消したい過去

ほんの数十秒、何も言えず立ち尽くしていただけなのに、

その時間が長く感じた。


知らないふりをしていいのか、

どちらかが沈黙を破らないといけないのか。


私は、徐々にあきとさんから目線を外し、その場から立ち去ろうとした。


「れいちゃん、待ってよ!」

久々にあきとさんに名前を呼ばれて、あの時の記憶が鮮明に蘇る。

悲しみと、苦しみと、憎しみと、愛おしさ。涙を瞳に止めておくのが大変だった。


「もう、話すことはないでしょう。関わりたくないの、やめて。」

「お願い、待って。話したい。許されないことはわかってる。けど、話したい」

「私は話したいことなんてない。もう忘れたの、過去のことは自分の中で消したの。」

「俺は話したい。聞いてよ。お願い。」

「・・・ごめん、本当に無理。」


トイレなんて、したかったことを忘れて、席に戻った。

涙でいっぱいの目を見た後輩が驚く。

「え?大丈夫っすか?気分でも悪いんですか?」

「ううん。大丈夫。店、移動しない?」

「全然いいっすけど・・。本当に大丈夫ですか?帰りますか?」

「・・大丈夫。」


すると、あきとさんが客席に戻ってきて、私を探しているのがわかる。


ーーー早く出たい。逃げたい。一番会いたくなかった。


カウンター席に座っていた私たちを見つけて、近寄ってくる。

後輩の目線もあきとさんへ向かう。


「え、れいさん、知り合いっすか?」

「知らない。」


「れいちゃん、頼む。本当にお願い。」

状況を読み込めない後輩が動揺している。

「あの、どちら様ですか?れいさんの知り合いですか?」

「お邪魔してしまっているようで、すみません。10年ぶりくらいに会えた知り合いです。」

「もう移動しよう!!」

そう言って、後輩の腕を掴んで、1万円をカウンターに置いて席を立った。


階段を降りて、出口へと向かう。


「れいちゃん!!!俺、ゲイって言われてるんだ!!!!」


一瞬で頭が真っ白になって、後輩も驚いて振り返る。


「え?」

「あれから、本当に特定の人と付き合えなくて、恋愛ができなくなって、女性と関係を持つことに、距離を置いてた。そしたら、もうゲイだって、周りに言われるようにまでなった!!全然そんなことないのに!」


「元彼なんすね。れいさん、話したほうがいいんじゃないですか?未練とかなくても、スッキリするんじゃないですか?どうしても嫌なら、俺が強引にこの店かられいさんを連れ出しますけど。」

「・・・わかった。話す。ごめんね、ありがとう。」


私はあきとさんを見上げて、

「私は、話したいことなんてないから、聞くだけね。」


あきとさんは、少し笑って、「ありがとう、ちょっと待ってて。」


そう言って、2階の店内へ戻った。


「れいさん、俺ら全然恋愛の話とかしないから、びっくりしましたよ。笑

今度、ちゃんと聞かせてくださいね。あの人、結構有名なバンドの人ですよね?名前忘れたけど・・笑 じゃあ!俺いきます!また近々!!」

「うん。ありがとうね!また!」


ちょうど入れ替わりくらいで、あきとさんが降りてきた。


「れいちゃん、お待たせ。本当にごめん。行こうか。」

「うん。」


この日が、私が2番目に忘れられない夜になった。

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