「鏡の中のアクトレス事件」と、そのサービスエリア

ネット上で有名な動画に疎い。なので「鏡の中のアクトレス事件」と言われている動画も先週初めて見た。

https://youtu.be/K-JtRGYbC8w


カーステレオから流れる曲「鏡の中のアクトレス」が、アニメ「きまぐれオレンジロード」の主題歌かどうかで、ある夫婦がすれ違い、言い争いになり、大爆発が起こる様が6分ちょっとに凝縮されてる。そんな赤の他人のドラレコ映像を見て、なぜか「懐かしい」と思った。もちろんこんな経験をしたことはないし、うちの両親は動画内の夫婦とは真逆。父が母に流れてる曲を調べさせるなんて想像もできない。だけど不思議なほど懐かしい気持ちになったのは、多分、スタート地点のサービスエリアに行ったことあるからだろう。「ことある」どころか何度も行っている。なんなら事あるごとに寄っていた。山陽自動車道・小谷サービスエリア(下り)だ。

小谷サービスエリア(下り)・外観


0分18秒あたり

本線への出口付近のエネオスの看板がぎりぎり「小谷S.A」と読める。小谷サービスエリアは、広島県東広島市高屋町にあるサービスエリアで、人によっては「こたに」と読んだり「おだに」と読んだりする。僕は断然「こだに」(刺身のリズム)派だ。

0分26秒あたり

案内標識の上のアーチ状の看板にも「ようこそ広島へ」と書いてある気がする。「ようこそ」とあるように、小谷サービエリアは広島空港から中心部や宮島側へ向かって走るときに最初にあるサービスエリアだ。あの家族も飛行機で広島に来たのかもしれない。小谷サービスエリアまで飛行機での長旅で疲労が溜まっていたのかもしれないし、空港のレンタカーの手続きに手こずったのかもしれないし、広島空港から広島市内まで1時間以上かかることで軽揉めしたあとなのかもしれない。


小谷サービスエリアは我が家にとって「とりあえず寄るサービスエリア」で、市内(広島市の中心部のこと)に買い物に行くときも、ビックアーチ(現・エディオンスタジアム)に陸上の大会へ行くときも、スペースワールド(今はなき北九州のテーマパーク)へ行くときも寄った。小谷サービスエリアに寄って、一旦尿意をリセットさせ、ダイドーの自販機で車中で飲む用のドリンコを買う。インターチェンジの直前にセブンイレブンもあったけど、小谷サービスエリアに寄った。小谷サービスエリアで父は必ず食べ物を買って車に戻ってくる。高確率で買ってくるのがタコ天(たこあし天ぷら)で、これがめちゃくちゃに美味しい。お世辞にもカリッカリとは言えないフニフニの衣の隅々にまでタコの旨味が染み付いている。容器もポリマー素材のパックとかでなくファミチキみたいな紙に入れられてるので基本的に手はテカテカになる。例の動画の走り出してすぐの妻の「こんなところにコインランドリーある」は、油塗れの手を思わずチノパンで拭いた夫への嫌味だった可能性もある。そんな積み重ねがないと、あんな大爆発が起こるはずもない。

あとその昔、サービスエリアには「よしもとおもしろ自販機」があった。大きさは普通のカップ式自販機の1.5倍くらいで、コーヒーを待つ1分間、中央のモニターで芸人さんのショートネタが流れる。父はそれを面白がって、サービスエリアに寄るたびに、おもしろ自販機でコーヒーを買ってランダムで流れるネタ動画を観た。村上ショージを当たりと呼んでいた。調べてみたら「よしもと自販機劇場」だった。「よしもとおもしろ水族館」に引っ張られすぎている。当時のニュース記事では、この自販機が「長距離ドライブや渋滞のイライラを、ドゥーーーン! と吹き飛ばしてくれる"笑いの救世主"」と紹介されている。もし、彼らがここでドリンクを買っていたとしたら、こんなに皮肉なことはない。

ここはおそらく西条のインターチェンジ。夫が「じゃあ次で降ろすね」と呟きながら通り過ぎて、娘に「ねぇお父さんいい加減にしてくれん!」と怒られているが、これは娘の言う通り。絶対ここで降りたほうがいい。次の志和ICには、本当に何もないから。だから「西条ICまで2km」の看板を過ぎたあたりで「降ろしてぇぇぇ!」と絶叫した妻は偉い。西条にはなんでもあるから。IC降りてからすぐ合流できる国道375線には、ガスト、くら寿司、餃子の王将、マクドナルド、吉野家、焼肉きんぐ、丸源ラーメン、丸亀製麺、かつや、ぐりぐり家(広島の中高生が打ち上げで利用する食べ放題焼肉店)がずらっと並んでいる。おまけにその道の最後には、でっかいエディオンとでっかいフジグラン(イオン的な施設)が待ち構えている。ヴィレバンやTジョイ東広島も入っているので容易に時間を潰せる。さらに徒歩圏内に、ボウリング場を兼ね備えた複合施設「天然温泉 ホットカモ」があるので、疲れた身体を癒すことも、宿泊することも可能だ。そう、西条は冷静さを失った頭を冷やすのに最適な街。西条ICで一旦高速を降りて妻を一人にしてあげなかったのが、この夫の最大の判断ミスだったと思う。


