脚本「絹岩絹子の15分」

 絹岩苺(7)の祖母・絹岩絹子(70)は毎日15分だけ昼寝をする。夢の中で、大人になった苺に会った絹子は、「東京の大学出て、物を書く仕事について、結婚して、妊娠して……絵に描いたような幸せを手に入れとった」と苺に語った。
 23年後、苺(30)は亡き絹子の予言の通りの未来を送っていた。ある夜、苺は絵画展で絹子が描いた油絵を見る。油絵には、現在の苺の姿が描かれていた。
 絹子は本当に未来を見ていたのだろうか。

〈登場人物〉

絹岩苺(30) 出版社勤務。

絹岩絹(70) 苺の祖母。苺が15歳の頃に亡くなる。

宇多津田要(44)霊媒師。

細貝伸(36) 苺の夫。在宅ワーク。家事全般を担当。

三栗麻友 (25) 出版社勤務。苺の後輩。


「絹岩絹子の15分」


○絹子宅・リビング

  椅子に座って眠る、絹岩絹子(70)。

  絹子の腹の上でくつろぐ飼い猫。

  猫を撫でながら眠ってしまったようだ。

  足元には、こぼれた麦茶と空のコップ。

  飼い猫、床に飛び降りる。

  壁の時計は14時。

苺N「絹岩絹子は、15分だけ眠ります!」

  受話器を耳に当てる絹岩苺(7)。

  苺、大粒の涙を流している。

  × × ×

  苺、強い力で絹子を揺らす。

苺N「一度寝たバアバは、なかなか起きませ

 ん」

苺「バアバ、ねぇバアバー」

  揺らしても揺らしても、起きない絹子。

  × × ×

  リモコンでテレビの音量を上げる苺。

  起きる気配のない絹子。

  × × ×

  絹子の鼻を洗濯バサミで挟む苺。

  それでも起きない絹子。


○同・前

  家の前に停車する救急車。


○同・リビング

  慌ただしく家に上がる救急隊員たち。

隊員「絹岩さーん……え?」

  椅子から起き上がり、隊員を見る絹子。

絹子「はい……」

  絹子、顔じゅうに洗濯バサミをつけられ

  ている。

隊員「はい……?」

苺「(安堵)もぉバアバー」

  絹子に抱きつき、安堵の涙を流す苺。

  呆れた顔で、その光景を見つめる隊員。  

  何食わぬ顔の猫。

苺N「そして、15分ぴったしに目を覚まし

 ます!」

  時計は14時15分。


○タイトル

  

○絹子宅・リビング(日替わり)

  床に寝転び、ビデオゲームに熱中する苺。

苺N「なので、夏休み中に、バアバの昼寝を

 観察することにしました!」

  絹子、麦茶を持ってきて。

絹子「またゲームばぁしてからに。自由研究     

 はええの?」

  苺、うなじを左手で掻きながら。

苺「あとは絵描くだけじゃけぇ」

絹子「嘘ばっかり。計画的にせにゃあい(け

 んよ)……」

  突然途切れる絹子の声。ゲームの音と蝉

  の声だけが響く。

  画面から顔を上げ、絹子を見る苺。

  絹子、椅子に座って寝息を立てている。

  苺、スケッチブックを持ってくる。

  絹子を観察して、メモを取る苺。

苺N「13時32分、寝る」


○同・アトリエ(日替わり)

  年季の入った画材が雑多に置いてある。

苺N「16時10分、絵を描きながら、寝る」

  絹子、鉛筆を持ったまま眠っている。

  キャンバスには、女性の横顔の下絵。

  苺、そんな絹子の姿をスケッチしている。


○同・縁側(日替わり)

  うちわを持ったまま眠る絹子。

  ストップウォッチを見つめる苺。

  14分55秒、56秒、57秒……。

苺「……3、2、1」

  15分ジャストで目を覚ます絹子。

苺N「15時33分、起きる」

絹子「……いけんいけん。また夢見よぉた」

苺「どんな夢?」

絹子「大きゅうなったイッちゃんを見ようた」

苺「ほんま!? キレイじゃった?」

絹子「うん、べっぴんさんじゃったよ。えっ

 と(沢山)勉強したんじゃろうなぁ。東京

 ん大学出て、夢叶えて、なんじゃあ、物を

 書く仕事について、立ぃっ派なマンション

 に住んで、物優しそうな旦那さんと暮らし

 とんじゃと」

苺「幸せそうじゃね」

絹子「そりゃあもう。絵に描いたような幸せ

 を手に入れとったよ。もうすぐ子供も生ま

 れるんじゃと」

  絹子の話を、目を輝かせて聞く苺。

苺「こりゃあ、未来が楽しみじゃ」


○小学校・教室(日替わり)

  夏休み明けの教室。

  黒板には「自由研究発表会」の文字。

  苺、前に立って、自由研究を読んでいる。

苺「私は、早く大人になりたいなと、思いま

 した。おしまい」

  拍手するクラスの児童たち。


○苺のマンション・リビング(23年後)

  テーブルにて、食後のコーヒーを飲む、

  苺(30)と細貝伸(36)。

伸「え、なにそれ?」

苺「私が今の仕事を目指したきっかけ」

  苺は、例の自由研究を読んでいる。

伸「もう観察してないの?」

苺「死んでるし。結構前だよ」


○絹子宅・リビング(19年前・回想)

  椅子で眠っている絹子。

苺の声「昼寝も15分じゃ、済まなくなって。

 心配して検査したら、要介護2」


○老人ホーム(17年前・回想)

  車椅子に座り、外を見る絹子。

苺の声「あとはもうずっとホーム。もう少し

 一緒にいたかったけどねー」


○葬儀場(回想・15年前)

  霊柩車を見送る中学生の苺。制服姿。

  苺は、絹子の遺影を持っている。

苺N「で、覚めない昼寝についた。文字通り、

 二度と起きない眠りに……」


○苺のマンション・リビング(回想戻り)

