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南海道中栗毛猫

前書き

マロンクリーム色のトラ猫「玄さん」が語り手となって
「如月ちゃん」と南海道を旅するお話。
とは言っても、私の夢を元ネタにしていますので
カンペキな空想物語です。
実在する建物や人物等、一切関係ありませんので
そこのところ、どうぞご了解くださいませ。

知らぬ間に自分を縛り、社会に縛られ
また、そんな社会構造を作っている私たちの見えない意識の構造を見つけ
内なる世界の旅の中
封印を解除していくお話です。

一話完結となってはいますが
最後まで通読いただければ
『旅立ち』の意味がよくおわかりいただけるものと思います。

では、『旅立ち』から『岐路、そして帰路』までの九編を
ごゆっくり、お楽しみください。

第一話 旅立ち

僕の名前は玄。源氏の「源」やなくて、玄武の「玄」。
みんな玄さんって呼んでる。
栗毛のトラ猫、玄さんや。
如月ちゃんと二人で旅する栗毛猫。

それにしても、如月ちゃんがけったいなタイトルつけたから、
十返舎一九はん、怒らはるやろ。
僕、不安・・・。
どう考えても『東海道中膝栗毛』のパクリやんなあ(汗)。
もう、汗かくわ。

ま、中身は何の関係もないということで、
一九はんのファンの皆様、どうか勘弁してやってちょ。

一年ぐらい前やったかな・・・
僕と如月ちゃんの家に、一本の電話がかかってきてん。
なんでも、家中の配線工事させてほしいとかいう内容やったわ。

あんまり突然やし、理由もようわからんから、
如月ちゃんは断って、その電話を切ったんやけどな。
またすぐに同じ人から電話があって、
今度は泣きすがるように言われたんやて。

「お願いですから、配線を変えさせて下さい。」って。

若い女の人の声で、
どっかのめんどくさいセールスの電話とは全然違う感じで、
すっごく真剣で、切羽詰ってるみたいで、
その声は今までに聞いたことがあるような気もしたらしい。

でも、やっぱり如月ちゃんは納得のいかん話やから断り続けてる内に、
玄関からどやどやと男の人が三人入ってきてん。
あれには僕も驚いたわ。
チャイムも鳴らさへんで、こっちがどうぞとも言うてへんのに
勝手に上がり込むねんで。
失礼な人らやなぁって。

そんで、如月ちゃんはまだ電話中で、
僕がニャアゴゥって応対したけど、
その人らは天井見上げて、どんな風に配線工事するか話し合ってるねん。
如月ちゃん、慌てて電話を途中で切って、

「あなたたち、何ですのん?」
って男の人たちに怒って言うたんやわ。

そしたらな、その人ら、全然悪びれた様子もなくて、

「この家の配線工事に来ました。」
って、にこやかに言うねん。

「もう決定済みのはずです。電話連絡もいってると思います。」
って。それ、どゆ事?

その後、如月ちゃんは色々質問して、ようやく納得したんやけどな。

なんでも、僕らが住んでた家は古い家で、
これまで色んな人が住んできたために、
たくさんの配線がごっちゃごっちゃに絡まってたらしいねん。
んーとな、わかりやすく言うと、
前に住んでた人が使ってたコードを、次に住んだ人が不要で、
きれいに取り除かへんまま新しいコードをつないでいったり、
古いコード同士を適当につないだり・・・
そんな事が何代も何代も続いて、
とうとう訳がわからんぐらいに絡まってしまってたみたいやねん。

コードって言うても、電化製品のコードやなくて、
目には見えへん人間関係とか、人と人の縁みたいなもんかな、
人だけやなくて動物とか植物とかモノとか、
それこそ色んなものとの縁って言うか・・・。
僕は猫やから、その辺のところ、よく分かるねんけど、
人に説明するのは難しいわ。何となく分かってちょ。

そんでまぁ、如月ちゃんも何となく分かったみたいで、
納得して配線工事してもらうことになってんな。
如月ちゃんに必要なコードだけ残して、
いらないものはきれいに切って取り除いてもらう、
残したコードもええ加減なつなぎ方とか、切れかかってるのとかを
ちゃんとつないでもらう事になってん。

ところがな、問題が一つあって、工事するのに何ヶ月もかかるらしくて、その間、ほこりもするし、食事もできへんぐらいやって言われてな。それで如月ちゃんが考えたのは、友達の家に居候させてもろて、この際ついでに家のリフォームもしてもらおうという事やったんやわ。

それがな、次の日の朝起きたら、如月ちゃんがいきなり大掃除始めて、
そんなん、これからリフォームで壁とか天井とかもつぶすのに、
なんでっ?て聞いたら、

「玄さん、旅に出るよ!」って。
何それ?

「昔の人は旅に出る前に家の掃除をしたんやて。」

いやいや、聞きたいのはそこやないって。
でもな、僕も猫やから、如月ちゃんの考えてる事までは分からんけど、
感じてる事はだいたい分かるから、
旅もええかぁって、ついて行く事になったんやわ。
だいたい、如月ちゃんについて行けるの、僕だけやろうし。

まぁ、旅では色々あったわ。
僕は三毛猫になるし(すぐに元に戻ったけど)、
妖怪退治はするし、清姫とチャネリングして鍵を預かるし、
その鍵のおかげで有間皇子さんに出会うし・・・。
なんと言うても、僕が思い出深いのは、
イワナガ姫ちゃんとの出会いやなぁ。
最後に見せてもろた『蝶の舞』は、今思い出してもうっとりするわぁ。
イワナガ姫ちゃん、もう妹の木花咲耶姫を探し出せたかな。
なんか、いい思い出がいっぱい出来たわ。
これも、如月ちゃんについて旅に出たおかげやな。

うん、まだまだ旅は続くねんけど、どこに行くのか僕にはわかれへん。
如月ちゃんの頭の中には地図があるらしいねんけど、
目では見えへん地図やから、
行ってみんとどんな所か分かれへんのやって。

いずれは元の家に戻る予定やけど、
その時はきっと見違えるようなステキなお家になってるとええな。
僕の好みも言っておいたら良かったな・・・
って、BFORE AFTERかいっ!。

そんなこんなで、僕と如月ちゃんの南海珍道中
どうぞみなさん、応援(∩´∀`@)⊃よろしくお願いいたします。



第二話 ここから先は黄泉の国

そう、あれはまだ僕と如月ちゃんが旅に出て間もない頃のことやった。
都を旅立った僕らは南へ南へ旅をして、
ついに『黄泉の国』の入口近くまで来た時のことや。

:..。o○☆゚・:,。:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。:..。o○☆:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

如月ちゃん、起きて―!
早う目覚まして―!
僕の栗毛が、虎縞模様が、三毛になってるようっ!

三毛猫の♂は希少価値があるって、そんな事言うてる場合と違う。
放っておいて、性転換してしもたらどないするねん?!
動物のお医者さん、探してよぅ。

こんな田舎に動物病院あるかなぁ・・・僕、不安ヽ(;´Д`)ノ。

ネットで調べるより、あそこのおじさんに聞いた方が早いって。

何何?あのトンネルの向こうに動物病院があるって?
早う行こ!
おじさん、おおきに。

ゴォーって変な音がするけど、このトンネルヤバくない?

チャネラー体質の僕としてはこの寒さが気になるわ・・・
って、やっぱりやんか!

トンネルを抜けたらそこは雪国だったって、マジで雪降ってるやんか。
なんでトンネルを抜けたら雪国やねん!
もし北海道まで一気に抜けてきたんやったら、
その動物病院って・・・。
まさかH大獣医学部やないやろな。
・・・漆○教授とかおったらどうしよう(x_x;)。

あった、あった。『くま動物病院』・・・良かったわ。
漆○教授も菱×さんもおれへんみたい。
すぐに診察してくれそうやし。

如月ちゃん、僕は元々トラ猫やって、先生にちゃんと説明してな。
今朝起きたら急に三毛猫になってたって。

・・・・・・

えっ?先生、もう一回言うて。

「栗毛の虎猫が三毛猫になるのは、よくある事です・・・。」

って、先生、おかしいやろ!そんなの聞いた事ないって。

「一応検査しましょう。」

って、如月ちゃんを検査室に連れてってどないすんねん。
検査は僕やろ?

受付のお姉ちゃん、一体どないなってるねん。
えっ?ゆっくり説明するから、カリカリでも食べながら、如月ちゃんの検査待ちなって・・・。
うん、このカリカリ美味しいわ。
試供品やから遠慮せんでええって・・・、試供品かい!

で、受付のお姉ちゃんから聞いた話を、
まぁ、ここで読者の皆さんの為に僕が説明するとな・・・。

そろそろ黄泉の国の入り口が近いらしいねん。
そんで、人によっては、妖力が開花する場合があるんやって。
元々妖力が強い人とか、逆に全く無い人は関係ないねんけど、
潜在的に妖力持ってる場合、
いきなり黄泉の国へ入るとパニクるらしいねんな。

如月ちゃん、その可能性あるかどうか検査してるねんて。
もしそうやったら、波動調整とかいうのんやってもらって、
ちょっとずつ妖力が開花するようにしてくれるって話なんやわ。

僕が三毛になったんは、どうやら如月ちゃんの記憶の中に、
初めて出会った猫に対する複雑な思いが残ってて、
その猫が三毛やったさかい、
如月ちゃんが無意識に僕に妖力かけたらしいわ。

あっ、僕、栗毛の虎模様に戻ってる・・・。

如月ちゃん、出てきた!
波動調整してもろたんか?
良かったなぁ。これでまた、旅を続けられるわ。
良かった、良かった(笑)。



第三話 妖怪あらわる

さっきまで降ってた雪が、雨になってるで・・・。

シトシトピッチャン、シトピッチャン、シ~ト~ピッチャン♪

なんで雨の音が歌になってるねん?しかも『子連れ狼』の。
これフラグやろ。
絶対フラグ立ってるやろ!

ほら、やっぱり向こうから乳母車ついた変なおじさんやって来たで。

萬屋錦之助というよりは笑福亭仁鶴やんか。
って事は、「大五郎、三分間待つのだぞ」の
ボンカレーかい!

ごめん、若い読者さんには分かれへんな(汗)。

「そこの娘。ちと火を貸して貰えぬかな。」

話しかけてきよったで。

「タバコに火をつけたいのでござるが。」

いきなり何するねん!
僕の目は火と違うやろ。
よう見てみ。僕は猫や!

もう、タバコを目にすりつけんといてや。
目に根性焼きってシャレになれへんで!

あれ?そのタバコ、まだ火ついてへんやんか・・・。

って事は・・・、
お前、妖怪『コタオジ』やな。

僕、知ってるでえ。如月ちゃんから聞いたことあるわ。
『コタオジねっこの目』っていうチョーマイナーな話でな・・・

昔、コタオジっちゅうおっちゃんがおってんな。

コタオジがタバコに火をつけようと思たけど、マッチがない。

ちょうど暗がりに光るもんがあったさかいに、
コタオジが、くわえたタバコをその光に近づけたんやて。

そしたら、それを見てた人が、
「コタオジはん、それ、猫の目やで。」って。

それでもコタオジは、
「わかってるわ!猫に灸すえたろと思たんや!」

ホンマ、意地っ張りやろ。
どないして、火のついてへんタバコで灸すえるっちゅうねん!

それ以来、そんな、自分の間違いを認めへんで、
妙なへ理屈こねてごまかす奴を
『コタオジねっこの目』って言うんやって。

お前、そのコタオジやな!
素直に自分の間違いを認めへんから、
そんな妖怪に身を落とすねん。

よっしゃあ!見切った。
呪文唱えるで。

「枕流漱石!」

あれ?消えへんがな・・・。

あ、そうか。呪文、間違えたわ(汗)。
OK、OK!(;´▽`A``
今度はいける。

「枕石漱流!」

ほら、消えた!
やっぱり僕の見立て通りやったな。(ΦωΦ)フフフ…

あのな、
『コタオジねっこの目』の話は、中国にある昔の話とよく似てるねん。

昔、中国に孫子荊(ソンシケイ)という人がおってな、
『枕石漱流』と言うところを、
間違って『漱石枕流』って言うてしまうねん。

これはどういう意味かと言うとな、

孫さんちゅう人は、俗世間に嫌気がさしてな、
山にでもこもって隠者になろうかと思ったんやわ。

そんでな、友達にそのことを言おうとして、

「夜は石を枕にして寝て、川の水で口をすすぐような生活しよう」

と言うべきところを、

「石で口をすすいで、川の流れを枕にして寝ようと思う」

って、言い間違えたんやな。

それを聞いた友達にな

「間違ってるんちゃう?」

って指摘されても、

「いやいや、石で歯を磨き、川の流れで、世俗の低俗な話を聞いた耳を洗うという意味だよ」

みたいな言い訳をしたんやって。

素直に間違いを認めた方が、よほどかっこええと思うけどな。
意地を張って、理屈こねるのはカッコ悪いでって、

そんな意味を込めて、
正しい方の『枕石漱流』って言うてみただけやねんけど、
ちゃんと消えてくれて良かったσ(^_^;)。

あれ?乳母車が残ってるけど、
中から猫の鳴き声が聞こえるで。

うわぁ、如月ちゃん、見てみ。
猫の魂、いっぱいやで。

ああ、なるほど、妖怪コタオジは、
猫の目にあのタバコをこすり付けて、魂を奪ってたんやな。
悪い奴っちゃな。
どうせ、自分の妖力を高めるために猫の魂を縛っとったんやろ。

如月ちゃん、このヒモ、ほどいてあげて。
これで猫ちゃんたち、元の体に魂が戻るさかいに。

いやぁ、嬉しそうに空に舞い上がっていくわあ。
良かったなあ。みんな元気でなぁ~。

なあ、如月ちゃん、ええ事した後は気持ちがええな。

ところで、妖怪が出てきたということは、
もう黄泉の国の入口をくぐったということなんやろか。

で、次はどこに行くのん?

えっ?わかれへん?そなアホな・・・。
行くあてなしに進むのんか?

一応、お寺に行くまでは分かってるねんな。
そのお寺がどこにあるかが分かれへんと・・・。

まぁ、しゃないわ。その内、またフラグ立つやろ。
こうして僕らの旅は、意味ふのまま続くのでした。



第四話 蛇の姫

如月ちゃん、あちこちにポスター貼ってあるけど、
何?あれ。

大蛇と釣鐘の絵、描いてあるで。

ふうん、『道成寺会式』やって。

なになに・・・、25mの大蛇が、逃げる安珍を追いかけて、
道成寺の62段の石段を駆け上がり、釣鐘の中に隠れた安珍を、
釣鐘に巻きついて焼き殺すところを、再現したイベントらしい。

へぇ、4月27日かぁ・・・って、もうすぐやんか。
見てみたいな。

そや、如月ちゃんの探してるお寺って、ここちゃうのん?
行ってみよ!

おぉ、この石段かぁ。下から見上げるとなかなかのもんやな。
これを大蛇が駆け上がるねんな。

このお寺、立派やなあ。しかも、相当古そうやで。

うわぁ!701年建立って、奈良時代に建てられてるんやわ。
しかも、文武天皇の勅願って、なんか、凄いな。

『新西国三十三箇所観音霊場』・・・国宝の千手観音もあるらしいで。

あ、あそこで住職さんがお話してる。紙芝居みたいやわ。

如月ちゃん、行ってみよ。

絵巻物語やって。安珍清姫の話みたいやで。聞きに行こか。

良かった。今始まったばっかりや。

住職さん、お話上手やなあ。いい声やし。

・・・・・・ふうん・・
・・・なんか、安珍さんもかわいそうやけど、
清姫さんもかわいそうやな・・・。

って、如月ちゃん、寝たらアカンやろ!

あぁ、もう眠ってるわ・・・。

どないしょう・・・。つついても起きへんし。

あれ?なんか、普通に眠ってるのとは違うみたいやな。

どれどれ、僕も如月ちゃんの夢の中に入って、
如月ちゃんが何してるのんか見てみよ。

ZZzz....

