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[ビジネス小説]未来へのプレゼン 第35話 策略

前回のお話

何もかもが順調に思えた。

丸山は内藤、吉田をはじめとするメンバーの尽力で大きくプロジェクトが前に進み出したことに手応えを感じていた。

MIYABE.COには月に1回の報告会を設定して進捗を説明する。

多少の修正はあるにせよ、基本的には丸山に一任してくれていた。

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プロジェクトが進み出して丸山は安堵していた。

吉田をはじめ、内藤、佐々木など旧フロンティアメンバーは自分が実現したい夢のためにビズルートに来たことを恨んでいないといえば嘘になるだろうが、わかってくれていると信じていた。

そしてビズルートに来てから各方面へのネゴシエーションの煩雑さに辟易としていた矢先のフロンティア買収によるメンバー増強は非常に心強かった。

このタイミングでフロンティアメンバーが加わったことは大きなチャンスだった。


『ここから巻き返しだ・・・。』


目を閉じて息を大きく吸い込んだ瞬間、内線が鳴った。


電話の主は神宮寺だった。

「はい。丸山です。」


「丸山さん。お耳に入れたいお話があります。石渡専務のお部屋までお願いできますでしょうか?」


神宮寺が自分を会議室に呼び出すのは初めてだった。


暗く深く沈んだ声の神宮寺に何か起きたことを察知しながら受話器を置き、丸山は石渡の部屋へ向かった。


石渡専務の部屋は3つ上のフロアーにある。

丸山はエレベーターを待つ暇もなく階段で登るようにしている。


非常階段の扉を開けると藤井が降りてきた。

「丸山さん・・・。健康的ですね〜・・・!ハァ・・・。階段ですか〜!」

メガネ越しに藤井がわずかに息が上がりながらも目を向けて話しかけてくる。

「藤井さんこそ。さすがですね。」

「あ〜。はい。もう歳ですからなんとかみんなに置いていかれないように、体力を少しでもつけようと・・・。

あの〜。

丸山さん。

頑張りましょうね!!」


うっすら汗をかいた藤井の屈託のない笑顔からプロジェクトに邁進してくれている姿に心からのありがたさを丸山は感じた。


「はい。よろしくお願いします!!」


丸山は深々と頭を下げて階段を降りていく藤井を見送った。


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「失礼します。丸山です。」

重厚な扉をノックすると奥から石渡の声が聞こえてきた。

「入りたまえ。」

奥に腰をかけた石渡と手前の応接用の椅子に座った神宮寺がいた。


「お待たせしました。何か御用でしょうか?」


丸山が神宮寺の対面に座るとすぐに一枚のコピー用紙が目の前に滑り出てくる。


「丸山さん。

残念なお話しです。」


神宮寺の言葉を聞きながらプリントに目を落とした。


「今回のプロジェクトの資金の一部が、プロジェクトメンバーの口座に振り込まれています。

一旦ビズルート社からテンタントという会社に業務委託料として5,000万支払われ、その後プロジェクトメンバーの口座に2,000万入金されていることが判明しました。」


神宮寺は淡々と話している。

丸山は石渡の方を見たが、西日の陽光で石渡の表情ははっきりと判別できなかった。


丸山は神宮寺が何を言い出したのかすぐに理解できなかった。

そもそもテンタントという会社名を聞いたこともない。


「・・・それは、本当なんですか?」


「はい。事実です。」


「テンタントとは?どういった会社ですか?」


「架空の会社ですね。登記住所を確認しましたが実態はありませんでした。」


「それで、一体誰に資金が流れていたんですか。。。」


「・・・。

藤井さんです。」


神宮寺の言葉に先程すれ違った藤井の笑顔が突き刺さる。


「・・・何かの間違いではないですか?」


「いえ。調査した所、事実のようです。

ビズルートに異動してくる前からテンタントは存在していたようで、定期的にテンタントへフロンティアからも入金があったようです。

それがビズルートに来ても続いていたということです。」


丸山はいまだに信じられなかった。

気がつくと右の拳を強く握りしめていた。


「調べたところ、藤井さんのお母様が要介護で老人ホームに入居されているようです。

入っていらっしゃる老人ホームは彼の給料では到底入居できない高額老人ホームです。

おそらくこの資金がそちらに使用されているものと思われます。

また、お二人の娘様も私立大学に進学されています。

この学費にも使用されているものと推測されます。」


丸山はそこまで聞いても藤井を信じたい思いの方が強かった。


状況的な証拠はあるものの丸山自身の感情がことを受け付けるのを拒否している。


「本人には、確認したのですか?」


「確認?