  興味深そうに自由研究を読む伸。

伸「でも凄いね。上京して、大学出て、出版

 社に入るところまで当ててるんだ」

苺「うん。結婚して、マンション買うことも」

伸「何、おばあちゃん予言者?」

苺「おばあちゃん予言者じゃない。どこにで

 もいる、普通のおばあちゃん」

伸「どこにでもいるおばあちゃんは孫に観察

 されないよ。虫とかアサガオだよ普通」

苺「変な魅力があったの……それに、実現し

 てる未来だけじゃないからね」

  苺、自由研究の「夢の内容」の欄を指す。

  絹子が話した苺の未来が、箇条書きで書

  かれている。

伸「(読む)もうすぐ、ひ孫が生まれる?」

苺「てことは、もう少し先の未来なのかもね」

  苺、話を切り上げて、マグカップを持っ

  て流し台に向かう。

伸「(呟くように)それか偶然か」

苺「え?」

伸「まぁ、別段変わった未来じゃないし」

苺「でも、当たり前ではないじゃん」

伸「案外苺の仕業かも」

苺「私?」

  伸、自由研究を持って。

伸「この理想に応えたくて、無意識に人生を

 選択したってことはないかな」

苺「ないない! お盆に帰省するまで、存在

 すら忘れてたんだから」

伸「頭の片隅には残ってるもんなんだよ。亡

 き祖母の、理想の孫になりたいって願望が。

 それが知らないうちに働いて、結果その通

 りになった」

苺「だとしたら?」

伸「だとしたら、偶然ですらないかも」

  伸が差し出した自由研究を、やや乱暴に

  取る苺。

苺「そうかもね」

伸「で、なんで急にそんな話?」

苺「あぁ、今日ママから電話があって。絵画

 教室が保管してたバアバの絵が、近くで展

 示されてるんだって」

伸「絵画展?」

苺「うん。倉庫の隅で埃被って見つかったら

 しくて。よかったら明日観に行かない?」

伸「明日か……」 

苺「6時過ぎには会社出られると思う」

  伸、スマホでスケジュールを見る。

伸「……あ、ごめん、オンラインで打ち合わ

 せ入ってる」

苺「そっか」

  × × ×(時間経過)

  風呂上がり。バスタオルで髪を拭く苺。

  壁のコルクボードの写真を見る。

  旅行先で撮った苺と伸の写真。

苺「痛っ!」

  足を上げると、画鋲が落ちている。

  苺、その近くに落ちていた「安産祈願」

  と書かれたお守りを拾う。

  コルクボードにお守りをつける苺。


○出版社・編集部(日替わり)

  資料が無造作に重ねられたデスク。

  苺、黒猫が散りばめられた柄のシャツを

  着ている。

  服についたシミをティッシュで叩く苺。

  苺と背中合わせの席に三栗麻友(25)。

三栗「結婚って必要なんすかねー」

苺「(手は止めず)何? 藪から棒に」

三栗「こーれ」

  三栗、記事のゲラ原稿を苺に渡す。

  「人気ロック歌手シグマ、霊媒師Uに洗

  脳疑惑!? 原因は妻の自殺」の見出し。

苺「(読む)霊媒師Uに洗脳疑惑……」

三栗「はじめは、死んだ妻と交信ができると

 かなんとか聞いて近づいて、気づけば霊媒

 師につきっきり」

苺「よくある詐欺話じゃん」

三栗「埋められない喪失を抱えるくらいなら、

 ハナから結婚なんてしなきゃいいのに」

苺「若いねー、うらやましい」

三栗「てか、どこに惹かれて結婚したんです

 か?」

苺「……猫っぽさ?」

三栗「猫っぽさ……あ、だから、ずっとシャ

 ツの猫撫でてるんですか?」

苺「これはさっき食べたラーメンのシミ! 

 くそぉ、落ちろ、落ちろ」

  と、呟き、ティッシュでシミを叩く苺。

苺「服ってさ、おろした日に限って汚れな

 い?」

三栗「わかります。どうでもいい服に限って

 長持ちしますよね」

  苺、シャツの黒猫に話し掛けるように。

苺「ほんとは一緒に絵画展行く予定だったの

 にねー(三栗に)……あれ? なんの話だ

 っけ?」

三栗「旦那さんが、水の入ったペットボトル

 怖がるって話」

苺「ごめん、そこまでは猫じゃないかも」

三栗「あれ迷信ですしね」

苺「でも、気ままだしー、ボーダーよく着て

 るしー……あ、初デートなんて、釣り堀行

 って寿司食って水族館だよ」

三栗「それ、ボーダーと魚が好きな人でしょ」

苺「でもポケット常にパンパンだよ」

三栗「え、先輩のび太君ってことっすか?」

苺「だから家事洗濯頼りっぱなし」

三栗「いいなー結婚」

苺「憧れてるし」


○画廊・前(夜)

  絵画展の看板が立っている。

  客は4人程度。


○同・中

  パンフレット片手に歩く苺。

  1枚の油絵の前で立ち止まる。

苺「(驚いて)……え?」

  同じ猫柄のシャツを着た、苺の横顔が描

  かれている。

  恐怖を感じ、周囲を見回す苺。

  隠しカメラなどあるはずもない。


○出版社・食堂(日替わり)

  定食を食べながら話す苺と三栗。

三栗「ほほーん、そそられる書き出しだとは

 思いますけど……連載小説の企画っすか?」

苺「ううん実話」

  苺、スマホの写真を三栗に見せる。

  苺と油絵の苺とのツーショット写真。

三栗「マジっすか!?」

苺「絵に描いたように幸せな未来を、絵に描

 かれてたっていう」

三栗「わかんないすけど……え、おばあちゃ

 ん能力者っすか?」

苺「おばあちゃん能力者じゃない。どこにで

 もいる、普通のおばあちゃん」

三栗「どこにでもいるおばあちゃん、未来の

 孫の姿、服の柄まで的中させないでしょ。

 当たりようがなくないっすか、あんなデザ

 イン」

苺「あんなって」

三栗「亡くなったのは?」

苺「15年前。中学生だよ私」

  三栗、絵画の画像を拡大して。

三栗「当時から大人っぽかったんっすねー」

苺「バアバには、未来を予知する能力があっ

 た」

三栗「いやいやいや(スマホを見て)やっば、

 こんな時間! 取材、行ってきます」

苺「洗脳霊媒師?」

  三栗、トレイを持って席を立つ。

三栗「ですです! 遂に本人とアポが取れて

 ……続報、待ってます!」

  早歩きで返却口に向かう三栗。

苺「あの、紹介してくれないかな。そのー」

  三栗、立ち止まって。

三栗「……宇多津田」

苺「うたづだ?」

三栗「(頷いて)うたづだ。宇多津田要」


○道(夜)