なにー(’◇’)?

夢の中で、如月ちゃん、美しいお姫様と話してるで。
さっきの絵巻の清姫みたいやな。

なるほどぉ。これって、巷で言うチャネリングちゃうのん?
如月ちゃんにもできるんやあ。
ほぉ~、びっくり!

それにしても、如月ちゃん、大丈夫かなあ?
僕も、そう~っと見てようっと。

そなたは何者ぞ?
そなたには、わらわの声が聞こえるのじゃな。
わらわの姿が、おなごに見えておるのか。
・・・これは驚きじゃ。

これまでにも、わらわを見た者はおるが、
皆わらわを蛇じゃと言うておったの。

ほっほっ。
面白い。
そなた、しばしの間わらわの話を聞いてはくれぬか。

わらわはもうすぐ、あの砂の渦の中に飛び込まねばならぬ。
ほれ、あの砂じゃ。
ぐるぐる回っておろ?
あの真ん中の穴を抜けていくのじゃ。
さすれば、もうここには二度と戻れぬ。

今、そなたに会えたのも、何かの縁じゃろうて。
そなたさえ良ければ・・・
わらわの話をどうか聞いておくれでないか。

そうか、聞いてもらえるか。
有り難きことじゃ。お礼申し上げる・・・。

さて、何から話そうかの。
わらわはここで千年以上も生きておる。
いや、生きておるのか死んでおるのか、わらわにも分からぬが。

・・・そうじゃ、わらわが人間であった時の事から話そうぞ。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

わらわは名をキヨと申す。
清姫じゃ。
あの『娘道成寺、安珍清姫』の、清姫じゃ。

伝えられておる話は少々嘘も混じっておるがの。

そう言えば、さっきそなたの後ろに、
何やら安珍殿に良く似た影がちらりと見えたような気がしたが、
気のせいか・・・。

懐かしゅうござるな。

なにゆえあのような結末になってしまったのか、
今では悔やむばかりじゃ。

そうか、そなたは『安珍清姫』の話を知っておるか・・・。
ならば話が早い。

安珍殿に恋焦がれ、叶わぬ想いに己が姿を大蛇に変えて、
安珍殿を追いかけ、追い回し、その魂を捕らえ、巻き付き、
怨みの炎で我が身もろとも焼き尽くした清姫の話を。

あれが、あの行いの全てが、わらわを今のような蛇の姿に変えたのじゃ。

・・・おお、そなたにはおなごの姿に見えておるのじゃった。
忘れておったぞ。

この千年もの間、人にはなれず、
蛇の妖怪として、人間のおなごの心にとり憑き、
乗り移ってきたものじゃから。

清い女の心も、わらわがとり憑けばひとたまりもない。
恋に執念を燃やす、醜い女となる・・・。

かわいそうな事をしたものじゃて。

じゃが、わらわはおなごの心をもてあそんだわけではないのじゃ。
そのようなふざけた気持ちは微塵もござらぬ。

人間にとり憑いている間は、ただただ必死なのじゃ。
懸命なのじゃ。

安珍殿を慕う気持ちが、他の何物をも見えなくさせるのじゃ。
最も大切な安珍殿の命さえも忘れてしまうほどにのう。

何度繰り返したか分からぬ。

どんな清い女にとり憑いたとて、
その女の心にわらわが住み着いておる限り、
似たり寄ったりの結末となる。

わらわはここで、生きもせず死にもせず、
そのような事ばかり繰り返してきたのじゃ。

されど、それもようやくおしまいじゃ。
わらわも人間としての命を頂くこととなった。

なに、わらわの意思もそうであったが、
この度は神界からの仰せじゃ。

なんでも、人間の世界が一区切りつくとかいう話じゃ。

この機に応じて人間となり、
生きておるのやら死んでおるのやら分からぬ妖怪どもも、
人としての人生を全うせよとの仰せじゃった。

ほれ、もうすぐあの砂の渦が、わらわの足元にまで広がり及ぶ。
さすれば、わらわには抗うことさえできぬ。

砂に引き込まれ、渦を通って、新たな命となり、
人の世に生まれ出づる手はずじゃ。

そうじゃ、そなたに一つ頼みがある。この鍵のことじゃ。
わらわは人間界に生まれる前に、
今までの記憶が失われてしまうのじゃ。

この鍵はの、その記憶を呼び覚ますための鍵じゃと聞いておる。

わらわが持っていても、どうせ記憶を無くすのならば、
何のための鍵であったかも忘れるであろ。

そなたにこの鍵を託そうと思う。

いや、気にせずとも良い。
もしもそなたが、人間となったわらわを見つけたならば、
その時にこの鍵を渡してくれれば良いのじゃ。

これで思い残すこともなくなった。

そなたが声をかけてくれるまで、実を言うと心細うての。
人として生きることに、自信がなかったのじゃ。
また、あのような醜い真似をしてしまいはせぬかとな。

そなたは希望じゃ。
この闇の中で、ほのかな灯をわらわに与えてくれた。

まこと、気にせずとも良いて。
何もわらわを探し当ててくれと申しておるのではない。

もしも、もしもじゃ。
人間界のどこかで巡り会ったならば、
必ずやそなたはわらわに気づくであろ。
その、もしも・・・で良いのじゃ。

もう砂がわらわの腰まで寄せてきた。
そろそろ別れの時じゃ。

ところで、そなたの名をまだ聞いておらなんだ。

そなたは一体、何者ぞ?

如月どの・・・か。
覚えておきたいが、そうもいくまい。

わらわのつまらぬ話を、最後までよくぞ聞いてくださった。
鍵のことも、どうかよろしくお頼み申し上げる。

さらばじゃ。


如月ちゃん、起きてぇ!
もう、絵巻物語終わってるで~。
ほら、住職さん、心配そうにこっち見てはるやんか・・・。
他のお客さんも、広間から出て行かはったで。

「う~ん、玄さ~ん。私、変な夢見てたわ。」

知ってる。清姫とお話してたやろ。
僕も、如月ちゃんの夢に入って、見させてもろたで。

「あ~、それでや。
私の後ろに安珍殿に似た影が見えるとかって清姫が言うてたんは。」

それ、僕のこことかいな?安珍殿って・・・。
男前に見えたんやな。
ちょっと嬉ぴいかも(///∇//)テヘ

「そんでな、清姫が消えたあとも、また夢見ててん。」

何?それは知らんかったわ。
僕はあのあとすぐにこっちへ戻ってきて、
住職さんの絵巻物語聞いてたさかいに。

「なんかな、髪長姫とかいうのも出てきてん。」

あ、それ、絵巻物語の途中で、CMみたいに挿入されてた話やで。

「それ、どんな話やったん?」

あのな、昔々、この辺りの土地に、髪の毛のない女の子がおってんて。
そんで、その子の親は漁師やってな、
海の底で金色に光る観音様やったっけ?
・・・なんか仏像を拾うねん。

その仏像にお祈りしたら、
女の子の髪の毛がものすご~く伸びて、
その髪の毛を鳥がついばんで
奈良の都の貴族の家の木にまで飛んでいくねん。

その貴族が、この長~い髪の毛の女の子を探せ~!
ってなってな。

そんで、その子は都の貴族の家の養女になって、
のちのち天皇の妃になって、
その女の子は「髪長姫」って呼ばれるようになったらしいで。

日本版シンデレラみたいやな。

そんで、ここにお寺を建てることになったんやて。
髪長姫が産んだ息子が次の天皇になったっていう話や。

つまり聖武天皇のお母さんって、この辺の女の子やってんな。

・・・で、如月ちゃんはどんな夢見たん?

「あのなあ、よくは覚えてへんねんけど、
とにかく髪長姫が出てきたんは覚えてる。
それで、なんか知らんけど、キシの里とかいうところに誰かと行くねん。
って言うか、行こうとしたところで、玄さんに起こされたんやわ。」

ふうん。面白いな・・・って、ウソやで。
ちょっと愛想言うてみただけヾ(@^(∞)^@)ノ。

それよりな、僕、思ったんやけど、
なんでこんな田舎の漁師の娘が天皇の母になれたんやろ?
不思議やわ。
なんぼ奈良時代やからって、
こんな田舎の漁師の娘はないやろ。

「ああ、その話な。
藤原不比等っていう貴族にな、髪の長い娘がおって、
宮子っていうねんけどな。
文武天皇の后になって、聖武天皇を産んでるねん。
でも、まさか、その宮子がこの田舎から藤原氏の養女になってるっていうのは、正史にはないと思うで。
ただ、そう言えば、
文武天皇が牟婁の湯に行幸に行った時に、
紀州の田舎で女の子を見初めたとかって話は、
どこかで読んだ記憶があるわ。
案外、その髪長姫の話、本当なんかもしれへんね。」

ああ、そう考えたらつじつまが合うわ。

「どういう事?」

あのな、安珍清姫の絵巻物語の途中で、
ほんま、唐突に『髪長姫』の話が挿入されるねん。

おかしいなと思ったんや。

もしかしたら、本当に伝えたいのは「髪長姫」の方の話で、
でも、あんまり大っピラには言われへんから、
「安珍清姫」の話の間にちょこっと入れてるんかもな。

言うてみたら、
「安珍清姫」は「髪長姫」の隠れ蓑になってるって感じ。

で、さっきから気になってたんやけど、
如月ちゃんの右手に握ってる、その鍵、どないしてん?
まさか、夢の中で清姫に渡された、あの鍵なんか?

「あ、ほんまや。気がつけへんかったわ。うわ~、どないしょう。」

物質化現象やな( ̄▽+ ̄*) 
サイババみたいや( ̄Д ̄;;

「しゃあないわ。清姫に預かった鍵やし、
とりあえず、清姫の生まれ故郷にでも向かって旅を続けようか。」

清姫の生まれ故郷って?

「牟婁の湯から、山の方に入っていく
中辺路とかっていうところやったと思うで。
ここからは、まだまだ先やわ。
とりあえず、南へ向かうとするか。」

了解!

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

そんなこんなで、僕らは道成寺の山門を下りて、
まっすぐ南へ向かったんや。
そうそう、帰り際に住職さんが僕にって、
美味しいカマンベールチーズ食べさしてくれてん。
優しい住職さんやったわあ。

この先、まさかの出会いがあるとは、
このときの僕らは夢にも思ってへんかった。

ほな、次は古墳のそばでな。
見にきてちょ。待ってるわな~。



第五話 古墳に立つ少女

如月ちゃん、この辺、なだらかな坂が多いなあ。
山というより、丘がずーっと続いてるみたいやで。
僕、ちょっと疲れたわ~。
ひと眠りできる所ないかなあ?

あ、あの大きな木の辺り、どうやろ?
芝桜きれいやし、小鳥も鳴いてるし。

ちっちゃい山みたいなのあるけど、あの上に誰か立ってるで。
女の子みたいやわ・・・。
スカートひらひら~って、なんか、かわいい子ちゃうん?
ちょっと行ってみよ!

あの~、こんにちは~っ!
僕ら、旅のもんですけど、ここでちょっと休憩してもええですか?

「どうぞ、もちろん構わないわ。」

あの木の下がええなって思ってるねんけど・・・。

「あれは、クロガネモチの木。
赤い実をついばみに、小鳥たちもいっぱいやってくるの。
とっても優しい木なの。あなたたち、お目が高いわね。」

まあ、僕は猫やから、気持ちのいいところを探すのは得意やし。
僕は玄さん、こっちは如月ちゃん。
・・・で、君は・・・ミナミちゃんか。

ふうん、東西南北のミナミやなくて、南風のミナミ・・・
って、一緒やんかっ!
そんな所に立って、誰か待ってるのんか?

「うん、この下の扉の鍵を持ってる人が来るのを待ってるの。」

扉って?・・・

うわぁ!小さな山かと思ってたら、下に降りたら洞窟みたいになってる。

「ここはね、古墳なの。中に入るには、この扉を開けないといけないの。」

ミナミちゃんは、中に入りたいのんか?

「うん。だって、中に有間皇子(アリマノミコ)が一人ぼっちでいるんだもん。」

えっ?

「ここはね、有間皇子の古墳なの。
ずっと前は鍵なんてかかってなかったんだけど、
市の教育委員会が管理するようになって、鍵をかけちゃったんだ。
重要文化財とかって言って。
でね、その時に妙な事が起きたの。」

妙な事って?

「あたしね、実は・・・あのクロガネモチの木の精霊なんだ・・・。
信じる?・・・本当なの。
だから、こんな扉、鍵がなくても平気で通り抜けられるはずだったの。
なのに、なぜだかわかんないけど、
はじかれるみたいに、中に入れなくなっちゃった。
時空のブロックが出来たみたい・・・。
だからフツーの鍵じゃダメなの。
教育委員会の鍵で開けたとしても、それはただ古墳の中に入るってだけ。
有間皇子がいるところには行けないの。」

ちょっと待って。
有間皇子って、もうず~っと前に死んでるよね。
確か天智天皇がまだ天皇になる前だっけ、
・・・中大兄皇子だった頃に、謀反の罪をきせられてって、
聞いたことあるで。

「そう、絞首刑。
だから、有間皇子の魂はずっと怒りと悲しみでいっぱいなの。
この古墳に遺体とか遺骨があるわけじゃなくて、
魂を封印されてるのよ。」

やっぱり無実の罪って、ほんまやったんか・・・。

「うん、有間皇子はその時のこと、あんまり話したがらない。
『天と赤兄だけが知っている』って、それしか言わないの。
きっと赤兄って人に騙されたのよ。」

如月ちゃん、ちょっとWikiで調べてみて。

ふうん、なるほどな。
中大兄皇子と赤兄って、つながってたんやな。
次期天皇の候補として有力な有間皇子を亡きものにしたかったと・・・。

それにしても変やんか。
当時、中大兄皇子は既に皇太子やで。
次期天皇の座は確定してるのに、
なんでそこまでして、有間皇子を葬らなあかんの?

「わかんない・・・。」

そや、僕ら、こんな鍵を持ってるねん。
如月ちゃん、あの鍵、ミナミちゃんに見せてあげて。
まさか、この扉は開けられへんとは思うけどな。

「こ、これは・・・、マスターキー。」

どゆこと?

「ある種の時空の扉を開く鍵だわ。」

なんやて?!

「異空間を開く鍵ってことよ。」

えぇ~っ!

ミナミちゃん、それってなんかスゴいな。
まさか清姫から預かった鍵が、
異空間の扉を開けるマスターキーとは・・・。

「多分ね。ただ、全ての異空間の扉を開けられるわけじゃないわ。
ある種の・・・つながりのある異空間だけ。」

うーんと、例えば、
一つのビルのマスターキーが、隣のビルには役に立てへんみたいなもんか?

「そうそう、そんな感じ。」

この古墳の扉はどうやろか?

「やってみないとわかんない。」

開けてみよ。
如月ちゃん、鍵、入れてみて。

ガチャン

お、手応えアリやな。

開いた・・・。

うっ、何これ・・・、血の匂いがするで。

真っ暗やな。如月ちゃん、ミナミちゃん、大丈夫?
僕は猫やから見えるけど。

「私も精霊だから平気よ。」

如月ちゃん、僕の後に続いてな。
その内、目も慣れてくると思・・・

ウっ!うわぁっ、この洞窟、血だらけやんか!
足元の水たまりも全部『血』やで。

「こんなじゃなかったのよ。おかしいわ。
何かあったんだわ。アリマー、アリマ、どこー?」

あそこに誰かうずくまってるで!

「ありま!・・・何があったの?」

「ミナミ・・・。来てくれたのか。もう会えないかと思ってた・・・」

(ノ゚ο゚)ノ オオォォォ-、この人が有間皇子さんかぁ。
若いし、イケメンやし、♂の僕でも惚れそうやわ。

如月ちゃん、惚れたらあかんでって、
あの~、もしもし、ミナミちゃん、有間さん・・・、
そんな熱い抱擁はないやろ。

「あ、ごめんごめん。つい嬉しくて。
アリマ、この人たちが扉を開けてくれたのよ。」

有間さん、はじめまして。僕は玄さん。で、こっちは如月ちゃん。
如月ちゃんが清姫から預かった鍵で、ここに入れたんや。
無事に会えて良かったな、ミナミちゃん。

それにしても、この血だらけの洞窟は何?

