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大八木弘明「愛の先に」

強面、大声。昔ながらな印象を残す大八木弘明監督。ここ何年でも言われるのは「変わった」という言葉。

果たしてそうだろうか? もちろん接し方や伝え方は変わっただろう。だが、それは一端に過ぎない。
本質にあるものは一つも変わっていないのではないか。そう思うのだ。

それは選手への「愛」であり、陸上競技への「愛」である。

選手への「愛」

あんな強面で厳しく叱る彼に「愛」という言葉が合っているのか……というのは置いておこう。だが、大八木監督は誰よりも選手たちを厳しい目で見つめる一方で、誰よりも選手たちの可能性を信じてきた人物であることは言うまでもない。

その結果が現在に至るまで、実業団で活躍する選手を多く出してきた原動力ともなっている。

その最たる例が藤田敦史現監督だろう。大学入学後に不調の原因を見出し食事トレーニングを取り入れたこと、マラソン日本記録を樹立するランナーにまで育成したこと。箱根駅伝で優勝した際に、ゲスト解説で来ていた藤田さんと照れながらも感極まった声で「お前たちにできなかったことやったよ」と語ったこと。
厳しいながらもあたたかな一面は昔からあったのである。

また「男だろ!」と呼ばれた安西秀幸さんでさえも寮での大八木総監督の話になると「すごくいいおじさん」と語るほど、実際には人柄も柔らかで気さくな人だということもまた付け加えなければならない。

駒澤大学の寮にあるサウナは「選手とコミュニケーションをとるため」に設けたもの。当初は入ってくる部員も少なかったようだが、大八木総監督はそうしたところからも選手の状態を把握しようと努めていたのだろう。

当然、年齢を理由に早朝ジョグを自転車で付いていく……というのを取りやめていた時期があったにせよ、どうすれば選手のことを分かろうと模索していた。

こうした選手への「愛」が強くしてきたのは間違いない。

もちろんそれだけで名将とは呼ばれない。指導面や競技面においても、やはり「愛」に満ちた人物であるということも伝えなければならない。

陸上競技への「愛」

ちょうど、高林が入学してきた頃でしたね。私は実業団に居た頃で、傍から見ていて、それまで「ロードの駒澤」だったのが、「トラックの駒澤」に様変わりつつあるなあ、と。

まず(5000m)13分台を持っている子が3人も来る驚きがあって、ある時に大八木監督に聞いたら、「そういうスピードを持った子たちが入ってくるようになったから、練習の中身も変えているんだ」と話してくれました。

https://www.rikujyokyogi.co.jp/archives/79146

現在藤田監督と指導に当たる高林祐介コーチが現役時代の時、自らが大学にいたときとはメニューが変わっていることに驚きを覚えた藤田コーチが大八木監督に問うた時のことだ。

変わっているのは選手への接し方だけではない。当たり前の話のように思えるが、成功体験に固執することでアップデートや選手に適した指導ができない可能性もある。だからこそ、大八木総監督は常に最善を探し続け、今に至るまで「名将」と呼ばれているのだろう。

中村匠吾選手がマラソングランドチャンピオンシップで優勝する前のエピソードとして印象的なものがある。ナイキのイベントでやってきたエリウド・キプチョゲ選手に練習内容を聞きに行き、それを中村選手オリジナルの練習メニューとしてアレンジしたというエピソード。

それが活き、現在も田澤廉くんのいわば「専属コーチ」として指導を行うことになったこと。常に変化を恐れることなく、その選手にあった最善のメニューを提示できる。長距離という競技を愛していなければとてもではないができない事だ。

そして、いつかはやって来るであろう退任に合わせるかのように手向けられた「三冠」というプレゼント。競技への「愛」と選手への「愛」。それぞれが揃って最高のフィナーレとなったのだ。

指導者として退くのはまだ先

とはいえ、それは「箱根駅伝」という競技においてだ。あくまでも「陸上競技」という部分からの指導者引退はまだ先になりそうだ。

まだまだ育成しなければならない選手が多くいる。鈴木芽吹くんに篠原倖太朗くん、佐藤圭汰くんそして……田澤廉選手。彼らが世界を目指せる選手となるための大八木総監督としての挑戦はまだまだ続いていく。そして、託した想いは藤田敦史新監督が受け継いでいく。

4月からは子供たちを指導する。卒業生の柴田尚輝さんがコーチを務めるDeNAランニングクラブで子供たちの指導を行うことになった。

「多摩川会」という指導者含めた他大学との交流に選手の育成、子供たちのランニング教室……。相変わらず競技に在学生の為に。飛び回るように忙しい日々が続いていきそうだ。だが、それこそが大八木弘明という男なのかもしれない。

勝つ喜び、成長できる喜び。それを最前列で見て来た彼らしいこれからだと、私は思うのだ。

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