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くらべても仕方のないことだけれど

今までと、これからと。くらべたところで意味なんて何にもないし、結局は前に進んでいくしかないし、新しいやり方を受け入れていくしかない。それは、分かっているつもりだけれど、でもなかなか受け入れるには時間もかかる。

もう何年も、お世話になっている耳鼻咽喉科がある。初めてその病院にかかったのは、確か花粉症の症状があまりにもひどくって、市販の薬ではどうにもならなくなったからだった。

その病院は、とにかく混んでいた。いついっても「二時間半か三時間くらいはお待ちいただきます」と言われてた。お、今日は待合室空いてるなあと思った日でも、二時間待ちと言われるのが常だった。

混んでいるけれど、混んでいてもその病院に行きたい理由があった。その病院の先生は、とにかくバシッと病気の原因を突き止めてくれて、「うーん、なんだかわかんないなあ」みたいな曖昧な判断をされなかった。問診というか、患者の話をたくさん聞いてくれて、「あ、それが原因かな」とか、とにかく小さな問題も見逃さない。小さなお子さん連れのお母さんもたくさん来ていた。「他の病院だと、分からなくって、全然体調が戻ってこなかったのに、ここに来たらあれこれ調べてくれて、一発で良くなった」と、とても信頼されていた。

先生は夫婦でその耳鼻咽喉科を営んでいた。ご夫婦ともに先生で、診察室の真ん中に診察に使用する器具やら患者が座る椅子やらが配置されていて、その器具を挟んで、先生達はいつも診察してくれていた。

毎日何人の患者を見ているのだろう? と、患者のわたしが心配になるくらい先生達はとにかく働きづめだった。丸一日お休みなのは、日曜日だけだった。

先週、久しぶりにその耳鼻咽喉科へいくことになった。左耳がなんだかゴワゴワして、ふさがっているような感覚があった。少し前から感じていたけれど、花粉症で鼻をかみすぎているせいだろうか、とあまり気にしていなかった。けれども、どんどんゴワゴワ感がひどくなってきて「あ、これはもしかしたら突発性難聴かも」と不安になり病院へ行くことにした。数年前に、同じような症状で低い音を聞き取りにくいタイプの軽度の突発性難聴と診断されたことがあったので、またそれかもしれないと不安だった。

病院に着くと、扉に張り紙がしてあった。

「5月からはA先生とB先生が常勤医となります」ん? どういうことだろう。書いてあることがすぐには理解できなかった。その病院は土曜日だけ、夫婦の先生とは別に、もう1人先生が来ていることもあって、その助っ人的な先生が変わる、ということだろうか? と思っていた。

しかし、待合室はガラガラで、当然二時間ぐらい待つだろうと覚悟していったのに、「もう、次でおよびできると思いますので、外出しないでください」と言われたことも、不思議だった。

名前が呼ばれて、診察室へ入ると、いつもの先生の声が聞こえない。そこでようやく「あ、今までの先生がいなくなってしまったんだ」ということに気がついた。

「初めまして」と挨拶をされてから診察が始まった。

看護師さんも、使っている機材も、待合室のボロボロのソファも、壁に貼ってある日焼けしたポスターも何もかもがこれまで通りなのに。先生達だけが、違っている。

新しくこられた先生に、何か不満があるわけでもない。診療はテキパキと素早くて、心配しているような症状じゃないからと、わたしの不安も取り除いてくれた。

けれども、どこか寂しかった。これまでいた先生達とのおしゃべりはもうできない。先生はいつも白衣だから服装は気にならないのだけれど、いつも靴下が原色の緑とか、赤とか、「先生、靴下どこで買ってるんですか?」と聞きたくなる(けど聞けない)謎のチョイスとか。あっという間に子供と仲良くなって、泣き叫ぶことなく終わらせてしまう惚れ惚れとするような診療の風景も、もう見ることができない。

もしかして、めちゃくちゃ働きづめだったから、過労で倒れたりしたのかも? と心配になって、会計時に「先生、お身体の具合が悪くなられたのですか?」と伺ったら、「いえいえ、全然そんなんじゃないんですよー」と、受付の女性は笑ってくれた。それだけは、とても安心した。

あの病院に行けば、とにかくなんとかなる。そう思って、信頼していた先生がいたけれど、その先生はもうその病院にはいなくなってしまった。もちろん、代替わりとか、事業承継とか、そういった事例を否定してもいないし、あの場所で耳鼻咽喉科が続いてくれることはありがたい。新しい先生達も、研究熱心で、真摯な対応をしてくれていた。

けれども、これまでの先生達の面影が強すぎて、どうしてもくらべてしまうのだ。いつまでも同じ場所に、同じ人がいるわけじゃない。それはわかっているつもりだけれど、やっぱりどこか、少し寂しい。

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