたのは割と年を取ってからであるのは、スペインの文化弾圧などが少々関係しているのかもしれません。ここらへんをいつか適当にまとめてみようかなとは思っています、音声という手段もその候補。


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