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「マッスルポーズ」と「男だろ!」

今年のバスケットボールのウィンターカップは仙台大附属明成(明成高校)が優勝した。決勝戦の東山高校戦は双方が死力を尽くした、本当に素晴らしい好勝負だったのをよく覚えている。
また、箱根駅伝では藤色のたすきをつけた「平成の常勝軍団」こと駒澤大学が優勝した。
この二人の指揮官に共通しているのは「経験を持った指揮官」であるということだ。

「マッスルポーズ」の佐藤ヘッドコーチ

今年の高校バスケを制したのは、天皇杯での活躍も印象的だった福岡第一でもなく、リベンジを誓った福大大濠でもなく、米須玲音くんが在籍する東山でもなく。明成高校だった。山﨑一渉(いぶ)くんを含め、ハーフの子が多く在籍している明成を率いる佐藤久夫ヘッドコーチはそのポテンシャルの高さの一方で、気持ちの弱さに頭を悩ませていたのではないか。

高校バスケ界の名将として知られる佐藤ヘッドコーチ。かつて無敵を誇った田臥勇太率いる能代工業に公式戦唯一の敗北を経験させたり、決して良い選手が集まらないと言われる市立仙台高校で全国制覇へと導いたり。その実績は計り知れない一方で、とても厳しいコーチであることでも知られている。
近年では八村塁を育成した好々爺の印象も強いが、70歳を越えた今でも練習では体を張って指導するなど情熱は一つも衰えていない。

ただ、そんな佐藤ヘッドコーチは決して選手を「気持ちが弱い」と腐すことは一回もしなかった。「みんな優しい子なんですよ」と積極的に選手を立て続けた。

そのうえで「俺にとってのドリームチーム」とまで選手たちのことを褒めたたえ続けてきたのだ。厳しい練習を積んできた彼らだからこそ、自信を持ってもらいたかったのだろう。
考案したのは「マッスルポーズ」。

自信の無い選手たちが少しでも気持ちを強く持ってもらいたいと始めたこのポーズが、選手たちの自信を深めていった。そして本来の優勝候補であった東山や福岡第一を倒すまでに至ったのだ。

主力選手を欠きながらも、優勝へとたどり着くことができたのは佐藤ヘッドコーチが選手たちを奮い立たせ続けたからに他ならないだろう。
それでも佐藤コーチは、これからどれだけ優勝したとしても。八村塁がNBAでどれだけ活躍したとしても。きっとこう言うに違いない。
「選手たちが頑張ったおかげですから」と。

「男だろ!」この一言でスイッチを入れ続けてきた大八木監督

箱根駅伝ファンならば誰でも知っている「男だろ!」という言葉。街宣車のごとく声を張り上げて檄を飛ばす姿でおなじみなのが駒澤大学の大八木弘明監督だ。
藤田敦史現コーチをはじめ、中村匠吾選手など実業団でも活躍するランナーを多く育成してきたことでも有名な、学生長距離界きっての名将だ。

しかし、そんな名将も次第に後塵を拝すようになっていた。それでも全日本での優勝を含めて箱根駅伝では総合3位以内に入るなど底力を見せてはいたのだが、2017年大会の9位、2018年大会は13位と順位を落とす。練習から厳しく追い込ませ、レースでも厳しく激を飛ばす。その姿とは対極的に明るく楽しそうな青山学院大学のような現代っ子に合わせる物とはマッチしなかったのかもしれない。

だからこそ、大八木監督も変化していった。

とはいっても、元から自身のことを「心配性」と称する大八木監督は選手のことを細かに見ることができる指導者でもあった。
藤田コーチが大学1年生の時に体調不良で悩まされていた時には病院に行くように命じ、それが貧血だと分かれば食事にレバーや木耳を多く摂らせて日本屈指のランナーに育てた。中村匠吾選手が指導を受けたいと感じた時に、世界記録を持つキプチョゲ選手に練習方法を聞きに行くなど変革を少しも恐れない強い情熱を持っていたのだ。
だからこそ、選手たちも伸び伸びとやりながら一方で大八木監督の下でまた強くなっていった。

決して大きく変えていく必要のないことだったのかもしれない。ただ、その変化は小さくても勇気がいる変化だった。それによって、また選手たちも自然とついてくるようになった。
だからこそ、13年という長い年月を経て優勝という形に漕ぎ着けることができたのではないだろうか。

経験という武器と、変革という覚悟。だからこそ名将は面白い

今年は未曾有のウィルスによって多くの学校が戸惑った。帝京長岡高校のように途中で棄権せざるを得なくなった学校だってある。だからこそ、ベテラン指揮官の妙味が優ったのではないか。

長くに渡って指導をしてきたからこそ積み重ねてきた経験と、時代に合わせた変化を厭わないその姿勢こそが、今でも第一線での活躍を可能としているのかもしれない。今年の年末年始はそんな二人の指揮官が「まだ若い者に負けてたまるか!」という気概と柔軟さ、そして経験で圧倒したと言える。

きっと今日も、そんな二人が見つめている先は選手たちの練習を、厳しくも温かい目で、見守っているはずだ。

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