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Review #4: Theatrical Close-Up (Peter Samelson)

ニューヨークを拠点とするPeter Samelson氏による、Theatricalなマジックが掲載された本。1984年発売。

Theatrical(演劇的)といっても、無駄にとってつけたような演出ではなく、あくまで演じるマジックの中での動きや流れに意味付けを行うための必要不可欠な演出であり、同時にエンターテイメント性を付加しています。ひとつひとつの手順が相当練られていて、本人も非常にそれらの手順を愛していることが伝わってきます。実際、これが書かれた1984年から40年経った今でも、ほぼ同様の作品をPeterさんが演じていることからもそれは明らかでしょう。

長年かけて磨き上げられた作品の初期段階

掲載されている作品の難易度は、高すぎず技術的に不可能ということはありませんし、現象をなぞるだけであればある程度の経験があるマジシャンであれば可能なレベルかと思います。現代(2023年)から見ると、特段目新しい手法があるわけでもありません。加えて、本書のハンドリングはちょっとまどろっこしかったりツッコミどころがあるのも事実です。

本書から学ぶことは、1つの作品を徹底的に練り上げていくことの重要性です。といっても、それを感じたのは本からだけではなく、老成したSamelson名人の生の演技を私が見たからであり、本だけからだとそこを感じ取るのはなかなか難しいかもな、とも思います。Samelson氏は1949年生まれ。この本発売時点では35歳ですが、現在はもう74歳です。長年かけて磨き上げ続けています。

特に、ワイルドカードの作品であるThe Invasion of the Body Snatchers(下に動画を掲載)なんて、本書に台詞が書いてあるものの、Peterさん以外が演じることができるのか甚だ疑問です。ですが、手順の演出の付け方や、ハンドリングの演出に伴う正当化については大変勉強になります。クラシックな作品たちを自分流に、そして自分の納得のいくように演じている様子は本当に憧れます。

The Invasion of the Body Snatchers(Samelson氏のWild Card)。1970年代から演じているトリックのようで、相当年季の入った作品となっています。

私は、2012年に開催されたGenii Birthday BashにおいてPeterさんの演技を初めて見て、一気に惚れてしまいました。本当に素敵だった。Snowstorm(以下動画)も素晴らしかった。彼はインタビューなどで「なんでこのマジックを演じるのか、考える」ということも言っているわけです。どう演じるかの前に「なぜ演じるのか」。かっこいいですね。憧れのマジシャンのうちのひとりです。

掲載手順と最近の映像作品

本書の中で、個人的に好きな手順はCigarette and Thimble(シンブルとタバコの手順。クロースアップなんです、これ!)やRing of Truth(リング&ロープの手順。手順構成が素敵。一時期練習していました。)、New York Transpo(カラーチェンジと移動現象の組み合わせ。ミスターマジシャンさんの冊子で訳されていたそう)です。

この他には、指輪とロープのハンドリング、スポンジボールのハンドリング、スローモーションコインバニッシュ(演出の論理性がかなりしっかりしている)など掲載されています。詳しくはConjuring Archiveでどうぞ。なお、各作品の最後に、地味に"Further Reading"として、クレジットや関連文献を結構詳細に掲載しててここは推しポイント。

そういえば、Peterさんの名前をはじめて知ったのは東京堂出版の『ジェイミーイアンスイスのクロースアップマジック』でのエッセイでした。ニューヨーカーなマジシャン同士、交流があったようです。この本の前書きも、Jamyさんによるものです。Peterさんはスタンフォード大出身であることも、前書きにあります。高学歴。

なお、この本はもちろん絶版です。女房を質に入れてでも手に入れるべきか(※注)と言われると…そうでもない、と考えています。というのも、彼は既にVanishing inc.のMasterclassを担当しており、内容の重複もあること、加えて、それを見れば現時点での磨かれたトリックがわかるからです。さらには添付のPDFがたくさんついてくるので、それが良い補完となっていて素晴らしいという点も。但し、映像は客前での演技ではないため魅力が半減してしまっているのは事実です。あと差分が劇的にあるかというとそうでもない。
なお、PeterさんのエッセイなどはVanishing Inc.のMagic in Mindの中にも掲載されていますのでそれだけでも読むとよいかも(無料)。"Why, What, and Who? A Theory of Questions"という内容で、なぜ、何を誰に対してマジックを演じるのか、それを考える際の問を投げかけてくれます。これ読めば彼のマジックへのスタンスはわかるはず。

単売商品としてはBill AbbottのところからこのPeterさんの作品であるHeartstring(Gypsy Threadの手順)、The Invasion of the Body Snatchers、The Phoenix(Torn and Restored Napkinの手順)の3つの映像+道具の作品が出ています。未入手。

Peterさんは客前での演技がとにもかくにも良いので、演技を是非見て下さい!(以下、本人によるYouTubeプレイリスト)

※注:「女房を質に入れてでも手に入れて下さい」は、ミスターマジシャンの故 根本氏がカタログに記載していた名言

ニューヨークでマジックを見よう!

