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戦争を招いた原因に目を向けず、"被害国"にのみ肩入れする感情論では何も解決しないどころか、悲劇が繰り返される

このシリーズの第一回では、ゼレンスキー大統領の国会演説は日本人向けオーダーメイドであり、日本人の情緒に訴える仕掛けが多数あることを実例を挙げて示しました。

第二回では、ゼレンスキー大統領と日本政府には利害の一致があり、あの演説は日本人を思考停止に陥らせる危険性があることを、実例を挙げて説明しました。

また、ウクライナの背後にいるアメリカこそが「力による現状変更」そのものをやってきたことを指摘しました。

今回の記事はシリーズの完結編となります。

力による現状変更 アメリカ編

さて、そのアメリカですが、冷戦が終わり、ワルシャワ条約機構がなくなってからもその対立軸だったNATO(ようするに対ソ連軍事包囲網のこと)を解散させませんでした。それどころか欧州の安全保障さえ欧州自身には任せず、自国が強引に出張って、主に国益のため勢力圏を東へ東へと拡大してきました。

地図を見れば明らかですが、すでにNATO(対ロシア軍事包囲網)の勢力圏はロシアの隣国にまで迫ってきており、ウクライナは最後の最後の緩衝地帯となっています。ロシアにとっては、ここを取られたらオシマイな状態です。土俵際がけっぷちです。

地政学的にいえば、もしもウクライナがNATOに加盟すると、ロシアは首都モスクワののど元にアメリカの尖兵からナイフを突きつけられる恰好になります。これはロシアにとってはもはや洒落にならない、ほとんど亡国一歩手前の状態です。

戦争を止められたのはウクライナ大統領、という視点

地政学の考え方では、人間同様、国にも宿命というものがあるそうです。ウクライナの場合は、あの位置にあるがために、いまアメリカ(ロシアの敵国)に近づこうとすればロシアから攻撃されることは必然(宿命)というわけです。

これは、ウクライナが最後の緩衝地帯となった瞬間に自動的に決定してしまったことであり、人間の手では変えようがありません。

ですのでゼレンスキー大統領が、本気で国民の命と財産を守ろうとするならば、そもそもNATO加盟を目指すなどと憲法改正した状態(ロシアにとって超えてはならぬ一線を越えた状態)で、アメリカやNATOに近づこうとした事じたいが大間違いだったことになります。

ウクライナが一方的に我慢しろというのか?

「それじゃウクライナは永遠にロシアの圧政と圧力に苦しむのか」との反論もあるでしょう。気持ちはよくわかります。ひどい話だと思います。

しかし、ウクライナ人にとって明らかにそれよりもひどい「戦争」を避けるためには、やむを得ない苦渋の選択というものが、この世の中には残念ながらあるわけです。

じっさい、地政学者たちの予想通り戦争になって大勢が死んでいるのですから、ここは苦しくとも現実を見て教訓としなくてはなりません。

つまり客観的に見て、誰かが今回の戦争を回避することができたとすれば、それはゼレンスキー大統領だけだったのではないかということです。

狂っていないプーチン大統領

「いやプーチンが思いとどまればよかっただろうが」との反論もあるかと思いますが、感情的には私も理解できるのですが、それは明らかに間違いです。

プーチン・ロシア大統領は地政学の宿命にしたがい、緩衝地帯を失うリスクとウクライナへの軍事攻撃によるデメリット(国際社会からの孤立)を天秤にかけ、必然的な選択(軍事侵攻)をしただけであって、その選択自体は予想通りであり意外性はまったくありません。

彼以外の誰がロシアの権力者であっても、同じことをしたと思います。そうしなければ、ロシアにとって国の安全保障上深刻な事態が到来するのだからどうしようもない。

実力行使をためらわない点で、ロシアという国は血の気の多い番犬のようなものかもしれませんが、けっして狂犬病の犬ではありません。「プーチンは狂った」「脳の病気だ」などと言っているメディア、人たちは、いったい何を言っているんだろうと思います。

彼らはプーチンに、黙ってウクライナがNATOに加盟するのを見ていろとでもいうのでしょうか。それは一方的な願望にすぎません。ロシアがそんな馬鹿なことをするわけがないし、そんなことをすればプーチンとて国民の支持を失い、失脚するでしょう。論理的に考えてあり得ません。

戦争が起きる条件をそろえてしまったゼレンスキー

私が防衛大学の教授から聞いた話では、「戦争とは能力(勝算が見込める軍事力)と、大義がそろったときに起きる」そうです。ロシアは能力は勿論ありますので、絶対に大義を与えてはいけなかった。

この場合、大義とはタテマエという意味ではなく、本当の意味で戦わざるを得ない「切実な理由」のこと。今回で言えばすなわち緩衝地帯の喪失であり、それを与えたのはゼレンスキー大統領本人です。ロシアは何度も何度も、それをやったら攻撃するぞと彼に言い続けてきた、そのことを忘れてはいけません。