「玄さん、如月さんとやら、本当にありがとう。
ゆっくり説明するよ。
おそらく、扉が開いたなら、僕も外に出られるはずだ。
一旦外に出てみよう。」

「封印が解けたのね。」

「ああ、多分ね。」

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

「ふう、やはり外はいいなあ。
18歳で絞首刑にされて、魂の自由を奪われて、
この古墳の中の異空間に封印されていたんだ。

どれくらい前だろう・・・
ミナミが僕に気づいて遊びに来てくれるようになったのは。

僕はずっと心を病んでいたから、
ミナミが来てくれなかったら、発狂していたかもしれないよ。
いや、実際、ここのところミナミでさえ扉をすり抜けられなくなってからは、本当に気が狂いそうだった。

一人で色々考えていると、亡霊が現れるんだ。わんさかとね。
この剣でぶった切ってもぶった切っても次々と現れる。
ふと気がつくと、僕が切っていたのは、
亡霊ではなく、洞窟の岩肌だったんだ。
血が吹き出して、やっと正気に戻った。」

ほな、あの血は洞窟の血?
なんで洞窟が血を出すのん?

「うん、ちょっとややこしい話なんだが、僕の推測も混じえて話すよ。

あそこはね、言ってみれば『女性の子宮』の中みたいなものなんだ。

特定の誰かの子宮ってわけじゃない。
もっと観念的なものが作り上げた異空間としての子宮さ。」

へ~、子宮って、漢字で書くと『宮子』の反対やな。
宮子って、髪長姫のことやろ?
なんか、寒気がしてきたわ。


「僕はね、天皇の皇子(ミコ)として生まれたんだが、
生まれつき霊的能力が高かったんだ。
小さい頃からモノノケの類(タグイ)はいくらでも見たし。」

ほうっ、夏目友人帳みたいやな。

「人の心の声も読めた。
だから、中大兄皇子が次期天皇になりたがっていた事はよく知っていたし、そんな政権争いなんてまっぴらゴメンだった。
彼が僕の父を裏切って都を出ていった時も、僕は何も言わなかったんだ。
それでも彼は、もう皇太子になっているというのに、
まだ僕のことが気になって仕方ないみたいだったな。
僕の特殊な能力を封じ込めたかったんだろう。」

そやから絞首刑にされて、魂をここに封印されたんか・・・。

「うん、僕もそう思っていたよ。
あの血が吹き出すのを見るまではね。」

なんやて?
他にも理由があるってことか?

「ああ、僕はどうやら利用されたらしい。
憤怒と悲哀の感情を、うまく使われたのさ。」

どういう事なん?

「僕は、僕をこんな目に合わせた者たちを憎み、恨んでいた。
元々特殊な能力のある僕だから、
怒りや悲しみの感情が作り出すエネルギーは半端ない。
そのエネルギーを喰らう奴らがいるなんて、思いもしなかったんだ。」

エネルギーを喰らう奴らって?

「この子宮の洞窟を生み出した奴らだよ。
いや、奴らって言っても独立した個人の集まりじゃない。
自分の血を分けた子孫に栄華、繁栄をもたらしたいという欲望の塊(カタマリ)みたいな想念の集合体さ。
そいつらは、負のエネルギーが大好物なのさ。
それをエサにして、次々とくだらない悪巧みをして、
政権争いに利用してたんだ。」

髪長姫・・・宮子姫も、
そんな政権争いに巻き込まれたんかもしれへんなあ。

確か、宮子姫は藤原不比等の養女になって、
文武天皇の妃になったんやろ?

「そうそう、それで生まれた子供が聖武天皇になって、
藤原不比等の実の娘、光明子が皇后になってるねんで。
ついでに言うと、文武天皇のお祖母ちゃんが持統天皇で、
その父親が天智天皇やわ。」

なに?如月ちゃん、それって、なんか引っかかるわ。

天智天皇って、中大兄皇子のことやろ。
持統天皇は天武天皇の奥さんやったよな。

如月ちゃん、前に言うてたやんか。
小倉百人一首の1番が天智天皇で、2番が持統天皇。
皇位継承の順番で言うたら、天智の次が天武で、その次が持統やのに、なんで天武が抜けてるのんか不思議やって。もしかして・・・。

なぁなぁ如月ちゃん、その辺の人間関係、ネットで調べてみてよ。
僕、ちょっとひらめいたことがあるねん。

・・・んー、やっぱりや・・・。

中大兄皇子は、自分の娘を二人も大海人皇子に嫁がせてるやろ。
もしも自分に何かあった時に、
自分の血を受け継ぐ娘が有力者の奥さんとして子供を複数産んでたら、
とりあえず一安心やんか。
そんで、実際にそんな流れになった。

つまりな、中大兄皇子は首尾よく天智天皇となったけど、病死する。

息子の大友皇子は大海人皇子に倒されて、
次に即位したのは大海人皇子、つまり天武天皇や。

ここで、誰でも天智天皇つまり中大兄皇子の血は途絶えたと思う。

がしかし・・・や。

天武には、大田皇女(オオタノヒメミコ)と鵜野皇女(ウノノヒメミコ)という天智天皇の娘が二人も嫁いでるねん。
どちらに男の子が生まれても、天智天皇の血を引くという寸法やんか。

そんでな、僕が引っかかったんは、
天武の死後に奥さんの鵜野が女帝として即位して
持統天皇になってることやねん。

おかしいやろ。天武には、大田が産んだ大津皇子という、
かなり有力な後継者がおったのにも関わらずや。

大津皇子は、鵜野に無実の罪を着せられて自殺してはるねん。

それで鵜野の息子の草壁が皇太子になるけど、若死にしてしもて、
そのまた息子の、鵜野にとっては最愛の孫やな、
その孫をどうしても即位させたい。
そやけど、あまりに幼すぎる・・・
そこで鵜野は、中継ぎとして自分が即位して時間稼ぎして、
孫が大きくなってから孫に皇位継承するんやな。

その孫っていうのんが、文武や。
宮子の・・・髪長姫の夫やわ。

僕はな、持統の執念が凄まじいと思ったんや。

息子や孫を即位させるために、大津を自殺に追い込んだり、
自分がとりあえず女帝になったり・・・
それが本当やとしたらな、そこまでして我が子や我が孫を天皇にしたいという執念が、恐ろしいなって。

それやのに、せっかく持統が凄まじい執念で天皇にしようって思ってるのにな、草壁も文武も若死してるねんな。

もしかしたらなあ、文武の妃に髪長姫が選ばれたんは、強い血が欲しかったんちゃうやろか。そやから、こんな田舎の娘が異例の妃になってるんかもしれへんで。

宮子には、何か特別な血が流れてたっていうか、血筋的に古代につながるような血統やったと考えられるかもな。

話を元に戻すけど、有間さんが、知らずとエネルギーを与えてしまった、この洞窟の子宮は、子孫を異常に溺愛する想念のかたまりやとしたら、持統は、まさにそれに取り憑かれてたんやろう。

その想念の基礎を作ったのが天智で、後を継いだのが持統。

そやから、百人一首の選者は、その辺の事情を知っていて、わざと天武を飛ばしたんと違うかな。選者は藤原定家やろ。不比等の子孫なら、知っててもおかしくないわ。

どう?僕の推理・・・。

「そうね、考えられないこともないわね。
実はね、一つ言っておくと、この古墳は有間の墓じゃないの。
死んだのもここじゃない。元々ここは強い気を発する場所なの。」

えっ?それ、どういうことなん?

「有間はね、ここよりずっと北にある藤白という所で処刑されて、墓もそこにあるの。だけど、魂を封印する場所をわざわざここ、黄泉の入口近くにしたのは、やっぱり有間の力を更に増幅して利用しようとしたんじゃないかしら。」

なるほどな、如月ちゃんでも僕を三毛に変えられたぐらいやったもんな。

ここは、そんなに凄い土地なんか?

「ここ、というより、ここは始まりの土地で、ここから南ね。理由はわからないけど、土地そのもののエネルギーが高いと思うわ。植物がよく育つもの。」

猫としての僕の感想やけどな、
そのエネルギーって、良い意味でも悪い意味でも強い気がするわ。

都会の人間には、多分キツ過ぎて却って疲れるんちゃうかな。

温泉に入りすぎて疲れることもあるみたいに。

「そうかもしれないわね。」

それにしても、有間さんの処刑を命じたのが中大兄というのはわかるけど、ここに魂を封印したのは誰やろ?

中大兄にそんな力があったんか?

「多分、中大兄皇子とつるんでいた中臣だ。
あの氏族は、元々そのような術をよく使う一族だから。」

ははぁん、中臣鎌足と言えば、藤原を名乗る前の名前やな。ほな、この古墳の異空間を作ったのも中臣か?

「それは微妙ね。ここは、さっきも言ったけど、強い気を発する土地。玄さんが言うように、良くも悪くもエネルギーの強い土地なのよ。だから、人間の思いが形を持ちやすいって言うのかな。人間の強い想念の集合体が形を作り、異空間を生み出したんじゃないかしら。そういう土地の特徴を中臣が利用したっていうか。」

うんうん、それを知っていて中大兄が中臣にわざと作らせたか、
中臣が「こういう事もできますよ~」的に
中大兄に進言したのかもしれんな。

我が子や我が孫を愛し、その幸せを願う気持ちと、
我が子や孫を出世させたい欲望を混同させる装置・・・とも言える。

それも、有間さんが剣でぶった切って出血させてくれたから、
そんなゆがんだ幻想を生み出す子宮の洞窟も、
力を無くしていくのんと違うかな。

「君たちが扉を開けてくれて、本当に良かったよ。
これで僕の封印が解けたことをみんなに知らせることができる。」

えっ?みんなって?

「実は、処刑される前に、ある呪術を施しておいたんだ。」

なになに~?

「僕は生まれつき、鳥や花、木や風と話ができる特殊な能力があったんだ。小さい頃は、それが特別なことだと知らなくて、
頭がおかしいとか、精神的な病気だと言われたりもしたよ。
だけどね、中臣は僕の能力に気づいて、嫉妬したんだ。
・・・なぜなら、中臣はね、
術は使えても持って生まれた能力が無かったからさ。
古来より伝わる儀式や呪術で自然を使役し、操ることばかりで、
自然と話す能力は無かったし、
何より、自らが発するエネルギーがとても弱かったんだ。」

つまり、しょぼかったってこと?

「はは、でも甘く見てはいけない。使役する技術は相当なもんさ。
現に僕はその罠に引っかかった。

僕がここよりまだもっと南の土地、牟婁の湯に好んで行っていた事から、
土地に何か秘密があると睨んだのだろう。
僕の父である孝徳天皇が死んですぐに即位した斉明天皇を連れて、
中大兄皇子は、わざわざ牟婁の湯まで出向いたんだ。
ご苦労なことだ。斉明天皇と中大兄は母子だからね、
母と息子とその取り巻きご一行様が牟婁の湯に着いた時、
僕は罠にかかったんだよ。

謀反の罪を着せられた僕は、牟婁の湯に連行され、
そこで処刑を言い渡された。
処刑場所は、ずっと北の藤白というところだ。
黄泉の国の力を利用するだけ利用して、
僕の処刑場所は黄泉の力が及ばない北まで連れ戻されたのさ。

牟婁から北の藤白へ向かう途中、僕は考えた。
処刑はまぬがれない。魂を封印されることも確実だ。
だから、黄泉の力がまだある内に、
何か封印を解く仕掛けをしなければとね。

そこで、磐代の浜松の木に祈ったんだ。
いつか、千年・・・いや二千年先でもかまわない、
僕の魂を探し出して、封印を解いてくれと。」

「もしかして、あの歌がそうなんかな。
教科書にも載ってるような、有名な短歌。」

《磐代(イワシロ)の~ 
浜松が枝(ハママツガエ)を引き結び~ 
真幸(マサキ)くあらば また還り見む~》

おぉっ!如月ちゃん、久々に声出したやんか。
僕ばっかり喋らせて、
僕、まるで腹話術の人形みたいな気分やったって。(´0ノ`*)

「アハハ。で、歌についてはその通りだよ。
もう一つの歌とセットになっている。」

《家にあれば~ 
笥(ケ)に盛る飯(イヒ)を草枕~ 
旅にしあれば 椎の葉に盛る~》

「それも有名やわ。
学校では、旅の途中やから、ごはん食べるにも器がなくて椎の葉っぱにのせて食べたとかって。
それくらい昔の旅は今と違うみたいなニュアンスで習ったかな。」

「アハハ ヘ(゚∀゚*)ノ、面白いな。」

「有間に笑顔が戻ってきたわ。
玄さん、如月さん、ありがとう!」

如月ちゃんにお笑いの要素があるとは思えんけどな。(-。-;) 
で、その歌はどういう意味なん?

「まず、『笥(ケ)』っていうのは、茶碗などの器ではないんだ。竹で作った四角い入れ物でね。そもそも、今日か明日にも殺されるのがわかっていて飯なんか食えると思うかい?
旅先だから椎の葉っぱしかなかったって、
そんなわけないやろ!
あ、玄さんの口調がうつった。」Σ(~∀~||;)

それって、仏壇に供えるご飯みたいなもんか?

「玄さん、なかなか鋭いね。
ただ、僕のは、神や仏に祈ったんじゃない。
封印されたあとの魂を、どうか探し当ててくれと、木や草に頼んだのさ。
そして、封印が解けたとき、再びここに戻って、
助けてくれたみんな、木や草たちにお礼を言いにくるって約束したんだ。」

「植物はね、鳥や虫たちとお話できるの。そして風ともね。
だから、彼らにお願いして情報を集めてもらってたの。
すっごく時間がかかったけど、
ここの古墳に封じられていることがわかったわ。
私はこの木の精霊だから、
磐代の浜松に念じられた有間の想いを受け取って、
ずっと有間のそばにいたの。
だけど、私たち植物に封印を解くことはできなくて。
ただそばにいるだけしかできなかった。

それがある日、時空の扉に鍵がかかってしまって、
私にも入れなくなっちゃったんだわ。
困り果てた私は、扉の鍵を持っている人が来るのを、
古墳の上に立って、ずっと待ち続けていたの。」

そこへ僕らが来た・・・と。

「その通りよ。」

この鍵は、如月ちゃんが清姫から預かってるねん。
まさか、これで開くとは思えへんかったけどな。

そう言えば、如月ちゃん、
清姫の故郷って、牟婁の方って言うてへんかった?

「君たちは牟婁へ行くのかい?」

とりあえず南に向かうつもりやねんけど。

「それなら、牟婁に着く手前に、磐代というところがあるんだが、
そこまで僕も同行しよう。
磐代の浜松には、封印が解けたことを知らせなければ。
約束したからね。
お礼を言ったら、またここに戻って、
あとはミナミとのんびり過ごすことにするよ。」

おぉ~、有間さんと一緒に行けるやなんて、嬉しいな~。
もう僕らも長いことゆっくり休憩したし、そろそろ出発しよか。

ミナミちゃん、元気でな~。

「玄さん、如月さん、本当にありがとう。
また帰りにここを通ることがあったら必ず寄ってね。
行ってらっしゃ~い。」

ほな、またな。
如月ちゃん、行くで~!


