HPVワクチン (子宮頸がんワクチン) 接種後の神経障害に関する文献まとめと Q&A
子宮頸がんを予防する目的で開発されたHPVワクチンの接種後に、全身の痛みや不随意運動 (体が勝手に動く)、記憶障害など様々な症状が長期間続き、日常生活に支障をきたす例が数多く存在することが知られています。
これらの症状はワクチンとの因果関係が証明されたわけではなく、従来から機能性・心因性と言われてきた症状に類似しているため、注射への不安や痛みが引き起こした機能性身体症状、あるいはワクチンとは無関係の心因性症状とする意見が多くみられます。
しかし、実際の患者からは髄液中サイトカインの上昇や自己抗体の陽性所見、表皮内神経線維密度の低下などの免疫学的異常が見つかっており、国内だけでなく海外でも同様に問題となっているのが現状です。
この記事ではそれらの知見の一部を簡単に示した上で、よくある質問をQ&A形式でまとめました。
文献
1. 静岡てんかん・神経医療センター
Ⅷ. 脳と自律神経の症状を呈する新病態 1. ヒトパピローマウイルス (子宮頸がん) ワクチン接種後にみられる中枢神経系関連症状
高橋 幸利; 松平 敬史; 笠井 良修
日本内科学会雑誌, 2017, 106.8: 1591-1597
HPVワクチン接種後に中枢神経系関連症状を長期に呈した39症例の解析。32例中81%で認知機能障害、75%で運動機能障害が認められた。認知機能低下を認めた17例で脳SPECTを施行し、辺縁系と関連する領域で血流低下がみられた。
髄液の同年齢女性との比較では、髄液CD3・CD4+リンパ球 (%)、IL-4・IL-13・IL-17・IL-8濃度、MCP-1、NMDA型GluRに対する抗体が有意に高値であった。
2. 鹿児島大学
ヒトパピローマウイルスワクチン接種後の神経症状は, なぜ心因性疾患と間違われるのか
高嶋博
神経治療学, 2019, 35.4: 536-542
HPVワクチン接種後に神経障害を呈した36例の診療経験に基づく考察。
- 臨床症状
頭痛や四肢体幹などの疼痛を89%、四肢・体幹の脱力や不随意運動などの運動障害を72%に認めた。不随意運動は粗大なミオクローヌス、振戦、ジストニア、ジスキネジアなどで、バリスムはベッドから落ちてしまうような強さのものもあった。POTS、発汗障害、尿閉などの自律神経症状も64%で認め、その他には記憶障害、学習障害、視力障害や、視床下部症状と考えられる月経異常、乳汁分泌、睡眠異常、強度の羞明もみられた。
- 検査
髄液抗GluR抗体は測定した8例中88%で陽性。脳SPECTは71%で大脳に巣状かつ複数の血流低下部位を認めた。皮膚生検では、63%で表皮内神経線維密度 (IENFD) の有意な低下を認め、ほとんど神経線維がみられない症例もあった。
自己抗体は、抗ガングリオシド抗体が33例中39%、抗gAChR抗体は33例中24%で陽性。その他に抗TPO抗体、抗サイログロブリン抗体、ANCA、抗AChR抗体、抗カルジオリピン抗体などの陽性例がみられた。
- 治療
橋本脳症やAQP4・MOG抗体陽性の免疫性脳炎に準じて、免疫吸着療法やアザチオプリン、プレドニゾロンなどを用いることで著効例も多くみられた。
- メカニズムの考察
カナダでHPVワクチン接種後にほぼ同様の症状ののち急死した2例の剖検では、脳血管周囲へのワクチン蛋白 (HPV16型L1蛋白) の沈着、同部位での大脳小血管周囲の炎症が確認されていることや、サイトカインや自己抗体の上昇所見、他の自己免疫性脳症との類似性、アジュバントの強力性などを合わせて考えると免疫機序が強く疑われる。
3. 信州大学
Suspected adverse effects after human papillomavirus vaccination: a temporal relationship between vaccine administration and the appearance of symptoms in Japan
OZAWA Kazuki, et al.
Drug safety, 2017, 40.12: 1219-1229
HPVワクチン関連症状と診断された72例の解析。日本におけるHPVワクチン接種勧奨の開始・撤回時期と症状の発症時期に時間的関連がみられ、ピークを越えた後の発症は極めて少なかった。
4. テルアビブ大学 (イスラエル)
Behavioral abnormalities in female mice following administration of aluminum adjuvants and the human papillomavirus (HPV) vaccine Gardasil
INBAR Rotem, et al.