Peterさんの活動するニューヨークは、世界有数の観光都市だけあって、マジックも生で見られる場所がそれなりにあります。私自身は2019年にニューヨークに行って以来いけていないのですが、そろそろマジックを見にもう一度行きたい頃です。ということでいくつかご紹介します。

Asi Wind Inner Circle

未見ですがすごいらしい(適当)2023年前半には終了。

Steve Cohen "Chamber Magic"

Max Maliniの影響を受け、当時の上流階級向けに開かれていたサロンマジックを模したショー。Millionaire's Magicianという非常にアメリカ的なブランディングをしているSteve Cohen氏のショー。やかんのAny Drinkをやる人、といえばわかる方もいらっしゃるでしょうか。
約90分間、超高級ホテルのスイートルームで開催され、ドレスコードまであります。マジックはクラシックを現代風にしたものを中心に、とても不思議で素敵な雰囲気の中でマジックショーを見せてくれます。一般向けのマジックショーのひとつの理想形であり、トリックのチョイスなど含めて、私は楽しめましたし、同時に色々と考えさせられる良い機会でした。
なおCohen氏はコーネル大学卒、早稲田大学に留学経験あり、日本語堪能な方です。氏のマジックは僕はとても好きですが、以下リンクの一般向けの本により、良くも悪くもブランディングがうまいマジシャン、という印象があります。
小話としては…彼の書いたMaliniの本はすごい面白そうですが買って積んでます。あと実は昔はホテルはWaldorf Astoriaという別の超高級ホテルだったのですが改装やらなんやらの理由で今はロッテホテルらしいです。

Monday Night Magic

ニューヨークを中心に活動するマジシャンたち複数名によって毎週月曜に開催されるマジックショー。最近はクロースアップに特化したディナーショーや、オンラインショーもホストしているみたいです。

コロナ禍でどうなるかと思いましたが引き続き継続しており、ニューヨークというエンタメ激戦区の中でも最も長く生き残り続けているマジックショーです。本書の著者であるPeterさんの他、日本人に馴染みがあるマジシャンだと、David Corsaro氏(ジャパンカップ2014で来日)、Rocco氏(ディライトで有名な)も出演しています。なおJamy Ian Swiss氏はMonday Night Magicのプロデューサーです。その他、日本ではあまり知られていないものの、アメリカ人にバカウケしているHarrison Greenbaumというスタンダップコメディアン兼マジシャンも定期的に出演しています。個人的には彼をもう一度見たい。

ウェブサイトを見ても最新の出演者が掲載されていないのですが、メルマガは毎週ちゃんと発行されており、そのメルマガで出演者が掲載されているので、旅行で行く際には購読しておくとよいです。なお、たまにニューヨークに遊びに来ているマジシャンが友情出演することがあり、私はなんとPit Hartling回に当たるという激神回を引き当てたことがあります。マジでラッキーだった。他の神回としてはShawn Farquhar氏とLucy Darling氏が同時出演したときでしょうか。こっちは旅行の直前でニアミスで見られなかったのですが。

立地もマンハッタンのグリニッジあたりでアクセスもむっちゃ良いので、むっちゃオススメです。50ドル程度。

Tannen's Magic (Shop)

言わずと知れたアメリカでも最古のマジックショップ。夏には子供向けサマースクールを提供するなど、マジック文化の牽引をしている場でもあります。

ビルの一室なのでここであっているのか?と不安になりますが、勇気を出して行ってみると、マジック道具や本に囲まれた素敵空間が広がっています。ショップでたまにゲストレクチャーもやっています。かつては、GabiとPipoのレクチャーもTannen'sで開催した模様。

しかしニューヨークには、以前はDavid RothがディーラーをやっていたFantasma Magic Shopもあったのですが閉店してしまいましたし、彼もお亡くなりになるなど、時間の流れを感じますね。ショップはもうタネンくらいしかマンハッタンにはない…。少し足を伸ばすとブルックリンなどにもあるようですが。あとここには掲載していないマジックショーもいくつかあるんですが、ほぼ未見なので割愛。

※本記事は2014年に執筆し、過去ブログで掲載したものを大幅加筆修正したものです。


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