注;・・・藤白神社(和歌山県海南市藤白)の案内に、こう記されている。

「不幸は自分だけでよい。
若者は己の生命を精一杯生きてほしいと皇子の魂は願っている。」

《道成寺で、清姫と名乗る蛇の妖怪から預かった鍵で、
有間皇子の封印を解いた二人ですが、
長い長い旅の物語はまだ途中。
この先どんな出会いが待っていることでしょう。》



第六話 蝶の夢


有間さん、もう南ちゃんのところへ戻ったかなあ。

・・・それにしても、凄かったな。今思い出してもチキン肌立つわ。

磐代の浜松の前で、有間さんが歌を詠んだ時、突風が吹いて、
辺りの木がワッサワッサなったやろ。
そしたら空に龍の雲が現れて、鳥さんたちも飛んで来て・・・。

小鳥は大合唱するし、空では 鳶がピーヒョロ~って鳴くし、
海鳴りがゴオォォーってするし。

《磐代の~ 浜松が枝を引き結び~ 
真幸くあらば~ また還り見む~》

この歌、万葉集に載ってるんやなあ。

ハハッ、僕が詠んでも蝶々が一匹飛んできただけやヘ(゚∀゚*)ノ。

「万葉集にはね、有間皇子の歌に続けて、
皇子を偲ぶ歌も幾つか載ってるねんで。
柿本人麻呂なんかは、わざわざ磐代まで来て、歌を詠んではるねん。」

《後見むと 君が結べる磐代の 
小松が末(ウレ)を また見けむかも》
・・・by柿本人麻呂

へぇ~、有間さんて、当時から人気者やったんやな。
ちょっと違う・・・か?(^o^;)

ところで、なあなあ如月ちゃん、
さっきから蝶々が一匹僕らについて来てるやろ。
ほら、あの黄色いかわいいの。
どうしたんやろ?
何か言いたいことでもあるんかな?

蝶々さん、どないしたん?僕らに何か用でもあるのんか?

「アタクシはルイ。」

うわあっ!
蝶々が喋ったで。

「失礼でございますわね。
アタクシは、蝶々でもあり、猫でもあり、姫でもありますのよ。」

ごめんごめん。
で、猫でもあり、姫でもあるって、どゆ意味?

「ちょっと、説明が難しゅうございますけど、聞いていただけます?」

もちろんや!
なあ、如月ちゃん。

「そうやで。何か事情があるんやろ?
私らでよかったら聞かせてもらうよ、留さん。」

如月ちゃん、勝手に漢字を当てはめたらあかんで!
その字やったら『トメさん』やんか!

ごめんな、ルイさん。如月ちゃんは時々わざとこんなボケかますねん。

「ま、まあ・・・よろしゅうございますわ。」

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

というわけで、その時ルイさんが語った話は、
ちょっと不思議な話やったんやわ。

ルイさんは、眠ると猫の夢を見るらしい。

優しい奥さんとお嬢さんにかわいがられてる、飼い猫なんやって。
僕よりちょっと色の濃ゆいトラ猫らしいわ。

そんで、猫のルイさんが眠って夢を見ると、蝶々になってるねんて。

今、僕らと話してる蝶々のルイさんは、猫のルイさんの夢の中らしい。

そんで、もっと不思議なんは、
蝶々のルイさんと猫のルイさんが、共通で見る深い夢があって、
その深い夢の中では、ルイさんはお姫様になってるという話やねん。

どう?僕の説明、わかる?

「だいたいそんな所ですわ。玄さんは説明がお上手ですわね。」

おおきに。
そんで、や。ルイさんの悩みは、
本当の自分がどれかわかれへんという事なんやな。

蝶々のルイさんが経験している今が現実で、猫が夢なんか。
猫のルイさんが経験してる方が現実で、今が夢なんか・・・。
おまけに、姫の夢は一体何なんか・・・と。

「そうでございますの。姫の夢では、アタクシ、名前がわかりませんの。姫・・・と呼ばれていることと、
後はぼんやりとした風景しか思い出せませんのよ。
猫の夢と違って、それはそれは深い夢でございますの。
とっても古~い記憶のような・・・。」

そっかあ、名前がわかれへんのかぁ。
ほな、ルイ姫というわけではないかもしれへんねんな。

「そうやね。もしその姫が古~い日本の姫やとしたら、
ラ行で始まる名前は有り得へんな。」

如月ちゃん、それ、どういう意味?

「うん、古い日本語では、ラ行で始まる言葉がないねん。
別に昔の日本人がラリルレロの発音ができへんかったわけやなくてな、
2音めとか3音目とか、最後とかには普通に使われてるねんけど、
言葉の最初の音だけ、なぜかラリルレロがないっていうか、
ラリルレロで始まる言葉がないねんな。」

ふうん、ほな、ラーメンとかロウソクとかって、
元々日本語やなかったってことやな。

「そうやね。6世紀ごろに、日本に仏教が伝来して、
その時一緒に漢語も入ってきたと考えられてるわ。
漢語、つまり中国語やね。
漢語が大量に入ってくるまでは、
日本語にラ行で始まる音は無かったっぽい。」

6世紀って言うと、
有間さんの時代よりまだもうちょっと古い感じ?

「うん、『丁未の乱』っていう
崇仏派と廃仏派の闘いがあったのが587年。
廃仏派の物部守屋が負けて、仏教が大きく取り入れられたんやわ。
聖徳太子の時代やね。
そのあと天武天皇と持統天皇あたりから、
本格的に全国に仏教を広める動きが始まって、
奈良の大仏とか国分寺とか、
国の政策の一環みたいに仏教が広められたと思うわ。
有間さんの時代はそこへ行くまでの過渡期のころかな。」

そう言えば、有間さん、こう言うてはったな。
『僕の場合は神や仏に祈ったんじゃない』とかって。

「そうやね。わざわざ神道って言われるようになったんは、仏教が伝来してある程度普及してからやと思うねん。仏教に対しての神道って言うんかな。それまでは、敢えて神に祈るとかって言わへんかったかもしれん。古代の日本では森羅万象みな神やから。」

ほな、現代人が言うてる神様っていうのんは、
古代の日本人の感覚とは違うものを指してるかもしれんのか?

「多分ね。随分ズレがあるのと違うかな?」

古代か~。
『行け!古代』って、宇宙戦艦ヤマトかい!
・・・ごめん、ついワルのりしてもた・・・(^▽^;)

ルイさんが、古~い日本の姫やとすると、
ルイ姫という名前ではなさそうやな。

「きっと古い古い昔だと思いますわ。
なんとなくですけど、そんな気がしますの。」

そうこう言うてるうちに、牟婁に着いたみたいやで。
ほら、あそこに『西牟婁郡白浜町』って看板出てるわ。

うっわあ~!キレイな海やな。

砂浜がめちゃめちゃキレイやで。
来て良かったなあ、如月ちゃん。

有間さんも言うてはったな。
美しいところやって。

そんで、温泉がまた、ええねんて。

僕は猫舌、猫体(ネコカラダ)やから、温泉はパスするけど、
如月ちゃん、入ってきてええで。

あっちに露天の温泉あるみたいやから、あそこまで砂浜歩こか。

・・・うーむ、どうにもこう・・・
砂の上歩いてると・・・催すわぁ。

あー、砂、かきたくなるわぁ。
掘ってもええかな。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

あー、スッキリ♪

うん?如月ちゃん、何してるん?
砂の上にべったり座りこんで・・・。

あれ?
寝てるんか?

「げ・ん・さ・・ん・・・、眠い・・・」

バタッ! ZZzz....

如月ちゃん、どないしたん?
こんな所で寝たらあかんやろ!

ルイさんは?・・・
ルイさんも如月ちゃんの肩の上で羽根をたたんで寝てるわ。
Oo。。( ̄¬ ̄*)

ハハアン、わかったわ。
如月ちゃん、ルイさんの夢の中に入ってるんやな。

僕も入ろうかな
って、如月ちゃんのポケットから、大事な鍵が落ちてるやんか。

これ、そのままにしておくとヤバイな。
でも、僕の手では拾ってあげられへんし。

そや、穴掘って、埋めとこ。
目が覚めてから掘り出したらええわ。

砂に穴掘るの、得意やし♫ 
埋めるのも得意やし♪

うん、これで良し!

ほな、いざルイさんの夢へ・・・と。



おおぉぉっ!
あのトラ猫ちゃんが、猫のルイさんやな。

かわいいやんか。
で、なんで背中にマグロしょってるねん?

あー、飼い主の奥さんと、オモチャのマグロで遊んでるんやわ。
楽しそうやな。
「マグロ、取ったどぉ~!」とかやってるし。
天真爛漫って感じやな。実に心なごむ光景や・・・。

あ、猫のルイさん、あくびしてる。
これはもうすぐ眠るな。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:

如月ちゃん、如月ちゃんおるか?

ルイさんが深い眠りに入りそうやで。
僕らも潜ろ。

これ、相当深そうやから、迷子にならんように、
僕にしっかりついてきてや。

如月ちゃん、見えるか?
ほら、女の子が二人おるやろ。

「見えてるで。あの二人のうち、どちらかがルイさんやね。」

木陰で座ってる方の女の子、メチャべっぴんさんやなあ。
触れなば落ちんとは、あの子みたいなん言うのんかな。

そんで、蝶々追いかけて遊んでる方、明るい笑顔で元気いっぱい。
美人というのとはちょっと違うけど、かわいいやんか。
僕はあの子の方が好きかな。テヘ・・・。

「あの天真爛漫さ。
間違いなく、ルイさんはあっちの走りまわってる方の子やね。」

うん、間違いないわ。雰囲気が同じやもん。

あー、(・。・) 風景が薄れていく。
夢から覚めるんやわ。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:

「玄さん、如月さん、起きてくださいませ。
アタクシ、アタクシ、思い出しましたのよ。
すべてを思い出したのでございますの。」

なんやて?
思い出したんか?

「ええ、アタクシ、アタクシ・・・。」

よほど辛いことがあったんやな。
泣いてええよ。話はゆっくり聞くから。


「アタクシは磐長姫という名前でしたの。
石、岩のように永遠に生きるという意味で名付けられましたのよ。」

それって、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)のお姉ちゃん違うの?

「ええ、あの木陰にいたのがアタクシの妹、木花咲耶姫ですわ。
花が咲くように繁栄することを願って名付けられましたのよ。
美しい妹でございましょ?アタクシとは大違い。」

そんな、人と比べたらアカンよ。
磐長姫もスゴクかわいいと僕は思うで。

「さっきの夢で、玄さんが、アタクシの方が好き・・・と言ってくれて、
それでアタクシの冷たく閉ざした心が氷解したのでございますわ。」

いやあ、照れるわ(〃∇〃)ポリポリ

「アタクシと妹は、ニニギの尊(ミコト)に嫁ぎましたの。」

ニニギって、天孫?アマテラスの孫やろ?
日本の国ができる頃の話やんか。確かに古いわ~。

∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

「アタクシの父、大山祇神(オオヤマツミ)は、ニニギの統治する日本の国が、岩のように長く永遠に、花が咲くみたいに美しく繁栄するようにと、そんな願いを込めてアタクシと妹の二人をニニギに嫁がせたのですの。
だけど、アタクシを見たニニギは、ブサイクな女はいらん!と言って、
アタクシを追い返したのでございますのよ。」

ニニギって男は見る目ないなあ。
イワナガ姫ちゃんのどこがブサイクやねん゛(`ヘ´#)
楽しそうに走り回ってる姿はメチャかわいいで。

「アタクシ、妹のようにおしとやかではございませんから、
それも気に入らなかったのでございましょ。」

そんで、イワナガ姫ちゃんはおうちに帰ったんか?

「他に行く所もございませんもの。
・・・父は、戻ったアタクシの落胆ぶりを見て、
すんごくニニギのことを怒って、呪いの言葉を吐いたんですの。
磐長姫を受け入れなかったニニギの国は、短命になるだろうと。
でも、アタクシは別にニニギのことが憎かったわけでも、
妹の木花咲耶姫に嫉妬したわけでもございませんのよ。
ただ、ただ悲しかっただけですの。
そのまんまのアタクシではダメなのだと思って。
そのまんまのアタクシのままで楽しく暮らせないことが
辛かっただけですの。」

そうやったんか・・・。辛かったな。

「アタクシは、そのあとしばらく床に伏せて、
それからスサノオの息子、八島士奴美神(ヤシマシヌミノカミ)に嫁ぎましたの。
だけど、アタクシの心が癒されることはありませんでしたわ。
人からは『木花散姫(コノハナチルヒメ)』などと呼ばれて、
からかわれていましたもの。
おまけに、ニニギの子孫が本当に短命になってからというもの、
アタクシの呪いだとまで言われて、
魂を鎮める歌まで詠まれてしまいましたの。

《我が君は 千代にましませ 
さざれ石の 巌(イワオ)となりて 
苔のむすまで》

ヒドイでございませんこと?
呪ったのはアタクシではありませんのに。
アタクシはただ、普通に愛されたかっただけですのに・・・。」

ちょっと待って。
その歌、『君が代』に似てるで!

イワナガ姫ちゃん、話の腰折ってごめんな。
僕、ちょっとひらめいたことがあるねん。
でも、そのことは後で話すわ。続きを話して。

「ありがとう、玄さん。
アタクシ、魂が浮かばれないまま鎮められたものですから、
苦しくて苦しくて、蝶々になってさまよいましたの。
そして、ある日ルイさんという猫を見つけましたのよ。
ルイさんの暮らしぶりは、アタクシの望みそのものでしたわ。
明るくて、元気で、何をしても、何もしなくても、可愛いって言ってもらって、存在そのものが愛されていましたの。
蝶々になったアタクシは、ルイさんの夢に入り込み、
ルイさんの生活を自分の生活のように体験していましたの。
そうこうするうちに、アタクシ、
自分が誰であったのかを忘れてしまったのですわ。」

そういうことやったんかぁ・・・。

ほな、猫のルイさんと蝶々のルイさんは元々別人格やってんな。

蝶々のルイさんは、本来イワナガ姫ちゃんで、
猫のルイさんと波長が近くて、夢に入り込んでいた・・・
というわけか。
確かに似てたわ。
元気で天真爛漫で、ピュアな感じがそっくりやで。

イワナガ姫ちゃん、思い出せて良かったな。

「アタクシが本当のルイさんでしたら、どんなに幸せでしたかしら・・・。でも、思い出してしまった以上、アタクシは磐長姫。
自分の幸せをつかまなければ・・・。」

うん、そやな。イワナガ姫ちゃんはイワナガ姫ちゃんや。
蝶々の姿でもそれは変われへん。

そこで、や。
僕が思うにな、あの歌がキーなんちゃうかな。
あの歌でイワナガ姫ちゃんの魂が自由にならへんように
縛ってるんかもしれへん。

イワナガ姫ちゃんは、ルイさんの暮らしを猫として経験して、
幸せとか、愛するとか愛されるとかを充分知ってるはずやねん。
自分のいいところも。
そやから、歌の呪縛さえ解けたら、
イワナガ姫ちゃんは、
もう好きなだけ自由に自分を幸せやと思えるのんと違うかな。

僕がひらめいたのは、まだ確信はないねんけどな、
あの歌が、今の日本の国歌『君が代』の元歌なんちゃうかということやねん。

如月ちゃん、調べてみてよ。きっと見つかるはずやから。

「あー、あるある、あったわ(・。・)。
『古今和歌集』巻七の賀歌の一番最初に載ってるわ。」

《我が君は 千代にましませ 
細石(サザレイシ)の 巌となりて 
苔のむすまで》 ・・・題知らず、詠み人知らず・・・

「選者、紀貫之が独断的に選んだみたいやね。
それがだんだん書き換えられて、
『君が代は 千代に八千代に~』に変化したみたいやわ。」

やっぱりな・・・。
紀貫之は、古い神代(カミヨ)の時代の磐長姫の話を知ってたんやろな。

賀歌って、祝賀の歌なんやろ?