Immunologic research, 2017, 65.1: 136-149
生後6週のマウスにそれぞれ
a. HPVワクチン
b. HPVワクチン + 百日咳毒素 (血液脳関門を開く目的でよく用いられる)
c. アルミニウム (ワクチンにアジュバントとして添加されている)
d. vehicle (溶媒, 対照群)
を投与した実験。
生後7.5ヶ月で行った強制水泳試験 (FST) では、無動時間 (動かずに浮遊している時間) がdに対してa, b, cで有意に延長した。
またa, bのマウスでは、血清中の抗HPV抗体がマウスの脳タンパク質抽出物と交差反応性を示し、免疫組織化学分析では海馬CA1領域におけるミクログリアの活性化が認められた。
Q&A
Q1.
マスコミ報道が原因の集団ヒステリーでは?
A.
HPVワクチンに関するネガティブな報道が始まったのは2013年3月頃ですが、鹿児島大学の症例では発症のピークはそれよりも前です。
Q2.
失神は他のワクチンにもみられるのでは?
A.
一般的にワクチン接種時によくみられる失神は迷走神経反射とよばれるものですが、これは通常注射の直後に現れ数分程度で回復する一過性のものがほとんどです。
一方、HPVワクチン接種後の症状として問題となっている失神や運動障害は長期にわたって持続するものなので性質が異なります。
Q3.
厚生労働省疫学調査では、接種者と同様の「多様な症状」が非接種者にも存在したので、ワクチンと症状は無関係では?
(全国の病院を対象とした、疼痛や運動障害などの「多様な症状」を有する患者の受診状況の調査)
全国疫学調査 調査結果
祖父江友孝
2016
全国疫学調査 追加分析結果
祖父江友孝
2017
A.
本来HPVワクチンで問題になっているのは全身の痛みや運動障害、記憶障害など複数の重度な症状が長期間続き日常生活に支障をきたすというものなので、こういった特徴を持つ患者のみを捉えられるような基準を設けるのが通常です。
しかし、この調査で対象とされている「多様な症状」は基準が非常に緩く、例えば症状が1つしかない症例などもこの中に入り込んでいるのです。
さらに症状の重さについても一切考慮されておらず、例えば頭痛では、HPVワクチン接種後に特徴的とされる「ハンマーで殴られるような頭痛」からよくある片頭痛まで同じ「頭痛」として扱われてしまう点、そして個別症状の割合を見ると特に光過敏、全身痛、記銘力低下、けいれん、振戦の頻度が接種者で5倍以上と突出しており、非接種者と接種者の症状が「同様」と言えるものではないことがわかります。(調査結果 p17-18)
- 「多様な症状」を有する患者のうち、非接種者・接種者がそれぞれ各症状を有する割合
同じ「多様な症状」という言葉でも接種者と非接種者ではこれだけ症状が異なるので、そもそも頻度を比較することはできず、この結果をもって因果関係を否定することはできないということになります。
「祖父江班の調査によって因果関係が否定された」という見解が一部でみられますがこれは誤りです。
Q4.
抗GluR抗体、抗ガングリオシド抗体、抗gAChR抗体などは健常者でも検出されることがあるのでは?
A.
- 抗GluR抗体
GluRにはGluN2B-NT2、GluN1-NTなどのサブユニットがありますが、そのどちらに対する抗体も対照群に比べて接種群で有意に高値でした。(文献1)
- 抗ガングリオシド抗体
ギラン・バレー症候群やFisher症候群の患者と対照群で抗ガングリオシド抗体の陽性率を比較した研究では、健常者105例がすべて陰性でした。
(HPVワクチン接種後の患者では33例中39%で陽性, 文献2)
- 抗gAChR抗体
シェーグレン症候群の患者と健常者で抗gAChR抗体の陽性率を比較した研究では、健常者73例がすべて陰性でした。
(HPVワクチン接種後の患者では33例中24%で陽性, 文献2)
Q5.
線維筋痛症 (FM) や筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群 (ME/CFS) などでは?
A.
確かにHPVワクチン接種後の症状は、全身の痛みだけに注目すればFM、疲労感だけに注目すればME/CFSとの類似性がみられます。
しかし、通常FMやME/CFSでは、重度の不随意運動や重度の記憶障害はみられません。
Q6.
症状からして機能性身体症状や心因性疾患 (身体表現性障害、身体症状症、ヒステリーなど) では?
A.
一般的に、多彩な不随意運動や感覚障害、give-way weaknessなど解剖学的に不合理な所見がありMRIや髄液が正常なケースは、長らく心因性疾患として捉えられてきた歴史があり、HPVワクチン接種後の症状に関しても例外ではありません。
しかし近年、心因性とされてきたケースの中に、実際は橋本脳症やNINJAなどの自己免疫性脳症が多く含まれることが明らかになっているので、不合理な所見を理由に必ずしも心因性とは言えなくなっているのが現状です。
また、心因性とされている症状は実際に心因性機序で起こっていると証明されたわけではないので、「この症状があるから心因性」と積極的に診断できるものではありません。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?