辛い時、悲しい時ほど、表現したほうがいい理由 #22
私は小学校5年生に始まり、中学3年生まで、リストカットをしていた。加えて、自分の髪の毛を抜いたり、頭を叩いたりもした。
自傷的な行動は、その後も大学生活まで見え隠れし、社会人になって完全になくなった。未だにその時期のことを思い出すことがある。
小学5年生、人生で1番辛かった
自傷行為をしていた時、周りにこの気持ちをわかってくれる人も居なくて、今思うと、人生で1番辛かったかもしれない。
この時に、唯一、私を救ってくれたものは「絵を描くこと」たった。
スケッチブックに、ひたすら書きまくった。
それは人間のような動物のような抽象的なものだった。形をほぼ成さず、鉛筆の先がボキボキ折れるくらい、書き殴った時もある。
それを父親に見せたら、すごく評価してくれた。「もっと描いたらいい」と言われて、それもすごく嬉しかった。
(言われた瞬間のことも、未だに覚えている)
この瞬間、自分はこれをやればいいんだって思った。
今思うと、幼く選択肢のない私にとって、それは究極の「自己表現」だった。
気持ちを「出していいんだ」と思った
それ以降、小学校5年生から大学に入るまで、20冊近くのスケッチブックを書いた。
(これが、後に私が美術教員になる一因でもある)
あの時の感覚を、未だに忘れられない。
自分が大嫌いだと思いながら、スケッチブックに殴り書きした時の気持ち。
今になって思う、あれこそが「表現そのもの」だった。
まさに、あれは今で言う「ストレス」だったんだろうが、それを描くことで解消していたわけだ。
書き終わったあと、少しスッキリしたし、成果物に対して、達成感すら覚えたこともあった。
スケッチブックを書いていなければ、もっとリストカットしてただろうな、と思う。
あの時の私は、表現することにより、心を安定させていたのだと思う。
自分の気持ちは、表現してしまえ
辛い時、悲しい時は、自分の中に溜め込まないで、出したほうがいい。
言葉でも、文字でも、絵でも、音楽でも、
なんでもいい。
「その時の気持ち」を、表現するのだ。
そのために、この世には文学や美術、音楽が存在するのだ。言葉ならない思いすら、それらは背負ってくれる。
表現しないと、その時の気持ちがずっと、心の中に残り続け、後々の自分のメンタルに消してプラスとは思えない負荷をかける。
それはトラウマだったり、心の傷。
表現したからといって、ダメージや傷が無くなるわけではない。ただ、その時の辛さは、その時に昇華させてあげたほうが、ダメージが軽減されるのだ。
あの時の自分に言いたい。
辛かった時、表現してくれて、ありがとう、と言いたい。
私はあの時の辛さを未だに忘れないけど、私が私であることを、忘れなかった。
あの時の絵たちは、私の勲章になって、今の私の一部になっている。
表現することは、生きること、そのもの。
言いたいこと、出したいことは、遠慮なく出せばいい。それが自分の本質に直結していくから。
その後の話…
私は、絵を描くこと以外にも、自分の心と身体を表現できることに出会う。
体育系に進みスポーツで結果を残すことになる。
その後、大学は美術系に進み、美術の教員になる。
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