紀貫之は平安時代の人やんか。
その時代に『我が君』と言うたら、天皇のことに決まってるわな。
天皇の世が、さざれ石が固い岩となって、苔がはえるほど、千代も続きますようにっていう意味になるやんか。
古今和歌集の賀歌のトップにふさわしい歌やわな。

そやけど、本来の意味は違う。
磐長姫の呪いだか怒りだかを鎮める歌やという話や。

もし、紀貫之がその事を知った上で、賀歌のトップに選んでるとしたら、謎以外の何物でもあれへん。
知らんかったというのは考えにくい。
題も作者もわかれへん歌を、日本最初の勅撰和歌集の、
しかも賀歌のトップに、不用意に据えるわけがない。

天皇というたら、ニニギの子孫やろ。
万世一系なんやから、少なくとも建前上はそうなってる。

で、磐長姫はニニギに追い返されて、スサノオの息子に嫁入りしてる。
その息子の名前が『八島士奴美神』。
やしましぬみのかみって、すごい名前やなって、
さっき聞いた時に思ってん。

『八島』はたくさんの島・・・つまり日本列島かな。
『しぬ』は死ぬやろ。『み』は、実か身か美か・・・。

つまりな、僕が言いたいのんは、
この日本は、表のニニギの系統と、
裏の八島士奴美神の系統の二本柱で成り立ってるんと違うか・・・
ということや。

もっと言うと、
見えてる世界の裏を木花咲耶姫が支えて、
見えない世界の裏を磐長姫が支えてる・・・
表の裏と裏の裏があって、
ニニギが表の表で、表の裏が木花咲耶姫、
裏の表が八島士奴美神で、裏の裏が磐長姫。
二本の柱は、それぞれに裏を持ってるんかもしれへん。

「なるほどな。
この世の見えてる世界は、ちょうど花が咲いては散るように、
人もまた生まれては死に、時代も栄えては衰える。
その繰り返しで時は流れ、進んでるけど、
見えない方の世界は、
ダイヤモンドや水晶のような鉱物が結晶を作るように、
より大きく、より固く成長しているということかもしれへんね。
時の流れ方が違うんやわ。」

うん、そやねん。
そしたらな、表の表、ニニギの子孫の天皇に祝賀を贈る歌として、
裏の裏、磐長姫に捧げられた歌を持ってきたということは・・・、
紀貫之は、この世は表の表だけやない、
表の裏もある、裏の表もあって、裏の裏もあって、それらに支えられて存在していることを忘れたらあかんでって後世に伝えたかったんと違うやろか。

「うーん、あまり露骨には言われへんことやからなあ。ヘタしたら不敬罪で処刑されるかもしれんし。そこをじょうずにそぅっと忍ばせた・・・か。
まさか、それが後の世に日本の国歌になるとは、
貫之さんもビックリやろなあ。」

いやいや、如月ちゃん。
紀貫之はそれくらい読んでたかもしれへんで。
いつか後世で、もっとものが自由に言える時代が来たら、
誰かこの謎を解いてくれ~って。

あのな、イワナガ姫ちゃん。
僕が思うにはな、あの歌は、イワナガ姫ちゃんの魂を鎮めるための歌とは違う気がするねん。
イワナガ姫ちゃんは、長い間とっても辛い思いをしてたし、
周りからも色々ひどいことも言われてな、
ニニギの国の人が短命になったんは
イワナガ姫ちゃんが呪いをかけたからやとか、
木花散姫とか笑われたりとかしてな、
ほんま、悲しかったと思うねん。
そやからあの歌も、自分に対するイヤミのように受け取ったんと違うかな。素直な気持ちであの歌を詠んだら、
やっぱりな、『我が君は~』って、
イワナガ姫ちゃんのことを大切に想ってる人から出てきた言葉やないかな。

「ああ、玄さん・・・。
確かに、アタクシもそんな気がしてきましたわ。
ええ、そうですわね。
アタクシにも楽しかった頃の思い出がありましたわ。
妹と、日がな一日遊んでいた頃・・・。
素直な気持ちがよみがえってきましたわよ。」

イワナガ姫ちゃんは、元々素直なええ子やから。

「ありがとう、玄さん。
アタクシ、なんだか急に元気が出てきましたわ。
妹に、木花咲耶姫に会いたくなってきましたの。
アタクシ、妹を探しに行きますわ。
今までずっと、自分のことばかり考えていましたけど、
妹も、きっと、淋しい想いをしていたに違いありませんもの。」

そうやな。妹さんも喜ぶわ。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・

「最後に、お二人に見てもらいたいものがありますの。」

なんやろ?
見せて。

「蝶の舞ですわ。
アタクシからお二人へ、感謝の気持ちを込めて舞わせていただきますわね。その舞が終わったら、アタクシ、妹を探しに行きますわ。
心を込めて舞いますから、どうかご覧になってくださいませね。」

うんうん。こちらこそ、おおきに。

いやあ、キレイやわあ。
美しいわあ。
イワナガ姫ちゃん、かわいいでぇ。

o(゜∇゜o)(o゜∇゜)o~♪

♪(*^ ・^)ノ⌒☆パチパチパチパチ

ふっ・・・

あ、消えた!

チリ~ン♪

如月ちゃん、砂の上に鈴が落ちてる!

「これ、イワナガ姫ちゃんからのプレゼント違う?
どれどれ・・・、玄さんの首につけてあげるわ。」

チリン チリーン♪

どう?似合ってる?

「似合ってるよ~。」

イワナガ姫ちゃんも粋なことするなあ。アハハ。

「って、玄さん、目が潤んでるけど?」

泣いてへんで!
砂が目に入っただけやからな。

「また強がって~。」

そや、如月ちゃんのポケットから、あの鍵が落ちてたから、
僕、砂の中に埋めておいたんやったわ。

掘り出さな。
ちょっと待ってや。

あった、あった。
もう、落としたらあかんで。
ファスナー付きのポケットに入れときや~。

さあて、温泉に入ろうか。
僕も、手と足だけ浸けてみるわ。

如月ちゃん、行こう!

゚・:.。..。.:・゚゚・:.。..。.:・゚ ゚・:.。..。.:・゚゚・:.。..。.:・゚ ゚・:.。..。.:・゚゚・*:.。..。

これにて、《蝶の夢》はおしまいです。

この先、イワナガ姫は妹の木花咲耶姫に出会うことができますかどうか、南海道中栗毛猫、次回からのお話の中で明らかになりますことを、今、ほんの少しだけ示唆するにとどめておくことにします。

長い旅路の途中、出会いが出会いを呼びながら、二人の旅はまだもう少し続きます。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

なお、友情出演として、猫のルイさんに登場していただきました。
ルイさんとの出会いがなければ、このお話が生まれなかったこと必至です。末尾になりましたが、ルイさん、そしてルイさんの飼い主さん、どうもありがとうございました。



第七話 キシの里

白浜でイワナガ姫ちゃんと別れてから、
僕らが向かったのは清姫の里、牟婁の中辺路というところ。
山の中を分け入っても分け入っても、やっぱり青い山・・・
種田山頭火の俳句やないけど、なんか切ない気分になってきたわ。
道は封鎖されてて、迂回路もなくて、
渓流を渡す橋まで、無残にも流された跡があるだけ。
なあ、如月ちゃん、何かあったんやろか?

「多分、二年前の台風・・・確か和歌山や奈良を直撃したあの台風でやられたんちゃうかな。
ほら、ニュースで見たけど、すごかったやんか。」

あぁ、思い出した。
春に東北の震災があって、その年の秋に来た台風やな。
もう二年近くも経つのに、橋や道路がまだ復旧してへんとはなあ・・・。
如月ちゃん、清姫の生まれた里に行くって、
ホンマにこれで道、合ってるのん?
てか、清姫の生まれた所、知ってるのん?

「いや、全然知らん。
中辺路やということしかわかれへん。
でも、方向はこれで合ってるはずやで。」

ほんま、ええ加減やわぁ。

とまぁ、そんな感じで道無き道をひたすら進んでた僕らは、
森の中で一人の老人と出会ってんな。
まさかそんな山奥で人と出会うとは思てへんかったから、
僕はてっきり仙人かと思て、思わずラッキー!って叫びそうになったわ。
仙人やったら、食べ物とか出してくれそうやんか。
ところが、そのお爺ちゃん、ある意味仙人よりオドロキの人やったんや。
あくまで、ある意味やけどな。

僕らが疲れて木の陰で一休みしてたら、
背後の草がザワザワってして、
振り向いたら何と、一匹の大きな犬が現れてな、
後ろに続いてお爺ちゃんが姿を見せてん。
犬は僕らを見ても、全く吠えへんし、
後ろのお爺ちゃんを振り向き振り向きしてな、
まるで「見つけたよー」って言うてるみたいでな。
お爺ちゃんはお爺ちゃんで、犬に鎖もつけてへんし、
老人とは思えん身のこなしで僕らの前にヒョイっと出てくるし・・・。
まあ、ビックリやったけど、
僕が驚いたのは、もっともっと後のこと、
お爺ちゃんの話を聞いてからやねん。

:..。o○☆゚・:,。:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。:..。o○☆:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

犬の名前はリキ。白い純潔の紀州犬で、女の子。
しっぽが巻き尾やなくて、差し尾やから、狼みたいやねん。
聞いてみたら、純潔の紀州犬は相当狼に近いねんて。
そんで、全然吠えたりせんから、おとなしいんかなと思ったら、
100㎏もある猪をリキ一人で仕留めたことがあるぐらい強いねんて。
オドロキやろ!って、ほんまのオドロキはまだまだこの後やけどな。
リキの話だけでも結構面白いことがたくさんあるねんけど、
話を先に進めるわな。

お爺ちゃんは、僕と如月ちゃんが今日来ることを知っていて、
リキと山の中を探してたんやて。
なんで知ってたんかと言うと、風に聞いたらしいねん。
いや、風の便りとか噂っていう意味やないで。
風から情報を読み取れるっていうか、風と話ができるねんて。
まるで有間皇子みたいやなあって僕がふと漏らしたら、
お爺ちゃんが驚いて

「有間皇子を知っておるのか?」

って聞くから、もちろん知ってるでって、
古墳の鍵を開けて有間皇子の魂の封印を解いた話をしてあげてん。
そしたら、お爺ちゃんが、

「皇子の封印が解けた事は、風に聞いて知っておったが、
そうかそうか、おぬしらがその鍵を持っておったか。ワハハ」

って、楽しそうに笑うねん。
ついでに、イワナガ姫ちゃんの話も僕がしてあげてん。
そしたら、お爺ちゃん、もっと楽しそうに

「それは良かった。
わしも長い間ここに住み続けた甲斐があった。」

って、言うねんな。
そんで僕らをお爺ちゃんの家まで連れていってくれたんやわ。

:..。o○☆゚・:,。:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。:..。o○☆:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

お爺ちゃんについていくと、山の中に平たい土地が広がっててな。
小さい田んぼも畑もあるねん。
で、家は一軒だけ。
田んぼは、田植えが終わったばかりみたいで、
まだ背の低い苗が整然と並んでたわ。
お爺ちゃん一人で植えたんやって。
梅の木も、蜜柑の木も、柿の木もあって、
梅は実がいっぱいなってて、もうすぐ採り入れて梅干にするんやて。
家の中はかなり広くて、何と!カマドも囲炉裏もあって、
電気は使えへんらしい。
僕、初めて見たわ。囲炉裏って、憧れやってん。

お爺ちゃんが言うにはな、
ここは二年前の台風が来るまで、
お爺ちゃんの一族の小さな里やってんて。
それが、あの台風の被害で、
この家を除いてぜ~んぶ流されてしもてな、
みんな、そのあと下の方へ家を建てて引っ越してしもたんやて。

カマドで炊いたご飯と、今朝獲ったって言うヤマメの塩焼きを
囲炉裏の前でご馳走になりながら、
僕らはお爺ちゃんから色んな話を聞くことになったんやわ。

 「わしは、お前さんらに名乗る名前がないのでな、
ただの爺さんと呼んでくれるかの。
いや、そういう言い方は失礼じゃった。
名乗る名前がない・・・というのは、名前を忘れたという意味じゃ。
一種の記憶喪失みたいなものかのぅ。
今日が何年の何月何日かも知らん。
ここが、どういう地名であったかも忘れたのじゃ。
しかしのぅ、わしは、自分が自分であることは知っておるし、
カレンダーがなくとも、
いつ何を植えて、いつ収穫すればよいのかも知っておる。
地名は知らんが、この土地の癖はようわかっておるし、
何一つ不自由はせん。
町に住む者たちは、カレンダーに沿って毎日行動し、
分刻みで予定を立てたりしておるようじゃが、
「時」というものを本当にわかっておるのかと思う事もあるのぅ。
みんな自分が誰だかわかっておるつもりじゃろうが、
名前やら職業やら地位やら、誰それの息子であるとか、どこそこの子孫であるとか、そんなものが自分であるはずがないのじゃがなあ。
して良いことと悪いことまで法律に尋ねなならんというのは、
わしの記憶喪失より怖い記憶喪失ではないかの。
いやいや、今のはちょいと詭弁であったの。
わしにはちゃんと、生まれてこのかたの記憶はあるぞ。
むしろ、それこそがわし自身であるからのぅ。
忘れるはずもない。
少々現代文明とやらを揶揄してみたかっただけじゃ。
すまんすまん。ワッハッハ。」

お爺ちゃんの言うてること、僕わかるで。
猫の僕から見たらそれって、常識やもん。
人間の常識は時々ようわからん事があるさかいに。

「ほほう、これは楽しいお客が来てくれた。
話がはずみそうじゃな。
そうそう、おぬしらは玄さんと如月さんであったの。
わしはさっき、名前や職業が自分ではないと言ったが、
職業はともかく、名前は大事じゃ。どんな名前が良いか悪いかということではなくての、名前は、その人の人生の全てを、経験を通して注ぎ込んでゆく器のようなものじゃて。
名前にどんな意味を込めていくのかは、
その人次第ということになろうかの。
顔みたいなもんかの。
美人に生まれようが、変顔に生まれようが、表情を作っていくのは紛れもなく自分じゃ。
見るのは常に他人じゃがのぅ。ワッハッハ。」

なあ、お爺ちゃん。
僕らがここに来ることはわかってたんやろ。
その理由も知ってるんか?
実は僕、全然知らへんままに、如月ちゃんについて旅してきてん。
僕にとっては旅の目的とかはどうでもええことやさかい。

「ワッハッハ、知っているとも言えるし、知らんとも言える。
如月さんよ、お前さんはどうして旅に出ようと思ったんじゃ?」

「ある朝目が覚めたら、頭の中に地図が出来上がってたんです。ちょうど家のリフォームのために、しばらく外に出ないといけなかったから、この際、地図に沿って旅してみようかと・・・。
地図はあっても、どこへ行くのか、どんな所で何をするのかは全く不明のまま、ここまで来たんです。」

それで良い、それで良い。
目的や理由で縛らんかったから、そうじゃからこそ、清姫から鍵も預かれたし、有間皇子の封印も解くことができて、磐長姫を自由にしてやることもできたんじゃ。
途中、髪長姫の話も聞いておろう。
その時に、紀氏の里に行く夢など、見てはおらんかの。」

「えっ、なんでそれを?」

「少しずつ話すでのぅ、ゆっくりしてゆくがよいぞ。
久しぶりの楽しい客じゃて、今宵は語り明かそうぞ。」

いやぁ、ごめん。
僕、時々居眠りするかも知れんわ。

「構わん、構わん。
わしは自分が話したいように話すし、
お前さんらは聞きたいように聞けばよいのじゃ。ワッハッハ。」

ほな、さっそく一眠りしよかな。
僕、ちょっと疲れたわ。Zzz…(´?`)。o○

「玄さんは、心が自由じゃな。それで良いのじゃ。

・・・さて、何から話そうかの。
お前さんらは、ここが紀氏の里ではないかと、そう思っておるじゃろう。
いかにも、そうであった時代もある。
古代の叡智を受け継ぐ者の末裔ではあるが、末裔でしかない。
そんなものに縛られて、
己が人生を忘れてしまった者たちが次々に生まれたのがこの里じゃ。
わしとて例外ではなかった。
古代の叡智は、おそらく世界中に散らばって存在しておろう。
それは、現代の物質中心の文明の中では、
人間の尊厳を思い出す非常に重要なものではあるが、
それに縛られて己を忘れるようでは、本末転倒じゃ。
わしがその事に気付いたのは、
東北の震災で福島にある安珍の念仏堂が流されてしまった時じゃった。
安珍は福島のお人よ。
安珍と清姫は、福島と紀州を結ぶラインの象徴じゃったでな。
時は満ちたのじゃ。
次にこの辺一帯の水害が起こる事はもう必定じゃった。
続く秋の水害で、この地方の主立った古い社も水の洗礼を受けた。
ほぼ壊滅状態じゃったのう。
表の世界の終わりは、わしらには予言されたものじゃったが、
いざ現実にそれをこの身で受けるというのは、
なかなかに辛いものであったの。
おっ、玄さん、目が覚めたか?
どれ、柿の葉の茶でも煎れようかの。」

ふわ~

うん、おおきに。
ちょうど喉が渇いてたとこやってん。
僕、猫舌やから、ぬるめでお願いするな。

「よしよし。」

お爺ちゃんは、この里の頭首やったんか?

