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ここは急がず一度深呼吸

建売率70%の住まい

「建て売り住宅を作るときに100%完成させずに70%くらいでおさえて売るのはどうか?」
これは工業デザイナー秋岡芳夫氏が著書「新和風のすすめ」の中で語った言葉です。
住まいは生活の入れ物なので、良い生活を送るにはそこで住む人に合った個性的な住まいに作り上げることが必要で、住宅を供給する側からのおしきせや、(消費者側から供給する側への丸投げ)では、住宅の画一化をまねき、そして住まい方までも画一化してしまう。それでは生活がつまらなくなる!

現在は家を「買う」と表現する時代ですが、かつて日本の常識でありました「建てて住む」にならい、完成度70%で買った家の残りの30%を住まい手が住宅の生産に参加をし、自分に合った住宅を完成させる。
秋岡氏は言います「カンナをかけられなかったら、専門家に頼めばいい。」大切なことは住まいの生産に向き合い思考し自分で注文を出すこと!と、秋岡氏の考えである工作人間への回帰を訴えました。

そう!これは以前のエッセイでご紹介が、
工夫して作る「工作」と耕して作る「耕作」は人間の尊厳であり、それを全てサービスとして買い続けていたら、何世代か後には「類人猿」ならぬ「類猿人」ばかりの国になってしまう!と秋岡氏は高度成長期の大量消費大量生産の状況に対し警鐘を鳴らしました。

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必要な時に、必要なものを、必要な量だけ!


さて、くらし座ではカトラリーの販売をしておりますが、このカトラリーがきっかけでご縁が繋がり、学生時代から現在に至るまでお付き合いさせて頂いている女性のお客様がいらっしゃいます。そのお客様は学生時代アパートで一人暮らしをしていた時から、社会人、ご結婚、出産まで、一貫してカイ・ボイスンデザインのカトラリー・グランプリシリーズを使われています。生活の中で必要になったアイテムを少しずつ買い足されて今に至ってます。
大学では建築を学ばれていて、ご来店頂いた当初は柳宗理の数ピース入りのパッケージを探されておられました。接客をさせて頂いている中で ステンレスは腐るものでもないし、生涯を通じ「必要な時に、必要なものを、必要な量だけ!」を購入するという、脱パッケージ化の考え方をご説明させて頂きました。
流石!ここはやはり建築女子。時系列の中でライフスタイルの変化に対応しながら完成度を高めていく購入方法について、ご理解いただくのに時間はいりませんでした。まさに短期的なものの見方から中長期のものの考え方へと変換された瞬間でした。

このグランプリシリーズは世界の中で唯一新潟の燕だけがライセンス生産を許された製品です。国内生産の為 他の輸入品に比べるとたしかに廉価ではありますが、やはり柳宗理デザインのステンレスカトラリーと比較すると高額になります。同等の内容のカトラリーセットつまりパッケージ価格で比較すると、グランプリシリーズは予算オーバー、とても手が出なかったそうですが、この「必要な時に、必要なものを、必要なものだけ!」の脱パッケージ術によって、実は一番欲しかったグランプリシリーズを手に入れることが可能となりました。

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※カイ・ボイスン(デンマーク)デザインのグランプリシリーズは1951年ミラノ・トリアンナーレで最優秀賞を受賞したかことから”Grand Prix”と名付けられました。シンプルかつ上品でとても使いやすいグランプリシリーズはデンマーク王室御用達でもありますが、世界中のデンマーク大使館で使用するなど国を挙げてのプロモーションをするところなどはこの国らしいですね。カイ・ボイスンはあのジョージ・イェンセンの下で銀細工職人として学びましたが、シンプルで使い勝手の良いモノは装飾的な美しさに決して劣るものではない!と語りデンマークデザイン運動の黄金期を支えた一人でありました。

先だってこのお客様がお子様の新入学ということでご来店頂いた際も、買い物に対する態度はいたって冷静、決して買い急ぐことなく、今でも「必要な時に、必要なものを、必要な量だけ!」の術を使いお買い物に向き合っておられました。
机から椅子からカバンから・・・・・・クレヨンまで。「とりあえず全部揃えてあげがたからね!はい!後はあなた頑張って勉強してちょうだい!」というような姿をよく見かけますが、現代社会のような時間に追われる毎日ではこれは仕方のないことなのでしょうか!?
しかしながら、このお客様のような「さめた目」をお持ちになっている方とそうでない方とでは、結果的に実生活という長年のスコアボードに記されるストライクカウントの数に大きな差が生まれていしまいます。