  仕事帰り。トボトボと歩く苺。

三栗の声「腕はピカイチ、その筋では割と一

 目置かれてるっぽいっすけど……いいんす

 か?」

苺の声「うん、予知について聞きたくて」

三栗の声「伝えてはおきますけど、期待はし

 ないでくださいね」


○苺のマンション・苺の部屋

  猫柄のシャツを手に取る苺。

  絹子の絵の写真と見比べる。

三栗の声「あ、三栗です。宇多津田、会って

 くれるみたいです……先輩、あくまでも取

 材ですからね。ミイラ取りのままでいてく

 ださいね」

苺「……持って行こ」


○同・リビング(日替わり)

  テーブルの上には猫柄シャツ入りの紙袋。

  急いだ様子で着替える苺。

  伸、オーブンから角皿を出す。こんがり

  焼けたチョコブラウニーが並ぶ。

伸「あちちちちち……あ、チョコブラウニー、

 焼き上がったとこ」

  苺、準備をしながら、チラッと見て。

苺「(適当に)わー美味しそー凄ーい」

伸「食べてもいいし食べなくてもいいし、今

 あれなら後で食べてもいいし、食べなかっ

 たら食べなかったで、食べたいときに……」

  伸が喋っている間に、準備を整える苺。

苺「はいはい! 行ってきます!」

  苺、紙袋を手に取り、部屋を出て行く。

伸「僕が……食べちゃうし……」

  玄関のドアが閉まる音。

  伸、ブラウニーを一口かじる。

伸「……うまっ!」

  

○繁華街

  人通りがまばらな繁華街。

  スマホで地図を見ながら、歩く苺。

三栗の声「待ち合わせ場所の指定は不可。地

 図送っときました。宇多津田は基本そこに

 いるそうです……ここの305号室です」

  目的地に着き、建物を見上げる苺。

  チェーンのカラオケ店のビルである。

  苺、腕時計を見て。

苺「よし、セーフ」

  ピチャ、苺の肩に鳥のフンが落ちる。

苺「嘘でしょ……」


○カラオケ店・受付

  エレベータのドアが開き、苺が早歩きで

  降りてくる。

  猫柄のシャツに着替えている苺。

店員「いらっしゃいませー」

苺「待ち合わせでーす」

  苺、颯爽とレジ前を通り過ぎる。

  

