見出し画像

旅に出る理由

わたしが旅好きになったのは、中学生のときに友人Iと城めぐりの旅をしたときの良いイメージのおかげだ。

わたしにとって、その後の人生を大きく左右する重要な節目だった気がする。

ーーーーー
こんな話だ。

昭和60年8月。中学2年生のわたしは松本駅で電車を降り、たぶんIと二人歩いて松本城に向かったはずだ。そこは何も覚えていない。
後から何度も行っているので記憶が上書きされてしまっている。

はっきりと思い出すのは、目の前に現れた松本城の黒々とそびえる巨躯と、それを見て震えるような感動を覚えた当時の自分だ。

「これから毎日好きなだけ城を見ることができる。こんな感動を味わい続けられるなんで夢じゃなかろうか」と思った瞬間が、不思議なほど鮮明に焼き付いている。

当時のわたしは、かなりの城おたくで、教科書や図鑑に出てくる参考図、時代劇や歴史ドラマを見て、間違いを指摘していたくらいだった。

見飽きるくらい写真や本で眺めていたにも関わらず、松本城の実物が突然目の前に現れた時の感動は、本で読むときのワクワク感とは全く比較にならないインパクトがあった。

まじかで見る実物の石垣、堀の幅、歩きながら桝形(ますがた)を通り横から攻撃される感覚を、直接体験することのおもしろさ。
狭間(はざま)の内側から外側の敵がどのように見えるのか、距離感はどれほどかなど、写真や文章からでは分からない情報が山のように入ってくる。

見るのと聞くのは完全に別物という概念を身をもって理解した瞬間だ。

中2という多感な時期に、子供だけで旅をするのを許してくれた両親に感謝している。
親のフィルターや防御が入らず、生身で外界にさらされる。しかも若く経験が少ないだけに、刺激を受けたときの感受性がとても強い。

城以外にも、印象に残っていることがある。

旅の途中、電車やバスで通学する自分と同年代の中学生をたくさん見た。違う言葉遣い(お国言葉)で、自分たちと変わらない話をしているのが新鮮だった。
わたしは何かすごい発見をしたように感じた。

今まで話したことがないタイプの大人(大学生)との対話も印象に残っている。同じユースホステルに泊った仲間として、年齢に関係なく同じ目線で話してくれた。

見ず知らずの大人同士の会話に混ざったのも新鮮だった。

Iが腐った弁当を食べたせいで食中毒になり入院したとき、ユースホステルの人たちがIの親に電話をかけたり、大人同士で話しているのを横で聞いていて、大人はこんな感じで話をしているのかと思った。
わたしは中2だったが、図らずも当事者になってしまったので、大人の会話の中に混ぜてもらっていたのだ。
君もすべての話を聞いておくべきだし、意見があれば述べるべきだろう、という感じだ。
素晴らしい大人たちだった。情報をすべてオープンにすることが不安を軽減すると知っていた。

子供枠として、会話に参加していたときとは全く違う感覚だった。

城めぐりの旅から帰り、わたしは日常生活に戻ったのだが、精神的にかなり大人になったような気がしていた。

わたしは大人の階段を上り、大人の景色をこの目で見た。世の中は広く多様で、目の前の世界がすべてと思ったら大間違いなんだぞ。そういう感覚だ。

中2病的な思い込みは加速したかもしれないが、反抗期はすっかり消えてしまった。

副作用もあった。クラスメイトとの会話、学校行事で理屈抜きに盛り上がるような楽しさが、無くなってしまった。
中学2年生らしい、今思い返せば痛い子供だ。

これは大学生になるまで続くことになる。

ーーーーーー

この旅で何を得られたのか気づかされたのは、実は先生たちのおかげだ。
正直にいうと、最初はただ城を見ることができて楽しかったな、という感想しかなかった。

ところが、中学3年生のとき担任の先生が「お前の経験はすごい。ぜひみんなの前で話をしてくれ。」といって話をすることになって内省することで気づいた。
彼もまた旅の価値を自らの旅を通じて理解した人だった。高校生の時、日本から消えつつある蒸気機関車を見てまわったらしい。
自分が体験を話すより、同年代が話す方がより刺さると思ったんだろう。

さらには、高校生になってからも、やはり担任の先生が同じことを言って、みんなの前で話をすることになった。その時はさらに内省や抽象化が進み、より深く考えられるようになっていた。

大学になってからは、友人から「結果ありきで、後になって成功した理由をでっち上げただけだな。」と挑発的に指摘され、「うるさい。黙れ」といいつつ、さらに理由を考えるようになった。

そして、今にいたる「ぼくらが旅に出る理由」につながる。
それは、直接見て、経験して、考えるために旅に出るのだ。

旅に出るのは早ければ早いほどよく、回数も多ければ多いほどよい。
目的はなんでもいい。できれば自分で計画を立て、泊まりながら移動する旅をしてみてほしい。

今はスマホがあるし、宿の予約や交通手段の確保も簡単になった。親も子供がどこにいるか分かるから安心だろう。

是非チャレンジしてほしいし、親であれば子供が行きたいといえば応援してほしい。

新しい自分を発見するはずだ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?