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[ビジネス小説]未来へのプレゼン 第36話 スイッチ

前回のお話

火曜日の10:00をむかえた。

いつも通り、神宮寺に慎吾はMIYABE.COのプロジェクト進捗を行う。


会議室はメンバーたちも入り神宮寺への報告に同席した。


冒頭に神宮寺から今回の件について話が切り出された。


「皆さんもご存知の通り、丸山執行役員は自宅待機。

藤井は謹慎となっております。

このプロジェクトは大半が旧フロンティア陣営です。

私はこのプロジェクトメンバーによるアウトプットは信頼に値しないと考えています。

したがって、本日をもってメンバーの入れ替えを図ります。」


椅子を蹴り上げるように立ち上がりながら言葉を絞り出した。

「ちょっと待ってください。そんな話は・・・聞いていません。」


慎吾は口にしながらそれを言ったところで結果が覆らないことはわかっていた。わかりながらも声を出さずにはいられなかった。


「はい?

言ってませんよ。

ですから、今、伝えました。

これは、

トップダウンの指示です。


今回このプロジェクトのリーダーは、

私が進めます。

ここにいるメンバーで残留する人のみ伝えますから残りのメンバーは別の業務をお願いします。

以上です。

お疲れ様でした。」

ーーーーーーーーーー

結果、プロジェクトに残ったのは、吉田と佐々木、そして財務部の遠藤。
3人のみで残りのメンバーは解除された。


内藤は内部調査を進めやすくなるのでそこについてはむしろ好都合だった。

内藤は解除になったメンバーと共に会議室を後にした。


会議室には3人の息遣いだけが響く。


1日が始まったばかりの火曜日の会議室から外に目を落とすと、数人のビジネスマンたちがスマホの画面を見ながら信号待ちをしている。

画面に目を落としている彼らは交差点の信号が青に変わったことを知らせるアナウンスで歩き出す。

視覚障害者向けに作られたであろう、信号機からの音声は健常者でありながらもそれを頼ることになっているビジネスマンたちがある意味、デジタル障害者であるかのようになり、見入っていた。


「で〜。

どうするよ。

吉田く〜ん。」


佐々木も信号待ちをしている会社員と同様にスマホをいじりながら外に目をやる吉田に問いかけた。

佐々木自身、このプロジェクトに参画し続けることもうれしいが、吉田と一緒にタッグを組めることがうれしかった。

フロンティアの頃から何かとイキがって、生意気にも果敢に仕事に向き合っている吉田は、いつしか頼もしい存在にもなっている。

そんな一生懸命な後輩を応援したくなっている自分がいた。

『母性本能みたいなもの?かしらね・・・。』


外を見ている吉田と、吉田を見つめる佐々木を遠巻きにしながら遠藤が声をかけた。

「さて。

私たちが残留組ということですね。

プロジェクト遂行は必達ですから、新たなメンバーを探すところから・・・」

遠藤が眼鏡を指で上げながら口にした途端に5人の社員が会議室に入ってきた。


「・・・探すまでもないってことですか。」


神宮寺に派遣されてきたメンバーたちは神宮寺の肝煎りのメンバーたち。

抜かりなく完璧なまでに仕事を行っていく姿をこの後、見せられていく事になる。

ーーーーーーーーーーーーー

「結局まだ何もつかめてない。すまん。」

内藤と吉田。そして今夜は佐々木と遠藤も行きつけのバーに集まっていた。

今日もマスターは何も言わずに内藤と吉田にはターキーを注ぐ。

内藤は今回もシングルでと付け加えていた。

佐々木と遠藤はこの店の一押しであるモスコミュールを頼んだ。

銅製の重厚なマグカップに辛めのジンジャーエール。絞ったライムが鼻腔にスッと漂う。

「何これ、おいっし〜!!ね〜。遠藤くん、これやばくない?」


内藤はプロジェクトを外れてから色々とあたっているがなかなか情報が入ってこないことに少し苛立ちを感じながらも、業務をこなしながらできる限りをそこに費やしていることは十分に伝わってきた。

「社内のデータにもアクセスしたが全く新しい情報がない。別のルートで調べないと難しいな。。。
ましてや神宮寺から石渡専務が今回の件とのつながりなど全く見えてこない。。。遠藤、財務から当たれないのか?」

