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精神科病院における運動器リハビリテーション

 精神科病院では、リハビリテーションの一環として精神科作業療法が実施されています。一方で精神科作業療法の対象者は、処方期間が3年を越える人が最も多く、次いで10年以上となっており、平均年齢では60歳代が最も多く、次いで50歳代となっています(一般社団法人 日本作業療法士協会 精神障害にも対応した地域包括ケアシステムに寄与する作業療法のあり方 検討委員会報告書)。
 長い入院生活の中で精神科作業療法による支援が行われていますが、転倒による骨折などの急性発症した運動器疾患や、加齢に伴う関節の変性疾患などの慢性の運動器疾患への対応は、必ずしも十分とは言えません。
 本記事では、精神科病院における運動器リハビリテーションについて整理していきます。


運動器リハビリテーションの対象者

 運動器リハビリテーションの対象者は、下記のように定義されています。

  1. 上・下肢の複合損傷、脊椎損傷による四肢麻痺ひその他の急性発症した運動器疾患又はその手術後の患者

  2. 関節の変性疾患、関節の炎症性疾患その他の慢性の運動器疾患により、一定程度以上の運動機能及び日常生活能力の低下を来している患者

 つまり、大きく「急性疾患」と「慢性疾患」に分けられています。

1.急性疾患とは

 急性発症した運動器疾患又はその手術後の患者は、「上・下肢の複合損傷(骨、筋・腱・靭帯、神経、血管のうち3種類以上の複合損傷)、脊椎損傷による四肢麻痺(1肢以上)、体幹・上・下肢の外傷・骨折、切断・離断(義肢)、運動器の悪性腫瘍等のものをいう」と定義されています。

 まず分かりやすいのは、転倒による「骨折」です。残念ながら、精神科病院では患者さんの転倒が多く発生している状況があります。転倒に伴って、大腿骨頸部骨折や腰椎の圧迫骨折、橈骨遠位端骨折(手首の骨)や上腕骨骨幹部骨折を受傷するケースが散見されます。こうした場合、多くは整形外科を受診し、手術療法や保存療法(ギプスやシーネ固定など)が選択されます。

 「からだのリハビリ」が介入する場合、精神状態が不安定な患者さんであっても、「転んでしまったこと」は覚えていることが多く、受け入れは良好な場合が多いです。大腿骨骨折や腰椎の骨折等で「歩けない」状態になっていれば、「また歩きたい」と思うのは自然なことで、「また歩けるようになるためのお手伝いをさせてください」などの声掛けをすれば、拒否をされることはほとんどありません。上肢の骨折であれば、「食事がうまくできない」「着替えができない」など、やはり具体的な困りごとが生じているので、そうした「困りごとを解決するためにお手伝いをしたい」旨を説明すれば、大半はリハビリに協力いただけます。患者さんの希望と、リハビリの目標が比較的一致しやすいケースと言えるかもしれません。
 リハビリが進んでいくと、転倒前の機能まで回復が見込めるケースと、何らかの障害が残り代償が必要になるケースへ分かれていきます。この段階では、少し注意深く精神状態の評価をすることが求められます。機能回復が良好なケースでは、転倒を繰り返さないように周辺の環境に注意を向けられるようになる人などもおり、「精神状態も身体機能も転倒前より良くなる」経験をすることもあります。機能障害や能力障害が残存するケースでは、当然ながら、患者さんがどのような受け止めをしているか、精神状態への支援をどのようにしていくかを考える必要があります。精神科医や看護師、精神科作業療法士、精神保健福祉士、心理職などとの連携が求められます。

