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幸せの在り処と『人間』



今回は、愛知県は名古屋駅南にある「クリばこ」で行われる「モリトタ」と、そこでの1日から学んだ『幸せの在り処』についてお話しします😊

【「モリトタ」という場所】



僕の友人が、ほぼ毎週火曜日に「クリばこ」というレンタルオフィスで、スパイスカレーとおでんを提供する『モリトタ』というサービスをしています。



2/27は、別の友人が共同で本を出版するとのことで「ナカさんに相談したい」と、打ち合わせ場所にこのモリトタを選びました😊


奇しくもその日はモリトタの友人の誕生日でもあり、誕生日プレゼントにハンドメイドキャンドルをプレゼントすることにしました🎁

とても喜んでくれたようで、翌日には別の仕事で使う、とのことでした😁



用事としてはこの二つだったのですが、話はここから変わっていきます。

【朝ドラのような、いろんな人が集まる場所】



モリトタ主催者の誕生日ともあり、夕方くらいまでは静かだった場所が


・主催者の地元・大阪から知人(ショコラティエ)がチョコレートを持ってお祝い

・スパイスカレーの材料となる野菜を提供する清州の農家さん御一行がお祝い

・主催者の別活動、「塗り絵会」の主要メンバー、豊田市のメンバーにスパイスカレーつながり等もお祝い


と、入れ替わりで終始人が途切れることなく賑わいを見せていました🎉

普段から主催者が愛されていることがよくわかる1日でしたね🥰

彩りのカカオ|https://www.instagram.com/irodorinocacao?igsh=dGkxM2dxcnQ0cXc=

【幸せの為に『今』を生きる】



そうした人がめぐる場所で、終わりがけに話題になったのが『幸せ』について。

集まったメンバーの中でも「住居を持たずに各地を漫遊して人生を満喫している友人」から『幸せ』について語られる場面がありました。


「これまで大学を出て、大手企業に勤めて結婚もし、子どももできて一生懸命、身をすりつぶすように働いてきた来たけれど、どれだけお金を稼ごうとしても結局税金で取られて忙しさが増えるだけだった」

