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脚本「自動販売機から動かない古畑任三郎」

【古畑任三郎あるある】

自動販売機の前で文句を言ってるシーンで登場する。

例えば、第2話「動く死体」。警備員を殺めた直後の歌舞伎役者・中村右近(堺正章)は、コーヒーマシンに文句を言っている古畑に話しかけられます。第24話「しばしの別れ」(ゲスト:山口智子)でも、故障中のバシバシと叩く古畑を見ることができ、木村拓哉が犯人役をした「赤か、白か」のアバンタイトルでも自動販売機の話をしています。


そうなんです。

古畑任三郎、自動販売機が好きすぎる。


というわけで、登場からエンディングまで、古畑任三郎が一切自動販売機の前から動かない回を書きました。

設定は、とあるビル。被害者は、男性。外傷なし。殺したのは、同じフロアで働く女性で、伊藤沙莉さんを思い浮かべながら書きました。


それでは、ごゆっくりお読みください。


「自動販売機から動かない古畑任三郎」



  カップの自動販売機の前に立っている古畑任三郎。

  百円玉を入れて。

古畑「んーっと、どれにしようかなぁ……んーっとー、ブラックで、あったか〜い……出来上がるまで15秒? あそう……(腕時計を見て)はい10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……あれ? 3、2、1、開けーごま!…あれぇ?(受取口を覗き込んで)おかしいなぁ……こら、こら(マシンを叩く)どうして開かないかなぁ……あの、あのすみません」

