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教育者に不可欠な資質は何か?自分に備わっていないことに気づかされる。

50歳になって将来のことをいろいろと考えていたとき、大学で教えてみたいと思いました。将来を担う人を育てるのが価値ある仕事だ思ったのです。

大学で教えることがどういうことなのかきちんと考えたことはなかったし、なぜ教えたいのかとか、教えてどうするのかも考えたことはなかったので、ばくぜんとした憧れに近いかもしれません。

正直に言うと、大学で教えている知り合いが増えてきて、自分もできるんじゃないかと思ったんです。それにミーハーですが、肩書として大学講師はいいなと思いました。
なんか信用力高そうに見えませんか。

バンドン工科大学に来て、これまでいろいろな先生の授業を受け、結論として自分には教育者として最も大事な資質が欠けていると痛感しました。
それを今回は説明したいと思います。

1.学生を愛情を持って見守る

大学レベルになれば、先生に必要なのは知識や経験で、生徒が何を聞いてきても答えられ、より良い方向に導けることだから、知識や経験は十分にある自分ならできるんじゃないかと思っていました。

子供に教えているんじゃないし、学ぶことに興味を持ってわざわざお金を払ってきている人たちを相手にしているんでしょということです。

授業を受けながら、自分ならこう説明するだろうとか、こういう風に問いかけるのになと考える日々を何か月も送った結果、自分がやりそうな行為と先生の対応の決定的な差を見つけました。

それは、生徒が間違えたりおかしな方向に行ってもすぐに止めないこと。
自分で間違いに気づくように、しばらく放置したり別の質問を投げかけたりします。
それに、学ぶ熱意に欠けていたり、出来が悪い学生がいても、ちゃんと引っ張り上げようとしています。

わたしは、元来の面倒くさがりの性格に加え、仕事の経験からこうなってしまったのだと思いますが、ゴールまで最短でたどり着きたいタイプです。
教育は効率や生産性とは無関係な世界にあり、効率を求めるのはかえって害をなす考えのように思います。

さらに、先生たちからは外面に表れる表れないの差はあれど、学生たちへの愛情を感じます。愛情とは相手がどうあろうと一方的に与えるものですので、生徒がどんなに出来が悪かろうと、不真面目だろうと、変わりません。
わたしには無理です。わたしは優秀な人間が大好きなのと、期待の薄いダメな人間はその人の問題だと考え最低限のメンテナンスにとどめがちです。

わたしは20年ベンチャーキャピタルの世界にいて、ダメな人はこの世界からいなくなるだけだというカルチャーに染まっているんです。
各自が勝手に努力し、這い上がる意思を持った人間をサポートするだけです。
シャープと三菱自動車のような伝統的な企業にもいましたが、本社の企画部門に属していたので、全体的に優秀な人が多く放置しても問題ないことが多かったのです。

2.学生を肯定してモチベーションを高める

これはすべての先生ができているわけではないですが、わたしがいいなと思う先生たちは備えています。
優秀だと言われて育ち、間違えを恐れる優秀なタイプは、回答するときに緊張しています。質問も勇気を振り絞ってしている感じがします。
奥ゆかしいインドネシア人だからかもしれません。

よい先生は、「そういう考えもあるね。いいね。」とか「わかるわかる、こういうことだよね。」とか、支離滅裂になってしまった学生には「こういうことが言いたいのかな?」といって生徒の混乱した頭をうまくまとめて導いてあげたりします。

それを見るたびに、わたしは全くダメだと思い知らされます。わたしがどういうことを考えているかというと「それさっきの質問とかぶっているし、ちゃんと聞いてたか?」「それ先生がさっき説明したんだけどな」「それ聞いてどうする?」とかです。
もちろんこんな失礼なことを口に出すことはありませんが、頭の中はとっとと授業を進めようぜと、若干いらいらした状態になっています。

グループワークでも同じようなことがあり、理解ができていないメンバーが見当違いなことを言うと、それは間違いでこっちが正解、理由はこう、とやってしまいます。
授業でも同じ展開になることがあり(たぶん混乱する理論なんでしょう)、先生の対応は見事でした。詳細に説明したあとで、わたしならこうするだろうね、と断定的な言い方は避けていました。

生徒の学ぶモチベーションは上がるし、理解しにくい難しい内容でも興味を持ちやすくなります。

3.これからどうしていくか

大学の先生になるのは不幸な若者を増やすだけだと思うので諦めましたが、今後のことを考え、わたしのやり方を変えてみようと思いました。
できることとできないことがあるので、まずはできることからスタートです。
早速、グループワークで実践しています。

  • ゴールに最短距離で進むとしても、相手の理解を待つ。相手が理解できていない場合はそれ以上先に進まない。

  • 相手の間違いを肯定する。具体的には「これは難しいね」「説明が悪いね」という。さらに理解したら「さすが!」「理解が早いね」という。

  • なるべく学生同士で説明し合うようにしてもらう。理解が早い生徒と遅い生徒がいるので、理解が早い生徒をまず一定レベルに引き上げて、彼らに理解が遅い生徒向けの説明を担当してもらう。

  • 質問を受けたら喜びを示す。たとえ何度も同じことを聞かれたとしても「いいね。何度でも聞いてね。」という。

おそらくこれを読んだ多くの方が、「お前こんな当たり前のことをやってなかったのか?」と思われるんじゃないかと思います。
「よくこれで管理職やってたね、部下を本当に持っていたのか?」という感想を持たれるんじゃないでしょうか。
そうなんです。恥ずかしながら本当にダメな人間でした。

勝手に学び育っていく優秀な人間に恵まれて甘えていました。苦手なこと欠点はなんですか?と転職の面接で聞かれるときは、「やる気のない部下をやる気のある部下に変えることができません。あきらめて放置しがちです。」と答えていました。

どこまでできるようになるか、続けてみようと思います。
自己評価なので甘くなりがちですが、今のところ効果が出ているように感じます。教えてほしいと相談に来る学生が増えました。勉強のことや進路についてです。








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