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久しぶりの安心感

「風邪ひいたら、つまらんで」

実家にいるときに、何度も聞いた言葉だった。つまらん、にはいろんな意味が含まれている。熱が出て、ひとり寝込むつまらなさ、とか、鼻がつまって美味しいものを食べても味が分からないつまらなさ、とか。

10月の終わりに熱を出した。

「ああ、風邪かな。つまらんな」と布団にもぐりながらぼんにゃりぐんにゃりとした思考を巡らしていた。

熱はあっさりとひいたけれど、次の日からのどが痛く、耳がぼわーんと聞こえにくい。うーん、これはまた耳鼻咽喉科へ行ったほうがいいだろうか……。早いほうがいいとは思うけれど、そのうち治らないかなあ。

耳鼻咽喉科に行くのを迷っていたのには訳がある。もうずっとお世話になっていた耳鼻咽喉科がある。しかし、信頼していた先生たちは退職してしまって、新しい先生たちが診療してくれることになっていた。新しい先生も、若くて熱心だし、なにも嫌なわけじゃない。それでも、信頼していた先生の人柄が好きだったし、ひとことでいえばファンだった。そのことを書いたnoteがこれだ。

耳がゴワゴワするのは、今に始まったことじゃない。ほおっておいてもいいだろうかと簡単に考えていたのだけれど、どうにも良くならない。しまいにはズキンズキンとはっきりとした痛みすら主張しはじめた。

週明けまでほおっておくのはアカンかもしれんなあ……と観念する。金曜日の夕方に耳鼻咽喉科へ行く決意をようやく固めた。あの耳鼻咽喉科は、何時までやってたっけ? そう思いながらネットで検索する。診察券をみれば分かるのだけれど、取り出すのが何だか億劫だった。

検索していると、同じ耳鼻咽喉科の名前だけれど、違う場所のもヒットした。なんとなく不思議に思ってページを見ると、見慣れた先生の名前をみつけた。えーっと、どういうことだろう? 病院が移転した……わけじゃないだろう。自宅の最寄駅前にある耳鼻咽喉科はいまでも、煌々と電気がついている。

なんだろう? どういうことだろう? そう思いながら、口コミやらなにやらあれこれ調べてみる。すると、「退職された院長先生が9月から開院された耳鼻咽喉科です」というコメントを見つけた。

えー? 本当? 再開するなら、辞めた理由はなんだったの?

頭の中にはクエスチョンマークが浮かび上がった。けれど、お元気そうなら先生の顔も見たいし、この新しくできた耳鼻咽喉科にいってみよう。そう思った。自宅の最寄り駅ではないけれど、会社の帰り道だから、それほど苦ではない。

降りたことのない駅で電車を降りる。診療時間ギリギリだから、道に迷うと今日の診療は終わってしまう。駅から3分と書かれているけれど、3分って結構迷う可能性のある距離じゃないか。きょろきょろしながら、大通りを歩き、おそらくここだと思われる角を曲がる。あ! 看板があったー。小走りでいそぐ。どう考えても駅から3分以上かかっている。

診療時間はほんの少し過ぎてしまったのだけれど、まだ治療に時間がかかる人がいるし、診察できますよーといってくれた。

9月に開院したその病院は、一面ピカピカだった。ソファもピカピカ。壁もピカピカ。中に呼ばれて診察してもらうときも、器具もピカピカ、座る椅子もピカピカ、何もかもが真新しくて、ちょっと緊張してしまった。

そのなかで、先生の変わらない笑顔があった。あ、奥様もいらっしゃる。(ご夫婦ともに耳鼻咽喉科の先生だ)ああ、よかった。お二人とも健康そうだ。ほんの少し、痩せたかもしれない。

前の病院は、まあとにかく忙しくて、先生休むヒマありますか? と質問したこともあるくらいだった。だから、どちらかが倒れてしまって、それで辞めてしまったのかなと、やっぱりちょっと考えていた。もしかしたら、一時的にそういったこともあった可能性はあり得るけれど、それは聞かないでおく。

「ひさしぶりですねえ。ごめんなさいねえ。急にいろいろ変わってしまって」

先生は、わたしの顔を見るなりそう言った。いろいろと事情があったようだけれど、後ろ暗いことやトラブルではないようだ。単純に事業承継らしい。

「ここはぴかぴかしてまぶしくて、緊張しますねえ」わたしがそういうと、先生も「ねー、前の方が落ち着くよね」と笑いながら言っていた。

中耳炎だねと診断され、吸入と薬を処方してもらった。たぶん、最寄り駅の耳鼻咽喉科でも同じ診察だっただろう。それでも、久しぶりに先生たちに会えたことがなんだかとても嬉しかった。

風邪をひいたらつまらんけれど、今回ばかりはちょっとだけ、良かったなと思う。まあ、病院に行かなくていいのが一番なのだけれど。



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