「しかも子どもの将来のためにいろいろお金を工面して来たけれど、離れ離れになってしまった」


「どれだけ一生懸命蓄えようとしても、結局全部手放すことになってしまったから、『過去の憤り』も『未来への不安』も全部無駄だった

だから『今ここ』を大切にし続けること。今日一日の幸せを連続していければそれが幸せなんだと思うよ」


この話を聞いて、一人が「でも、それだと不安にならないですか?」と尋ねた訳です。


それに対して


「最初のうちは不安だったけど、この生活に慣れれば不安にはならない。

何やっても生きていけると思えれば、起こりもしない未来の為に今を犠牲にすることもなくなる

と答えました。「少なくとも『今』は、しがらみや常識を削ぎ落とすことで気楽に生きている」とも。

【幸せは、選び直してもいい】



また別の人も、コロナ禍と出産を機に生き方を変えて自分の幸せを見つめ直した、と言います。


「それまで看護師として働いて、それこそ1000万くらい貯めて『どんな気分になるんだろう』と試したことがあったけど、貯めたら貯めたで今度は減っていくのが怖くなった

「そうしているうちにコロナ禍になり、子どももできて、あまりの忙しさに身がもたなくなって仕事を変えることにした。

今はパートタイムで保健室で働いているけれど、子どもを育てながら自分のこともできているので幸せ」

「そう思っていたら、正職員が一人いなくなってしまうので、来年度からは正職員になることに。ひとまずやってみて、ダメだったらまたパートに戻ればいい」


と話していました。


これに対して「たとえば、何かを選ぶ時って『こっちの方が良かったかも』って考えることありませんか?」との質問が出ました。

それには「その時は選び直したら良いよ」と簡潔に答えていました。

【幸せに悩む青年】



ここまでの話を聞いて、一人の青年が

「皆さんの話はわかったんですが、それでも自分はどうしても『こっちの方が良かったかも』と考えちゃうんですよね」

と悩みを打ち明けてくれました。


彼は仕事で成果を出せているし、趣味も充実して活動的に動き回っています。

側から見れば「人生が充実して幸せそう」に見えるのですが、本人としては「足りない感じ」がしているようでした🧐


「仕事は自分の成果というよりチームの成果なので、そこで自分がどれだけ関われたのかの実感が湧かない」

「趣味での活動も、皆さん喜んでくれるけれど、もっと上がある気がして満たされない


そう語る彼に対して、周りから意見が出尽くしたところで僕からいくつかお話ししました。

【幸せの在り処】



モーリス・メーテルリンクの『青い鳥』の話を、皆さんご存知でしょうか📕

チルチルとミチルが「しあわせの青い鳥」を探しに行った結果、幸せはすぐ側にあった、というあの話です。



この青年に関してもまさしくこれと同じことが起きていると感じた僕は、しかし全てを伝えても『今』は伝わらないと察して、少し遠回りの話をしました。


「『より良い幸せ』を探そうとするのは、より良い選択をしたいという気持ちの現れだと思うけれど、その『幸せ』という評価はどこから出ているのだろう?

「話を聞いていると、より強い刺激を『幸せ』と感じていて、それを追い求めているようだ。しかし『侘び寂び』があるように、小さな刺激でも幸せを感じられる人もいる


「幸せを前に『どちらかしか選べない』のではなく、本当は『どちらも選べる』んじゃないかな?」

「物事に『良し悪し』を決めて、自分から選択肢を潰してしまう。だからこそ『あちらの方が良かったかもしれない』と後悔してしまう。

今の在り方は『不足』を見ることで幸せを知ろうとしているように見える。『足りない』と感じようとすることで、より確かな幸せとは何かを探ろうとしているんじゃないかな


「じゃあその『不足』はどこから来るのかと行ったら、自分の内側(心)から来る。

自分の内面が『足りない』と感じているから外側の世界からその不足を補う幸せを探そうとしているんだ」


「とはいえ、自分の内面を見つめても見つからないものは外側から見つけるしかない。

だからこそ『今』はやりたいことをやっていき、その『選択』の中で自分の不足の原因を見つけ出そうとしているんじゃないかな?」


こう伝えると、本人の中で思うところがあったようでした。

【まとめ】人と人の「間」に入ってこそ『人間』



今回は、先日の体験談から「幸せの在り処」についてお話ししました。


ここで紹介した青年の悩みは、現代を普通に生きる人全ての悩みにつながると思います。


何故なら「自分とは何か」(アイデンティティ)を奪われ、見失っているから


それは、家族(縁)が分断され、先祖代々受け継いできた伝統的な価値観が継承されず「何のために『今』ここにいるのか」を教わらずに生きているから。

そして衣食住全てから強い刺激を与えられ、「わずかな刺激」では幸せを感じにくくなっているからです😔


自分の中を『空っぽ』にされ、その隙間を「強い刺激」によって埋められたのが戦後日本からの約80年であり。

80年とは世代にすると「3〜4世代」であることから、民族として伝統的価値観を分断されたと言えます。


この伝統的価値観からの分離によって加速したのが、本来人が生きる上で必要な『自然』から切り離された現代文化であることを考えると、自然の遺伝子を操作して「自然を人の都合に合わせる」ところまで来ていた今の文化はとことん「非持続可能な世界」へ向かおうとしているのではないでしょうか🤔


その歪さがどのような害を及ぼしているか。『自然』からの答えが「災害・病」という形で返ってきているように感じます。

自然から離れるほど『人』という自分を見失い、誰かの決めた『正しさ』に突き動かされてしまうのです。


その果てにあるのが「幸せがわからない」という症状であり。


「自分は何者か」を見つけない限り、延々と幸せを探してグルグルと歯車を回し続ける人生となるのでしょう⚙️



人は『間』を持つことで「人間」となります


間とは「空白・余裕」であり、その『無』を感じ取って己を見つめ返すことで

・『善悪』にも『感情』にも妨げられない「自分がただここに『在る』幸せ

に氣付けます。


そしてその『間』を心得た人間が、人と人との「あいだ」に入ることで『間』を伝えて、皆を余裕のある『人間』にすることもできるのです🤝🏻


このように、今回モリトタに行くことで人の幸せにまつわる学びが深まりました😊



この他にも介護ブログや読書ブログを運営しています。

今回の記事に共感してもらえたり、興味を持ってもらえたなら、ぜひご覧ください☺️


オンラインショップ「みんなのしるし館」では占いやキャンドル販売を行っています。

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