流行歌の学校親和性

 学校現場で重宝されやすい流行歌というのがあると思っています。旋律が爽やかで、歌詞には前向きな主張が包含されていて、何よりも認知度が高い、そういった歌が。
 一昔前であればこの地位には「いきものがかり」や「GReeeeN」が座っており、運動会・体育祭、学芸会・文化祭、卒業式で定番の曲になっていた記憶があります。「Yell」「ありがとう」「愛唄」「遥か」「キセキ」あたりでしょうか。なにかしらの再生ボタンを一度も自分から押下したことはないのに、これらの曲はなんだかよく聞いた記憶があります。

 2020年のコロナ禍によって学校行事が大幅縮小・削減された中で、少しずつ「学校現場で流される流行歌」は変化していったように思います。
 そもそも行事がなくなったり小さくなったりしたことで、曲を流す機会自体が減りました。また、この前後から学芸会はあくまで学習成果の発表の場であるという前提から、教育課程から逸脱した演目・内容が避けられるようになり、当時の流行歌は出番をなくしていきます。
 給食では「黙食」(なんだか懐かしい響きですね)が励行され、静まり返った教室で箸が食器を擦る音だけが響く、どこか重苦しい空気(この空気にむしろ救われていた児童生徒がいたことは事実ですが)が漂います。そんな状況で、どこから始まった文化なのか、給食時間の教室にBGMが流されるようになります。せめて少しでも明るい雰囲気に、という配慮からでしょう。児童たちも「じゃあ『音楽がかり』を作って、みんなからかけて欲しい曲を募集しよう。」となり、給食時間に音楽をかけることが日常化していきました。そう、学校で流行歌が流れる機会は、「学校行事」つまり“ハレ”から、毎日の「給食時間」という“ケ”に移っていったのです。
 “ハレ”の曲は「なんでもかけていい」ということにはなりません。明文化された選定の規準が存在していることもありますし、暗黙の了解のなかで曲が選ばれることもあります。しかし、“ケ”の選曲は別になんでもいいわけです。ボカロ曲や、VTuberの「歌ってみた」がリクエストされたこともあります。言い方は悪いですが、お調子者の放送委員がウケ狙いの曲を全校放送でかけるような感じに近いこともありました。
 この「給食時間にリクエスト曲が流される」習慣は、どこかでひっそり続いているのかなと思います。私の周りも、そうです。

 さて、そんな「学校現場における流行歌の日常化」から見えてきたのは、児童の音楽趣向は家庭の環境や影響と強く相関するのでは、ということです。まあ、そりゃそうか。
 児童たちが選ぶ曲の傾向としては、
 1 インターネットメディア発の楽曲
 2 平成初期の流行歌の再登場
 3 近年/現在の流行歌
 の3つに絞られるかなと見ています。

 YouTubeなどの動画サイトを主戦場とするボカロ曲やVTuber、動画配信者の曲をリクエストする児童であれば、そういったメディアに容易にアクセスできる環境にあるわけで、「インターネットメディアに対して保護者が寛容」の姿勢であると見ることが可能です。
 平成初期の流行歌をリクエストする児童も何割かいて、聞けば大抵は「お母さんが好きでよく聞いている。」「お父さんが車でよくかけている。」といった回答を得ることができます。ここ最近のレトロブームとも重なる話です。
 そして「近年/現在の流行歌」で圧倒的に登場頻度が高いのが「Mrs. Green Apple」です。「1年生を迎える会」のような、「学校行事」ではあるけれどそこまで形式ばっていない場面での登場頻度もなかなかです。そもそもメディア露出が多く、紆余曲折の歴史があってドラマチックなので、物語性を備えやすいグループです。音色は幅広く、歌声は爽やかに抜ける高音、煌びやかな衣装でどこかアイドル的な売り出し方、軽薄ゆえに万人に届きやすい歌詞などが相まって、現在のJ-popシーンを代表していると言っていいような気がします。気がする。
 そういうわけでこのMrs. Green Apple、親からすると聴かせやすいんだろうなという印象を受けます。だってどこでも流れてるし。よく見かけるし。なんかいい感じのお歌だし。紅白にも出たしレコ大も獲ったし。ということで、まだしばらくこの流行は続くんだろうなという予感がしています。
 「コロンブス」のMVが燃えたわけですが、既に動画は公開停止になっていますし、火消し体制はあっという間に整いました。メンバーは炎上騒ぎの直後に謝罪文を掲出し、翌日には予定通り音楽番組に出演しています。翌週あたりには、きっとなにも無かったかのように日常が続いていくのでしょう。

 親からしてみたら、自分たちの生活のすぐそばにある流行歌の周辺でそんな炎上騒ぎが起こったことは、我が子に積極的に知らせたくないのだろうなという気もします。あるいは、火消し開始と鎮火があまりにも早かったため炎上騒ぎ自体を知らないか。MVの表現はあまりに差別的でしたが、そもそもそこに差別の空気を嗅ぎ取れなければ全てが無かったことになりそうです。

 繰り返しになりますが、Mrs. Green Appleの流行、しかも学校現場での流行はまだしばらく続くだろうと考えられます。
 ただ、私が危惧しているのは、子どもたちがよく聴くグループに「かつて、自作品で差別的な表現があって炎上したので謝罪した」という経緯が備わったことではなく、その事実自体があっという間に忘れ去られて、思い返す機会さえも失われてしまうことです。児童たちはいずれ歴史を学び、社会へと出ていきます。今回の炎上騒ぎを知らないままなのは、もちろん幸せの一つの形ではあるのでしょうが、どこかで知っておく必要はあるのではないか、とも思います。