犯人「はい?」

古畑「このビルの方で?」

犯人「ええ、まぁ」

古畑「この自動販売機はよく利用される?」

犯人「まぁ、同じフロアなんで」

古畑「よくあるんですかね、こう、扉が塞がれて出来たてのコーヒーが閉じ込められるというのは」

犯人「出ないですか?」

古畑「コーヒーは出てきました。受取口の中に。取り出せないんです」

  古畑、自動販売機の透明な扉に手をかけて。

古畑「たてつけが悪くてですねぇ、ご覧の通り、こう、開かずの間状態でして。(叩く)こらっ、開け!」

犯人「ボタン、ボタン押してみましょうか」

  犯人、あったか〜いボタンを連打する。

古畑「参りましたねぇ、せっかくのホットコーヒーが冷めちゃいます」

犯人「(連打をやめ)おっかしいなぁ。普段は結構すーっと開くんですよ」

古畑「今日はビクともしません」

犯人「不思議だ」

古畑「まるで接着剤で固定されてるみたいです」

犯人「ふふ、面白い」

古畑「そうでもないですよ」

犯人「……刑事さん?」

古畑「……よく分かりましたね?」

犯人「そんな真っ黒な人うちの会社にはいないので」

古畑「えー警察にも滅多にいません。実はですね、このフロアで人が亡くなりまして」

犯人「へぇ」

古畑「ご迷惑おかけしてます」

犯人「大変ですね……」

古畑「そんなことより、今はコーヒーが飲みたいです。これ、もう、おつり返ってこないですかね?」

犯人「諦めたほうがいいかもですね」

古畑「もったいないなぁ。百円もしたんですよ」

犯人「でも……むしろそのほうが得かも」

古畑「はい?」

犯人「この自販機のコーヒー、雑巾汁って言われてます」

古畑「雑巾汁……!?」

犯人「めちゃくちゃまずいんです。飲まなくて正解ですよ」

古畑「(笑って)また随分な言われようですね」

犯人「ゲロまずです」

古畑「いやぁ、命拾いしました」

犯人「早く現場に戻られた方が」

古畑「はい、百円は諦めたほうが良さそうですね。えー」

犯人「高梨です」

古畑「高梨さん、グッドです」

  古畑、右手の親指を立てる。

犯人「はい(笑)」

  微笑みながら「OK」を返す犯人。

  ドアが開き、部下の今泉慎太郎がやって来る。

今泉「古畑さん!(耳打ち)」

古畑「……うん、うん、あっそう。行っていいよ」

今泉「はい!」

  今泉、現場に戻る。

古畑「本当に命拾いしたのかもしれません」

犯人「え?」

古畑「えー、被害者のAさんが飲んでいたコーヒーからですね、毒物が検出されました。一滴舐めるだけも死に至る猛毒です」

犯人「猛毒? え、穏やかじゃないですね」

古畑「しかも、そのコーヒーですねぇ」

  古畑、透明な扉をコンコンと叩く。

  自動販売機の中を覗く2人。

古畑「同じカップだったそうです」

犯人「じゃあ、彼はこの自動販売機のコーヒーを飲んで……」

古畑「ええ。(自分を指し)危ないところでしたぁ。高梨さんが止めてくださらなければ。無理やりこじ開けて飲むところでしたぁ」

犯人「はははは、良かったです……じゃあ私、仕事に戻りますね」

  立ち去ろうとする犯人。

古畑「よく男性と分かりましたねぇー」

  立ち止まる犯人。

古畑「確かに、自動販売機のコーヒーを飲んで倒れたのは男性です」

犯人「(やや戸惑って)こうして毎日このビルにいるとー、覚えちゃうんです」

古畑「はい?」

犯人「何時に、誰が、何を自販機で買ってるか。それぞれにルーティンがあるんでしょうね。基本いつも一緒なんです。ほら、出勤や退勤時間、お昼休憩、定例会議なんて、大体決まってるじゃないですかー」

古畑「はい」

犯人「いけね、仕事サボってふらふら歩いてるがバレちゃいますね(笑)」

古畑「ふふふ(と笑う)……ん?」

  古畑、床に落ちている紙を拾う。

  小さく畳まれた白い紙。

古畑「なんでしょう? (広げる)レシート、のようですね」

犯人「誰かが落としたのかなぁ……」

古畑「それはあり得ません」

犯人「どうしてですか?」

古畑「コーヒーを買う人間は、直前にコーヒーを買いません」

  レシートを見せる古畑。

  スターバックスでドリップコーヒーを買っている。

犯人「よっぽどのコーヒー好きとか」

古畑「お店の住所、これかなり近くです。ただのカフェイン中毒者なら、安い自動販売機のコーヒーで事足りるはずです。しかし、この方はわざわざ外出して高いコーヒーを購入されてます。つまりこのレシート持ち主は、ここのコーヒーがまずいと思っている人間です。なのにここに落ちてる……おかしいと思いませんか?」

犯人「言われてみれば」

古畑「それにですね、このレシート、意図的に小さく畳まれています。がま口に入れるのだって、こんなに分厚く畳む必要はありません」

犯人「つまり?」

古畑「犯人が故意にここに置いた可能性があります」

犯人「そんな証拠残すようなことしますかねぇ……」

今泉の声「すみませーん」

  鑑識たちが、証拠品を運び出す。

今泉「証拠品、搬出しまーす」

  今泉、現場に繋がるドアを開けて、ドアの下にストッパーを噛ます。

  古畑、ドアストッパーを見て。

古畑「!……今泉くーん」

今泉「はい?」

古畑「おつかい頼んでいいかなぁ」

  照明が暗くなる。
  古畑、カメラ目線で。

古畑「えー犯人は、とても優しく、用心深い人物です。しかし、現在進行形で、あるお茶目なミスをしています。開かずの間を開くヒントは、あったか〜いのボタン……古畑任三郎でした」