そういえば、父が運転する車には10年くらい乗ってない。そして今後も乗ることはない。というのも、父は目の病気を理由に免許を返納している。まぁ返納する直前は、僕が、すぐ中心線に寄ってしまう父を助手席から注意する“監視役”をしていたので、なんというか賢明な判断だったと思う。

去年の暮れ、実家に帰った際に「ドライブ・マイ・カー」を父と観に行った。原作は村上春樹、妻を亡くし、喪失感を抱えながら車に乗る俳優兼演出家・家福を西島秀俊が演じている。


作品のトーンからして、巨大な怪獣が街を壊したりする映画を主に好む父が一生見ないような映画だが、観に行く理由はいくつかあった。①主人公の家福(西島秀俊)が父と同じ目の病気なこと。②家福がその病を理由に運転をやめていること。③広島の街を走るシーンが多いこと。その3つの要素を織り交ぜつつ、食後にパルム片手にプレゼンしたところ、まんまと食いついてくれたので観に行くことになった。久しぶりの父との映画、そこで父と映画を観に行かなくなった理由を思い出した。

めっちゃ喋る。リアクションがぎり声になって出てしまっている。そう言えばそうだった。Tジョイ東広島で観た吉永小百合主演の「北のカナリアたち」の森山未來が煙突から落ちるシーンで「わぁあ!(危ない)」とシアターじゅうに響く声で叫んでいた。セルフIMAXというべきか。とにかく映画に没入している。多分父は、ドライバー・みさき(三浦透子)が運転する真っ赤なサーブの助手席に乗っている。その証拠に、広島市内の道路を走るシーンから、瀬戸内の島々を走るシーンに変わった瞬間「早っ」と言っていた。“編集”を知らないわけがないので、めちゃくちゃ引き込まれてるんだと思う。引き込まれ過ぎてもう車に乗っちゃってるから、急に1時間ワープした感じになってしまった。まぁ息子の付き添いで行った「トリック劇場版 霊能力者バトルロイヤル」を二回観て二回寝てる父が、引き込まれてるのは良いことだ。とはいえ、父のセレナの助手席に座っていた頃みたく、ヒヤヒヤしながら3時間過ごした。

唐突に「鏡の中のアクトレス事件」の対極のような映画の話をしてしまった。けど理由がある。スタート地点が一緒なのだ。「ドライブ・マイ・カー」の広島編は「鏡の中のアクトレス事件」と同じ、小谷サービスエリア(下り)から始まる。妻の死から2年後、夜通し東京から運転してきた西島秀俊は小谷サービスエリアで仮眠をとって、パンを食べて再びサーブで走り出す。

「ドライブ・マイ・カー」より
「ドライブ・マイ・カー」より


劇中では「瀬戸サービスエリア」とされているが、まごうことなき小谷サービスエリアだ。彼の喪失を埋める旅が、小谷サービスエリア(下り)から始まる。劇中、西島秀俊は亡き妻が台本(「ワーニャ伯父さん」チェーホフ)を音読している音源をずっと車内で流している。亡き妻の声を声を聞きながら運転する西島秀俊と、説明不足な妻にブチギレる夫。「ドライブ・マイ・カー」と「鏡の中のアクトレス事件」を連続で見ると、「鏡の中のアクトレス事件」を単体で見たときよりもほっこりする。小谷SAから西条IC。同じ景色を見るのなら、カセットテープから流れる亡き妻の声よりなら、生きている“めちゃくちゃ怒ってる”妻のほうが幸せな気がする。早稲田松竹には是非とも「ドライブ・マイ・カー」と「鏡の中のアクトレス事件」の同時上映を打ってほしい。

帰省できないので、今夜も「鏡の中のアクトレス事件」の動画を見ようと思います。

P.S
小谷サービスエリア(下り)はいけ好かない。フードコートもパン屋もお洒落すぎる。小谷にヨーロッパの風を吹かせてどうすると思う。サービスエリアたるものダサくあれと思う。食券は楕円のプレートでいい。売店ではクイニーアマンじゃなくて、ハリケーンポテトを売っていてほしいし、竜が巻きついた剣のキーホルダーやご当地加トちゃんを恥ずかしげもなく陳列していてほしい。

Tジョイ東広島で映画を観たデートの帰り、田んぼしかない道を走っているときに運転席の男が「こんな場所にスタバがあったら驚く?」と言ってきたら気をつけたほうがいい。延々と坂を登って、小谷サービスエリア(上り)のスタバに連れて行かれるから。


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