○同・305号室

  苺、息を整え、ドアを開ける。

苺「(恐る恐る)失礼しまーす」

  6人用の広めのカラオケルーム。

  電動車椅子に座る宇多津田要(44)。

  黒のセットアップ。中にはブラウス。

  要、スマホ画面に向かって話している。

要「時間の流れを読むのです。時の粒子、そ

 の一つ一つと向き合う。己を、五次元の大

 河を渡る船乗りだと思いなさい」

苺「はい!」

  苺、手帳にペンを走らせる。

  スマホから視線を外す要。

要「(苺を見て)……どちらさま?」

苺「申し遅れました。絹岩苺、です」

要「名前は結構。私との関係性は?」

苺「取材を申し込ませいただきました、記者

 です!」

要「あいにく記憶にございません。お帰りな

 さい!」

苺「え」

要「ほら、早く。しっし」

  要、手を出口に向ける。


○同・前〜道

  イラついた様子で、スマホに話す苺。

苺「ねぇすっごい感じ悪かったんだけど!」

三栗の声「嘘だー。会った人みんな『聖母の

 ような包容力』って」

苺「全然全然、全っ然だって! 腹立つわー」

要の声「あーちょっと! ねぇ! ちょっと」

  立ち止まり、振り返る苺。

  電動車椅子を走らせ、追ってくる要。

  無視して再び歩き出す苺。

  車椅子の速度を上げ、要が苺に追いつく。

要「どしたのよプンプンして!」

苺「プンプンしてません! 帰れって言われ

 たから帰ってるだけです」

要「あの人そんなことを……代わりに謝るわ」

  苺、立ち止まり、要の前に立って。

苺「代わりにって、人のせいですか!?」

要「人のせいよ。私悪くないんだもん」

苺「あなたでしたよ!」

要「あれは私じゃない。今が私。今こそ私」

苺「(小声で)ダメだ話にならない」

要「とりあえず、ほら、カムバック。ちゃー

 んと説明したげるから」

苺「はぁ」


○カラオケ店・305号室

  テーブルには山盛りのフライドポテト。

  要、苺にスマホの映像を見せる。

  スマホの中では先程の要がカメラ目線で

  話している。

映像の要「舞い落ちる木の葉に思いを馳せな

 さい……」

要「師匠にはよく来てもらってるの」

苺「師匠?」

  苺、キョロキョロと辺りを見回す。

苺「あー、もう帰られてるから安心して」

苺「え、お一人でしたよね?」

要「そりゃ、師匠は亡くなってるからね」

苺「でも来られてたんですよね?」

要「来てた来てた。降りてたっていうか」

苺「あ、降霊? イタコ的なことですか?」

要「ざっくり言うとね。でも、厳密には違う

 区分」

苺「私が会ったのは、降りてきてた師匠」

要「そゆこと。けどー、降ろしてる身体はこ

 の身体でしょ。だから……」

  要、スマホの映像を苺に見せる。

映像の要「……己を、五次元の大河を渡る船

 乗りだと思いなさい」

映像の苺「はい!」

映像の要「(苺を見て)……どちらさま?」

映像の苺「申し遅れました。絹岩苺、です」

  要、スマホを切って。

要「貴重なアドバイスを賜ってる途中に、あ

 なたがやってきたってわけ」

苺「…………お邪魔しました」

要「じゃあなんでカラオケボックスー、どゆ

 ことー……って?」

苺「(胸を隠し)読めるんですか?」

要「よくある質問。降りてくる魂は、雑音が

 多くてガチャガチャしてる場所の方がリラ

 ックスできるみたい。ポテトは盛り塩とで

 も思っといて」

  苺、手帳にペンを走らせる。

苺「ポテトは盛り塩」

要「メモんなくていい……申し遅れました、

 宇多津田要です」

苺「絹岩苺です。本日は先生にご意見賜りた

 く、伺いました……早速ですが、宇多津田

 さんは、未来の予知とか、できますか?」

要「ムリ」

  要、ポテトを1本食べる。

苺「あ、無理……」

要「当ったり前でしょ! 未だ来ずと書いて

 未来、予め知るなんて不可能」

苺「ですよね。失礼しました」

  苺、バックを持って帰ろうとする。

要「けどー、未来をお見せすることは可能」

苺「見せる? 見たいです!」

要「あなたにじゃない……会いたい人、いる

 んでしょ」

苺「はい」

  要、自分の向かいのソファを指して。

要「座って。呼んだげる」

  要の向かいに座る苺。

要「鏡はー、持ってないわよね」

苺「ダメなんですか?」

要「朝起きて、洗顔して鏡見たら顔が私でし

 たー……どう?」

苺「二度寝します!」

要「そういうこと。魂が驚いて帰って行っち

 ゃう」

苺「なるほど」

要「はい、思い浮かべて! 今!」


○絹子宅・リビング(23年前)

  椅子に座って猫を撫でる絹子。

  麦茶を飲んで、一息つく。

  時計の針はまもなく14時を指す。

  突然、猛烈な睡魔に襲われ、目を閉じる。

  コップが落ち、床に麦茶がこぼれる。


○カラオケ店・305号室(現在)

  部屋を不思議そうに見渡す要。

要「ここは……どこじゃろうか?」

苺「……え」

  要、驚いた様子で周囲を見回す。

要「イッちゃん!? イッちゃんどこね?」

苺「……ここよ」

  驚いた表情の要と目が合う苺。

  苺には要が絹子に見えている。

苺「ばあば、覚えてとる? ウチよ。久しぶ

 りじゃね」

絹子「あんた……イッちゃんか?」

苺「わざわざ降りてきてくれたんじゃね。あ

 りがとう」

絹子「何がね?」

苺「天国はどんな? ジイジとは会えた?」

絹子「何を言よんね。まだ死んどりゃせんわ」

苺「え?」

絹子「よぉわからんのじゃが、うちで麦茶飲

 みょうたら急に眠とうなってのう、瞬きし

 たら、もうここよね……どこねぇここは?」

苺「……未来」

絹子「未来?」

  手元のデンモクを絹子に見せる苺。

苺「こんなん、なかったじゃろ?」

  珍しそうにタッチパネルを見る絹子。

  絹子、画面の文字を読み上げる。

絹子「2022最新ヒット……わしゃ、未来

 を見とるんか」

苺「(自分を指し)三十」

絹子「七つじゃったで」


○絹子宅・リビング(23年前)

  椅子で眠り続ける絹子。

  泣きながら絹子を揺らす苺。

苺「バアバー、バアバー」


○カラオケ店・305号室(現在)

  苺の顔を、眩しそうに見る絹子。

絹子「泣いてばぁだったイッちゃんが、大き

 ゅうなってからに」

苺「向こうじゃ、泣いとるじゃろうけど」

絹子「こっちじゃあ、幸せにやっとんか?」

苺「うん、あの後は東京の大学行ってね」

絹子「あの後?」


○葬儀場(回想)

  絹子の遺影を抱き、霊柩車を見送る苺。


○カラオケ店・305号室(回想戻り)

  不思議そうな絹子の表情。

苺「ううん、なんでもない……東京の大学卒

 業してね、夢じゃった出版社に入ったんよ」

  絹子、頷きながら苺の話を聞く。

苺「それにね、見てみ」

  苺、左手の薬指の指輪を見せる。

絹子「まぁ」

苺「今は、マンション買って二人で住んどる。

 もちろんローン組んでじゃけど」

絹子「(感心して)ほうね」

苺「うん」

絹子「……ほいで、幸せんなんか?」

苺「(やや戸惑いながら)う、うん。幸せよ」

  じっと苺の目を見つめる絹子。

  苺、沈黙を誤魔化すように。

苺「そ、それに、こ、子供も、生まれる予定」

絹子「ほうねー、おめでとう!」

  苺、照れながら首の後ろを触る。


○絹子宅・リビング(23年前)

  絹子の鼻を洗濯バサミで挟む苺。


○カラオケ店・305号室(現在)

  絹子、自分の鼻が気になる様子。

苺「どしたんね?」

絹子「どーも鼻がモゾモゾしていけん」

苺「(思い出し)あぁ、先に謝っとく。ごめ

 んね」

絹子「何を謝ることがあるんね。べっぴんさ

 んに会えて、長生きする楽しみが増えたわ」

苺「ウチも、15年ぶりに会えて嬉しかった。

 ありがと……」

絹子「……15年前に、死んどんか?」

苺「いや……」

絹子「あ、いけん。イッちゃんを放ったらか

 しじゃあ」

苺「バアバ……また、呼んでいい?」

  絹子、頷いて、ゆっくり目を閉じる。


○絹子宅・リビング(23年前)

  椅子から起き上がる絹子。

  顔じゅうに洗濯バサミがついている。

絹子「(救急隊員に)はい……」

苺「(安堵)もぉバアバー」


○カラオケ店・305号室(現在)