丸山さん。

あなたには監督責任があります。

ましてやフロンティアの頃から続いている事象とのことです。

この件は重要事項として石渡専務も認識済みです。

まずは藤井さんの自宅謹慎、合わせて特別社内調査委員会を設置します。

今回の件は、丸山さんにも責任の所在がありますので、藤井さんと同様に自宅待機をしていただくことになります。」


丸山は再度石渡を見た。

目を合わせようとしない石渡に丸山は直感的に理解した。


これは、石渡専務の策略だ。


丸山はゆっくりと顔を神宮寺に向けて伝えた。


「・・・わかりました。

プロジェクトはどうしますか?

途中で投げ出すことは難しい。」


「大丈夫です。私が引き続きプロジェクトリーダーとして進めさせていただきます。

石渡専務もご了承済みです。

ご安心ください。」


全て計算された上での処遇であることは明白だった。


「なるほど。

わかりました。



ちなみに、藤井さんですが、ご出身どちらかご存知ですか?」


「さあ。

それとこの件に何か関係がありますか?」


丸山は席を立って笑顔で答えた。


「茨城のご出身だそうです。


私は藤井さんは無実だと信じています。


彼は粘り強いですよ。


ま、私も相当タフですが。


それでは、失礼します。」


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丸山は部屋を出てすぐさま内藤と吉田を自分の部屋に来るように指示した。


『今度は黙って出てはいかない。

藤井さんを救わなければ。』


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内藤と吉田は丸山からの話を聞いて驚愕した。

そして同時に自分たちに課せられた新たなミッションを理解した。


・MIYABEプロジェクトを成功させること


これに加えて


・藤井さんの濡れ衣を晴らすこと


であった。


社内では既に藤井と直接連絡が取れない状況になっている。

内藤は更なる社内情報収集。

吉田は藤井の周辺調査を外部で行うことにした。


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『藤井さんは決してそんなことはしない。。。』


慎吾は藤井とフロンティア時代から紡いできた会話を思い返しながら、

藤井の母が入居する成城のグランマリア老人ホームへ向かっていた。


グランマリア老人ホームは駅を出て徒歩10分くらいのところにある閑静な住宅街の中にそびえる大きな建物だった。


開放感あるれる高い天井のエントランスと大きく開口した窓ガラスから午後の日差しが大量にそそがれる設計が特徴的だった。


しばらくすると介護士に車椅子を押されながら来られた藤井さんの母親と対面した。


「初めまして。藤井さんの同僚の吉田と申します。」


藤井の母親は慎吾の顔を見るやいなや不機嫌そうに言葉を吐き出した。


「誰だい?あんた。何しにきたんだい?私はあんたのことなんか知らないよ。」


すぐさま車椅子を窓の方に向けた。


「はるさん!