「財務の情報も神宮寺さんが言っていた情報レベルのものしか出てこないですから・・・。これ以上は期待できなさそうですね。」


2杯目のモスコミュールを頼みながら佐々木が軽く絡んでくる。

「八方塞がりね〜。で、どうすんのよ〜。吉田くん。」


慎吾はターキーを飲み干した。


「長野です。」


「長野か。」

内藤もターキーと飲み干した。


「はい。藤井さんのお兄さんに会って具体的な送金の金額、送付日などを確認します。つまり、藤井さんに疑いがかけられている嫌疑はそもそもどこからの資金なのかを明確に提示することで会社のカネではないことを証明する方が早いはずです。」

「わかった。吉田は長野だ。

俺は茨城の方の藤井さんの実家を当たってくる。

佐々木、お前老人ホーム行っておばあさんから話を聞いてきてくれ。」


「え〜。マジで?・・・。
あたし?
ハァ〜。。。
了解。
行きます行きます。」

佐々木は吉田と長野に向かいたかったがそれに対する明確な理由を探す方が格好悪く、うまい言い訳も出てこない。

内藤の指示通り老人ホームに向かうことを渋々受け入れた。


「私は引き続き財務データを確認します。

それと・・・」

遠藤が何かしら言いかけながらも言葉に詰まった。

「どうした?」

「ちょっと気になることがありまして。」

「気になること?」

「はい。

実は前回のメンバーだったカスタマーサービスの吉本洋子なんですが、

吉本がテンタントに所属していた履歴が人事データにありました。

内藤さん。少し当たってもらえませんか?」


「本当か?

(テンタントの情報は当たったが何もなかったはずなのに・・・。)

テンタント。。。

架空名義の会社に所属していたというのは何か今回と関わりがありそうだな。

・・・わかった。

俺の方で当たっておく。」


この日は来週の夜、またここに集まることを決めて解散した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「どう?」


夜の日本橋の永代通りには行き交う人で溢れている。


「はい。順調です。」


「引き続き頼みます。必要なものがあれば遠慮なく。」


「ありがとうございます。承知しました。では。」


電話はいつも短い。

喧騒の中でその声はかき消されるように、何が会話されたかなど

周りの人には聞こえるはずもない。



電話は自分を拘束するようで嫌いだった。

プロジェクトEは今の所、問題なく機能している。


それとは裏腹に吉田の存在が煩わしくもなってきた。

MIYABE.COの案件を任せているものの、事柄としては完璧にこなして非の打ち所がないのも確かだ。

丸山役員が買っているだけのことはある。


『なんとか彼をこちら側に引き込めれば・・・。』




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「はい。順調です。」

静かにうなづく。

「ありがとうございます。承知しました。では。」

電話を切って静かに椅子にもたれながら目頭を押さえた。

『順調です。

このプロジェクトは私にかかっている。

私次第なんだ。。。

順調です。

順調ですよ。。。』


ーーーーーーーーーーーーーーー

長野には、『はくたか』で向かうことにした。

慎吾が『かがやき』ではなく『はくたか』にした理由は途中で軽井沢に足を留めたかったからに他ならない。


軽井沢


避暑地として有名なこの地域は現在では観光地の様相も多分にあるがお目当ては、白糸の滝であった。

何度が訪れた場所だったが、今回長野に向かう途中で立ち寄りたかった場所だ。


白糸の滝


いつも心を落ち着かせてくれる場所。

軽井沢の駅からはタクシーで20分ほどの道中だ。


滝が織りなす白い泡のいく筋もの落ち注ぐ美しさと足元の澄んだ水のコントラストに時間が経つのを忘れさせてくれる。


さまざまな都会での出来事と反して、滝の中腹で伸びている草花を見るだけで、人はどこでも存在できる場所というもがあることを思い返す。

居場所。自分がいる居場所を見つめ直すのだ。


なぜ、ここにいるのか。

なぜ、この会社にいるのか。

なんのためにいるのか。


そんな根幹の部分を見つめ直すたびに

今、自分がなそうとしている事の意義を再確認してきた。


なんのために長野に向かうのか。


今一度、自分に白糸の滝の前で問い直していた。


『藤井さん、丸山さんのためだけではない。

その先の未来に存在するのは、

自分たちが作りたいものを作り続けることができ、

それを見てくれた人たちの#ビジネス人生が変わるようなきっかけを作るために

長野に向かうんだ。』


待たせていたタクシーに乗り込み

慎吾は軽井沢駅へと戻った。


『はくたか』に乗り、長野へ。

藤井の兄に会って真相を知るために。





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