  要を抱きしめている苺。

苺「もぉバアバ〜」

要「あ、もう私! ねぇ! 宇多津田ですー」

  苺の背中をバンバンと叩く要。

  × × ×

  テーブルを挟み、要の向かいに座る苺。

苺「……ちゃんと説明してください!」

要「私は……意識の前借りをしただけ」

苺「意識の前借り?」

  要、ポテトを1本ずつ並べる。

要「過去から、未来。時間は同じ方向に流れ

 る」

  × × ×

  10本のポテトが一直線に並んでいる。

  要、一直線のポテトの両端を交互に指し

  て、説明する。

要「(端)過去、(反対の端)未来。生まれ

 てから死ぬまで、人間の意識は一直線に続

 いている」

苺「これが、意識……?」

要「意識の前借りでは、過去の意識を切り抜

 いて……これ、過去のおばあ様の意識ね」

  絹子、端から3本目のポテトを手に取り、

  苺に見せる。

要「過去から借りてきたこの意識を、私を経

 由して、あなたにお見せした」

  苺、ポテトを受け取る。

苺「どうも」

要「未来に持ってきた意識は、過去では無意

 識になってる。ほら」

  要、3本目があった隙間を指す。

要「おばあ様の無意識、身に覚えない?」

苺「ありますあります! あれ先生の仕業だ

 ったんですか!?」

要「しわざ? 手柄ね。過去と未来の橋渡し

 役? それを15分250円プラスドリン

 ク代でやってる」

苺「安過ぎません?」

要「ほぼ趣味なもんで」


○同・前

  「15分250円」と書かれた料金表の

  看板。

  電動車椅子に乗った要、苺と並んで進む。

苺「びっくりです。てっきりこういうのって、

 あの世から降ろすものだとばかり思ってた

 ので」

要「出たあの世。ぶっちゃけさ、あると思

 う?」

苺「行ったことはないです」

要「でも過去は誰しもが持ってる。私は、確

 実な方を選ぶわ」

苺「いつからこんなことが?」

要「事故に遭ったの。今もこの通り」

  要、車椅子に視線を落とす。

要「死に直面したことで、人に生を見せられ

 るようになった」

  苺、少し前を歩いて振り返る。

苺「先生……また、会ってもいいですか?」

要「それは私と? おばあ様と?」

苺「両方です」


○居酒屋(夜)

  テーブルにはハイボールと料理が並ぶ。

三栗「つまり、未来を予言して描いたんじゃ

 なくて、ガチで未来の先輩を見てて、それ

 を絵にしてたってことっすか?」

苺「だとしたら、一個気になることがあって」

三栗「一個で済んでるんだ……」

苺「笑ってないんだよね、私。ほら」

  苺、例の絵の画像をスマホで見せる。

三栗「確かに。絵に描いたように幸せな未来

 を過ごしてる表情じゃないっすね」

苺「もしかしたら、私が気づいてないだけで、

 暗雲が立ち込めてるのかも」

三栗「やですね。どんどん不幸になってくの」

苺「やめて! せっかく包んだオブラート剥

 がさないで」

三栗「先輩……飲みましょう! 明るい未来

 に!」

苺「(渋々)か、んぱい」

  ハイボールのジョッキをぶつける。


○カラオケ店・305号室(日替わり)

  向かい合う絹子と苺。

  すでに要の中に絹子が降りている状態。

  苺からは、要の姿は絹子にしか見えない。

絹子「イッちゃんったら、泣きべそかいて救

 急車呼んでからに」

苺「恐怖よほんまに! バアバ微動だにせん

 のんじゃもん」

絹子「ショック与えて目覚めさせよう思うた

 んじゃろうな。起きたら顔じゅう洗濯バサ

 ミよ。救急隊員さん呆れとったわ」

苺「ウチ、帰ってママにぶち怒られたんじゃ

 けぇね。教えてあげんと」

絹子「何をね」

苺「ほいじゃけぇ、寝よおるときだけ、未来

 に行っとるゆーこと」

絹子「ほうなんか?」

苺「ほうよね。夢じゃあ思うとった?」

絹子「えらい鮮明な白昼夢じゃのうって」

苺「触れてみ」

  絹子、苺の頬にそっと触れる。

絹子「あったかいのう」

  苺も絹子の頬に触れる。

苺「夢じゃない。これが確固たる証拠じゃ」

  絹子、苺の手を取る。

絹子「こん手で記事を書きょんじゃねぇ。自

 由研究もろくにせんかったあんたが」

苺「バアバのおかげよ」


○絹子宅・リビング(23年前)

  座って眠る絹子を観察する苺。

  スケッチブックにペンを走らせる。

苺の声「もう、取り掛かりょうるわ」


○カラオケ店・305号室(現在)

  苺、23年前を懐かしみながら。

苺「あれで金賞もらったんが、今思えばきっ

 かけじゃね」

絹子「あれ?」

苺「いずれわかる思うわ……バアバ、また明

 日も、呼んでええ?」

絹子「勝手に連れてくるくせに」

  × × ×(日替わり)

  絹子に相談している苺。

苺「夫婦円満のコツってなんなんじゃろ?」

絹子「ほいじゃあ聞くが、本読んだら一輪車

 乗れるようになるか?」

苺「そりゃあ、無理よ」

絹子「夫婦には夫婦のコツがある。コツは己

 で掴むもんじゃ」

苺「そうなんかねぇー」

絹子「(思い出したように)ほうじゃ、ええ

 もん見せちゃろ……ありゃ……」

  絹子、何かを探している。

苺「もしかして、これのこと?」

  苺、絹子が描いた絵の写真を見せる。

  絹子、写真を両手で受け取って。

絹子「どしてね?」

苺「過去と未来は繋がっとるんじゃ。ありが

 とね、綺麗に描いてくれて」

絹子「見たまま描いただけじゃ。初めて会う

 た時の記憶を残しとこう、思うてね」

苺「どうじゃろ、服だけ描き変えるとか」

絹子「猫のがええんじゃ」

  × × ×(日替わり)

  コーヒーを飲む絹子と苺。

苺「苦うないんか?」

苺「もう子供じゃないんで」

絹子「コーヒーを淹れた後の豆カス、あるじ

 ゃろ」

苺「うん」

絹子「あれには消臭効果があるけぇ、便所に

 でも置きゃあ、匂いが気にならんで」

  × × ×(日替わり)

  苺、メモを取りながら、絹子の話を聞く。

絹子「玉子焼きには、ようけ砂糖を入れんさ

 い」

苺「砂糖?」

絹子「砂糖がのぅ、たんぱく質が固まるんを

 遅めるけぇ、フワッと柔おう焼けるんじゃ」

  × × ×(日替わり)

  苺、週刊誌を開いて絹子に渡す。

苺「ジャーン」

  絹子、受け取り、顔から遠ざけて。

絹子「すまんのう、老眼でよう……見える」

  嬉しそうに記事に顔を近づける絹子。

苺「近くで読んでみ」

絹子「文・絹岩苺……イッちゃんが書いたん

 ね!?」

苺「今日発売。本屋さんにも並んどるんよ」

絹子「雑誌ゆうたらなぁ」

苺「うん」

絹子「古紙を丸めて濡らせば、鏡にこびりつ

 いたしつけぇ汚れが……」

苺「生活の知恵は一旦ええかも!」


○苺のマンション・苺の部屋(夜)