「うむ、そんなようなもんじゃな。
政治政党の党首とはちと違うがの。
あれは上意下達式の、言わばピラミッド型の典型みたいなものじゃ。
こっちの頭首は、どちらかと言えば、円の中心的存在かのぅ。」

あー、天皇みたいなもんか?
実際は色々やろけど、一応国の象徴とかってなってるな。
そんな感じ?

「形としては、そういう事になろうの。
日本という国は、実際に政治を司る上意下達式の動きと、
民の意識を集める円の中心点としての天皇の役割の二本柱で現実を織り成してきた。
じゃから二本・・・日本でもあるかの。
じゃがな、それらはどちらも表のことじゃて。
その表が裏にひっくり返る時がくることを、
わずかながらも古代の叡智を引き継ぐ者たちは知っておったんじゃ。
まあ、知っておったというだけで、
それが役に立つかどうかは別問題じゃがな。」

その、ひっくり返る時っていうのは、いつなん?

「もうすでにひっくり返っておる。
心の目で見ればわかるであろうが、
外の世界はその幕を閉じつつあるじゃろ。
次の時代の萌芽に押されての。
季節と同じじゃ。
冬が終わってから突然春がくるわけではない。
春の勢いに押されて冬は徐々に姿を消してゆくんじゃよ。
春になったばかりの頃は、時にまだ寒い日もあるように、
冬との付き合いもせねばならんがのぅ。
そこが難しいところじゃな。」

なんとなく分かる気がする・・・
けど、ほな、ひっくり返ってこれから現れてくる世界って、
今まで裏やった世界か?
どんな世界やねん?

「裏というよりは内側といった方がわかり良いかの。
人間の内側には何がある?」

心・・・か?

「うむ、頭で考えることと、心で感じることがあるじゃろう。
考えと想い・・・思考と感性と言ってもよいかの。
これまで内側で目には見えなかった思考と感性が
外に現れるということじゃよ。
簡単に言ってしまえば、考えや想いの方が、お金や地位、名声よりも大事だということが誰の目にも明らかになってくるという意味じゃ。」

なるほどな、それはわかるけど、
考えや想いって、一人一人違うやろ?
それがみんなそれぞれに自分を中心に表に出し始めたら
収拾つかんのと違う?

「その通りじゃな。
じゃからこのひっくり返りの時が来るまで、
内側に秘められておったのじゃろうのう。」

どゆ意味?

「ほれ、玄さん、両方の手でこぶしを作ってみよ。」

うん、こうか?
ちょっと握り締めるのは猫の手では無理やけど。

「左手を動かさずに、右手で左手のこぶしの周りに円を描いてみよ。」

うん、そんで、これがどうしたん?

「目で、動いている方の右手のこぶしを追うのじゃ。」

うわっ!すごいな、これ。
動いてる方の右手のこぶしが中心で、
動いてへん方の左手のこぶしが回ってるように見えるわ!
そうか、そういうことか。

「さすが、玄さんは猫じゃ。理解が速いのぅ。
如月さんはどうじゃな?」

「はい、確かに、だんだんとそう見えてきました。」

「つまりな、円は一つではないということじゃよ。一つの円が回っているとすれば、その円の周縁が中心点となるもう一つの円が、必ず回っておるんじゃ。その時の円の周縁は、先の円の中心点になっておるという訳じゃな。」

みんなが円の中心になるって、このことか・・・。

「そうじゃ。
ただ一つの何かを中心に置いた円しか見えない内は、
絶対唯一のものを頂点に置いた、支配や被支配の世界からは抜け出せん。
誰もが皆、自分が円の中心でもあり、周縁でもあるとわかるまではな。
たとえ『和をもって貴し』と言えども、
円の中心に特定の誰かを置き、円を一つと見なしたならば、
上意下達とさほど変わらんよ。
それぞれが、己が中心に円を描き、
互いにその中心が誰かの周縁でもある事が、はっきりと見えてくれば、
無茶も矛盾も自然と淘汰されてゆくはずじゃろうて。」

これまでも、みんな自分の中に自分の考えや想いがあっても、
それがそれぞれの内側に隠されて見えなかったってことかな?
そんで、お互いに干渉し合ったり影響しあったりしてたのが、
これからははっきりと見えるようになるってこと?

「そうじゃ。
内と外がひっくり返るとはそういう意味じゃ。
誰にも見えんからと思って平気で誰かを傷つけてたようなことが、
自分にも相手にも、周りの皆にも丸見えになってしまうんじゃ。」

そうか、人の心が読めるって言うと、
今までは超能力っぽいイメージがあったけど、
自分の心もはっきりわかってへんから、
相手のこともわからんかったんやな。
なるほど、そやから猫は人の心が読めたんやな。
猫は誰でも自分の心がわかってるさかい。

「ふむ、そうとも言えるかの。ワッハッハ。」

ところでなあ、お爺ちゃん、一つ聞きたいことがあるねんけど、
ここはホンマに清姫の里なんか?
僕、ちょっと疑問に思えてきたわ。

「そろそろ、そんな質問が出る頃じゃろうと思っておったぞ。」

だってなあ、安珍清姫の話の清姫が、
どう考えても、お爺ちゃんと同じ紀氏一族とは思われへんねん。
僕、如月ちゃんの夢に入って清姫を見てるねんけどな、
恋に狂って蛇に変身したのはまあ置いといて、
お爺ちゃんみたいな考え方というか、雰囲気はまるでない、
普通の娘さんやったで。
それにな、ここに来る途中で如月ちゃんから聞いたんやけど、
安珍清姫の話には元ネタがありそうやんか。
如月ちゃんは古典好きでな、
ちょっと好みは偏ってるけど、割と古典には詳しいねん。
今昔物語とか法華験記とかに、よう似た話があるんやて。
今昔物語も法華験記も、西暦で言うと1000年以降にできてるから、
清姫の話より後やねんけど、
何故かどちらも、安珍とか清姫とかって名前が出てへんねって。
もし、清姫の話の方が先やったら、
民間伝説で、ちゃんと名前が出ててもおかしくないやろ。

「ワッハッハ。なかなか面白い猫ちゃんじゃの。
その通りじゃ。清姫本人は、わしら一族と何の関係もない。
清姫は、ここよりずっと下の、中辺路の真砂庄という所の娘さんでのう、元々は都で天皇に仕えておった家系の姫さんじゃ。
熊野詣での修行僧に恋して騙され、
ショックで近くの川の淵に身を投げて死んだという話じゃよ。」

ええぇっ!蛇になったんと違うのん?

「ふむ、蛇になったと伝えられておるのは、
今昔や法華験記にある、よく似た話のおなごの方じゃ。
うまく話をつなぎ合わせたもんじゃのう。ワッハッハ」

ワッハッハーって、笑てる場合と違うで。それって詐欺やんか。

「そうじゃ。詐欺じゃ。
そんな詐欺なんぞ、全国至るところにあろうぞ。
たまたまご縁あって、お前さんらはそれに出会ったということじゃな。」

じゃあ、こういう事か?
平安時代の初期に修行僧が熊野詣でこの辺りに立ち寄ることがよくあって、そこの娘・・・えーと今昔では後家さんやったかな、
女が坊さんに惚れて、熊野の帰りにもう一度立ち寄るからという約束を反古にされたことに怒って、蛇に変身した・・・
そんで蛇の姿で道成寺まで追いかけて、
釣鐘に隠れた修行僧を焼き殺したという今昔や法華験記の話と、
本当にあった「清姫」という娘の、
修行僧に恋して、悲恋で自殺した話を、
うまいこと組み合わせたってことか・・・。
何っちゅうことや。

ほな、僕らが見た清姫は誰やってん?
砂の渦に吸い込まれていった、あの清姫は・・・。

「想念体じゃよ。
女の醜い嫉妬や執念の強い想いが、
『安珍清姫』の物語が語られ、広まる毎に強度を増して、
キヨヒメという名の、狂った執念の想念体となったのじゃ。
それは、どんな女の心にも潜んでおる、否定し難い情念かの。
否定すればするほどに、内側で膨れ上がる困った情念じゃ。」

んー、じゃあ、キヨヒメが消えた後に、
如月ちゃんの手の中に握られてたあの鍵は?

「順を追って話さねばなるまいのう。
そのキヨヒメは、砂の渦の中に消えたのじゃな。」

うん、もうすぐ人間の世界が一区切りつくから、
妖怪も、人としての人生を全うするように
神界からの仰せがあったとかって言うてたで。
そんでな、人間として生まれ変わる時に
今までの記憶をなくすらしいねんけどな、
鍵があれば思い出せるんやて。
ところが、記憶をなくしてたら、
鍵があっても何のための鍵かも忘れてしまうから、
如月ちゃんに預けとくって言うたんや。
いつか人間として出会ったらその時に返してほしいって。

「その鍵はの、内側・・・心の中にあった鍵が外側に現れたものじゃ。
具現化じゃな。言うたじゃろ。内と外がひっくり返ると。
お前さんらが会ったキヨヒメは、多くの女の、それこそ何百年にも渡る時間の中の多くの女の情念の塊じゃ。
如月さんとて女。
いくらかはキヨヒメのような情念も心の中には持っておったじゃろ。
キヨヒメと共鳴する部分をな。
ある意味、キヨヒメは如月さんの分身のようなものじゃったのよ。
その鍵というのは、
如月さんの記憶を呼び覚ますための鍵であったということになろうかの。
いやいや、キヨヒメ=如月さんというわけではない。
すべての女がキヨヒメの心を持ち、
キヨヒメから鍵を預かっておるという意味じゃ。
男にしても同じじゃて。
心の中に色んな妖怪を飼っているようなもんじゃよ。
そして、その心の奥深くに、
誰もが自分にしか開けられぬ記憶の鍵を秘めておるのじゃ。
これからは、具現化も珍しくなくなろうぞ。」

ほな、妖怪やもののけの類は、人間の怨念とかが生み出したものなんか。
実体はないのんか?

「いや、ある。
実体を与えてしまうほどに、人間の想念は強いということじゃ。
ただし、内側の話じゃから、
一般の人間には目に見えんことが多かったがの。
じゃがの、それももうおしまいじゃて。
多くの人間が、内側こそが大事とわかれば、
醜い想念もはたまた清らかに装った神や仏も実体を失ってゆくじゃろう。
本当に大切なものを、己の内側に見るからのう。」

 

なんか、僕、ちょっと切ない気分になってきたわ。
お爺ちゃんの話、よう分かるし、これから内側が外に具現化していくのは喜ぶべきことなんやとは思うけど、
妖怪やもののけも、神や仏も、
それぞれにみんな一生懸命やったんやろなあって。

「そうじゃのう。良いことも悪いことも、
どれも有難いことであったんじゃろうのう。」

ところでなぁ、お爺ちゃん。
安珍って何やったん?
やっぱり想念体やったんか?

「うーむ、ちょっとばかり違うのう。
安珍は想念体としては弱すぎる。
あれは、紀州と奥州をつなぎ、
結界を張るための装置のようなもんじゃ。
修行僧としてのモデルはあったじゃろうが、
そんなものはどうでも良いことでな。
・・・『今昔物語』と『法華験記』に収められてる蛇女の話については、
どれくらい知っておるんじゃ?」

「『法華験記』は、仏教を広めるというか、
仏教の力を誇示するための説話集だと聞いたことがあります。
『今昔物語』の方は、『法華験記』からそのまま取ってきたんでしょうね。この二つの話はほとんど同じですから。」

「その通りじゃろうな。
『法華験記』では、蛇女が道成寺で釣鐘に隠れた修行僧を焼き殺した後の話もあったじゃろう。」

あぁ、道成寺のお坊さんが、夢を見たってやつやな。
釣鐘の中で焼き殺された後、
蛇女の夫となって自分も大蛇になって苦しんでる修行僧が夢に現れて、
法華経を書写して供養してほしいとか言うんやな。
その通りにしてやると、またそのお坊さんが夢を見て、
修行僧と一人の女が現れて言うんや。
お陰様で蛇身を捨てて天に昇ることができましたとかって。
そんで二人別々に空に昇っていくねん。
道成寺のお坊さんは泣いて喜んで、
法華経の威力は凄い!っとか言うねんな。
ああ、もろ、法華経の威力を誇示する話やな。
実際の清姫とは何の関わりもない展開になってるわ。
現実では清姫は、蛇になったわけでもなく、
修行僧の後を追ったわけでもなく、
自分ちの近くで死んでるもんな。

「おうな。
仏教の悪口を言うわけではないが、
たいした救いにはなっとらんのう。
救いよりも結界を張ることに御執心じゃったと見えるの。
ワッハッハ」

なんか、お爺ちゃんの言うの聞いてたら、
仏教ってワルモンみたいやな。

でもな、道成寺の住職さん、メチャ優しかったで。
美味しいカマンベールチーズもくれたし。

「すまん、すまん。
仏教そのものが悪いと言うてるわけではない。
お坊さん個人にもええ人は多いじゃろ。
ちょいと難しい話じゃがの、
仏教の慈悲という教えは、人間として大事な方向性を示すものじゃ。
大切なものは内側にあるとな。
じゃが、せっかくのその方向性も、
時節が廻らんと力を持たんという仕組みじゃ。
力がないゆえ、いくら仏の慈悲を説こうが唱えようが、
力強い愛は芽生えんというこじゃよ。
桜はの、その幹の中に、えも言われぬ桜色を秘めておる。
じゃが、その色を花として外に開かせるには、
春という時節を待たんといかんじゃろ。」

「あー、その話、知ってますよ~。
志村ふくみさんという染織家の方が言うてはりました。
桜色の染料は、花びらではなくて、
ゴツゴツした幹から取るんやとか・・・」

「わしら日本人はの、外来の仏教がなくとも、
この土地特有の方向性を持っておった。
そして、その方向性は正しいものじゃった。
後は力が花開く時節をのんびり待てば良かったのじゃ。
じゃがの、それでは困る連中もおったというわけじゃ。
仏教の元々の方向性を捻じ曲げ、
それに対抗する神道というものまで作り上げ、
両者で呪術の施し合いをして食い合う・・・
愚かなことよのう。
わざわざ神道などと言わんでも、
日本人ならば己の内側が相手とも自然とも繋がり合っていることを
心の内で知っておったというのに。
有間皇子が若くして殺され、あの古墳に封印されたのは、
そういう私利私欲にまみれた勢力の企てじゃ。
皇子がもし長生きしておれば、
平城遷都にも大きく影響を及ぼしたであろうからのう。」

ちょっと待って!
話が飛んで訳がわからんようになってきたわ。

「あー、すまんのう。
わしも話したいことがようさんあって、つい先走ってしもうた。」

有間皇子と仏教は、何か関係あるのんか?

「大ありじゃ。
道成寺は有間皇子の魂を封印するために建てられた寺じゃて。」

なぬーっ!!!

