「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那㉖~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられ”巨大寺院”に入門。
心通う少年、「空昊(空)」、隣国の僧「碧海」と出会う。
新たな戒名「光環」を名乗り、故郷への旅に出る。
中天の頃、光環の実家から使者が来た。
幼さが少し残るその顔立ちに、光環は思い当たった。
「君は・・・!」
その少年は、成長した茉莉の息子だった。
薄曇りの空の下、茉莉の息子の背中を前に、畦道を歩む。
はっきりとした目鼻立ちは母譲りだが、
がっしりとした体躯は父譲りらしい。
父と共に、幼い時から蓮花の実家を、何度も訪ねていた。
当然、自分の実家への帰り道も、何度も通っていたはずである。
しかし今、歩む道は、異次元世界に向けて歩んでいるかのようだ。
茉莉の息子がいなければ、実家に辿り着くことができないだろう。
嬉しいことに、実家は以前と変わらぬ外観を保っていた。
農作物の苗がそよぎ、色々なものが細々整理されて置かれている。
それは、光環の来訪に備えて、俄かに整えた状態でない。
たとえその主である家族に何かあっても、
家そのものは、朽ち果てなかったのだ。
光環と空昊は、男性の使用人達に出迎えを受けた。
離れて、茉莉と茉莉の娘達、女性の使用人も出迎えてくれている。
光環が実家にいた時からの使用人は、茉莉と茉莉の子供達だけだった。
屋敷に入る。
幾分瑕疵は増えたものの、変わらぬ清潔さを保っていた。
いつのまにか、空昊はどこかへ行ってしまった。
光環はひとり、茉莉の息子と向かい合い、少し離れて茉莉も座した。
たとえ家族のような存在だとしても、
巨大寺院の高僧となってしまった光環に、
女性である茉莉は直接話しかけることができない。
そのため、茉莉の言葉は、茉莉の息子が代弁するような形をとった。
「畑の緑が、眩しいですね。」
「はい、お蔭様で。色々な作物が、毎年よく実りますよ。」
「父は、亡くなったとうかがいました。」
「はい。もう3年ほどになりますか。
ご主人様は、私達使用人に最後まで良くしてくださいました。
亡くなられる前に、望む者はこの屋敷にそのまま暮らせるよう、
取り計らってくださったのです。」
「継母は、不在だとか。」
「ええ。奥様は、お出かけになったきりでございます。」
「剛充は・・・。」
「はい。離れでお休みでいらっしゃるかと。」
しばらく、沈黙が続いた。
光環の懇願に応える形で蓮花の父は、
この家のことをようやく昨夜、聞かせてくれた。
光環の出奔は、かろうじて繋がっていた家族の離散に繋がった。
あの夜、光環と別れた後、剛充はすぐ、父に告げた。
兄の出家と自分が家長を継ぎ、蓮花を花嫁に迎えるよう託されたことを。
父はひどく驚きながらも、最後まで剛充の言葉は聞いたらしい。
しかし、それきり、心を塞いだ。
父は一切言葉にしなかったが、最後まで剛充を信じることなく絶命した。
継子である剛充は、次男である立場の不安定さゆえ、
長子である慧光(光環)を殺してしまった。
家の富を独り占めし、豊かな実家に生まれた美女である蓮花と
結婚したいがためにと、父が一方的に考えていたと推測される。
継母は、自分の因がもたらした果に、耐えられなくなった。
自分の狡さに、嫌気がさした。
現実逃避と経済的依存より結婚したうえ、夫が父親でない子を出産し。
その結果、夫の子を自分の子が絶命させてしまったと思い込んでいた。
心閉ざす夫との生活は、限界だった。
父親が誰かも忘れた息子の剛充をこれ以上見ることも、疎ましくなった。
継母は、心強き人間でなかった。
懇意の男性を見つけ、そのまま共に行方をくらましてしまった。
剛充は、悲しみと絶望の底にいた。
兄や父との関係でわだかまりは残っているが、
この事態となれば、家長となり、蓮花を花嫁に迎え、
この家を自分なりに盛り立てていこうと考えていた。
しかし、父は沈黙するばかり。
無言のまま、剛充を屋敷に軟禁した。
ほどなく母は、家出した。
父は最期まで、剛充と心通わすことなく、亡くなった。
剛充は、宙に浮いた存在のまま、心の病を患った。
光環は、静かに目を閉じていた。
自分が因となったことが、このような果となっていたとは。
どのような人でも、罪を犯したことが無い者は、この世にいない。
直接手を下していないにしろ、自分の存在そのものから生じる罪もある。
そんな自ら、周囲の人間。
愛すこと、赦すこととは、なんと難く、易しいことか。
光環は、そっと目を開け、月が無い夜空を眺めた。
闇の夜空あれば、光満ちる青空あり。
天を見上げる我により、一つの空は違って見えるだけなのだ。
堰を切って沸き起こる感情に、光環は立っていられなくなった。
碧海尊師、我は我の罪に、如何に向き合うべきか。
しんと、静まり返った野の暗闇に、光環は抱かれていた。
碧海と出会ってから、光環は「自分はなぜ生きるか」と自問しなくなった。
この経験をしながらも、この果を得てこそも、
我が生きる必然の理由があることを知ったからである。
とにかく、生きよう。
様々なことを敢えて考えず、光環は生きていることにした。
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