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思考が一本の川となって|2024/6/1

喫茶『横尾』でアイスカフェオレを飲もうと家を出たけど、なんとなく通り過ぎた。湿気が少なく、日がじんわりと落ちてきた夕暮れ。井の頭公園までたらたらと。お気に入りのベンチに座って、連れてきた本をひらく。題名は『夜のピクニック』。こないだできた友人が「自分の核になったモノ」で挙げていて、自分もそうかもしれないと、また読み返したくなった。これまで何度か買っても人にあげてしまうので、いま持っているのは中古品。はじめて出てくる登場人物には必ず丸の囲みがされている。前の所有者は本に書き込みをしながら読む人だったみたい。そんな愛らしさがある。

いつも同じところでハッとする。

みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。

夜のピクニック/恩田陸

「素敵」とか「心地いい」ではなく「特別」と表現しているのが気になる。たったそれだけのことなのに、ただ歩いているだけなのに、なんで普通じゃないんだろう。この後に出てくるこの一文が、きっと関係している。

こうして、千名を超える大人数が、移動しながら、それぞれ勝手なことを考えているのだと思うと不思議な気がした。日常生活は、意外に細々としたスケジュールに区切られていて、雑念が入らないようになっている。チャイムが鳴り、移動する。バスに乗り、降りる。(中略)むしろ、長時間連続して思考し続ける機会を、意識的に排除するようになっているのだろう。そうでないと、己の生活に疑問を感じてしまうし、いったん疑問を感じたら人は前に進めない。だから、時間を細切れにして、さまざまな儀式を詰め込んでおくのだ。(中略)そういう意味でも、この歩行祭は得がたい機会だと思う。朝から丸一日、少なくとも仮眠を取るまでは、歩き続ける限り思考が一本の川となって自分の中をさらさらと流れていく。

夜のピクニック/恩田陸

「思考が一本の川となって自分の中をさらさらと流れていく」

他のスケジュールに邪魔されず、思考し続けられる機会。それが自分だけでなく、周りの友人たちにも起きている状態。発される言葉はだんだん枝葉の部分が削がれて、抽象的で断片的だけど、質量を持つようになってくる。心地よい疲労感からくる、凪の状態。真っ直ぐ深海にストンと落ちていくような緩い降下。落ち着きと、アドレナリンが同居する、あの不思議さを特別と感じるのだろう。

わたしも、あなたも、今きっと何かを考えている。「普通」なのに「普通じゃない」ことが、もっと日常の中にあったらいいな。でも疲労感や長時間とセットなのだろうか。又吉直樹のYoutube企画『百の三』は、意図的にその状態に持っていこうとするいい企画だ。思考の実験をしてみたい。

向かいのベンチでは、女子大生が音楽に合わせて踊っていた。TikTokの撮影をしているみたいで、andymoriの『すごい速さ』がスピーカーから流れている。何度も何度も撮り直すたびにはじめに戻るが、ついに曲が最後まで再生されることはなかった。なんともいえない、心のモヤモヤ。

公園から少しはなれた好きな場所

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