  絹子と話した日を手帳に記録する苺。

苺「(ペンを止めて)もしや……」

  自由研究を開き、手帳と見比べる。

  ニヤリと笑みを浮かべる苺。

  

○出版社・食堂(日替わり)

  苺、手帳を開いて置く。

苺「これ、私が先生に会ってる日付と時間」

三栗「はい」

  苺、自由研究を開いて置く。

苺「これ、7歳の私が記録した、おばあちゃ

 んが昼寝した日付と時間」

三栗「(手帳)16日は14時、(自由研究)

 14時。17日は13時32分、13時3

 2分。18日は16時10分、16時10

 分……一致してる」

  苺、両手で自由研究を持って。

苺「つまり、明日以降の私のスケジュールは

 ぜーんぶコレに書いてあるってわけ」

  三栗、ややあきれた様子で。

三栗「はぁ」

苺「記録通りに先生に会えば、理想の未来が

 自ずとやってくる。やがて子宝にも恵まれ

 て……へへへへ」

  浮かれる苺を不安に思う三栗、箸を置い

  て、口を開く。

三栗「……先輩、ちょっと入れ込みすぎじゃ

 ないっすかね」

苺「全然」

三栗「取材っていうから繋いだんです私は。

 先輩、ミイラになりかけてますよ」

苺「え?」

三栗「気を悪くされたらすみません。疑心暗

 鬼だった先輩が、ピラミッドの中をどんど

 んどんどん奥に行ってる気がして……」

苺「大丈夫だって。防腐剤も塗られてないし、

 布も巻かれない」

三栗「ならいいですけど……次は、いつ会う

 んですか?」

苺「えーつと、次にバアバが昼寝したのはー」

   自由研究を開く苺。


○苺のマンション・リビング(夜)

  コーヒーを注ぐ苺。

苺「明後日の2時?」

伸「厳しい? 関係者席だよ」

苺「外せない系の用事が」

伸「そっかー残念。断っとく……忙しいんだ

 最近」

  苺、マグカップを2つ持ってきて、片方

  を伸に渡す。

苺「はい」

伸「ありがと」

苺「(コーヒーを一口飲んで)仕事じゃない

 んだけどね、予め決まってて」

伸「あらかじめ……」

苺「23年前、から」

伸「誰かの23歳の誕生日ってこと?」

苺「え、新入社員と密会でもすんの私? そ

 んなわけないよね」

伸「そんなわけあると思って言ったわけじゃ

 ないよ。何か隠されてるのかなって」

苺「隠してない。隠してないのに、汲み取っ

 てもらえないから苦しいの」

伸「え?」

  苺、コルクボードにぶら下がる、安産祈

  願のお守りを見る。

  伸も、苺の視線を追って、お守りを見る。

  夫婦の間に流れる沈黙。

伸「……今度、ゆっくり話そっか」


○カラオケ店・305号室(日替わり)

  苺、要の目を強く見つめる。

苺「バアバ、実はね、家族が増えるいうんは、

 嘘。ごめんなさい」

  頭を下げる苺に、ゆっくりと頷く要。

苺「ほいでも、これを嘘にしたくはない思う

 とる……OKです!」

  絹子に打ち明けるための、予行練習だっ

  たようだ。

要「降ろしまーす」

  要、目を閉じる。

  台詞を小声で確認する苺。

苺「……よし」

  目の前の要が絹子に変わる。

  絹子はすっかりこの現象に慣れた様子。

絹子「はいはいははい、どうもー」

苺「バアバ、実はね……」

絹子「イッちゃんのことを話したらなぁ、え

 っと(凄く)喜んどったわ」

苺「誰が?」

絹子「イッちゃんよね。『あんたはべっぴん

 さんになるで』言うて。覚えとらん?」

苺「覚えとる覚えとる。嬉しかったなぁ」

絹子「未来で幸せに暮らしょうるゆうたら、

 早う自分の赤ちゃんに会いたいゆうて」

苺「気が早いよ」

絹子「体調はどんなね? あんた一人の体じ

 ゃないんじゃけぇね」

苺「……うん」

  頷きながら、左手でうなじを掻く苺。

  その指先を見つめている絹子。


○苺のマンション・寝室(夜)

  ベッドに入っている苺と伸。

  座っているような姿勢。

  苺、見ていた自由研究を閉じて。

苺「昨日の続きなんだけどさ、やっぱり、家

 族が増えてもいいのかなって」

伸「うん」

  苺、自由研究を見せて。

苺「バアバだって、こう言ってくれてるわけ

 だし」

伸「……苺」

苺「ん?」

伸「苺はちょっと、引っ張られ過ぎなんじゃ

 ないかな」

苺「え?」

伸「未来にね、引っ張られ過ぎてる……いや、

 未来でもないな。おばあちゃんの絵空事に、

 振り回されてる」

苺「そんな言い方しないで!」

伸「ごめん。でも聞いてほしい。亡き祖母の

 望み通りに生きたいって気持ちは、わかる。

 理解できる。でもね、その望みに縛られる

 のは、違うと思うんだ」

苺「縛られてない! むしろ支えられてる」

伸「きっと苺は拠り所が欲しいんだよ。自分

 を肯定してくれる存在が」

苺「その存在が、伸君であるべきなんじゃな

 いの?」

伸「もちろん。でも肯定できないこともある。

 未来は義務じゃない」

苺「私はバアバに嘘つきたくないだけ」

  伸、苺の肩を両手で掴み。

伸「嘘も何も、そのバアバは、とっくに死ん

 でるんだよ」

  伸、自由研究を手に取り、開く。

伸「大卒、結婚、出産、そんなのおばあちゃ

 んの価値観でしょ? いつまでも湿布くさ

 い理想にすがっててもしょうがないよ」

  伸、自由研究を破ろうとする。

苺「やめて。本当に見えてたんだよ、未来が」

  伸、自由研究をバラバラに破り捨てる。

伸「忘れなって! こんな未来は」

苺「……最っ低」

  苺、枕を伸に投げつけ、部屋を出て行く。


○同・リビング(時間経過)

