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世界各国床屋あれこれ

今から10年前、2011年9月のある日のことだった。

ブラジルに赴任してはや3か月、先週の家主側との契約書詳細文言修正で交渉不調となり、再びサンパウロでの住まい探しが白紙に戻った私は、未だホテル住まいから脱出できる兆しを見出せなかった。そんな中、川崎の食品研究所からグローバル開発会議の参加案内が届き、10月の2週目には早くも日本に出張しなくてはならなくなった。最近飲み会の度に、ドラゴンボールの頭だとブラジル人(1名)にからかわれていたこともあり、初めてブラジルの床屋に行ってみることにした。

私は何気に他国の床屋が好きである。初めて訪問する国の床屋(美容院)に飛び込みで入り、そこで「この国で一番かっこいいというヘアスタイルにあなたのセンスでやってくれ」と言い放ち、どんなヘアスタイルになるのかと待つスリリングさは何ともいえないワクワク感がある。昔、日本テレビ「世界の果てまでイッテQ!」の番組改編期に放映されていた3時間スペシャル恒例の縦軸企画「おまかせヘアカット」でふかわりょうが挑戦していたアレである。もし出来上がりのスタイルが自分の好みでなくても、その国では「かっこいい」のだからその国では堂々と歩けるのだ。

そのきっかけは、2002年に遡る。北海道旭川に勤務していた際、韓国ソウルに出張した時のこと、大事なお客さんとの商談前日午後3時ころソウルのホテルにチェックインした私は、洗面所であまりにもボサボサの頭をどう納めるか、鏡と格闘していた。人生初の海外商談、先方の社長さんにも初めてお会いするのにこれではあまりにも失礼だ、出る前に床屋に行ってくればよかったと悔やんでいた。そんなホテルの小部屋のデスクに眼を向けると、ホテル内20%割引チケットがあり、ホテル内飲食・理容室・お土産・ルームサービスに使えると書かれている。私はその「理容室」に目を奪われた。理容室は午後7時までとのことであったが、時計に目をやれば現在18:30!あわてて割引券を握りしめ部屋を飛び出し飛び込んだホテルの理容室できれいなお姉さんに「アニョハセヨ」と声をかけられた時、自分が韓国にいることを思い出した。内装はいわゆる日本の男性用床屋とほぼ同じであり妙な安心感があったが、椅子に座るや否や、別のきれいな女性にいきなり靴と靴下を脱がされ、イケナイところに来てしまったような錯覚に陥りそうになったが、それは散髪の間、足湯のサービスがあったに過ぎなかった。
「어떤 헤어 스타일로하고 싶다고 생각합니까?」
「?????」
いったい何を聞かれているのかわからなかったが、きっと希望の髪型を聞いているのだろう。人生初の海外出張でほとんど初めて外国人と接する私は緊張で頭が真っ白になり、お任せします という意味で
「You like」
「Tomorrow meeting with president!!」
といってみた。ちなみに英検4級を持っていることは、私のささやかな自慢である。
相変わらず前置きが長くなっているので 20分後に飛ぶとしよう。果たして、見事にコリアンクラシックスタイルのヘアスタイルが出来上がった。当時の金 大中(キムデジュン)大統領と全く同じ、7:3にきっちり分かれたあのつやつやした髪型である。
  これはヤバい!
  はずかしい!
と赤面するが、床屋の女性たちはなぜかうっとり顔?!一緒に韓国に行った上司(日本人)には、転げまわるくらい大笑いされるも、街を歩けばこれまでの呼びかけ勧誘がピタリとなくなり自分が韓国人化したことが証明された。そして私の疑問が確信に変わったのは翌日の商談にて、先方の韓国の会社の方々に真面目に何度も髪型をほめられたことと、商談そのものが大成功に終わったことだった。コミュニケーションがとれない部分をこの髪型がサポートしてくれたのである。

