献血、キンタマ、あの日の無駄足

 毎週金曜日の15時になると、北海道赤十字血液センターからLINEが届きます。土日の献血バスの運行状況を知らせるメッセージで、バスのスケジュールが画像として添付されたものです。
 毎回400mL献血のため最低でも3ヶ月の期間をあけないと次の献血ができません。そのためこのLINEメッセージの多くはあまりが意味あるとは言えないのですが、こうやって毎週届く通知は、私にとってある種の儀式でもあるのかなと思います。また献血に行こうという確認のための儀式。

 私が定期的に献血に行っているきっかけの話です。中学生のころ、母親が「献血行くで。大阪の施設でやってるらしいぞ。」と言い出し、親子で出かけました。
 当然初めての経験です。思えば母は私に何か新しいことをさせるとき、いつも唐突に提案して有無を言わさず参加させてきましたし、私もその提案になんの疑いもなく乗っていました。
 「長野県で山登りキャンプがある。行ってくるといい。」と言われて行ってみると、それは3000m級の仙丈ヶ岳に登るプログラムでした。山頂直下でビバークして、翌朝薄い酸素の中をゼイゼイ言いながら登るような。小学5年生の時だったと思います。山頂の天候と景色は最高で、日本ツートップ峰、富士山と北岳を同時に望むことができました。
 「同じく長野県で今度はスキー合宿だ。行くといい。」と言われて行ってみると、志賀高原のホテルにぶち込まれ、70基を数えるリフトを1週間で全制覇しないと帰れま10みたいなことになりました。今の仕事にとても役立っています。
 「1週間の泊まり込み野外活動に参加しないか。」と言われて、カレーの材料集めのウォークラリーをしたり、彫刻刀を滑らせてしまい3針縫う怪我もしました。左手人差し指にはまだその傷がうっすら残っています。
 おかげでそれなりにいろいろな経験をさせてもらえたことにとても感謝しています。
 しかし、母にはある困ったクセがありました。献血程度の、日帰りくらいのお出かけについては下調べゼロで突撃するのです。いざ献血と向かった先で少年マエダは告げられます。
 「献血は16歳からなんです。中学生ではできません。」
 京都府の田舎町から大阪まで出てきた親子はへえさいでっかと帰途につきます。帰りの電車の中で「自分の血が誰かの役に立つことがあるかもしれないんだ。大きくなったら、必ず献血に行こう。」と少年マエダは決意するのです。
 結果としては無駄足だったわけですが、それが今もこうやって献血に向かう理由になっていますし、LINEメッセージに添付された献血バスのスケジュール画像をコピーし、Twitterにペーストしている理由になっています。

 以上の話は昔Twitterでしたことがあるのですが、あくまで表向きというか、「マエダのちょっといい話」的なもので、実際にはキンタマの話がここに挟まってきます。
 そもそも母がなぜ「献血に行こう」と提案してきたのか。

 中学1年生の晩秋の夜中。私は突然のキンタマの痛みに目が覚めてしまい悶え苦しんでいました。思春期男子が母親に告げなければなりません。「母さん、キンタマが痛いんだ。」と。なにか体内で、陰嚢の中で、のっぴきならない事態が起こっているのだ! と。
 結果は「精巣捻転」。血管や精管によってぶら下がっているキンタマが、何の因果か水平方向に回転してしまって血流が止まり、結果キンタマがすごく痛むのです。本来なら、キンタマの血管はキンタマの側面に沿うように走り、キンタマ下部に繋がっているということなのですが、私の場合はなぜかキンタマ上部に繋がっている奇形だったということでした。キンタマ・ヨーイング・フリー状態。
 即手術です。たった一晩でさまざまな経験ができました。下半身麻酔の痛い注射のあと、お医者さんに太ももをつねられ「痛いですか?」と尋ねられ、私は「え、痛いです。」と答えました。「あれ〜?」と2回目の下半身麻酔。もう二度と経験したくない。
 真夜中の手術のほとんどを寝て過ごした私は、何本かの点滴に繋がれて1週間ほど入院し、その間尿道カテーテルも経験しました。入院期間中、看護師さんから一枚のカード(印刷された紙をラミネート加工したもの)を渡されました。手術時に実施された血液検査の結果(といっても血液型くらいしかそこには記載されていませんが)を記したものです。見舞いに来た母と二人でそれを確認した時に、ある事実が判明します。
「あんた、Rhマイナスやったんやねえ。そういえばあんたを産んだ時、そんなこと言われた気もするわ。」
 カードにはABOの血液型以外にもRhの±が記載されていました。そこで私は初めて自分がRhマイナスであることを知りました。退院後に母子手帳を見ると確かにマイナスだったので、母は完全に忘れていたのです。
 血液型に、ABO以外にRhの別があることは手塚治虫『ブラックジャック』で知っていました。「そうか数百人に一人か、輸血が必要な大怪我した時なんかには難儀だな。」と思ったものですが、まさか自分がそれだったとは。

 O型のRhマイナス。日本で3番目に少ない血液型。『ブラックジャック』で得た知識。それを母に思い出させ、私に突きつけたキンタマ(左の方)(正確には精巣捻転と手術)。母は私を献血に連れていき、門前払いを食らったあの日の無駄足。全てが繋がって、私は次の献血予定日に思いを馳せるのです。