   ×        ×        ×

  今泉、走って戻って来る。

今泉「古畑さーん! 買ってきましたぁ」

  袋から除光液を取り出す今泉。

今泉「一応、マニキュアもあります! ラメ入りぃ」

古畑「(今泉のデコを叩いて)ばか、除光液だけでいんだよ!」

今泉「すいません……」

犯人「除光液? 何用?」

古畑「んー、開かずの間を開けるため、でしょうか」

犯人「え?」

古畑「えー、この接着剤で固定されたかのような受取口、この扉はですね、本当に接着剤で固定されていました。Aさんを殺害した犯人によって」

犯人「何のために……」

古畑「Aさん“だけ”に毒を飲ませるため、です」

犯人「……」

古畑「恐らくですね、このコーヒーマシンの注ぎ口からは、Aさんの体内にあったものと同じ毒が検出されます。Aさんがいつも同じ時間に同じコーヒーを買っているのを知っていた犯人は、タイミングを図って注ぎ口に毒を仕込み、意図的にAさんに毒入りのコーヒーを飲ませたんです」

犯人「そ、そんなことしたら利用者全員が御陀仏じゃないですか!?」

古畑「はい、犯人も同じことに悩みました。Aさんへの殺意はあるが、第三者を巻き込むことはしたくない。そんな最悪の事態を阻止するのが、このストッパーです」

  古畑、畳んだレシートを見せる。

古畑「注ぎ口に毒を仕込んだ犯人は、受取口の扉に接着剤を塗ります。しかし、そのまま閉じれば、毒入りコーヒーは閉じ込められ、Aさんに渡らない。そこで、レシートを噛ませたのです。もちろん接着剤がレシートにつかないように。あとは、Aさんがコーヒーを取り出せば、扉が開いた瞬間にレシートが床に落ち、再び閉めれば二度と開かなくなる。そうすれば、第二の被害者を生まなくて済みます」

犯人「手の込んだことを……」

古畑「我ながらそう思いますか?」

犯人「は?」

古畑「これは計画的な反応です。Aさんだけを殺すために、あなたが考えた」

犯人「机上の空論です! ありえません」

古畑「そうおっしゃると思いましてですね……」

  古畑、除光液をハンカチに染み込ませる。

  受取口の扉の接合部を拭きながら。

古畑「除光液には『アセトン』という成分が含まれます。接着剤の主成分である『シアノアクリレート』をアセトンは分解するそうです。えー、10秒数えて、コーヒーが出来上がるように、5秒数えて指を鳴らせばー、この扉が開くでしょう」 

  犯人の額に汗がつたう。

古畑「はい、5、4、3、2、1………開けー、ごま!」

  犯人、指を鳴らせない。

古畑「どうしました? 鳴らしてください!」

犯人「……」

古畑「ほら! 指を!」

  犯人、崩れ落ちる。

犯人「無理です……」

古畑「……はい」

犯人「いつから、気づいてたんですか?」

古畑「あったか〜いのボタンを押したときです。普通自動販売機のボタンは、このように、人差し指で押します。あなた、私が『グッド』と言った時も、『OK』と返してきました……人差し指と親指がくっついていたら、人差し指でボタンを押すことも、親指も立てることもできません」

  瞬間接着剤で固定された人差し指と親指。

犯人「離れないんです」

  古畑、百円玉をマシンに入れる。
  レモネードのボタンを押す。

犯人「ボタンを押すとき、震えが止まらなかった。怖くて」

古畑「えー、あったか〜いお湯の中で揉めば簡単に剥がれます」

  古畑、熱いレモネードを差し出す。

古畑「お察しします」

犯人「どうも」

  犯人、カップに指を入れる。

犯人「ほんとだ(笑)」

  犯人、ポケットから百円玉を出す。

  親指と人差し指で持って、古畑に差し出す。

犯人「刑事さんの楽しみを奪ってしまったので」

古畑「優しい方だ」

  と、百円玉を受け取る古畑。

犯人「悔しいなぁ。逃げ切れなかったかぁ」

古畑「えー私はどこまでも追いかけます。例え、その場から一歩も動けなくとも」

  今泉に連行されていく犯人。

  古畑、自動販売機の前で犯人の背中を見送る


(終)

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