ジンカン療法
「ずいぶん、無茶してるなぁ」
カルテをしげしげと見つめた後、患者にちらりと眼を向ける。
「あの、ジブンは、体にいいって、耳にしたモノですから」
青白い顔をした患者は、言い訳じみたことつぶやく。
「いったいどこで聞いたの? 少なくとも、あんたの身体は受け付けておらんよ」
「友人から、です。オカシな血液より、これ飲んだほうがいいって。友人の友人はオカシな血液で、肝臓を悪くしたって」患者は自信を持ちなおしたらしく、フンとひとつ息を吐いた。
「よく考えてごらんなさい。あんたの食料はニンゲンの血液だぞ? それをトマトジュースで代用できるだなんて、無茶だろうが?」
純情なヤツらほど、まことしやかに噂されているものに飛びついてしまう。ニンゲン界で広まっている噂、いわゆるジンカン療法は当たりハズレが大きいのに。もっとも彼らの存在自体、まことしやかに噂されているものだから、共感してしまうのだろう。
「……まあ、ね。ニンゲンの血液も、最近はムラがある。ドロドロの血液を飲んだせいで緊急搬送された報告も耳にした」
「やっぱり」と患者は満足そうにうなずいている。
「しかし、だ。血液とトマトジュースでは全く別物。似てるのは色だけ。あんたはひどい貧血だわ。治療しないと」
「でも……ぼく、ニンゲンの血が怖くて。いえね、お店で飲むのはいいんです。35年モノのジョセイなんてトロリとした甘みがサイコウですよ。でもね、がぶりと噛みつくなんて、恐ろしくて……」患者は何かを思い出したようにぶるっと身震いした。
「それなら、コレを飲みな」ガタリと立ち上がり、備え付けられた古い戸棚の中に首を突っ込んで、医者は何やらつかみ取る。
「持っていけ」そういって差し出したのは、ニンゲンの赤ちゃんに与える粉ミルク缶だった。
首をかしげる患者に向かって、医者は説明した。
「ニンゲンが赤ん坊に与える乳液の成分は、血液とほとんど変わらん。これは、乳液を粉末状にしたもので古来より珍重されとる。おなごの乳房にしゃぶりつき、吸い付いても乳液を吸うても構わんが……。がぶりと噛みつくより困難だろうな」
患者は粉ミルク缶を掴み上げ、疑わしそうに眉間にシワをよせた。「とりあえず、試してみます……」患者はおじぎした後、こうもりに姿を変え、器用に粉ミルク缶を足でつかみ上げてふらふらと飛び去っていった。
「センセ、つぎの相談よ?」そういってカルテがひゅんと飛んでくる。
用心棒のオオダコが仕事をせん。ニンゲンが海に捨てた「喜びのツボ」に引きこもってる。どうにかしてくりゃれと乙姫からの依頼だった。
やれやれと、医者は深いため息をついた。
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