・・・すみません。藤井さん、一旦機嫌を損ねるといつもああなんです。」


介護士の女性が声をかけてきてくれた。


「いえいえ。

藤井さんのお母様は結構重度なのでしょうか?」


「ええ。そうですね。時々しっかりと思い出されてお話されたりするんですけど、そうでない時とのギャップは激しいですね。

はるさん。その昔、すごい経営者だったそうですよ。」


「経営者。。。そうなんですか?」


「ええ。長野に大きな会社を持っているんだって時々思い出したように言うんですよ。
今は御子息が経営されているとのことですが。」


『・・・。御子息。藤井さんのことだろうか?』


「あの、もう少しお話しできますでしょうか?藤井さんと。」


「どうでしょう。今日は朝からあんな調子なのでまた改めてお越しください。

すみません。」



慎吾は改めて訪れることにした。

その足で藤井の自宅へ向かった。


兎にも角にも、一度本人としっかり話してみないことには埒があかない。


藤井の自宅に着いたのは21:00を過ぎた頃だった。


呼び鈴を押して出てきた藤井と一緒に近くの公園へ向かった。


「すみませんね。なんだか吉田さんにもご迷惑をおかけしてますよね。」


申し訳なさそうに藤井が話し始めた。

無精髭を伸ばしてここ数日は外に出ていない様子だった。


「いえ。

藤井さん、正直に教えてください。

あの話は本当なんですか。」


「吉田さん。

・・・。

そんなわけないでしょう。

信じてください。

何も知らないんです。

完全に嵌められたんですよ。


お袋が入っている老人ホームも、子供たちの養育も全て母が経営していた頃の資産と兄からの支援でやってるんです。

会社の金なんかそもそも見たことも、

テンタントなんて聞いたこともない。


フロンティアの頃からって・・・。吉田さんも知ってますよね。


そんなお金見たことないですよ。


私はここから出れません。

吉田さん。

無理を承知でお願いです。

なんとかしてください!!

できることはなんでも協力しますから。。。

よろしくお願いします!!」


「わかってます。

藤井さんがそんなことしない人だってわかってますよ。

プレゼンやった時にそんな人じゃないことなんて

わかってますよ。

大丈夫です。

内藤さんと僕で必ず

藤井さんと丸山さんの濡れ衣を晴らして見せます!!」


強く伝ながら慎吾は藤井の力になることを改めて誓った。


「藤井さん。一点教えてください。

お母様がされていた長野の会社って今どうなっているんですか?」


「ああ。長野の会社は私の兄が経営しています。

生まれは茨城なんですが、長野で両親が事業を起こして長野へ行きました。

今は兄が跡を継いでやってます。

藤井工業っていう地元では大きめの会社です。」


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24時を過ぎる前に内藤と合流をしたのは銀座の行きつけのバーだった。

ドアを潜って地下に降りると音楽のかかっていないバーでいつものマスターが一番奥の角に先に座っている内藤の隣の席にチェイサーを置いた。

「内藤さん。お待たせしました。」

「おう。お疲れ。どれどれ。お互いに報告会と行きますか。

マスター。

今日はいつものやつシングルにしておいて。」


二人がいつも飲むのはターキーのロックをダブルだった。

ちびちびやるのが楽しみだが今日はシングルで酔いが回らない程度にと内藤の配慮だ。


「さて、まずはテンタント。

これは俺たちがフロンティアにいた頃から藤井さんの名義で作られていた会社のようだ。

だが、もう少し詳しく調べてみないとわからないが、途中で藤井さんの名義に変わっているようでそれまでは別の水上昌浩というやつの名義の会社だった。

水上昌浩については今、確認中だ。」

「じゃ、テンタントは藤井さんとは直接関係なさそうですね。」

「ああ。

それと、確かに藤井さんの口座にお金が振り込まれているが藤井さんの名義であるだけで本人はおそらく知らない架空の藤井名義の口座に入金されている。

つまり、その口座管理をしているものが怪しいわけだが、そこが全く見えてこない。

社内調査委員会のメンバーがいればいいんだが、そこも厳しそうだ。

委員会が石渡の息のかかった連中がメンバーになっているからまともな調査になるわけがない。

このままじゃ、後手に回るぞ。」


慎吾は老人ホームの話、藤井本人の話、藤井の兄について共有した。



このスピード感で本当に藤井を救うことができるのか。

丸山を復帰させるのができるのか。



今は、完全に石渡の後手に回っている。

先回りするまでには道のりは遠く険しかった。


並行して、明日は火曜日。

毎週火曜日10:00に慎吾は進捗を神宮寺に報告する。

慎吾はさらに別のものを背負うことになる火曜日を迎える。

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