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私なりのの処世術2 - 他人は自分の写し鏡

おはようございます。朝ごはんの味噌汁の具を大根にしたのですが、レンジでチンするの忘れてて固かった。でも天気がいいからきっと今日は皆様もいい日だと思います。悪かったとしても、きっと起こらなかった悪いことがあったんだと思う。


私は基本的はものすごいネガティブ思想です。意識的に明るく考えないとダメなタチなので、どうすればいいか理詰でなるべく考えるようにしてます。一人でお酒飲んでたら、生まれてすみませんみたいな気分になるのでやめました。人は一人一人絶対に同じということはありません。ものすごいポジティブな人を見ると羨ましく思ったりもしますがないものねだりです。そんな自分でもどこがいいとこがあると思いたい。さて、本当の自分ってなんだろうと悩みませんか?そんな時私はこう思うようにしてます。

他人は自分の写し鏡

思春期によくこんな事言ってる人いませんでしたか?

「大人は見た目だけで人を判断する」

当然です。話なんかしてないんですから。判断材料がないんですもの。もうちょっとそこを掘り下げてみましょう。

「みんなが私を〇〇みたいな人と思ってるんだけど、本当は違う。」

「人前だと猫かぶってるの。本当の私は違うから」

よくこういう事言う人いますよね。ですが私は思うのですよ。かぶってる猫だって自分の一面。それはあなたであって違う人ではない。多重人格の方は専門外なのでわかりませんが。

人は一人で生きていけません。大なり小なり他人と関わり合いながら生活しています。そんな中で私は皆が思っているような人間ではない、と言ったところで他人の見方が変わるわけではありません。であればどうするか

自分はこう思われる人間なんだから、こうしていこう。

他人の見方、受け取り方を変えるのなんて無理です。だったらそれを受け入れましょう。ただしその鏡も自分次第で見られ方が変わります。他人のいない自分なんていないのと同じです。人がいて対称に自分が初めて存在するんです。もちろん、見られたい自分に近づけていくのもいいんですよ。他人という鏡を見ながら自分を磨いてあげればいいんです。どっちが楽かを見極めましょう。ちょっとの気持ちの切り替えで、気持ちが楽になる方もいらっしゃると信じて、この文章を書きました。

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