この成功体験に気を良くし、冒頭のくだりになるわけだ。そしてその後、初のポーランド出張ではポーランドスタイルになり、その後、タイ、ペルー、コロンビア、パナマ、中国、の美容院を経験してきた。いわゆる「海外床屋マニア」である。2000年代前半のコロンビアは丸刈りが流行だったため、私も当然の如くマルガリータになり、その後のコロンビア人50人(うち40人くらいが丸刈り)を前にしたプレゼンも好印象だったようだ。ただし、国民の3割がHIV(AIDS)キャリアといわれているアフリカ・ナイジェリアではヒゲソリ共有によるHIV感染を恐れ、床屋にビビり、微妙な悔いが残っていたが2017年にリベンジできたことを付け加えておく(トップの写真)。

というわけで、ブラジル・サンパウロの美容院である。椅子の数が5つの小規模店舗で、ちょうどブラジル国内のサッカーの生中継が店内のサムソン製フラット大画面テレビに映し出されており、すでに散髪を終えたブラジル人数人も待合の椅子に座りながら店内のテレビにくぎ付けになっていた。さすがブラジル。電気屋でも、テレビ売り場でサッカーが放映されていれば必ず人だかりができ、熱い声援を送っているその姿は、サッカー王国の象徴そのものだ。

「セニョール、どんな髪型にしましょうか?」
「ブラジルで流行りのかっこいい感じで」
「じゃあ横をちょっとバリカン入れて、上は長めで立たせましょう。任せてください!」

実は、これは自分の当時の髪型と殆ど変わらなかったのだが、まあ様子見ということでお手並み拝見することにした。まず、充電式のバリカンで頭の左を下から軽く刈り上げていく。続いて右側だ。

バリカンを下から入れ始まったとき、テレビのアナウンスが盛り上がってきた。店員も客もテレビに目を向け大声を上げている。私も鏡越しの裏返しの映像に目をやった。「フェルナンド!右から上がって来たっ!そして中に入れる!そこにカルロスが走りこんできた!シューーーーート!! あぁなんということだっ ボールは惜しくもバーの外だ!!」の絶叫と共に、バリカンが下から上へ一気に刈り上がり、左とはあまりにもアンバランスな短い刈り込みになってしまった。
「おい!なんでこんなに短くしちゃうんだよ!」
「だってあのシュート、カルロス外すなんて信じらんないよ!決定的瞬間だったんだぜ!!冗談じゃないよセニョール!」

床屋はすっかり興奮して両手でお手上げポーズをしている。手が滑ったことはカルロスのせいであり、短く刈り込んだこともカルロスのせいであった。これぞブラジル品質。しようがないので左を右に合わせて短くしていかざるを得なくなった。続いて頭の上部の刈込みだ。こちらは櫛(くし)で梳(と)かしながら鋏(はさみ)でチョキチョキ切っていくが、どうやらロストタイムに敵陣でシュートチャンスが続いているらしく、アナウンサーのテンションが上がりっぱなしだ。店内の至る所から
「行け!」
「そこだ!」
「時間がないぞ!」
「パスだ!」
「右!右!」

と絶叫が聞こえてくる。鏡に目をやれば床屋も、再びすっかりテレビの生放送に夢中になっているが、問題はその手が止まっていないことだった。
(チョッキン、チョッキン、チョッキン、チョッキン、チョッキン、チョッキン、チョッキン、チョッキン、チョッキン、チョッキン、チョッキン・・・・・)
目はテレビに釘付け、手は作業を続け、私の頭は見る見る短くなっていった。
「ちょっと!セニョール!」
と呼びかけてみるも全く聞こえず、そんなうちにようやく試合終了となった。すっかり2cm以下まで短くなってしまった頭の上部を見た彼は、黙って全体のバランス調整に入っていったが、この沈黙はお客に迷惑をかけてしまったことを申し訳ないと思ってのものなのか、大事な試合に負けてしまいガッカリしてのものなのかは、疑いの余地はなかった。

教訓:サッカーの試合中にはブラジルの床屋・美容院に行かない。

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