 急性発症した運動器疾患のうち、精神科病院の特性として押さえておかなければならないものに、「自死未遂後」に生じた疾患があります。比較的多いのが、リストカットに伴う前腕の腱損傷(神経損傷や血管損傷を合併する場合もある)、縊首(いしゅ・首を吊ること)に伴う頚椎損傷(頚髄損傷で脳血管疾患等リハビリテーションの対象になることもある)、高所からの転落(飛び下り)に伴う骨盤や下肢の骨折等があります。
 自死未遂後というと、精神状態が非常に不安定であると想像する人が多いかもしれません。ただ、実際に「からだのリハビリ」として介入してみると、案外落ち着いて参加していただけることが多いです。GAF(機能の全体的評定)尺度は低値で精神状態は「重症」ですが、実際に生じている「痛みや拘縮、筋力低下などの身体症状」には比較的関心が向きやすく、むしろ積極的に参加していただける人も少なくありません。「からだのリハビリ」介入後、家庭に戻ったり、復学や復職など、社会復帰を果たす人がたくさんいらっしゃいます。
 一方で、自死未遂エピソードの後、救急病院で治療し、リハビリの継続が必要であると判断されたにも関わらず、リハビリ専門病院では受け入れてもらえないというケースが多数存在しています。受け入れ先が精神科病院しかなく、その精神科病院で「からだのリハビリ」への介入をしていない場合、身体的な後遺症が原因で社会復帰の道が閉ざされてしまうことがあります。
 精神疾患を持つ人のリハビリ専門病院での受け入れ体制の拡充と、精神科病院での「からだのリハビリ」実施体制の拡充の両面が求められます。

2.慢性疾患とは

 慢性の運動器疾患は、「関節の変性疾患、関節の炎症性疾患、熱傷瘢痕による関節拘縮、運動器不安定症、糖尿病足病変等のものをいう」と定義されています。

 精神科病院でよくみかけるのは、変形性膝関節症。男女比は1:4で女性に多いとされ、高齢者になるほど罹患率が高くなると言われています。主な症状は膝の痛み。初めのうちは休めば痛みが取れますが、症状が進むと安静にしていても痛むようになり、歩行が困難になります。変形性膝関節症があり、転倒→骨折(急性疾患)という事例も少なくありません。
 関節軟骨の加齢性変化が原因のことが多いので、完治させることは難しいですが、下肢の筋を鍛えることで痛みを緩和させたり、進行を予防することができます。
 肥満も関与しています。入院中は体重の管理をされていることが多いのですが、解放病棟など比較的自由に過ごしている中で、体重が増えてしまっていることがあります。減量することで膝の負担が減り、痛みが緩和されることがあります。
 過用(つかい過ぎ)も悪い影響を及ぼすことがあります。精神的に落ち着かず、病棟内をずっと歩き続けてしまうことで、症状が進んでしまうことがあります。休息を促したり、落ち着くための方策を考えることで、症状が緩和されることがあります。

3.運動器不安定症

 日本整形外科学会によると、運動器不安定症は「例えば「歩行時にふらついて転倒しやすい、関節に痛みがあって思わずよろける、骨に脆弱性があって軽微な外傷で骨折してしまう」などの病態を疾患としてとらえ、それに対する運動療法などの治療を行うことによって重篤な運動器障害を防ぐことを目的にこの病態を認識していただくために命名された疾患概念」とされています。
 診断の基準が明確に定められており、運動機能低下をきたす11の疾患あるいは状態の既往があるか、罹患している状態であり、かつ日常生活自立度判定基準がランクJまたはAに相当(日常的に歩いている)し、開眼片脚立位が15秒未満かTUGテストで11秒以上かかること、とされています。
 ごく簡単に要約すると、「日常的に歩いているけれど、バランス機能が低下していて転倒しやすい」状態のことです。

 急性疾患の解説の中で、「精神状態も身体機能も転倒前より良くなる経験をすることがある」ことを述べました。こうした人たちは、もともとの潜在力があるので、転倒事故を起こす前に介入していれば、身体機能を高めることができるし、精神状態の安定につなげていける可能性があると言えます。
 運動器不安定症の診断ができる医師と協働していけることが、精神科病院における「からだのリハビリ」実践の一つのポイントと言えるかもしれません。


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