  テーブルで苺の帰りを待つ伸。

  落ち着かない様子。


○同・廊下〜エレベーターホール

  廊下を歩く伸。手には苺のコート。

  エレベーターから降りる苺。要と電話中。

  コンビニの袋を持っている苺。

苺「お世話になってます。絹岩です。急にご

 めんなさい」

  伸、廊下の奥から聞こえる苺の声に、ほ

  っとして近づいていく。

苺「……先生、明日も会えませんか?」

伸「!」

  伸、歩く速度を徐々に落とす。

苺「では、14時に、いつもの305号室で。

 おやすみなさい、先生」

  電話を切った苺、伸に気づく。

  エレベーターホールで向かい合う2人。

苺「さっきは、ごめんね」

伸「うん。こっちも、言い過ぎた」

  エレベーターに向かって歩き出す伸。

  「抱きしめられる!」と構える苺だが、

  伸はエレベーターに乗り込む。

苺「伸、くん?」

  伸、悲哀に満ちた表情で。

伸「先生って? 305号室って、何?」

苺「あ、違うの」

  伸、「閉」ボタンを押す。

  エレベーターが降下を始める。


○カラオケ店・305号室(日替わり)

  向かい合う絹子と苺。

絹子「どうじゃ? 旦那さんとは」

苺「仲良くやっとるよぉ」

  絹子、苺の目をじっと見て。

絹子「イッちゃん。ええんよ、正直に話して」

  苺、左手でうなじを触っている。

苺「何を言よん。変じゃねぇ」

絹子「首の後ろ」

苺「え?」

絹子「うなじを触りょうる。イッちゃんが何

 か隠しょーるときの癖じゃ」

  × × ×(フラッシュ・回想)

  麦茶を持ってくる絹子。

絹子「ゲームばぁしてからに。自由研究はえ

 えの?」

  苺、うなじを掻きながら。

苺「あとは絵描くだけじゃけぇ」

  × × ×

  苺、うなじからそっと手を離す。

苺「……バレとったんじゃね」

絹子「こまい(小さい)頃から変わらんもん」

苺「……バアバ、お願いがあるんじゃけど」

絹子「なんでも言いんさい」

苺「向こうのウチには、今のウチのこと、話

 さんでほしい」

絹子「なんでね」

苺「ウチはね、バアバが話してくれたウチの

 未来に憧れた。じゃけぇ、勉強も就活も頑

 張った。そしたら自然と伸さんとも出会え

 て、教えてくれた通りの幸せな暮らしを手

 にした。じゃけど、そがぁな未来は、もう、

 どこにもない」

  苺、バッグから紙切れを出す。

  破られてバラバラになった自由研究だ。

苺「勝手に観察してごめんね」

絹子「コソコソ書きょうると思うたら」

苺「思おとった未来がバラバラじゃ……頼ん

 だで。ウチは、幼いウチを、がっかりさせ

 とうないんじゃ」

絹子「何を言よんね!」

  突然の絹子の大声に、驚く苺。

苺「……え?」

絹子「私は、あんたに会うて、あんたと話し

 て、がっかりしたことは一度もない。自慢

 の孫のままじゃ」

  苺、涙をこらえ、上を向く、

苺「……泣かせんでよ」

絹子「ええか? 自分の好きな道を行きんさ

 い。それが、私が望む、あんたの未来じゃ

 ……ええね?」

苺「なんか、楽しみになってきたわ」

絹子「こっからは、何が起こるかわからんで」

  と、突然部屋の扉が開く。

  廊下から風が入り込み、自由研究がパラ

  パラと舞う。

  部屋に駆け込んでくる伸。

伸「苺!?」

苺「え、なんで!?」

伸「家帰ったら、ゴミ箱に……」

  伸、ポケットから紙を出して苺に見せる。

  カラオケ店のクーポン券である。

苺「あ!」

伸「落ちてた」

苺「捨ててたの!」

伸「(絹子に)ど、どなたですか!?」

  伸には、絹子が要の状態で見えている。

  苺とっては、要は絹子の状態のままだ。

絹子「あ、あんたが伸さん?」

伸「なんで僕の名前を……」

  伸、驚いた顔で苺を見て。

伸「話したの!? 話した上で!?」

絹子「孫がいつもお世話になってます」

伸「ま、孫!?」

絹子「苺の祖母です」

苺「今はね!?」

伸「今も祖母ではないでしょ。えーっと、ま

 じで、え、まじでどなたですか?」

絹子「今も昔も、祖母でございます」

苺「中身が祖母なの!」

絹子「(苺に)外身も祖母よね! (伸に)