「高台にある道成寺の本堂の仏像は真南を向いておってな、
ちょうどそれが山門から下を見下ろす形になっておる。
そこから真っ直ぐ南に向かえば、有間皇子の古墳に行き着く。
逆に言えば、古墳から真北に道成寺が位置するように建てられたということじゃ。寸分違わずな。」

なんでまた・・・。

「それだけ有間皇子の影響力を恐れたのじゃろ。
皇子はの、わしら一族と同種の、
古来からの叡智を一身に受けた皇子じゃったからの。
仏教も神道も関係ない、
自らの内側から木や風や星々と対話できることを知っておった。
そういう者が政治の中心におっては困る連中がの、
皇子の魂の封印がおいそれと解けぬように結界を張ったのじゃよ。
わしらとて、ただじっと堪えて、
今という時が到来するのを待っておったわけでもない。
紀友則、貫之らの名前は知っておろ?
政治の中心にまで食い込んでいきおったが、
友則は早世、貫之は土佐に左遷じゃ。」

へぇ~。じゃあさ、
どうやって道成寺から皇子の魂の封印が解けへんように結界を張ったん?

「呪術については、ようわからん。
わしらはそういうものを忌み嫌ったからのぅ。
いくらか伝わっておる話では、不動安鎮法かの?」

『不動安鎮法』?
なんか、安珍を連想する名前やな。

「おっ、玄さん、なかなか鋭いの。
不動安鎮法とはな、不動明王を呼び出し、怨敵を降伏する呪法じゃ。
『安鎮家国等法』とも言うて、
八本の幡を八方に立てて何やら修法を行う修験道の秘法らしいがの。
道成寺の横手の山で、そんなこともしたのであろう。」

うおぅ!その山、確か八幡(やはた)山とかいう名前やったで。
僕、覚えてるわ。
そんでな、八幡山の裏手にな、髪の長いお姫様の絵が、
山の壁面いっぱいに大きく描かれとったで。
あれは髪長姫やったんやな。

「ねえ、お爺ちゃん。
不動明王で思い出したんですけど、
確か高野山に赤不動という秘仏があったと思います。
空海の甥っ子の高僧が、自分の頭を岩に打ち付けて血を流し、
その血を絵の具に混ぜて描いた不動明王の絵だとか・・・。
その高僧の名前が『円珍』・・・。
安珍という名は、『安鎮法』と『円珍』から取ってるんやないでしょうか。しかも、その赤不動、ご開帳が4月28日、道成寺の会式が4月29日。何か関係があるよと言わんばかりに・・・。」

「おう、おそらくそんなところじゃろう。」

ほな、こういうことか。
日本には古代の叡智・・・つまり正しい意識の方向性みたいなもんが伝わっていて、民衆も普通にそういう方向性を持っていたと。
ところが、その方向性には力が伴わなくて、
力が発動する時期まで何千年か待たなあかんかったと。
そんで、力がないのをいいことに、外来の仏教をわざわざその方向性を捻じ曲げて導入したりして、民衆から古代の叡智を骨抜きにした・・・。
邪魔な皇子や一族も殺したり追い払ったりして、
有間皇子なんかは死後の魂さえ封印されたと。
おまけにその封印が解けへんように、執拗に結界まで張ったんやな。
最初は道成寺、八幡山の安鎮法かなんかで、
後で『安珍清姫』のお話を創作して、
民衆の心を、妖怪を生み出すような想念の方向へと曲げて、
ついでに、奥州福島と紀州をつないだ・・・こういうわけか?
それにしても、なんで福島やねん?そこがわかれへんな。

「日本中に龍脈が走り、龍穴があってのう、
気の流れを操るために、そこいらに結界を張り巡らせた連中がおる。
奥州福島は日本の鬼門、東北、艮(うしとら)じゃ。
そこに龍穴の大事なポイントがあっての、
そのポイントを押さえんがためじゃろうて。
近畿にも江戸にも星型結界があるじゃろう。
レイラインに沿ってエネルギーを地方から都会へ流すものもあるしの、
様々じゃ。」

そんなことした連中って、誰?

「それも様々じゃ。一口では言えん。
わしらから言わせれば、その連中はみな同じに見えるがの。
連中同士は、敵じゃ、味方じゃと、
付いたり離れたり、殺し合ったり、
騒がしい事この上なかったの。
まあ、それもやっと終わった。やれやれじゃ。」

日本中の結界は、もう壊れたんか?あの災害で・・・。

「災害・・・人間の側からすればたいそう辛い災害じゃったが、
どうしようない、自然の摂理かのう。
奥州と紀州をつなぐラインが壊れたのは、
もうその後の流れを決定的にしたと言えるじゃろうな。
今も悪あがきのように色んな呪術を施したり、
性懲りもなく結界を張り直したりしておる者共もおろうが、
焼け石に水じゃ。
自然の動きは、つまるところ、
我々多くの人間の内側の考えと想いが勢いを増して、
外に溢れ出したと見た方が良い。」

そっかぁ、自然と人間は、ある意味イコールやということなんやな。
うん、ちょっと分かる気もする。
結界が壊れてたから、僕らはキヨヒメから鍵を手渡されて、
有間皇子の封印を解くことができて、
日本を支える裏の裏、磐長姫を自由にできたけど、
そうしたいという想いが、気付かんうちにもあったからこそ、
自然が結界を壊す働きをしていったとも言える。

「だいたい、そんなところかの。」

うーん、一つ疑問があるねんけど・・・。
お爺ちゃんは、昔の話を、自分で見てきたように話してくれてるやろ?
それがちょっと不思議やねん。
全部お爺ちゃんの一族に伝わる話なんか?

「ワッハッハー!
玄さんは相変わらず鋭いのう。
確かに一族に伝わる話もあるが、
実はの、わしはこの目で見た・・・と言っても良いほどに、
わしの記憶の中に鮮明に甦っておるんじゃよ。
不思議じゃの。
わしにもようわからんが、二年前のあの日を境に、
ボチボチと甦ってきたのじゃ。
最初は夢であったり、渦巻く川を眺めていたりしていた時にのう、
そしてその内には、
薪を割っておるような時にも強い既視感が現れてのう、
ああ、これが予言されていた輪廻の時の到来か・・・と。」

輪廻の時?

「うむ、宇宙の輪廻とでも言うべきか、
外と内の世界のひっくり返しとでも言うべきか。
人間は自分の生は見えても、死は見えんじゃろ。
死の側から生を見るようになることじゃ。
想いや考えという内側から外を見るのと基本的には同じじゃな。
過去に死んだ者も、実は死んでおらんということじゃ。
いつでも、生きている者の内側で生き続けておるのじゃ。
わしら人間は誰でも、自分の内側で、
多くの死んでいった者たちの生を生きておるのじゃよ。
今も一緒に生きておるのじゃ。
それが、はっきりと見えるようになる時が到来したと言っておる。
現にわしは見えるようになったんじゃ。
どうじゃ、凄いじゃろ!と、人に自慢することではないの。
誰でも持っておるが、まだ見えん人が沢山おるというだけのこと。
わしはこんな山の中で、文明の利器にあまり頼らず生活しておったことも、関係しておるじゃろうが、
なに、早い遅いの違いなぞ、どうでも良いのじゃ。
速さを競うのは、これまでの世界の価値観じゃて。」



「おや・・・玄さん、眠ってしまったようじゃの。」

Zzz…(´?`)。o○

「猫と子供の寝顔には、かなわんのう。
大人もみな、これくらい邪気の無い寝顔で眠れると良いがの・・・。
どうじゃ、如月さんよ、お前さんももう寝るかの?
それとも、今しばらくわしの話に付き合うか?」

:..。o○☆゚・:,。:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。:..。o○☆:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

どうやら僕、途中で眠ってしもたらしいねん。
気がついたら、辺りは白白と夜が明け始めて、
窓から残月がうっすらと見えてたわ。
如月ちゃんとお爺ちゃんはまだ話してて、
マジで語り明かしたんやな。

ちょっと寒かったから、
如月ちゃんの膝に乗ろうと思って体をクネってしたらな、
ビックリや!
僕のお腹の辺りに何か固い箱みたいなんがあるねん。

何、これー!って飛び退いて見たら、
何やったと思う?・・・木でできた四角い箱やねん。
オルゴールの箱みたいな、宝石箱みたいな、
鍵穴があってな、それを見た三人はびっくりや。

さすがのお爺ちゃんも驚いてたで。
具現化もここまできたかーって。

いやいやお爺ちゃん、
サイババはしょっちゅうやってたって・・・;(-。-;)

三人で交代ごうたいにその箱を回して、手に取って見たんやけど、
蓋はどうやら鍵を入れんと開かんみたいやったわ。
振ってみたけど音はなし。
木の重みはあるけど、中身は軽そうに思えたな。

そりゃあもう、ここは『あの鍵』の出番やろ。
「いつ、使うの?」「今でしょ!」みたいな・・・
ゴメン、ちょっと古かったな(^▽^;)

でな、ドキドキしながら、僕、如月ちゃんがあの鍵を箱の鍵穴に入れて回すのを見ててん。
だってな、その箱は、僕が抱いて出現させたんやで。
それが如月ちゃんの鍵で開くかもしれへんということは・・・や。
僕と如月ちゃんの、二人に共通してる何かやっていうことになるやろ?

箱を開ける前に、ここでちょっと言うとかなあかんことがあるねんけどな。ここは想念体キヨヒメの里でも、実在した清姫の里でもなかったということやねん。
ただな、僕らは想念体のキヨヒメから鍵を手渡されて、
実在の清姫の里を目指して牟婁の中辺路に向かってたら、
いつの間にかここ、紀氏の里に辿りついていたというわけや。
そんで、如月ちゃんが髪長姫の夢を見た時に、
既に紀氏の里に行こうとする夢を見てたんやな。
僕らは全然気づかずに、その場その時を過ごしてたつもりが、
ちゃあんと流れのままになってたんやな。
これって、偶然と必然が一致してるやんか。
これが、お爺ちゃんの言う具現化、現象化の一つとも言えるんかなって、
僕は思うわけよ。

そんでな、僕は寝入りばなのウツラウツラ状態で聞いてたから、
聞き違いもあるかもしれへんねんけどな、
ここは紀氏の本流やないねんて。
紀氏は、古事記でいう神代の時代から紀伊国におって、
2000年以上も続く家系でな、
そんなに古いのは、日本全国でもあんまりないみたい。
天皇家を除くと、出雲と、阿蘇と・・・
後忘れたけど、とにかく少ないねん。
紀氏の本流を名乗る一族は、現代でも、『日前国懸』やったっけ、
そこで宮司?神官か?そんなの続けてるらしいで。
お爺ちゃんの話では、大昔に、その本流からお爺ちゃんらの一族が離れていったらしい。ってか、本流の方が離れたんかな。
神武天皇の畿内平定とか、まあ、色々あり過ぎて、
時代の流れの中で、紀氏のほとんどがそっちに付いたから、
山に残ったんはごく少なかったらしいで。
お爺ちゃんら自身でさえ、
ここを紀氏の里と呼ぶのをとうにやめてたぐらいやって。

お爺ちゃんが言うにはな、血筋とかって、実はあんまり関係ないらしい。
もっと、何て言うか、縁みたいなもんでつながるのが大事やねんて。
そういう意味では、血縁も縁やから、もちろん関係はするけど、
そんなに気にするほどでもないらしいで。
それよりなあ、自分の好みとか、得意な事の方が、縁を現してるらしいで。例えばなあ、如月ちゃんが古典好きなんは前に話した事があるけど、それも、縁やったんや。しかも、強い強い縁やったんやな。
それはなあ、あの箱の蓋を開けてからの話になるさかいに、
またこの次にお話するわな。


第八話 うぐいすの宿


カチリ・・・
軽くて乾いた音がして、僕は固唾を飲んだ。
ゴクっと音がしたかもしれへん。

ギィー・・・
長いこと開けてへんかったからか、
蝶番(チョウツガイ)の軋むような音と同時に、
箱から飛び出てきたのは、な、なんと!二匹の蝶々やった。
いやぁ、蝶番のあたりで、だいたい予想がついたかな(汗)。

金色の蝶々と銀色の蝶々が二匹、
金粉と銀粉をキラキラ、チラチラ振りまいて、
舞を舞うように何度も交差しながら飛び交うねん。
もう、僕にはすぐに分かったで。
金色の蝶々は磐長姫ちゃんや。
そしてもう片方はな、多分妹の木花咲耶姫ちゃんや。
ちゃんと出会えたんやな。
僕、ちょっと嬉しくて感激やった。

僕がブルブルブルンって首をふったら、
磐長姫ちゃんにもらった鈴が
チリンチリンチリンって美しい音で鳴ってな、
二匹の蝶々はそれに応えるように
金銀の粉を僕らの上に振りまいてくれたんやわ。

磐長姫ちゃんと木花咲耶姫ちゃんの話は、
ずっと前にしたことあるねんけど、覚えてくれてるかな?
磐長姫ちゃん、妹の木花咲耶姫ちゃんをちゃんと探し出せて良かったわ~。

そんでな、僕と如月ちゃんがキラキラの粉に包まれたと思ったら、
どうなったと思う?

僕・・・ウグイスになっててん
ヽ('0')ツ。
アヒョーやろ。

時は平安。京の都でのお話や。
如月ちゃんのお家の庭に梅の木があって、
その木の枝にいつも遊びに行って、
如月ちゃんに「ホーホケキョ」って話しかけてたんやわ。
それが、僕と如月ちゃんの前世かどうかはわかれへん。
ただ、僕の意識は完全にウグイスに同調してた事は確かやった。
いや、ちょっと待って。少し違うわ。
完全にウグイスに同調しつつ、
その家の娘にも同調してたんや。
わかりにくいかな。

ここ、すごく説明しにくいところやねん。
体験した者でないとわかりにくいと思うわ。
僕もこんな体験、初めてやったさかい、
どう説明していいのんかわかれへんねんけど、
ちょっと頑張ってみるわな。

 平安時代、京の都に梅の木を植えたお家があってん。
そこの家の娘は、その梅の木をめちゃ大事にしててな、
その枝にいつも一羽のウグイスが遊びに来ては、娘と話をしてたんや。
如月ちゃんがその娘で、僕がウグイス。
でもな、なぜか僕はその娘の気持ちもそのまんま分かるねん。
如月ちゃんも同様にウグイスの気持ちがそのまんま分かるねん。
この、「そのままわかる」っていうのは、すんごい不思議な感覚やったわ。現実の世界では、僕と如月ちゃんは、お互いに信頼してるし、考えてることもだいたいわかるけど、やっぱり言葉とか表情とかしぐさとか、雰囲気とか、そんなんを察知して自分に置き換えて分かるみたいな感じやけど、
この時の経験はそれとは違ったんや。
僕は玄さんの意識を持ったままでウグイスを経験し、同時に娘も経験した。如月ちゃんも、如月ちゃんの意識を持ったまま、娘とウグイスを経験したってことやねん。
僕と如月ちゃんは、娘とウグイスの意識を通して、
互いに互いの意識を交換しあったんや。
まだ、わかりにくいと思うけど、話を進めるわな。

ある日、娘の家に帝(天皇)の使いが来てな、
梅の木を掘って抜いていってしもたんや。
なんでも、天皇の清涼殿の庭の梅の木が枯れてしもて、
代わりの梅を探してるとかって。
その娘の家の梅の木は、姿かたちも花の色も素敵やから、
天皇も気に入るやろうってな。
娘はな、当時の如月ちゃんでもあるんやけど、
ものすごくショックでな、和歌を手紙にしたためて、
木に結びつけて、「内裏にこれを持って参れ」

って、使いの者に言うたんや。

「勅なれば いともかしこし 
うぐいすの 宿はと問はば いかが答へむ」

これを帝が見たらどう思うやろうか・・・って。
権力には逆えんかったけど、一言もの申す・・・
それが平安時代の如月ちゃんの生き方やったんや。

歌の意味はな、

「勅命(天皇の命令)ですので、まことにおそれ多く、この木をさし上げますが、うぐいすが、昨日までの私の宿はどこへ行ったの?と問えば、何と答えたらよいのでしょう。」

そんな感じの意味やねん。
僕はウグイスとして、その時の娘の気持ちを通して如月ちゃんの悲しみが、ものすごうようわかったし、
如月ちゃんが、娘としてウグイスの気持ちを通して僕の悲しみを受け取ってくれてることが、ようわかったんや。 

