社会人から大学教授になった人が書いた本のレビュー

そろそろこのシリーズ終わりたくなってきた(笑)。
この記事の続きです。


今回は社会人から大学教授になった人の体験本です。
まずこれ。

2003年に出版されています。もう20年前です。「週間ダイヤモンド」に2001年春から2002年秋まで連載された記事をまとめたもの。大和証券から長崎大学教授に47歳で転任した人です。もっともその後、長崎大学は退任されて現在大和総研の副理事長をされています。

私も長崎市在住なので、多少事情はわかります。正直言って、著者の川村氏に対する印象は私はあまり良くなかったし、amazonのレビューも悪すぎるので、ただの自慢話かな、読んでもつまらない本だろうと思っていました。

ところが読んでみたら面白い。社会人から大学教授を目指す人は是非読んで下さい。「どうやって大学教授になるか」よりも、「大学の仕事はこんな感じだけど、それでも大学教授になりたいですか?」ということを読んで考えて欲しいという点が、私がお勧めする部分です。

一番気に入ったのが、この部分。

 社会人から教授になる、ということは、プロパーの大学人から見れば助手、講師、助教授という本来のプロセスを省略して一気に飛び級をするようなものである。
 これは立場を逆にして考えるとわかりやすい。自分の会社に、ある日突然、実務経験ゼロの大学の先生がライン部長として赴任してきただどうであろうか。

「社会人のための大学教授入門」49ページ

こういうことなんですよ。

川村氏が長崎大学に赴任した後、大学のHPの自己紹介で「大学教授になって給料半分になって財布が空っぽです」みたいなことを書いていました。大学の公式HPでです。年収2000万円が1000万円に減っちゃったんでしょうね。そりゃ大変ですよ。

当時私は東京大学大学院博士課程を満期退学して全く仕事がみつからなかった頃。年収300万円程度で苦しい思いをしていました。こういう私は長崎大学で雇って貰えなくて(この頃同じポストではありませんが、長崎大学経済学部の公募に落ちました)、こういう人が採用される世の中なんだな、と悲しい思いをした記憶があります。

読んで思ったのは、私が思っていた以上に長崎大学経済学部にもまともな教授がいたんだな、ということ。「当時は」という注釈が付くのかもしれませんが。悪いけど、長崎大学経済学部教授といえば博士の学位も持たず論文も書けず、他大学に転任できない人の溜まり場という印象しかありません。ドクターコースを持っているけど、博士課程の指導教官で博士の学位を持っている人が何人いるんでしょうかね?以前調べたことがありますけど、博士論文の審査員が全員博士を持たない、ということも普通だった(というか、目にした限り、全てそうだったような)ので、そんな学部に川村氏のような優秀なサラリーマンが馴染める訳がない、と思っていました。

実際の経験として、私が初対面の(博士を持たない)長崎大学経済学部教授に「博士(経済学)」と書かれた私の名刺を渡すと、一瞬顔が凍るのを見るのが面白かったです。

この時から20年経ってますから、この時「教授」だった人はもう退官しています。今の「教授」はどうなんでしょうね。


この本を読めば、いかに大学教授がつまらない雑用で忙しいかということがわかります。他の本だと「大学教授は自分の時間を自由に差配できて、その時間で研究に邁進しないといけない」みたいなことばかり書いてありますが、この本に書かれていることが現実に近いでしょう。

もうこの本が書かれてから20年経ちますから、多少は事情が変わっていると思います。ただ、学生の実状は変わらないでしょうね。中身の伴わない大学院の現状はこの本で触れられています。この時代にはまだMBAコースや法科大学院がこれから立ち上がる、という夢のある状況でしたが、そこから20年経って、これらの課程が悲惨なものになって大学のお荷物になっている所が多いですから、今の大学はもっと悲惨なことになっているかもしれません。

Amazonのレビューで「国立大学が法人化される前夜の情報はもはやあてにならない」と書かれていますが、まあ実状はたいして変わっていないないんでしょうか。法人化に向けての会議が減ったでしょうが、それに代わる会議が増えているでしょうし。

あと「あちこち、他の教授を揶揄する記述が出てくるが、実在の人物だとすると、狭い世界誰か分かってしまうのではないか。大丈夫だろうかと気になる。」というレビューもありました。私でも誰のことだかわかる部分も多いです。でも、そんなに揶揄ということもないので、問題ないでしょう。

東京とアメリカのことしか知らなかった川村氏が地方の実状を知る機会ができて、良かったんじゃないかな、というのが私の印象です。いったん大学教授になった人がその職を捨てて民間に戻る、ということは、かなりのレアケースですし。川村氏自身も本の中で言及されていますが、民間から大学教授になる人が増えているのなら、その逆で大学教授から民間に移る人が増えるのも、特に経済学の分野においては大学にとって望ましいことでしょう。