この度は何やら揉めんさったようで」

  伸に頭を下げる絹子。

苺「余計なこと言わんで! (伸に)気にし

 ないで」

伸「え、祖母なの? 祖母じゃないの?」

苺「あと5分だけ祖母」

伸「シンデレラみたいなこと?」

  苺、伸の耳元で囁く。

苺「(小声で)先生! 霊媒師!」

  絹子に聞こえないように、部屋の隅で、

  小声で会話する苺と伸。

伸「おばあちゃんが、霊媒師ってこと?」

苺「ううん違くて、今はバアバが降りてる状

 態なんだけど、それがバアバにバレると一

 生会えなくなるっていう!」

伸「ごめん全部わからない! 不倫バレてお

 かしくなった?」

  絹子、2人の背中に向かって。

絹子「ふりん?」

  苺、絹子に近づきながら。

苺「あー違うのバアバ」

絹子「……イッちゃん、不倫はいけん」

苺「しとらんから!」

伸「よく言えるな! 現場だよここ!」

絹子「ここでしたんね!?」

  絹子と伸との板挟みになる苺。

苺「だから違うってば!」

伸「(絹子に)あなたが言える立場ですか?」

絹子「伸さん!」

伸「お、やりますか?」

  伸、フライドポテトの皿を持ち上げて、 

  武器のように構える。

  テーブルや床にボトボトと落ちるポテト。

苺「伸さん! やめて」

  伸、皿を床に投げ捨てる。

  カラーンと音を立て、ステンレス皿は絹

  子の足元に落ちる。

絹子「……私は、ずっとこの子を見とります」

伸「僕の方が見てます」

絹子「いーや、私の方が見とります。こまい 

 頃から知っとりますけぇ。ゆうても、こま

 い頃しか知りません」

伸「そんな、マウント取られても……」

絹子「幼い苺しか知らんけど、真面目で責任 

 感の強い子じゃあいうんは保障します。ほ

 いじゃが、その分、すぐ誰かに頼ってしま

 う、優しさにすがってしまう子じゃいうん

 も知っとります」

  自分を守ろうとする絹子の姿に涙ぐむ苺。

苺「バアバ……」

絹子「こがぁな孫ですが、こん世界に一人し

 かおらん、自慢の孫ですけぇ、許してつか

 あさい!」

  勢いよく頭を下げる絹子。

  絹子、床に落ちているステンレス皿を見

  てしまう。

絹子「……!」

  皿の表面に、要の顔が映っている。

  皿に映る要の顔を、見つめる絹子。

絹子「(要に)……誰ねぇ、あんたは」

  絹子、確かめるように顔に手を触れるが、

  鏡の中の顔は要のままである。

  苺、焦った様子で鏡を覗き込んで。

苺「……バアバ、バアバ違うの」

  鏡の中には、苺と要が映っている。

  絹子、怯えた顔で苺に尋ねる。

絹子「……誰ねぇ? 私は」

苺「バアバ、ウチを見て!」

  皿を蹴る苺。皿は絹子の視界の外へ。

苺「ほら、見て! 苺!」

  苺、絹子の両手を取って、自分の両頬に  

  当てる。

苺「ほら、ぬくいじゃろ? 苺よ。バアバが

 ウチに自慢してくれた苺よ!」

  絹子、手を引っ込めて。

絹子「(絹子に)離してもう! どこねぇこ

 こは……早う、早うおうちに帰してつかあ

 さい! のぉ、頼みますけぇ……」

  意識を失っていく絹子。

  苺からも徐々に要に見えてくる。

  車椅子に乗ったまま、前屈みに倒れる。

伸「……大丈夫、ですか?」

  伸、要の上半身を起こして、戻す。

  要の目がゆっくり開く。

要「(伸に)……あら? 初めまして」

  力が抜けたようにソファに崩れ落ちる苺。

  要、落ちたステンレス皿を覗き込んで。

要「落ちちゃったか……」

  要、ステンレス皿を拾って。

要「私の護身用。急に暴れ出すお客さんも少

 なくなくてね。自分の身は自分で守らない

 と」


○苺のマンション・リビング(日替わり)

  テーブルを挟んで座る苺と伸。

  2人の間には記入済みの離婚届。

苺の声「で、ちゃんと話し合って、そのまま

 離婚」


○出版社・オフィス(日替わり)

  背中合わせで話す、苺と三栗。

三栗「うわ、誰も知らない未来だ」

苺「まぁ未来って、おしなべてそうだからね」

三栗「でも惜しいなー、宇多津田のこと記事

 にしないんすよね?」

苺「うん」

三栗「『洗脳霊媒師体験記! 本誌記者Kの

 実体験レポ』……話題になりそうなのに」

苺「彼女は本物。下手に世に晒したくない。 

 ミイラは自分で取ってきな」

三栗「やですよ……でも良かったっす、先輩

 がピラミッドから無事帰還されて」

苺「してないよ」

三栗「え?」

苺「今後も、出入りするつもり」


○ホテル・シングルルーム(日替わり)

  激しく咳き込む声が響く。

  便器に顔をうずめる伸。

  赤く染まったトイレの水が流れる。

  立ち上がり、腰を伸ばす。

  伸、自分に言い聞かせるように。

伸「……うん、これでいい」

  不意にぼけやける視界。

伸「これで……いい……」

  気を失い、床に倒れる伸。


○カラオケ店・305号室(3年後)

  ぼやけた視界が徐々に晴れていく。

  ソファに座る苺(33)と目が合う。

苺「これでいいわけないでしょ!」

伸「……え、苺?」

苺「ガン隠して、勝手に余命迎えて」

伸「……あ、ごめん」

苺「子供を欲しがらないのは、私が、次の人

 を見つけやすいように?」

伸「シングルマザーは、大変かなって」

苺「余計なお節介。不倫もどうせこじつけで

 しょ」

伸「うん、宇多津田先生のことは調べて突き

 止めてた」

苺「やっぱり。どおりで、ここでの立ち回り

 もわざとらしかったんだ。無理してキレて

 るのが見え見え」

  3年ぶりに会う伸に、嬉しさを押し殺し

  て、言いたいことをぶつける苺。

伸「直接、言うべきだったね。ごめん」

苺「訃報を知ったの、あんたの母さんからの

 電話でだよ。私に隠れて死んじゃうとか、

 どこまで猫なのあんたは」

伸「ごめん」

苺「謝ってばっか! 行くとこあんでしょ!」

伸「え?」

苺「まだ間に合うから! あんたが歩むべき

 はこの未来じゃない」

  苺、鏡を伸に向ける。

  A4サイズほどの鏡には、要の顔が映っ

  ている。

伸「あ、その節は(すみません)……」

  と、鏡の中の要に頭を下げる伸。

  伸、苺の目を見て。

伸「苺」

  苺、「行け」と顎を動かす。

伸「うん、ありがとう!」


○苺のマンション・外観(夜)

  インターホンのチャイムの音。


○同・玄関

  タオルで手を拭き、ドアを開ける苺。

苺「はーい」

  伸が、気まずそうに立っている。

伸「ごめん、鍵、返してなくて……」

苺「ちょうど良かった。上がって」

  伸、中に入っていく。


○同・リビング

  テーブルに置かれる玉子焼き。

伸「え、珍しい。いただきます」

  箸で一切れとって、口に運ぶ伸。

  伸、美味しさに目を大きくして。

伸「……うんまい、フワッフワ!」

苺「砂糖を入れてみたの。たんぱく質が、卵

 が固まるのを遅めるんだって」

伸「へぇ」

苺「バアバの知恵袋より」

  苺と伸の賑やかな笑い声が響く。


                 〈終〉


最後まで読んでいただきありがとうございます。タイトルラジオ番組みたいですみません。

途中で古畑がチャリ乗ってやってくると思って読んでいた方がいたとしたら本当に申し訳ないのですが、初めて著作権に触れない脚本をアップしました。書いてはいるんです、今も書いてます。

例のごとく、シナリオ形式でしっかり読みたい保存したいという方は、有料にはなりますが以下からどうぞ。毎度申し訳ないので、払っていただいた500円の使い道、具体的にいうと「どこのチェーン店で何を食べるか」がわかるようにしましたので、僕の明日のランチ事情が知りたいという方もご利用ください。

今後ともよろしくお願いします。


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