幻想から覚めた僕と如月ちゃんは、ぼんやりと互いに顔を見合わせて、
それからじっと僕らを見つめてるお爺ちゃんに気が付いた。
まだ耳の奥で、かすかに鈴の音がしてる気がしたわ。

「うーむ。」

おじいちゃんがおもむろに立ち上がって、部屋を出て行ってな、
一冊の本を持って戻ってきてん。

「ほれ、これを知っておるじゃろ。」

そう言って僕らの前に差し出したのは、
表紙に『大鏡』と書かれた古い本やった。

如月ちゃんはまだぼぅーっとしてるみたいやったけど、
手を伸ばしてそれを受け取り、

「はい、知ってます。」

って言うて、パラパラとその本をめくった。

「やはりお前さんらは、そういう事じゃったんじゃのう。
そこに出てくる、『うぐいすの宿』の話、今、お前さんらが経験した過去の出来事とそっくりじゃのう。
ああ、わしも見させてもろうたぞ。
夢を見ておるような、映画を見ておるような感じじゃったの。
あの娘は貫之の娘じゃ。
あのあと、帝が娘の書いた手紙を見て不審に思い、
その娘が何者かを探し当てさせたところ、
貫之の娘じゃとわかったという事が、その『大鏡』に書かれておるわ。
帝はたいそうきまり悪がっておったとのう。」

「『遺恨のわざをもしたりけるかな』・・・帝の言葉ですね。
『さるは、思ふやうなる木持てまゐりたりとて、
きぬかづけられたりしも、からくなりにき』
・・・これは繁樹の言葉ですね。」

いや、如月ちゃん、古語で言われても、僕にはわかれへんて。
さっきの幻想の中ではわかったけどな。

「ごめんごめん。
帝がな、悔いの残ることをしてしまったって言うたんや。
まさか紀貫之の娘の梅の木を取り上げたとは・・・ってな。
そんで、その木を見つけてきた夏山繁樹っていう人が、
思い通りの木を持ってきたからということで、
帝から褒美の着物をいただくねんけど、
心苦しかったって、後で言うねん。
そういう話が『大鏡』に書かれてある。」

「わざわざ、『大鏡』にその話を書き残したのは、
一体誰なんじゃろうのう。
一応は大宅世継(オオヤケノヨツギ)と夏山繁樹(ナツヤマノシゲキ)という
二人の老人の会話ということになっておるがの。」

おおやけのよつぎって、そのまんま「公の世継ぎ」やんか・・・。
意味深やな。

「大宅世継は190歳、夏山繁樹が180歳となってますね。
そして、世継が菅原道真の大ファンで、
繁樹は紀貫之に従って和泉国に行ったこともある・・・。」

「『大鏡』とは、歴史を明らかに映し出す優れた鏡・・・
という意味じゃて。
同じ時代に書かれた『栄華物語』の、
藤原氏の栄華賞賛に終始するのとは対照的じゃ。
なかなかに、本当のことを言えぬ時代であったゆえ、
誰が書いたかは、言えぬが道理じゃろう。」

ふうん、菅原道真も、紀貫之も、時代はちがうけど、
都から遠いところへ行かされてるわな。今で言う左遷やな。
そういう人側に立った視点で書かれてるということやねんな。
そんで、おじいちゃんがさっき言うた、
僕らがそういう事やったっていうのは、どゆ意味?

「ああ、それはの、お前さんらが、
わしら紀氏一族と深い縁があるという意味じゃ。
もちろん、お前さんらがここを訪ね当てたことでも、
それは既に分かっておったがの、
貫之殿の娘と縁深い・・・とはわからんかったわ。
ワッハッハー。」

おっ、久々に出たな。お爺ちゃんのワッハッハーヽ(゜▽、゜)ノ

「それでは、私の前世が貫之の娘、ということですか?」

「いやいや、それは違うと思うぞ。
前世というのは、そんな直接的なものではないのじゃ。
わしもようはわからんがの、
さっき、箱の蓋を開けた時、蝶々が二匹舞い上がったじゃろ。」

磐長姫ちゃんと木花咲耶姫ちゃんや。

「そうそう。つまりな、
この世の裏とあの世の裏がつながったというわけじゃな。」

さぱ~り訳がわかりましぇ~ん。(@ ̄Д ̄@;)

「わしらは皆、自分は自分じゃと思っておるじゃろ。
そしてお前はお前、奴は奴とな。
しかしな、表の前を見れば、確かにそれぞれは別の肉体を持ち、離れておるが、裏を通ればつながっておるのじゃ。
ただし、裏に出るにはもう一つの裏が必要じゃ。
裏の裏じゃな。
裏を表にひっくり返すには、
裏の裏というルートを通らねばならんということじゃ。
わかりやすく言うとじゃな、
一枚の紙があるとすれば、その紙の表はどこまでいっても表で、裏はどこまでいっても裏じゃろうが。
表と裏をひっくり返すには、
もう一つ上の次元が必要になるということじゃ。
立体に至らねば平面は裏返すことができぬ。
磐長姫と木花咲耶姫が出会えぬ内は、
それも仕方のないことじゃったのよ。」

ほな、さっきの幻想の中で僕と如月ちゃんが、ウグイスと貫之の娘の意識を通して、僕らの意識を共有できたのは、そういう事やったんか・・・。

「ほう、そんな体験を・・・。面白かったじゃろ。」

うん、面白いっていうか、不思議やったわ。
それに、あの時の梅の木のことは、
すんごく悔しかったし悲しかったからな。
面白い・・・とはちょっと言えんかも・・・。

「そうじゃな。
誰もがみな、互いに悲しみも苦しみも共有できたなら、
決して人に悪いことはできんのじゃ。」

うん、そう思ったわ。
そんで、お爺ちゃん、僕らと貫之の娘って、どういう関係なん?

「今も言うたように、誰もが裏の裏でつながっておるからの、
ある意味、人類みな一つと言えぬことはないのじゃが、
その、裏に向かう意識の強さは人によってまちまちじゃ。
全く向かわん者もおろう。強く引き合う者もおろう。
同じ時代に生きようが、遠く離れた時代に生きようが、
裏の裏では、距離は関係ないからの、
お前さんらと、貫之の娘とは、強い因縁があるということじゃろうて。
好みが似ておったり、性格というよりは嗜好、指向かの。
そういう者同士が響き合いやすいのじゃ。
決して前世や生まれ変わりなどというものではあるまいのう。」

ほな、生まれ変わりってないのん?

「さあ、どうじゃろう?
わしにはわからんがの。
もしあるとすれば、その記憶がある者は、今世と前世をつなぐあの世での記憶もちゃあんと持っておるじゃろうの。
前世での記憶だけがブツ切れにあるというのなら、
さっきお前さんらが見たような、幻想に過ぎんのじゃなかろうか。」

ずいぶんはっきりと見えたけど?

「引き込まれる小説や映画があるじゃろう。
登場人物の気持ちに同調して、我がごとのように感じるということが。
自分にも似たような経験があればなおさらじゃ。
ま、そんなようなもんじゃ。
本当に生まれ変わりがあるとすればじゃ、
前世でも今と同じことをしておるじゃろうて。
何度も何度も同じことをな。」

ほな、来世のために今良いことしておくとかって、意味ないんやん。
来世でも同じように「来世のために」って生きる事になるんやろ。

「人生一度きりと同じということじゃな。ワッハッハー。」


あれ、そう言えば如月ちゃん、あの箱は?

「あ、箱がない。消えてる。」

「あの鍵で開けることのできる全ての扉を開き終えたということかの。」

うーん、そうか・・・
それにしても、せっかく僕のお腹のあたりで出現させた箱やから、
消えてしまうのは何か寂しい気もする・・・。
ずっと持っておきたかったな。

「玄さんよ、お前さんが出てきて欲しいと思った時は、
必ずまた出現するんでないかの。
あれは幻なんぞではないのう。
あれこそ、本物の現実じゃ。
のう、じゃとしたら、この世の方が幻とも言えるじゃろう。
この世の表のみを見れば、
モノにあふれ、金に振り回され、それを現実と思うて己を忘れる。
じゃからと言うて、裏のみを見れば、
怪しげな宗教や精神世界などという
足元の不確かなものに己を飲み込まれる。
真に向き合うべきは、そうじゃな、己の良心じゃろうな。
肉体はの、無理をしたり、何か悪いものを食べたりすれば必ず病気になり、体のどこかが痛むじゃろ。
正しい位置にもどしてくれと肉体が言うておるのじゃ。
心もな、同じじゃて。
無理をしたり、我慢し続けておると苦しくなるじゃろ。
誰かを傷つけてしまい、胸が痛む時はの、
心が早く謝りたいと言うておるのじゃ。
その胸の痛みは良心が起こしておる。
どんな悪事を働いても胸が痛まんようになったら、
人間としておしまいじゃのう。
良心を失ったということじゃ。
良心こそ、人間の証じゃ。
悲しい時、苦しい時、はたまた辛い時は、
良心がまだ生きておる証拠じゃ。
大怪我をしても痛くなければ肉体が死んでおるのと同じかの。
良心は、心の方向にあるが、この世の裏ではない。
裏の裏、誰もがつながる世界にあるのう。
己の良心に従えば、必ずや相手の良心と手を結べるじゃろう。
相手と前で抱き合うのではないのじゃ。
相手の良心と己の良心が抱き合うのじゃよ。」

 

うーん、そうやな。

・・・お爺ちゃん、あのな、僕、思ってんけどな、
お爺ちゃんはもしかしたら、
すんごい辛い思いとかもしてきたんかな・・・。
そんで、裏の裏で結びつきたくて、
一生懸命相手に良心で向き合おうとして、
でも、まだその時期やなくて、もどかしくて、わかってもらわれへんで、
辛い時もあったんかな・・・。
今はそんなに明るくて、ワッハッハーとか笑てるけど、
ほんまは色々あったんちゃうのん?

「ワッハッハー!玄さんに一本取られたの。
その通りじゃよ。偉そうなこと言うてすまんかったの。
わしも、この歳まで、一通りのしんどい目にはおうてきたわ。
ほんに、お前さんらが訪ねてきてくれて、ありがたい。
よう、こんな辺鄙なところまで足を運んでくれたのう。
夜を通してわしの話を聞いてくれて、ありがとう。
玄さん、如月さん、わしにとっても嬉しい邂逅じゃった。
懐かしい巡り逢いじゃ。」

うん、その懐かしいっていうの、僕わかるわ。
初めて出会ったけど、昔から知ってたみたいな、懐かしい感じやろ。
僕も、お爺ちゃんと会うて、そんな気がしてたもん。
そう言えばな、南ちゃんや有間皇子にもふとそんな感じがしたで。
磐長姫ちゃんとルイさんにもな。
もしかしたら、僕の良心とみんなの良心とが、
裏の裏の世界で触れ合ってたんかもしれんな。

「かもしれん・・・ではのうて、
確かに触れ合い、結び合っておったんじゃろうて。
奥の奥の扉を開くための鍵は、もう必要なかろう。
いったん開いた扉は、
もう鍵はなくともいつでも開けたい時に開けられるということじゃ。
心を良心にフォーカスすれば良いのじゃ。
本当の仲間は己の心の奥で待っておるじゃろうて。
わしがこうして、ここでお前さんらを待っておったようにな。」


第九話 岐路、そして帰路

僕らは、お爺ちゃんの家でもう一泊して、
ゆっくり休んでから帰ることにしてん。
お爺ちゃんとリキが、道が見えるところまで送ってくれて、
あ、リキって、おじいちゃんとこの紀州犬やで。
まだまだ人里まではほど遠かったけど、
一つの分かれ道があるところでサヨナラすることにした。

「どちらの道を選ぶかの?」

お爺ちゃんが言うた。
リキは、かしこくお座りして、クウンって言うて首をかしげた。

僕は如月ちゃんを見た。
僕はどっちでもええねん。
如月ちゃんは、随分迷ってるみたいに見えたわ。

「地図が・・・、もうこの先の地図がないんです。
頭の中にあった地図の終点はお爺ちゃんの家やったみたいやから、
この後はもう自分の家に帰るだけやと思うんですけど・・・。」

そこで、如月ちゃんは、ちょっと言葉をつまらせた。

「もと来た道を戻るべきか、
もっと前に進んでから、裏側を抜けるように戻るべきか・・・。」

 

お爺ちゃんは何も言わずに如月ちゃんの言葉を待ってる。
僕も待つことにした。

「・・・同じ道を戻って、もう一度南ちゃんや有間皇子にも会いたいとも思うけど・・・。
でも、また新しい出会いも楽しみやし・・・。
うん、決めた。
こっちにするわ。
もと来た道を戻るより、前に進んで裏側から抜ける道を選んでみる。
お爺ちゃん、ありがとう。」

「うむ、そうか。それもよかろう。
ならば、この磁石を持っていきなされ。
今までは地図に沿って鍵を開きながらここまで来たんじゃったのう。
ここから先は地図がない。
どこまでも突き進めば
いずれお前さんらの懐かしい家に戻れるじゃろうが、
道を誤れば樹海に迷い込み、そこで朽ち果てんとも限らん。
この磁石は方位磁石じゃ。
じゃがの、北という方角を示すわけではないのう。
お前さんらの帰る道、方向を示す磁石じゃ。
必ずしも安全な道を示すとは限らんが、
間違いなく帰る方向を示してくれる。
この先、何度も岐路に立つじゃろうて。
その度にこの磁石を取り出してみるのじゃ。
決して立て看板などに惑わされてはならんの。」

お爺ちゃん、凄いもん持ってるなあ。

「これはの、リキが昨日山で拾って咥えてきたんじゃよ。
わしらが夜通し語り明かした後、昼寝をしたじゃろ。その間にの。
最初は何やら、わしにもさっぱりわからんかったが、
リキが教えてくれたのじゃ。
リキの意識がわしの中に流れ込んできての。
不思議じゃの。女の如月さんには♂の猫玄さんが、
男のわしには♀の犬リキがついておって
、互いに助け合い教え合う関係じゃ。
男の中に女が住み、女の中に男が住む・・・。
男は男、女は女と決めつけなければ、
色んな不思議も起きてくるのかも知れんの。」

ああ、うん、分かる気がするわ。
肉体としての男と女が助け合ってる時、
心の中では男の中の女と女の中の男が助け合ってるかもしれんし、
肉体としての男と男が助け合ってる時も、
心の中では、女と女や男と女が助け合ってるかもしれんのやな。
女同士の場合でも同じや。
そんで、見た目とは違う中身の組み合わせのパターンって
いっぱいあるんやな。
そういう事に気づいていったら、
不思議な事も自然と現れてくるんかもしれん・・・
そういう事やな、お爺ちゃん。

「そういうことじゃ。
不思議な現象は、型にはまることを嫌うということじゃ。」

そんで、その方が自然やし、楽しいということやな。

「そうじゃよ。ワッハッハー。二人とも、元気でのう。」

わんわん▽・w・▽

「おじいちゃんも、リキもお元気で。ありがとう。」

(=^0^=)

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僕らは大きく手を振って、サヨナラした。
僕と如月ちゃんはまた旅を続ける。
僕らの懐かしい家に戻るために、
もと来た道を選ばずに、裏側からそこへと戻るために。

リキとお爺ちゃんからもらった磁石をしっかりと手にして、
前へ前へと進む。
前は、いつか僕らの家へと向かう帰路でもあるんや。

《 『南海道中栗毛猫』・・・完 》


後書き

長い間、玄さんとの旅のお話にお付き合い下さって、
ありがとうございました。

なお、《うぐいすの宿》の話の中で、
玄さんがうぐいすになるという箇所がありますが、
実際には、梅の木にうぐいすがとまることはまずないということを知り、
この後に、その辺の事情も加味して、
《再開と別れの合図》という物語を書きました。

『南海道中栗毛猫』とは直接的な関係はありませんが、
もしよろしければ、そちらもご覧いただけると嬉しいです。

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