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橋本大輝「Mの輝き」

数年前、明治大学が予選会で落ちた時にNumberで生島淳さんが「誰かMの走りを見せてくれ」とコラムに書いていたのをよく覚えている。それは伝統校であるということを含めて、誰かが名門の意地を見せてほしい。それを渇望した内容だったと思うのだ。

その次の年から阿部弘輝選手がエースとして一本立ちしたのだが、中々名門の「重み」に苦しんでいるシーズンが続いている。そんな中で今大会Mの意地を見せてくれたのが橋本君だった。そんな彼は必ずしもエリートランナーではなかったという事をまずはお伝えしておきたい。

一般入試からの叩き上げ

高校時代は兵庫の名門校の一つである須磨学園に在籍していたが、怪我が多く活躍できない時期が続いた。早稲田大学の中谷雄飛くんや創価大学の嶋津雄大くん、東洋大学の宮下隼人くんに帝京大学の遠藤大地くんといった下級生から箱根路を走ってきた選手も多く居る。

橋本くんも明治に入学したとはいえ、その入学はスポーツ推薦ではなく一般入試。当然寮生ではなくアパートを借りての練習ということになったわけだが、橋本くんがぶれることが無かったのは目標だった。

「4年生になった時に箱根駅伝を走る」。その目標を変えることなく、練習を積み上げていった結果橋本くんのタイムは劇的に向上を遂げ、箱根駅伝のメンバーを狙えるまでに至った。スピードランナーが多い明治大学において、数少ない「強い」ランナーの一人ともいえる。

山本監督が「大保海士のように4年生になって伸びてきた」と評価したのも、決して無関係ではないだろう。特に陸上の長距離はそうした積み上げたものから思わぬ形で結果が齎されることが多くある。橋本くんもそうして4年間積み重ねてきた物を箱根という大舞台で最後10区区間4位という形で結実をしたのだろう。

積み重ねてきた裏には

「実は12月に入ってからシンスプリントが悪化して、不安を抱えながら練習をしていました」と明治大学のスポーツ新聞、明スポで語った橋本くん。その不安の中でもチームを復路3位に引き上げた橋本くんの走りは、いかに長距離が積み上げてきたものの先にある重要なことがあるのを示してくれている。

夏合宿で練習をパーフェクトに積むことが出来たこと、箱根駅伝予選会でハーフマラソン自己ベストを更新できたこと、MARCH競技会で10000メートル自己ベストを樹立したこと。そうした成功体験も、不安を打ち消し最後の好走へと繋げてくれたのかもしれない。

今大会の明治は往路から波に乗ることが出来ずに総合14位に終わった。結果としてはシードを獲得できず悔しい思いをすることになるわけだが、最終学年でかつアンカーの橋本くんの好走はまさしく意地を感じさせる素晴らしい走りだった、と個人的に思う。

何よりも寮生でなくアパート暮らしという苦労人、それでも腐らずに積み重ねてきた物が結実した瞬間だった。

また同級生で主将も務めた鈴木聖人くんも、彼の成長を大きく助けてくれた要因だった。タイムが出ずに腐っていた鈴木くんが話し込んでいたのは、橋本くんだったという。鈴木くんが2年生の時には5区で給水をしたのが橋本くんだったのだそうだ。

一緒に箱根駅伝を走りたい。そうした思いを最後の箱根で結実した形となったのだ。

鈴木くんは2区で巻き返すことが出来ず、苦しい展開となった。ただ、鈴木くんにも橋本くんにも言えることはそれでも「M」と書かれた明治大学のユニフォームを輝かせるため、チームのため、後輩のため。そして自分のため。様々な思いを持ちながら走り切った、ということだ。

Mは再び輝く

そんな橋本くんは、一般企業に就職が決まっていた。つまりこれが競技生活最後となる予定だったのだが、現役続行が決まる。SGホールディングスというエリートランナーが多く集まる実業団に就職が決まった。

現在、西鉄で競技を続行している大保選手もまた4年時の活躍から西鉄に内定が決まったという経緯がある。エリートだけではない。たたき上げの選手たちが活躍できるのも箱根駅伝の魅力である。

青山学院大学で好走した池田生成さんや早稲田大学が最後総合優勝を決めた際に柏原竜二さんと競り合った猪俣英希さんもまた、4年生としてたたき上げられてきた選手たちだ。

橋本くんもまた、そうした歴戦の選手たちの一人として忘れることが出来ない選手となったはずだ。

加えて、昨シーズンの明治は決してネガティブな話題ばかりではなかった。関東インカレでは大学記録を更新した選手も居たし、選手個々人を見ると決して記録が悪いわけではない。山本監督もほんの少しのきっかけを探っていることだろう。橋本くんが一つの目標になる、とは言い切れない。

だが、橋本くんのように挫けずぶれずに走り抜いてきた「強さ」は間違いなく強い明治大学の復権に、何かを与えてくれた気がする。

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