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ハレモノな問いこそみんなの問題。「個」をみつめる2本のドキュメンタリーフィルムを観た【つくり手であること】

LIFULLという会社がドキュメンタリー作品を2本撮ったのでよかったら、とご連絡をいただきました。興味があったのでどちらも拝見すると、いずれも考えさせられる内容でした。ウェブ上で誰でも観れて、短めの作品でもあるので、2本ともこちらで紹介させてください。

その前に、LIFULLさんのことについてちょっとだけ。

不動産情報のポータルサイトを運営するLIFULLは、この数年、特に社会課題の解決に意識を向けている人たちにとって、耳にすることが増えた企業名だと思います。

不動産ポータルの運営にとどまらず、様々な事業を展開し、事業を通して社会課題の解決に取り組んでいることがウェブサイトにもたくさん書かれています。少し前に読んだ井上社長のインタビューでは、こんな言葉が印象的でした。

究極の目標は「ウェル・ビーイング(永続的な幸せ)」と「ワールド・ピース(世界平和)」の実現です。人間の心を解き明かして、社会システムをアップデートして、テクノロジーで加速させる。この掛け算をしていけば、壮大で無理かもしれないと言われていることも、できるんじゃないかと思っています。

特に、多様性の実現には色々仕掛けてるんだなぁと感じたのが、「しなきゃ、なんてない。」というタグラインを見た時でした。最初に見かけたのはどこでだったか失念しましたが、2020年のはじめに開催された「サステナブルブランド国際会議」でライターとしてレポート執筆を担当した際、同社のクリエイティブの方が登壇され、このタグラインに込めた思いを熱くプレゼンされていたのが印象的でした。(レポート記事はまだ読めます)

もうひとつ個人的なLIFULLさんとのご縁は、自分らしく生きる人を応援するメディアとしてLIFULLが運営する「LIFULL STORIES」で、今年の初めにライターとして担当させてもらえたことです。

こうして個人的にもいろんな形で、取り組みに本気を見せてる企業さんだと思っていたところに、今回のドキュメンタリーを2本も作ったというお話。思わず「まじですごいな」と口からこぼれ出ました。

それでは僭越ながらそれぞれの作品をレビューします。

1本目は「年齢の森」

10代〜80代までの男女が集い、年齢にまつわる様々な問いに対して、自分の体験や感じたことを交換しあう約17分。正直で、でもトゲがなく、和やかに、しかしとてもまっすぐな意見が交わるディスカッションを見せてもらいました。

根底にあるテーマは、年齢を基準とした固定観念や差別的行動を意味する「エイジズム」です。

若者を見下したり年長者を冷笑したりといった、無自覚な差別的行為に関して、参加者の皆さんが言葉を選びながら話す様子を見ていると、以前どこかで感じた種類の感情を覚えました。「年齢」はみんな同様に与えられたものなので、このドキュメンタリー作品を観る人はおそらく、それぞれ多種多様な気持ちを重ねることだと思います。

わたし自身、子ども扱いした話し方をする大人が嫌でたまらなかった幼少期や、エネルギーの消費先を求めていた10代、もう歳はとりたくない人生40まででいいなど罰当たりなことを言っていた20代、自我に気づき自己成長にもがいた30代、思うほど成長しないまま始まってしまった40代、と口では「年齢はただの数字だ」と言いつつ結局とらわれていたように思います。

今思うことも、本質的には「年齢はただの数字だ」と変わらないのですが、でももう少しちゃんと言いたい。つまり「年齢は体が経過した時間を表す数字だ」ということ。だからこそ、年齢だけを何かの基準にすることには違和感を覚えるのです。

と、ここで、観ながら感じた「以前どこかで感じた種類の感情」が一体何だったか気がつきました。「大きい主語に感じる違和感」と同じなのです。
国籍だけを見て「○○人てこうだよね」とか、性別だけ見て「女性なのに□□」といった雑すぎる考察にはあまり意味も感じないし、非礼を含んでいるように思える。しかし指摘すれば「気にしすぎ」とまるでこちらが神経質かのごとく扱われることもある。これは「もういい歳なんだから」や「まだ若いのに」といったエイジズムと根っこを同じにした、狭き視野の価値観だと気づかされました。

レビュー2本目「ホンネのヘヤ」

続いて2本目のLIFULLドキュメンタリーは、「ジェンダー」をテーマにしたオープンダイアログの様子。監督は以前お目にかかったことのある関根 光才さんということで、過去作品への敬意を含めて、本作も観る前から惹かれるものがありました。もちろんLGBTQアライの1人としても、見逃せません。

オープンダイアログとは開かれた対話であり、話したい人の気持ちを止めたり、意見をしたりはしません。話す人の言葉を受け止めることが大切で、結論も出しません。また話す人も、話したくないことまで話す必要はないのです。しかし主語は常に自分に置き、他者のことを話したりはせずに対話を続ける手法です。
実際に精神医療に原点があるこの対話の手段は、セラピューティックな側面が大きいため、本ドキュメンタリーに参加されてる方々も、話しながら少しずつほぐれた様子を見せ始めます。

丁寧に教えてくれるそれぞれの体験や思いに、究極的な「個人」を痛感しました。皆さんの対話を通して「個人の集団がこの世界である」ことを思い出させてくれます。とても当たり前のことなのに、私たちは今「個人」が尊重されないシステムの中で暮らしていることを否定できる人はいるでしょうか。

もうひとつ印象的だったのは、進行役の関根さんの誠実さです。ジェンダー問題に対する謙虚な姿勢の元、丁寧に言葉を選び、相手の感情を受け止めすぎることなく、しかし終始真摯的。想像するに「男性」であることをはじめとするご自身のマジョリティ的な優位性に対して、あぐらをかくことなく、きちんと向き合っているからこその言動のように感じました。

そのアイコンが虹であるように、ジェンダーは無限にグラデーションが続くカラフルなもの。LやGやBやTという大まかな定義に全員が当てはまるとは限らないですし、そもそもその定義すら、誰かが然るべき目的でつくったものであって、先に誕生したのは命ある存在の方です。事実、このグラデーションは個人の性自認に関係なく、わたしにもあなたにも、誰の中にもあるものでしょう。それでもジェンダーイシューを他人事だと思っている方は、自分自身さえ狭い枠に収めているに過ぎないのだと思います。

2本のドキュメンタリーを通して、個の尊厳が守られることこそが社会基盤であり、現在隅々まで蔓延してしまった社会不安を解決するために必要な価値観だと思いました。もしよかったら、それぞれ上記の専用サイトから二つの根源的な問いをご覧になってみてください。


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