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「生成AIの活用にはリスク回避のために創作過程の記録などが必要」?日本弁理士会による論点整理を振り返る

日本弁理士会で報道関係者を相手に「生成系AIと著作権法における論点整理」というのための説明会が開催されたみたいです。
Yahoo!ニュースにもなっていました。
今回の記事では、特に生成AIによる生成物の著作権発生可能性について言及されているようです。

「論点整理」と保険をかけているだけあって、内容としてはみなさんご存じのもので、正直周回遅れ感は否めません。すでに去年の秋ぐらいから活発に議論されているものではあります。

そもそも弁理士と著作権法と関係あるの?という方もいらっしゃると思いますが、弁理士は知的財産の専門家であり、著作権法は知的財産法の一部ですから、著作権に関して相談にのることはOKと弁理士法にも規定されています。

より控えめに言うと、弁理士試験では著作権法の問題も出題され、それらを勉強して正解することで合格してますので、普通の人よりは詳しいはずです

「生成AIの活用にはリスク回避のために創作過程の記録などが必要」?

記事によれば、この委員長の方は著作権ビジネスのためには、『「著作権が生じるように創作すること」が重要』と提案されているようです。

これは一般的な著作のことを言っているのか、生成AIを利用する上で気を付けるべき点なのかわかりませんが、今現在日々生成AIを利用している方々からすれば「どうやったら著作権が生じるのかこっちが知りたいわ!」という状況だと思いますので、若干無責任な発言かもしれません。やっぱり具体性と現場感は必要ですね。


 「著作権がなければ他者が複製できてしまうため、著作権の存在を前提としたビジネスが成立しなくなる。何を目的として、どのAIを使って、誰がどのように創作するか、という戦略と過程が重要になる。創作過程の証拠確保にはタイムスタンプなどの活用も考えられる」(高橋氏)

https://ascii.jp/elem/000/004/148/4148646/

タイムスタンプがどのように必要かはよくわかりませんでしたが、生成条件がクリアだというのはリスク回避のために有効だと思います。
自身の著作権の発生を主張するにおいても、他人の著作権の侵害ではないことを主張するにおいても。

AIでイラストを生成する際には、少なくとも、「モデル」、「設定」、「プロンプト」などは生成者が自由に設定できますので、それらは生成者の創作意図を探る手掛かりとして残しておくとよいかもしれません。

一般的なt2i(text to image:テキストプロントを入力することで画像を得ること)について考えてみます。
著者は主にStable diffusion web UI (Automatic 1111) でイラストを生成して遊んでいますので、これを例に説明します。

例えば、イラストの生成に用いた
・モデル(checkpointもしくはsafetensor等のファイル):
・サンプラー
・steps
・CFG scale
・生成画像サイズ
・プロンプト(positive prompt、negative prompt)
・シード値
といった情報は、出力されるPNGなどの画像ファイルにメタ情報として保存しておくことができます。

PNGに保存されているメタ情報は、TweakPNGなどのソフトを使用して解析することもできるし、Stable diffusion web UI (Automatic 1111) でも読み込むことができますよね。

要は、t2iに関しては、画像ファイルに生成条件等を残しておけば、あとで読み込むことで、どんな条件で画像を生成したかはある程度立証することができると考えます。

しかし、生成時にこういう情報を画像ファイルに記憶させておく設定をしていなかったり、使用サービスによってはプロンプトさえ残らなかったり、また、プロンプトがばれると他人に真似されるから載せないといった秘密主義の人がいたり、どんなプロンプトを使用しているか知られるとまずいと考えている人がいたり、アップスケール処理をしたのでメタ情報は吹き飛んじゃいましたという人がいたり、PNGは重いのでJPG(変換時にメタ情報が消える)にしちゃいましたという人がいたりと、意外と残さない人が多いように思います(全部実体験)。

こういう画像ファイルさえ残っていれば、別にタイムスタンプなど使用しなくても、PNGに生成時間も保存されてますから、生成日時の立証はできるでしょう。

 「300行ものプロンプトを打ち込んで生成した絵だとしても、その証明がなければ裁判では不利になる。紛争を想定すると、生成AIを活用した生成物には、創作過程を記録することは『義務』に近い話になる可能性がある」(高橋氏)

https://ascii.jp/elem/000/004/148/4148646/

300行のプロンプト!? 300 token or 300 wordの間違いでは…?
そもそもプロンプトは「行」で測るのものではないのですが…。
それはさておき、t2iの場合は上記のようにPNGファイルに読み取れる情報が残すことで、ある程度の情報について立証はできますが、ただ、t2iのみ生成絵は著作権の発生は厳しいと言われています。
プロンプトが300行もあれば、プロンプト自体に著作権が発生する場合はあると思いますけどね…。
長ければいいってもんではなくて、創作的意図が生成物にいかに反映されているかが重要…それでも著作権が獲得できるかは、可能性は否定しないけど現時点ではよくわからない、が現状まるい判断だと思います。

ですから、t2iにおいては、自己の著作権発生を主張するというよりかは、他人の著作権を侵害していませんという主張に使う方が大きいのでは。

ControlNetの使用が著作権の獲得に貢献するのでは?との議論もありますが、長くなるのでここではやめておきましょう。私は正直どうかな?と思っている派です。


ControlNetを使った場合もそうですが、問題はi2iやinpaintを使用した場合です。

i2i(image to image)は、テキストプロンプトだけではなく、ベースとしての画像も入力する方式です。
必ずしもi2i=パクリ(著作権侵害)というわけではないのですが、理解と知識の足りない人たちの標的になりがちです。

i2iでは、t2iのように上記のメタ情報に関しては画像ファイルに含めておくことができるのですが、ベースの画像にどんなものを使ったかの情報はふつう保存されないです。

そうすると、下敷きにした画像も保存しておかなければならず、立証のハードルはさらに上がります。
strengthなどのベースの絵をどれくらい参考にしたかの情報はPNGに残ると思うので、それは何かに使えるかもしれません。
i2iの下絵にした画像を保存している人はゼロ人説が濃厚なので、厳しそうは厳しそうです。

また、inpaintは、乱暴に言えば人間がAIイラストを手直ししながら再生成する手法ですが、inpaint修正前画像を残して保存している人はいないと思います(断言)。

また、ここでは触れられていませんが、文化庁の資料では「たくさん生成した中から選別」という論点もあり、

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoseido/r05_01/pdf/93918801_03.pdf

じゃあ、作品として採用しなかったやつは全部捨てずに保存しなければいけないのか?という現実的ではない処理が求められる可能性はあります。
通常、失敗作は容量圧縮のために削除されると思うのですけれども。

ということで、「生成AIの活用にはリスク回避のために創作過程の記録などが必要」か?という点については、残せる情報は残しておいた方がいいんじゃないかな、著作権は発生しないかもしれないし、他人に真似されるかもしれないけど、ということだと思います。

法的リスクが気になる人は、頑張れる範囲で頑張ってみましょう。

裁判所に証拠として提出できる情報になっているか?」を意識して日々生成に励んでいただければより良いと思います。

で、今までの話は「1枚のイラスト」をイメージして検討したわけですが、これがマンガの一コマに使用される絵とか、アニメの一部に使用される絵とかになると、絶対そんなことはやってられないので、産業用途での実務ではたくさんの課題がありそうです。

文化庁の動きも一応フォローしております。
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前川知的財産事務所
弁理士 砥綿洋佑