壁に自由を、扉に警告を
会社帰りにアレルギーの薬をもらいに病院に寄った。その病院は住宅街の中にあって、狭い路地を通りながら何度も角を曲がって辿り着く。その通り道に築三十年ぐらいの古い民家があった。トタン屋根の古い家を囲むように、簡素で文様もない昭和的なブロック塀に囲われている。そのブロック塀には子供がチョークで描いた絵が全面にびっしり描かれていた。足元の歩道には大きな白い丸の羅列。けんけんぱをやった跡。
私が子供の頃でも民家のブロック塀に絵を描くことは怒られた。昔より今の方が煩い人も増えていると思うから、それを許可するなんて心の広い家主さんだな、いやこの家の子供、もしくは孫だから好きなようにやらせているのかな、と色々想像しながら家の前を通りすぎようとしたら、家の木の扉に大きく「ゆだんたいてき」の縦書きの文字と、ウサギの絵が大きく描いてあった。文字のせいか少し不気味に見えて、家の古さも相まってホラー映画に出てくる家に見えてくる。ドアをノックしたら黒髪の白い服を着た痩せ型の女性が包丁を片手に出てきそう。
でも自分の家のドアに「ゆだんたいてき」と書かれていたら、毎朝、家を出て鍵を締める時に、その文字を見て気が引き締まるだろうし、命を狙われている侍の気分になるのではないか。油断は大敵だから、人にも騙されないし、怪しい人は避けるし、油断してないから斬られる前に斬ると思う。侍ではないけど。
なぜ、これだけ自由に描かせているのか、家を訪ねて「興味があるので教えてください」と尋ねない限り分からない。世の中には分からないことを目にすることが多いけど、大半のことは知らないで終わるし、扉の「ゆだんたいてき」の理由は知らない方がきっと楽しい。そこには幽霊みたいな女の人がいるかもしれないし、身を引き締めるだけのことかもしれないし、子供が無邪気に絵を描いて、それを見守る老夫婦がいるかもしれない。理由は永遠に分からない。そのまま家の前を通り過ぎる。
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