次はこれ。

電通から大学教員に転職した人。上の川村氏同様、43歳で企業でもちゃんと出世ルートに乗っていたにも関わらず、大学側からの誘いに乗って給料半分になって大学准教授になったという経歴です。ちなみに最初の本の川村氏は「教授」です。

この本は2020年発行で、直近の大学の状況がよくわかります。川村氏は旧一期校国立大学に教授として赴任されているので、大変さの内容がかなり違います。教授会が長いとか地方国立大学生向けの授業の大変さとか。

いっぽうこちらは偏差値50台の私立大学です。50を割ってないだけ、かなりマシな部類ですが、学生の生活指導・進路指導が大変とか(読む限り高校の指導より丁寧な個別指導をしている)オープンキャンパスの広報活動に力を入れてるとか、1990年頃の早稲田大学しか知らない人にとっては衝撃の大学の実態だったみたいです。

正直言って、この人にもともと大学教員としての素養はなかったと感じます。何せ採用時に学術論文を一本も書いていない人ですから。学歴も学部卒です。大学院に全く通っていません。たまたま電通時代のコネで非常勤講師をいくつかやっていて、その流れで大学の新設学科のポストに誘われた、という経緯です。他の人が全く参考にできるルートではありません。

実質「就職予備校」と化している私立大学ではかなり優秀で有能だったと思われますけど、研究者としてのトレーニングを全く受けていないので、やっぱり大学の職は向かなかったと私はこの本を読んで感じました。本文中に、大学のHPで自身の学歴が「政治学士」と書かれていたのを職員に「学士(政治学)」と”指導された”ことを「些細な訂正」で「法人職員がそれほどまでに文科省を意識しているという表れ」だと書いています。私の感覚では自分の学位を「政治学士」と平気でHPに載せられる神経のほうをを疑いますけど、こういう部分でも大学側と感覚が合わないのであれば、色々大変だったと思います。

この本は何の参考になるのか、という一番大事な部分ですが、「民間企業から大学教員になった人がどうやって授業を組み立てるか、学内でどう自分の価値を出して立ち振る舞うか」ということが、ほぼ全てでしょう。絶対に「こうしておけば大学教員として採用してもらえる」という話ではありません。

そもそもタイトルが「企業人から大学教員になりたいあなたへ」です。何かのメッセージが込められています。「一流企業で満足できる仕事をやれている状況なら、絶対に大学教員になんかなってはいけない」と言っている、と私は感じました。もちろん大学側からは「有用な人材」として重宝されていたはずですよ。結局「割が合わない」のです。

「企業人」から大学教員を目指している人、これを読んで、それはやめた方がいい、と思い直して下さい。そうすれば私のライバルが減ります(苦笑)。「企業人」とタイトルにつけているのも、「公務員から大学教員に天下る人は別」という意識が著者にあるようです。結局、この著者は大学の専任教員をやめて非常勤だけにして、フリーのコンサルタントになりました。専任教員の雑務はやってられないようです。講演などは結構稼げるので、フリーになって講演を入れまくった方が大学准教授より負担が少なく遥かに稼げるでしょうね。

とりあえず、上の2冊は是非読んで下さい。民間企業から大学教員になって、やめた人の話は貴重です。そして「大学教員はいい仕事じゃないから、目指すのはやめよう」と思って下さい。そうなれば、私のライバルが減って私にとっては嬉しいです。


最後にこれ。

社会人教員だけでなく、採用人事一般の話が書いてあります。
事例も多く(匿名ですが)、かなり参考になるのではないでしょうか。
2011年出版で、もう10年以上前にはなりますが、まあ今とそんなに状況は変わっていないでしょう。変わっているといえば、「団塊の世代」教員が定年退官してポストが空いているけど、大学院博士課程進学者が減っているので、若手教員候補者の駒が足りずに社会人の人、50歳代の人にもチャンスが来ている、ということ位でしょうか。

という訳で、「社会人から大学教員になる本」のレビューは、多分これで終わりです。いったい何冊本を読んだんだ。1日2冊平均くらい読んでます。

そして特に最後に横山氏の本(この記事の2番目)を読んだから思うけど、これ位一気に「(私にとって)意味のない本」まで含めて本を読もうとする・読む能力がないと、研究者なんて務まらないですよ。一応私も研究者としての「標準的な」トレーニングを大学院修士課程2年間博士課程5年間通して受けてきましたから。横山氏はその辺が「研究者としては」甘いです。と、社会人から大学教員になることをあきらめさせて、私の競争相手を減らそうとする文章を最後に付け足します。


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