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最後の恋になればいい 第9話


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

* * *
学生の頃は体育の、特にマラソンなんて大嫌いだったけれど大人になった今になって走るのって楽しいのかもしれないと思い始める。
ドラッグストアでチラシを見つけたジムには週3回通っている。お決まりのランニングマシーンで目標のキロ数まで走り終わると、顔見知りになったインストラクターに話しかけられる。
「綿貫さん。この後のヨガ、1人空いたんだけど入る?」
「わ、ほんとですか! 是非! 入りたいです」
「じゃあ入れとくわね」
「お願いします。あ、明後日も同じ時間で予約入れたいんですけど」
インストラクターのお姉さんはすぐにスケジュール表を確認して、「うん、大丈夫。随分頑張るわね、綿貫さん」と背中を叩いてくれる。私は照れをごまかすように笑って、汗を拭った。

今日はいつの間にか、サークルの合宿でキャンプ場に来ていた。はたちの頃の私と男の先輩2人の計3人で、テントを組み立てている。
「芽生ちゃんごめん、そっち持ってくれる?」
「あ、はい! こうですか?」
「うん、良い感じ! よし、できた。ありがとう芽生ちゃん」
「いえいえ~」
やっとテントが形になったかと思えば、今度は女の先輩に呼ばれる。
「綿貫さーん! ちょっと来てー!」
「あ、はい! 皆さんすみません、ちょっと行ってきます! これ、どうぞ食べてください」
差し入れに持ってきていたアイスが入ったクーラーボックスの蓋を開けてから、私は呼ばれた方へと走り出す。
「芽生ちゃん。気が利くしかわいいよな」
「何、狙ってんの。あれ、でも綿貫さんって彼氏……」
「いますよ」
「うわっ」
卓也と先輩たちがそんな会話をしていたことを、私はこの日の合宿の打ち上げで知る。

作業が落ち着いて、私と卓也で荷物を整理する。辺りはすっかり夕焼けに包まれていた。
「……芽生、人気者だよね」
「そんなことないでしょ。下っ端だから頼みやすいだけなんじゃない?」
「そうかな」
「何? どうしたの」
「別に~」
「あら? あらあら?」
ムスッと唇を尖らせる卓也を見て頬が緩む。そこまで鋭くない私でもさすがにわかる。これはヤキモチを妬いている。
ニヤニヤが止まらない私に卓也はさらに唇を尖らせて、手で顔を隠した。
「うるさい。見るな」
「へへへ」
「笑うな!」
「すんませ~ん」
「全然謝ってる声じゃない」
「ごめんって」
少しからかい過ぎたかと、ニヤニヤをこらえて卓也の背中をポンポン叩く。すると卓也は顔を隠していた手を降ろし、私に顔を見せてくれる。ほんのりと、耳が赤い。
今なら、私も素直に自分の気持ちを言える気がする。
「私もちょっと寂しかったよ。周りの目があるから卓也となかなか話せないし」
キョトンと目を丸くする卓也。私は気恥ずかしくて、備品を片付けたり仕分けをしたりと、作業に戻る。
「……あのさ、芽生」
「ん?」
「この辺さ、星綺麗なんだって」
卓也に言われて、辺りを見る。確かに星の光を邪魔するようなものも、遮蔽物も、高さのある建物も、何もない。
「確かに。綺麗に見えそう」
「夜、一緒に見よう。テント抜け出して」
「え、大丈夫かな」
「大丈夫。落ち着いたらメール入れる」
「わ、わかった。待ってる」
そのうち卓也が先輩に呼ばれて、その場を去って行く。今度は私の耳がほんのり赤くなっていた。

ピピッピピッと、アラームが鳴る。この音で現実に引きずり戻されるのは、この7年で何回あっただろう。
「……また夢か」
ベッドからずり落ちながら、いつもの癖でスマホをチェックする。画面には『新着メッセージがあります』と表示されている。
「ん~……?」
何気なく画面をタップする。次の瞬間、私はガバッと立ち上がった。送り主の名前が、『原卓也』と表示されていたからだ。今さっきまで見ていた夢でも、卓也がメールを送ると言ってくれたところで目が覚めてしまった。
ということは。
「夢じゃ……なかった……?」
そんなわけはないのだけれど、あまりにも出来過ぎたタイミングに私は動揺を隠せず、何度も何度もスマホのメッセージボックスを確認した。

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