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最後の恋になればいい 第6話

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

* * *
あれ、おかしいな。
私の部屋は大好きなピンク色で統一されていたはずなのに、この部屋は青を基調とした落ち着いた雰囲気だ。しかし間違いなく懐かしい。私はこの部屋に、昔住んでいたから。
卓也が慣れた様子で冷蔵庫から二つ、缶チューハイを取り出す。あの頃の私は卓也がいつでも家に来ていいように、冷蔵庫に卓也の好きなお酒を常備していたっけ。
ベッドに座っている私に、卓也が缶チューハイを渡してくれる。
「彼女4割、大親友2割、お袋2割、姉ちゃん1割、ペット1割って感じかな」
「何それ」
「俺の中の芽生の比率?」
「えっ、ひど!」
そこは彼女10割であれよと思いながら、卓也の中で自分が占める存在がそれほど大きいのかと思うと満更でもなくて顔がにやける。
「ごめんって。噓噓」
そう言いながら、卓也は私の隣に座って頭を撫でる。
「嘘じゃないじゃん。ペット扱いじゃん」
あれ、そう言えば私、今日マスターにも頭を撫でられたっけ。あれも、私のことを犬やマスコットキャラとでも思ったのだろうか。
「違うよ。ペットだし、彼女だし、大親友だし、お袋だし、姉ちゃん」
「……私一人でそんな何役もこなしてるの?」
「そう。すごいっしょ。俺、もう芽生なしじゃ生きていけないね」
「……もう、口が上手い」
「ありがとう」
「褒めてない」
クスクスと笑いながら、どちらともなく目を閉じて、顔が近づいていく。もう少しであの柔らかい感触が、と思ったところでピピピッと鳴る電子音によって現実の世界に引き戻された。

目を覚ますと部屋の色は青じゃなくピンクだった。周りをキョロキョロと見回すけれど、当たり前に部屋には自分一人しかいない。
「また夢か……」
今日のパターンの夢は久々に見たかもしれない。
なんとなく、自分の唇に手で触れてみる。あともう少しだったのに、という気持ちが少なからずあって、私は卓也とキスがしたかったんだろうかとぼーっと考える。
『まだ好きなんだろ? 7年前のそいつが』
マスターの声が脳内を過る。もしかしたら私の周りには薄々それに気づいていた人もいるのだろうけれど、あんなに真っすぐ直接的な言葉をぶつけられたのは初めてだった。昨日泣きじゃくったせいで目は少し痛いけれど、心はもう、行き場をなくしてもがいてはいない。
私は自分の頬を両手で挟むように軽く叩くと、頷き、ベッドから勢いよく降りた。昨日までのうじうじしていた自分はもういない。今日から私は生まれ変わるのだ。
テーブルの上には、昨日ポストに入っていた一枚の封筒がある。私はそれを通勤用のバッグに入れると、会社に行く準備を始めた。

「と言うことでさおちゃん、私決めました!」
会社の給湯室で決めポーズを取る私をさおちゃんが無表情で見る。
「……何を?」
私はさおちゃんの反応にもめげず、話を続ける。
「私が今一番したいことについて考えてみたの。それはさ、出来るなら新しい恋じゃん? でも出来ない。じゃあなんで? って理由を考えてみたらね、それは元カレのことがまだ好きだからってことに行き着いたの」
さおちゃんはコーヒーを一旦テーブルに置いて、私の話を真剣に聞くモードに入ってくれた。だからさおちゃん優しくて大好き。
「え。で、どうするの?」
私がさおちゃんにスマホを見せると、さおちゃんは私とスマホを見比べてハッと息を呑む。
「もしかして元カレと連絡取るの!?」
「のんのん。落ち着いてさおちゃん。ここに一通の結婚式の招待状があります」
私は昨日届いていた封筒を鞄から取り出してさおちゃんに見せる。
「誰と誰の結婚式?」
「私の大学時代の友達カップルの結婚式です」
「……ってことは」
勘のいいさおちゃんはすぐに私の言いたいことがわかったのか、目を見開いて、私を見る。
「そう。卓也も呼ばれてるかもしれない」
「おお!」
「まずそれが確実かどうか周りの友達から聞いてみたいと思います。恋とは情報収集」
「情報収集?」
「ほら、学生の頃ってそうだったじゃない? あの人素敵だな、彼女いるのかな。部活は? 家はどの辺り? 友達はどんな人? そう言うの、情報収集してかなかった?」
「……そう、だったかも?」
「お見合いパーティーの自己紹介カード、誰かからの紹介。そういうの、一旦止めにする。私は今、卓也のことが好きなんだから一旦それにちゃんと向き合おうって思って」
「……芽生は最終的に元カレとどうなりたいの?」
さおちゃんが心配そうに私を見る。
わかる。いきなりこんなこと言ってどうしたのって思うよね。やけになってるんじゃないかって思うよね。応援していいのかしない方がいいのか、迷うよね。
実際、確かに卓也のことはまだ好きだけれどもう一度付き合いたいのかと聞かれると、自分でもよくわからない。じゃあもう一度ちゃんとフラれたからと言って諦めがつくのかどうかも、それもわからない。ただ、私の中にあるのは、この気持ちがまだ終わっていないということだけだ。もしかしたら向こうには、もう家庭があるかもしれないし彼女だっているかもしれない。だけど勝手に心の中で好きな分には誰にも迷惑はかからない。とにかく、ずっと蓋をして、無視し続けていた自分の気持ちを昇華してあげたい。
「思い出させてもらおうと思ったんだ。恋ってどんなだったか」
私の答えに、さおちゃんはそれ以上は聞かず、「そっか」と微笑んだ。
自分の気持ちを認めてからたった一日でこんなことが言えるようになるなんて自分でも信じられない。晴れやかな気持ちは空にも伝染したのか今日はとても良い天気だ。
またお礼とお詫びにマスターのとこ行かなきゃなと考えているうちに、あっという間に休憩時間は終わり、私とさおちゃんは仕事に戻った。

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