見出し画像

ウェイリー版「源氏物語」日本語訳はこれ一択!?(毬矢まりえ+森山恵姉妹訳)

けい先生です。2017年の刊行当時、グスタフ・クリムトの耽美な表紙に惹かれてはいました。本屋さんで立ち読みし、キワモノのたぐいと即断した不明を恥じております。全4冊揃えると1万4千円を超えますが、心からおすすめします。
あっ、「高いや・・・」と知って、去らないでください。

まずは本文をお読みくだされ…

いつの時代のことでしたか、あるエンペラーの宮廷での物語でございます。

「桐壺(キリツボ/Kiritsubo)」

・「エンペラーの宮廷」
どうです? 事前情報がなかったら平安時代の宮中だと気付かないのではないでしょうか。おとぎ話やファンタジー小説の冒頭と感じる方もいるかもしれません。

ウェイリーが源氏物語を翻訳したのは日本でいう大正時代です。彼はヨーロッパの読者層にもイメージしやすい語彙を用いて英訳しました。たとえば牛車などの乗り物を「馬車」と訳しています。

当時の読者層に「源氏」の魅力を伝えるために、これはやむを得なかったし、むしろ最も効果的な手法だったと思われます。

(…) there was among the many gentlewomen of the Wardrobe(更衣) and Chamber one(女御), who though she was not of very high rank was favored far  beyond all the rest; …

ウェイリー英訳より。ヨーロッパ文化圏の語彙を用いた翻訳の例。

しかし、これを日本語に移し替えると、思わぬ効果が生まれます。

ウェイリー版源氏物語は、語彙が日本語ではないので、日本人にとっては西洋ファンタジー風の異国情緒すら感じるという、じつにユニークな事態が起きるわけです。

・語りかける文体
「です、ます、ございます」の丁寧体が、じつにしっくりしています。源氏物語は現代人にとってみれば昔話です。まるで誰かがおとぎ話を語って聞かせてくれているようで、物語の世界に入り込みやすくなっています。

さて、もう一つ、この翻訳の魅力について見てみましょう。


乗り物は牛?馬?

日本語表記の伝統を駆使

トウノチュウジョウ(頭中将)、左中弁(サチュウベン)、そのほかの身分の低い貴公子たちまで、誰もがゲンジを慕ってここまで来たのでした。

若紫(ムラサキ/Murasaki)

トウノチュウジョウやゲンジなどの人名はカナ表記で統一されています。これもファンタジー小説っぽい印象を作っています。何より注目したいのは「ルビ(振り仮名)」の使用方法です。

引用文の丸かっこ内は、ここで表記できなかっただけで、じつはルビ(振り仮名)です。二つのルビは用法が異なります。始めのルビは、「トウノチュウジョウ」が古文の「頭中将」に対応することを示しています。一方、「佐中弁」のルビは①読みを示すと同時に、②人名であることを表現しているのかもしれません。

毬矢・森山姉妹訳はこの他にも、日本語表記の多様性を駆使して魅力的な文体を創造しています。声に出して読みたい日本語です。文体を愛するタイプの読書人にもおすすめできる理由です。

最後に~文体の「おかしみ」

日本人が抱いている源氏物語のイメージと異なる表現に出会うと、私たちはその差異に、ある「おかしみ」を感じるようです。

この日本語翻訳では、ウェイリー訳をできるだけそのまま日本語に移し替えることで必然的に生じるおかしみを意識して訳しています。

よい物語の条件の一つにユーモアがあります。ユーモアがなければ人の心をつかむことはできません。

この翻訳を読むと、あの源氏物語を「もっと読みたい」気持ちになります。

源氏物語の本文に、そして既存の現代語訳にいまいち魅力を感じることができなかった方々にも、ぜひご一読いただきたい。繰り返しますが、全巻揃えると1万4千円です

最後まで読んでくださりありがとうございました!

よかったらスキとコメントお願いします! あなたの反応があるから、「けい先生」はこのネット上に、存在することができます!