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「自分の耳を疑えってことですか?」~ヘンなのにヘンですと言えなかった~

幼い頃から培った外面そとづらの印象で
「んなわけないでしょ」と
十中八、九、信じてもらえないが
私は人見知りの傾向がある。

スーパーなどで知り合いを見かけると
相手がまだ自分に気付いてなければ
反射的に商品棚の陰に隠れてしまう。

今日はノーメイクだから、とか
人の好き嫌いとかでもない。
人見知りとはそういうものだ。

なので美容院もちょっと苦手。

「美容院での沈黙が耐えられない」
と、愚息たね二郎は言うが
私はあまり話しかけられたくない。
私は貝になりたい。

だから、その店の常連になっても
メガネを外してて読めもしないのに
雑誌に集中しているふりをしたり

眠い体裁を繕ったりして
自分の世界に引きこもろうとする。

私がここ3~4年通っていた美容院は
カットが1,200円、しかも15分ほどで終わる。
待ち時間もほとんどないのだが

その店のスタッフは似た者同士な3人。
3人ともいつも無表情で、
ぶっきらぼうでさえある。

「いらっしゃいませ」も
「せ~…. 」しか聞こえないときもある。

「とりあえず声出してますよ」と
アンニュイけだるさを漂わせている。

家から近いのと、店を変える勇気もないので

低価格な分、あらゆる面で合理性重視なのだと
割り切って通っていた。

ただ、このヒトのカットはちょっと… と
敬遠したいスタッフがいる。


40代半ばくらいと思しき男性なのだが
セミロングでチリチリのパーマヘアだ。

お顔はどことなく
お笑い芸人『霜降り明星の粗品』を思わせる。

3人の中でアンニュイさMAXな粗品。

前髪がかなりアシンメトリー左右非対称

私の心持ちまでも
アンバランスにさせる。


この店は担当制ではないので、
その日、誰になるかは行き当たりばったり。

毎回「粗品は結構です」と念じて
店のドアを開ける。

しかし、残念なことにその日は
粗品を差し出されてしまった。

安定の地面を這うようなテンションで
「どうぞ~」と促され、私はがっくりうなだれ
粗品の前に着席。

粗品の施術は何というか、
スピード感とか、手際の良さとかを感じない。

だからといって丁寧なわけでもない。
他の二人に比べて時間も少しかかる。

4年近く通っていて、
彼の長所が私にはミステリーであった。



「今日はどうされますか?」
粗品はどうでもよさげに聞いて来る。

「全体的に1~2センチ短く」
私もつい、捨て鉢の半笑いで答える。


とにかく、小ざっぱりすりゃいいの。


このささやかな望みだけ
かなえてくれたらいい。

粗品、上等…


20分後、散らばった髪の毛をはけで払い、
カットクロスを外し
「いかがですか?」
と、二面鏡を向けて私の後頭部を映す。

しかし、私は後頭部より
左右のバランスが気になっていた。

毛量も長さも、右側が鈍重に見える。

さっぱりじゃなくて
もっさりしてる。

これ、カット終了なの?

粗品さんのアシンメトリーな前髪と
私の左右の毛量バランス、
似ている気がするのは気のせい?

一般的に『粗品』って熨斗があっても
ボールペンだろうがタオルだろうが
書けるし、拭けるし用途は果たすものだ。

でも鏡に映る私のヘアスタイルは
何かが果たせていない。

飛べない豚はただの豚って諺がある。
ないか。

いやいやでも、
書けないペンはただの棒、じゃないの。

出来栄えにあーだこーだ言わない方だが
あまりに気になって、おずおず言ってみる。

「あのぉ….
右側、が、ちょっと多い感じが…. 」

粗品は私の異議に少しかがんで
私の右後ろから正面の鏡をのぞき込む。
そして手を私の顔の横にかざした。

「ここら辺ですか?」
 
そう、その辺りがもっさりしてるじゃない?
私はぎこちない笑顔でうなずく。


「これは耳、です」


粗品は鏡越しに
私としっかりアイコンタクトを取って答えた。

そうそう、耳・・・

はい?
これは…何?

聞こえてはいたけど、もう一度言ってみた。
「あ、いえ、右側のここ…. 」

「耳、ですね」


さっきより少し大きめの声が返って来る。
私と粗品は鏡越しに無言で見つめ合った。


「では、よろしいですか?」


・・・

耳は左にだってあるんだけど….

全然よろしくなかったが
そそくさと支払いをして私は店を出た。

私は何を言ったんだろう。
粗品に何を教えられたんだろう。

This is a pen.
It's a book.

Ben and Lucy  ※by New Horison


何故か、中一の英語の教科書に出ていた
BenとLucyのやりとりが思い出された。



家に帰って洗面所の鏡の前に立つ。

鏡に映る顔の両サイドの黒い分量を
交互に見比べる。


これは耳、ですか?



顔を両手ではさむようにして
髪を撫でつけて自分に問うてみる。

両サイドの髪の毛を持ち上げると
「こんにちはー」
と、二つの出っ張りが顔を覗かせる。

はい、これは耳です。


Is this a pen ?
Yes, it's a pen.

Ben asked.  Lucy said.


そう、右にも左にも耳はある。

両手で髪を後ろへ掻きあげて撫でおろす。
無意味に繰り返して、左右を何度も見比べる。


いいえ、

これは耳ではありません。


No, it's a pen.
It's a book.

ペンと本、間違えやすい問題


これはペンじゃないの。
本なの。

自分の耳を「これは耳ですよ」と
美容院で教えられたことがある人は
世の中にどれくらいいるんだろうか。

鏡を覗くたび、髪をかき上げるたび、
視覚・触覚ともに違和感しかないのだが

人見知りが邪魔をして
他の美容院に新規で行く勇気も出ず、

でもあの店に行ってまた粗品だったら…

ずっとウジウジして二か月近くが過ぎた。


粗品の店とそれほど距離を置かず
新しい美容室が半年ほど前にオープンしていた。

そこはカットのみの料金が980円で
かなり賑わっているようだった。

こういうとき人見知りは本当に厄介だ。

新規で行くのに
私はさらに一週間ほど逡巡した。

しかし、ただでさえもっさりした右側は
時間の経過とともにさらに増量して
もう我慢の限界でもあった。

もー限界、行くぞ。

たね、動きます。

意を決して、
でもドキドキしながら店に入る。

受付をして間もなく、私の順番は来た。

「今日はどうされますか?」
と聞かれた。

「全体的に2センチほどカットしてください。
あの、それと….
左右のバランスが変なので直して下さい


自分の言葉に頬がポッと、染まるのがわかる。


この右側の耳のとこ、ですね?


私の後ろで鏡越しにスタッフが
「あ~、はいはい」と、
すぐ合点が行った感じでうなづいた。

このヒトは私の『耳』について
何も指摘しなかった。

何だろう、この「通じた」安堵感。

This is a pen.
That is a pen, too ♪


~**⋆..~**⋆。~**⋆..~**⋆。~**⋆..~**⋆。~*



先日、粗品の美容院の前を通った。

何気なく美容院の建物へ視線を向けた。

すると、そこにいつも見えるはずの
店の看板がなくなっていることに気づいた。

よく見ると、入り口のガラス扉の奥は
鏡や椅子も何もなくなってガランとしている。

いつの間にか、粗品の店は潰れていた。


粗品の納品先は決まったんだろうか….

気に入らない施術だったけど、
何だかちょっと切ない気持ちになった。




今日はこの辺で
では、また。


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