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偉人を地図で探る 渋沢栄一編

先日、大学院の授業の一環で日本橋から人形町に向かって歩いていたら、道を間違えて兜町に足を踏み込んでしまい、たまたま渋沢栄一邸宅跡地なる場所を知りました。
自宅は北区の飛鳥山にあったと記憶していたので、兜町はその前に住んでいたのでしょうか。

福澤先生のバトンを受け継ぐ一万円札の方ということで、渋沢栄一さん(1840-1931年)の生涯を少しだけ学びつつ、ゆかりの場所をマップで見てみたいと思います。
大変な功績を残した方ですので、さまざまな資料がありますが、主にWikipediaを参考にしました。
ちなみに大河ドラマも見ていませんので、「なんか違う!」といったご批判はご容赦ください。

血洗島村

まずは出生地ですが、深谷ネギで有名な武蔵国榛沢郡血洗島村(はんざわぐんちあらいじまむら)ということで、江戸からはかなり遠い所です。ここで藍農家をされていたようです。
どのような場所だったのか迅速測図で見てみます。
地図の青いエリアの中が血洗島村付近です。なんだかおどろおどろしい地名ですが、中山道と利根川に挟まれた普通の農村のように見えます。

地図1

パリ万博

その後、尊王攘夷などもありましたが、1863年、平岡円四郎の推挙により一橋慶喜に仕え、慶喜の異母弟・徳川昭武の随員としてフランスのパリに行くと書いてあります。慶喜と言えば「日本橋」の文字を書いたことでも有名ですね。
慶喜は将軍になっても江戸ではなく京都に住んでいたので、渋沢栄一さんもその辺りに住んでいたと思いますが、いきなりパリとは驚きます。深谷からパリですからね。
渡航の目的はパリ万博(1867年)の出席が主な目的だったようですが、万博のパビリオンは今のエッフェル塔辺りにありました。
ということで、当時のパリの紙地図をジオリファレンスしてOpenStreetMapに重ねてみました。地図の赤い点はジオリファレンスした時のポイントです。

地図2

地図25

地図3

地図4

相当大きなパビリオンだったのですね。
また、想像通りでしたが、パリの街並みは今と骨格がほとんど変わっていません。

静岡藩

さて、その後は帰国して静岡に住むことになるようです。静岡市、私の出生地です。静岡藩に出仕したということで、駿府城勤務ですね。
ここで、株式会社の礎となる「商法会所」を作って、活躍されたようです。
しかし、当時の静岡藩の財政は厳しかったと思いますし、静岡は保守的な人も多いので、大変だったと思います。
そして、これらの活躍もあって1869年に新政府(東京)に出仕することになります。藩の優秀な人材の引き抜き、といった感じだったのでしょうか。

下の地図は伊能大図をジオリファレンスしたものです。
駿府城、立派です。大御所様(徳川家康)の御城です。

地図5

地図6

さて、新政府では、民部省、大蔵省に勤務し、ここから出世街道をひた走ることになりますが、いろいろあったようで大蔵省を退官します。

兜町〜深川福住町

その後1873年に、日本で初めてのバンク、第一国立銀行を江戸橋の近くの兜町に創設し、そこに住まいを構えたようです。
ここが、私が道に迷った場所だったわけですが、なかなか分かりにくい町並みです。

図6

そして、1878年には、

「自邸を兜町の第一国立銀行内から、深川福住町(現 澁澤倉庫本社の所在地)の廻米問屋近江屋喜左衛門旧宅に移した」

そうです。
澁澤倉庫には仕事で何度か訪問したことがあり、渋沢栄一を知るきっかけにもなりました。
渋沢栄一記念財団の説明によりますと、生涯で約500の会社設立に関わりましたが、澁澤と銘打ちながら現存する会社は澁澤倉庫だけのようです。
ちなみに、最後に設立に関わった会社は「日本航空輸送株式会社」、のちの「大日本航空株式会社」です。大日本航空は戦後解散しましたが、「直接的な後継会社には1947年(昭和22年)に設立された三路興業(現国際航業)」ですので、少しだけ私もご縁がありました。

下の空中写真は1945年〜1950年に撮影したものですが、澁澤倉庫付近(赤いエリア)に多くの船舶が停泊していることが確認でき、当時の賑わいを感じさせます。

地図7

飛鳥山

最後は飛鳥山です。ここには、1901年から亡くなる1931年迄過ごされました。
飛鳥山は中山道と隅田川・荒川に挟まれていますが、現在は桜の名所としても名を馳せています。
今回のタイトル画は「東京上野ヨリ武州熊ヶ谷ニ至ル蒸気車往復繁栄之図、栄斎重清、紙の博物館所蔵」ですが、桜咲く飛鳥山をバックに王子電気軌道(現都電荒川線)が走っています。

飛鳥ということで標高を調べてみようと思ったのですが、飛鳥には三角点がありませんでした?!
調べていきますと、どうやら飛鳥は人の手が加わった丘のようです。この辺りは武蔵野台地の崖の際にあたるので、すっかり山だと思い込んでいました。

東京都で一番低い山は25.7メートルの愛宕山だということで、洒落で飛鳥山の標高を確認したいと思います。

いつものように数値標高モデルをダウンロードしまして、今回はMIERUNEさんのプラグイン「Quick_DEM_for_jp」を使ってDEMに変換しました。そして、プラグイン「JapanElevation」と「Profile Tool」で標高や断面図を確認しました。プラグインが豊富なのもQGISの特徴の一つです。
いろいろ調べましたが、標高はおよそ25-26mくらいといった感じです。

地図8.5

地図8

地図9

さて、今回はひょんな事から渋沢栄一さんの邸宅跡地の一つを知り、そこからデジタル地図とWikipediaを使って邸宅を中心に可視化をしてみました。

紹介したところ以外にもいくつか邸宅はあったようですが、話がややこしくなるので、今回はこれにて終了といたします。
最後までご覧いただきまして、ありがとうございます。

ジオリファレンスや断面図の作成などは、ぜひ拙著をご覧になってください。夏休みの大人の課題図書としてはピッタリだと思います。

その問題、デジタル地図が解決しますーはじめてのGIS」(ベレ出版)

利用した地図データ
・迅速測図、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、http://aginfo.cgk.affrc.go.jp/ws/wms.php?
・1867 Ledot Pocket Map of Paris, France - Geographicus - Paris-ledot-1867.jpg
・伊能図、古地図コレクション(国土地理院)、https://kochizu.gsi.go.jp/inouzu
・地理院タイル(標準地図)、国土地理院、https://cyberjapandata.gsi.go.jp/xyz/std/{z}/{x}/{y}.png
・地理院タイル(全国最新写真)、国土地理院、https://cyberjapandata.gsi.go.jp/xyz/seamlessphoto/{z}/{x}/{y}.jpg
・地理院タイル(空中写真1945年〜1950年)、国土地理院、https://cyberjapandata.gsi.go.jp/xyz/ort_USA10/{z}/{x}/{y}.png
・基盤地図情報ダウンロードサービス(数値標高モデル)、国土地理院、
https://fgd.gsi.go.jp/download/ (会員登録が必要)

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