サブスクリプションの時代に
- For intelligent silent majority -


すでに時代は21世紀、最初は知らなくとも こういった大人の消費行動が自然に出来てしまうような、お客様にちゃんと寄り添える「専門家の存在」とその「場所」、つまりAIといえどもいましばらくは追いつくことの出来ないような有機的なサービスの環境整備が必要な時代だと思っております。

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この様ないわゆる「さめた目」ですが、実はUPRIGHTをお買い求めにご来店される若いお父さんやお母さんは持っておられるな~と感じることがよくあります。似たような製品が世の中には五万とある中、価格やスタイリングだけでは納得せず、もう少し深いところを見ていらっしゃる。お子様の座姿勢に対する真剣な眼差しに心から敬意を表します。

私たち日本人は、こういったことに対してただ気付いていないだけで、きっかけさえあればこのような大人の消費行動が出来る十分な素質のある国民だと自負しております!

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グループエゴと不慣れな買い物

三人寄ればグループエゴが生まれるとはよく言ったものです。特にビジネスに於いては景気の動向に関わらず、どうしてもそれが常に付きまとってしまいます。例えばこの世知辛い世の中、住宅着工率が下がれば売る方だって存続のためには可能な限り一つの物件から利益を上げたいですもんね。担当の営業マンは最初にご紹介した建売率100%から得る利益どころか、それに更に何パーセントかでも上乗せしようと努力をします。それは悪意があってもまた無くてもです。これはビジネス習慣であって、人のによっては何となく心のどこかにモヤモヤ感を持ちながらも普通に行われています。ですから建売率70%なんて考え方は闇に葬り去られるどころか最初からそういった発想そのものがない。

そしてまた建て主の方といえば、一世一代の買い物であったとしても 残念ながらほとんどの方は住宅建築への知識は少なく、そのうえ購入決断から着工そして竣工まで早い流れの中(時間もコストですからね)、色々な事案に対応し早く決断しなくてはいけないことが想像以上に多く、結局のところ頼るのは営業担当者となります。もちろんこの人なら大丈夫だろう⁉と担当者を信頼したらか住宅購入へと至ったわけですからね。
建て主が様々なディテールについて自力で対応することに疲れはて、時にギブアップなんてしてしまうと、やはりこちらも心のどこかにモヤモヤ感がありながらも多少の予算変更であれば、担当者へ丸投げ近い人も当然のように出てきてしまいます。心当たりありませんか?
その度合いは様々だとしても、そうなってしまうと結果、建て主が細かいことをあまり考えなくても済んじゃう「建て主側の為の利便性」の名のものとに住宅設備だけではなく生活用品の販売システムまでもが確立してしまうわけです。
内覧会などに併設される 流れ作業的な家具・照明計画・ウィンドウトリートメントetc一期一会の販売会等々。。。ここに先程お話した理想的な環境が充実しているのであれば問題は少ないのですが・・・。
利便性とか効率化は買い手だけではなく、マスで攻める販売手法にとってもとても重要な要素であります。むしろその重要性の分量は売り手の方に多い。

結局のところそれは単なる青田刈りであって、その結果どうなるかとといいますと施主支給のほとんどが住宅販売業者にブロックされてしまう。つまり住み手の個性を生かすために残された余白がほとんどなくなり、秋岡氏のいった画一化が建物だけにとどまらず住宅用品についても起こってしまいます。
特に工事が伴うような照明計画や造作家具もその造作規模については要注意事項です。やはりここでも必要な内容を!必要な規模だけ!の戦術にとることで余白を残しておくことはとても大切です。つまりライフスタイルの変化などに対応するフレキシビリティの確保はとても重要だと思います。
ここは最初からパーフェクトを狙わず時系列で完成度を上げていくのはいかがでしょうか。生活デザインをするにあたり、時間をかけて完成度を上げていくという道を歩むことは、実は面倒ではなく、とても楽しくて幸せなことです。
※デザインという言葉の意味を振り返る

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「歩く」という字は「少し止まる」と書く

ライフスタイルがこれからどう変わるかなんて住まう本人でもよく分からないことを、他人である担当営業や家具インテリアの担当者が分かるわけがありませんから、大切なご自分のお住まいは、時に立ち止まったり、また歩いたり、ご自身の中で揺るぎない方針を構築しながら歩むことはとても素敵なことであり大切なことだと思います。グローバリゼーションの嵐が吹き荒れる中、本来中長期のものの見方をしなくてはいけないものまでもが、いたって短期的でそれも相対的なものの見方に変わってしまっているように思えます。これは僕が関わってきた街づくりなんかにおいても同じ傾向を肌で感じてきました。ここは急がず、一度深呼吸。ギアチェンジしてみる必要がありますね。

くらし座 大村正








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