797問を、全科目平均的に。

「勉強しなくっちゃ」

夫の最近の口グセだ。

何かと言えば「さ、勉強しよう」「勉強するから」と黄色い表紙のテキストと、オレンジ色の問題集を小脇に抱えてウロウロしている。ただ、ウロウロしているだけでもある。

11月の終わりに、夫は二級小型船舶操縦士の資格を取るための申し込みをした。その資格取得に向けた勉強の真っ最中だ。

申し込みをすると、早々に試験に向けて学ばなくっちゃいけないテキストが送られてきた。そこには過去の試験も含めた問題集もあった。その問題集をめくった扉ページに「ここに掲載されている797問を全科目平均的にもれなく学習してください」と記載されていた。

夫はその一文を見て「797問もあるなんて……」と、深いため息をついて落ち込んでいた。

夫は勉強が嫌い、というわけではない。けれど、座学が苦手だ。普段は一切本を読まないため、問題集の問題を読むことにすら抵抗感があるという。

「この中でひとつ誤ったものを選びなさい」という問題文が出されていると間違えることが多い。「うわ、これ引っ掛け問題じゃん」といちいちうんざりし、そして選択ミスを嘆いている。

いや、それは問題文を読んでないからでしょ、などと口をはさ見たいところだけど、グッとがまん。夫いわく問題文を読むのが億劫らしく「四択イコール正しいものを選ぶ」という固定観念が働いて、ミスしてしまうらしい。

あまりにも何度も間違うため、「問題文を読み間違えちゃうと、わかってる問題でも不正解になるからもったいないよね」とは言ってしまった。夫はそうだよね、わかってるんだけど……と言いながらも、深いため息をついていた。

テキストが届いたときは、試験までは約2ヶ月あった。

「797問を60日で割れば毎日13問か14問解けばいいんでしょ? 勉強できない日もあるだろうから、一日20問を目安にすればいいんじゃないの?」と提案すると「そうだよね!」と意気込んでいたのに。

はじめのうちは、それなりに順調そうだった。夫はまず問題を見て、よくわからないところをテキストで学んで、また問題を解いてみる、というスタイルをとっているようだった。

勉強の方法までは、好きにやればいいだろうし、夫は釣り船など、比較的船に乗っている回数も多いから体感的に知っていることもあるだろう。大学でも船の勉強をしたと言っていたし(同じ大学の学科に通っていたが、選択科目だったので、わたしは学んでいない)まあ、問題ないかと楽観していた。

しかし、12月に入って。どうやら夫はテキストを読むのに飽きてしまっている。

「ちょっと、ここ読んでみて。で、問題解いてごらんよ」

なぜかわたしにテキストを差し出し、問題を解かせようとし始めた。

えーっと、わたしは小型船舶二級の試験を受けるつもりはないんだけど……? まあ、でも何がわからないのか見てやろうと思い、テキストを読んでみることにした。

わたしが読んだ(読まされた)ページは、船の運航に関する信号のルールについてだった。警笛の鳴らし方とか、霧で視界が悪いときに鳴らす警笛の種類であるとか、読んでいたら結構面白かった。

国際信号旗という旗があって、AからZまでを示す旗のそれぞれに意味がある。組み合わせて使用することもあってNCの旗をあげると「私たちは遭難している。ただちに援助してほしい」という意味だとか、 UWは「ご安航を祈る」という意味だとか。おもしろい。

少しして「じゃあ問題解いてみて」と言われたので見てみると、特に難しいことはなくって、書かれている通りの内容だ。ただ、テキストは少し説明が不十分というか「なぜ、このときにはこのパターンになるのか?」というところまで書かれていないため、夫はそこにつまずいているようだった。

とにかくルールだから覚える、というのが夫は苦手らしく「なんでこの時はこうなるのかが分からない」と、何度もテキストを閉じていた。

1月になれば実際に座学の講習を受ける機会もあるんだから、わからないところは質問して聞けばいいんじゃない? と伝えたけれど、夫はすでに悲観的だった。このままではテストに落ちてしまう、と。

1月の後半に試験があるのだから、これから毎日26問くらい勉強すれば一通りはできるよ、と励ました。趣味の勉強なんだから、楽しくやればいいじゃんと言ったのだけれど。はてさて、これからの1ヶ月、突然受験生になった夫とどう向き合っていこうか。クイズ形式で出題するなど、何かしら手伝ってあげたい。


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