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白石加代子『百物語』【#まどか観劇記録2020 57/60】


22年をかけた九十九話

今年2月に無観客で上演された白石加代子さんの『百物語』のアンコール公演第三弾が3月27,28日とオンデマンド配信されているのを拝見しました。

この『百物語』はなんと、平成四年に始まったものなのです。

百物語とは、昔ひとつの座敷に人が集まり、行灯の中にいれた百の芯に灯りをともし、ひとつ話をするたびにひとつの灯りを消し、最後のひとつになるまでお話を続けるというもの。百話目まで話してしまうと不可思議なことが起きるという言い伝えから最後のお話は話さずに終えること、とされています。

白石加代子さんの『百物語』は平成四年の春に第一夜を始められました。その時、白石さんは50歳。そして、そこから22年を経た平成二十六年に第九十九話目を語り、残り一話を残して『百物語』を終えられました。白石さんは72歳を迎えられていました。

白石さんご自身もお話されていますが、22年をかけて九十九話を話された時、「ようやく終わった。これで演劇に集中できる」と思われたそうです。しかし、少し経つとどうにも寂しくなって『百物語』の台本を手に取り、開いたが最後、愛情が蘇り、どうにも語らずにはいられなくなったとか。

そんな経緯で、語られぬ百話目はそのままに、九十九話のアンコール公演が始まります。それもすでに第三弾。今回は、記念すべき第一夜目に語られたお話と白石さんのお好きなお話を含めた4話の構成でした。

22年もの年月を過ごし、さらにまた戻りたいと思わせる『百物語』の世界。もはや白石さんのライフワークと呼んでもよいのではないでしょうか。

年月を重ね、想いを重ね、再びよみがえった百物語。舞台の上には白石さんただお一人。しかし、ひとたび白石さんの口が開けばそこにはたくさんの人と物語が。『百物語』をはじめられた頃は、朗読型のお芝居は少なくて不安だったとおっしゃっておられましたが、約30年も続けてこられた作品は唯一のものとして、今の不安な状況でも変わらず観客の心に届き続けているのだと思います。そして、お一人でもできるというのが強みにもなっているのかと思います。


百の声を持つ人

今回の第三弾で語られたお話は4話。

夢枕獏「ちょうちんが割れた話」
筒井康隆「如菩薩団」
半村良「箪笥」
和田誠「おさるの日記」

作者も違えば、時代も話し方も話者の性別も全然違う。共通するのは不思議な話もしくは怖い話ということです。

それらを白石さんは、お一人ですべてを行いながら語り分けていかれます。

「ちょうちんが割れた話」では、不可思議ながらほっこりしたようなお話を最後にばっつりと緩急で締め、「如菩薩団」では様々な女性を演じわけながら人の恐ろしさも軽やかに昇華させ、「箪笥」では生き生きとした方言でその場面の音まで聞こえてくるほど、「おさるの日記」では少年の無邪気さに場をにこやかにさせつつ油断した観客を突き落とすかのようなひらめきを残し。

この方は口を五つや六つお持ちなのではないかと思うほど、全てが巧みでいらっしゃいました。

個人的に白石さんの語りで特に素晴らしいと思ったのは、様々に変化はさせつつも、お話ごとに決めた芯がぶれないことです。朗読劇で一人何役もの役として語る中では変化をつけなければいけません。しかし、お話の中で人は変わらなければいけませんが、お話は変わってしまってはバラバラになってしまうと思うのです。『百物語』で語られた4話とも流れている空気や作品の色といったものが違うのですが、そのもともとの空気や色をまとったまま千変万化するのでそれが素晴らしいなと。

そしてすべてのお話の余韻がすごいのです。お話の構成として最後にびっくりするような言葉で締めたりという作り方もあったのですが、それ以上に白石さんご自身が最後を最後として余韻を残すことを大事にされていたのではないかと感じました。劇場で観ていたら衣装替えの時間で切り替えられるのかなと思いますが、配信だと間の部分は編集でカットされているようなので、前の作品の余韻と交じり合う不思議な感覚でした。

白石さんの語り、変化、表現のすばらしさに敬意を表して百物語にちなんで百の声を操る方と覚えました。

百話目はずっと語られないのでしょうかね。それとも白石さんが百話目のその先を見たくなった時に語られるのでしょうか。なんだか語られない百話目にまでロマンと不思議が詰まっているような気さえします。

少し怖くもありましたが、素敵な1時間半でした。


**上演情報**


明日(2021/3/28)の23:59までStreaming+で配信中です。
耳だけでも楽しめる時間ですし、なんと1000円という気軽さなのでよろしければ週末のお供にどうぞ。


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