ポピュリズム政治の危険性

ゼレンスキー氏はもともと俳優、コメディアンであり、政治経験はゼロ。ドラマで演じた役柄(腐敗と戦う大統領役)の「続編を見たければ現実で」と言って選挙に勝った人物です。

まさにポピュリズムの極みのような話ですが、いうまでもなく現実はそううまくいくはずもなく、彼の政策はことごとく失敗、汚職も経済問題も解決できませんでした。

当然、支持率は下がる一方でしたが、そうなるとポピュリストの政治家がたどる道はいつも同じ。政敵を勝手に駆逐してくれる上、強固な地盤になるカルト右翼へと近づいていく。安全保障についても、やたらといさましい事を言い始めるというわけです。

この点において、ゼレンスキーの進んだ道はまさに日本の安倍晋三元首相と同じです。

戦争が最高の成功体験となっている

ゼレンスキーの場合はより悪質なネオナチ勢力を味方につけ、ロシアに強行的な態度をとるようになりました。東部の紛争地帯ではトルコ製の高性能ドローンで攻撃を仕掛けるなど、対ロシア対話派だった当初とは真逆の方向へと暴走を始めました。ポピュリストの恐ろしいところです。

ご存じの通り先月ロシアが攻めてきてからは支持率がうなぎのぼりで、この危険な綱渡り路線が、結果的に彼にとって「政治家としての最大の成功体験」となってしまいました。

日本人は賛美している場合ではない

議員会館でのゼレンスキー演説では、出席者に配られた式次第にスタンディングオベーションの予定が記入されていました。出席した全国会議員に拍手をさせたい(その様子を報じさせたい)、それが日本の主催者側の意思であり、そうした演出を行ったということです。

しかし私はこうした流れから判断して、ゼレンスキーを軽率に英雄扱いしてはいけないと思っています。ゼレンスキーが戦争を回避するための現実的かつ苦渋の政治的決断を怠ったことについては、単なるミスなのか意図的なのか、背後にいるアメリカの意向なのかは知りませんが、重大な責任があるだろうと思っています。

そして、もし現状のゼレンスキー大統領のやりかたを賛美してしまうと、日本にとっては深刻な未来への道まで開けてしまいます。

どういうことか。

たとえば、もしも私がアメリカの権力者で、ロシアと同じく核大国(=自分で戦うにはリスクが高すぎる)の中国を痛めつけたい、力をそぎたいと思っていたらどうするか。

今回のウクライナ戦争と同じことを、日本を尖兵にしてやったらどうなるかな、と考えると思います。

尖閣問題あたりで火をつけ、中国に先に手を出させ、なし崩し的に日本の自衛隊が(単独で)戦う。アメリカと欧州諸国は全力で「戦う日本」を賛美し、国連で非難決議を出し、中国への経済制裁を開始する。最新鋭の武器と弾薬を続々と日本側へ送り付ける。おかげで戦闘は長引き、過激化する。さらに義勇兵という名の傭兵部隊、特殊部隊をも送り込む。日本の総理大臣の支持率はうなぎのぼりになり、戦争を継続する強力な動機が発生する……。

結果、自分たちの手は汚さずに、面倒な相手(中国)を国際社会から孤立させ、甚大なダメージを与えることができる。戦略としては非常に優秀です。日本の国民は大勢死に、国土もめちゃくちゃになるでしょうが……。

あるいはこういうことは日本でなく、台湾で起きるかもしれない。

本来、国の安全保障とは、こういうストーリーを起こさないためにどうすればいいか、まで含まれるのではないでしょうか。

ただ幸い(?)にして、中国の政治家はアメリカのそれに劣らず優秀なので、そんなアメリカの三文西部劇は100も承知であり、うかつに挑発に乗ることはないだろうとは思いますが、そもそも外国の政治家の論理的な判断に国の安全をゆだねるしかないというのも情けない話です。

ウクライナ問題をアメリカの成功体験にしてはいけない

いずれにしても、ウクライナとロシアの戦争をアメリカにとっての「成功体験」にすることは、極めて危険な未来を招くのではないかと思うわけです。

それを防ぐには、どうすればいいか。私たち国民レベルにできることは何か。

戦時報道特有の一方的なプロパガンダに騙されることなく、国民全体が決して一つの論調に流されないぞという強い意識を持ち続けることです。

ロシアのような国を地続きで隣に持ったウクライナの人たち。そんな地政学的宿命を背負った彼らは本当にお気の毒で、心から同情します。

しかし、ウクライナが真にロシアの影響から脱するには、下手をすれば50年、100年という時間がかかる。少なくともリーダーはそれくらいの意識と覚悟、責任感をもって国を運営しないと、今回のような最悪の事態を招いてしまうのです。

この厳しい、厳しすぎる政治の現実を、これを機に日本人も思い知るべきだと思います。(この項、終わり)

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