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最後の恋になればいい 第7話


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

金曜の夜だからか、今日の『Bar OLIFANT』はお客さんで賑わっている。私とさおちゃんは端っこのテーブルでチビチビとお酒を飲んでいた。木製のテーブルの上に置かれた私のスマホを、お馴染みの像の置物が見守るように置かれている。
「で、返事はきたの?」
「まだ」
「お前らここをたまり場にすんな」
「いたっ」
作戦会議のようにヒソヒソそと話していると、新しくカクテルを持ってきたマスターのげんこつをくらう。
お前らって言いながら私にしかげんこつしてないじゃんと言いたかったけれど、つい先日も迷惑をかけてしまったばかりだからグッとこらえる。
「相変わらず大袈裟なやつだな。つか、今日忙しいから場所取るだけなら他行ってくれ」
「そんなカッカしないでくださいよ~。ほら、二人で来たら注文だって二倍に増えるんだし、ソロで来るお客さんよりコスパ良いでしょ」
なんて軽口を言い合っていると、また次の注文が入ってマスターがお客さんに呼ばれる。
「……30分に一回は注文しろよ」
まるで捨て台詞のように言って、マスターがお客さんの元へ向かう。私は「は~い」と返しながらその背中を見てハッと思い出す。
「ねえねえさおちゃん。この店さ、すっごく料理美味しいんだよ。なのにマスターさ、私たちが初めて来た日、料理頼まれたらうざいからってラストオーダーって嘘ついて……いたっ!」
振り向くと、またマスターがいる。どうやら私はまたげんこつをくらったらしい。
「おいこら、他の客いんだぞ」
「はは……。すみませ~ん。あ、マスター、マルゲリータピザお願いします」
「ん」
ふんっと鼻を鳴らし、マスターはカウンターに戻って行く。戻った瞬間、今度はカウンターに座る酔っ払いのおじさん客に絡まれていて、大変そうだなあと思うと自然と笑いが漏れてしまう。
「……芽生、随分マスターと仲良くなったね」
「え、そう?」
「そうだよ。元気になったの、マスターのおかげだったりして」
「えっ」
何故だか妙な図星を突かれたみたいで焦ってしまう。「ど、どうかな」と返す私をさおちゃんが意味深にニヤニヤと見てくるから、余計にだ。
そうだ、きっとこれはさおちゃんの聞き方のせいだ。別に元気になったのがマスターのおかげでも、何も変なことなんてないのに。
「それにしてもこないね、返事」
「……だね」
私とさおちゃんは今、結婚式に卓也が来るのかどうかの返信を待っている。連絡を取ってみた相手は大学時代の女友達で、情報通なあの子なら間違いないだろうという算段だったのだけれど、メッセージを送って空丸三日、返事が来ない。
「仕事忙しいのかな」とぽそっと呟いてスマホを見つめていると、マスターがピザを運んできて、途端にテーブルの上が華やかになる。
「はいお待ちどう」
「うわ!」
「なんだようるせえな」
「びっくりしたじゃないですか! マスター、わざと驚かすように置いてません?」
「んなわけねえだろ。バカじゃねえの」
そんなやりとりをしていると、テーブルの上のスマホが振動し始める。画面には『新着メッセージがあります』の文字が表示されたらしく、さおちゃんが慌てて私の肩をバシバシと叩く。
「芽生! 来た! 返事!」
「え! うわ! えっ!」
指が震えてなかなかスマホを掴めないでいると、マスターが代わりに取って渡してくれて、去り際にまたコツンとつむじを小突かれた。

返ってきたメッセージを読んで、私は頭を抱えていた。
「あ~どうしよどうしよどうしよ」
「お客さん、追加のご注文は」
「困った……。まさかほんとに卓也が来るなんて……。どうしよう、とりあえず服? ダイエット? 髪伸ばす?」
「おら客! 追加注文は!」
「あ、じゃあ水で」
カッカするマスターにさおちゃんが冷静に注文する。
「かしこまりました~、じゃねえんだよ金額が発生するもん頼め!」
「ごめんなさいマスター、もう食べる気にならないです……」
「じゃあ飲め」
「お酒ももういらない……」
「だったら帰れよ!」
「もう~知ってるでしょ? うちとさおちゃん家逆方向なんです! この店ちょうどいい場所にあるの!」
「知るか!」
もう大分お客さんも捌けたからなのか、マスターは人目も気にせず元気にツッコミを入れてくる。
「で、どうする? もう結婚式まであんまり時間なくない?」
「だよね……。とりあえずダイエットかな。私大学時代より太っちゃったし……」
「んなもん今からやったって大差ねえだろ」
「大差あるんです! こちらの心持ちが違うんです!」
「はいはいそーですか」
「それにしても7年ぶりの再会か~。なんか私まで緊張してきちゃった。芽生、頑張ろうね」
目の前で私とマスターの攻防が繰り広げられていても顔色一つ変えず、さおちゃんはマイペースに私の身を案じてくれる。
「さおちゃん……」
感動で私はさおちゃんの手を握って見つめる。
なんて良い子……。そりゃ田中さんだって惚れちゃうよ。
「まじで帰って欲しいんですけど~」
私たちの様子に呆れている様子のマスターを無視して、私たちは話を続ける。
「今度服一緒に選んでね!」
「もちろん」
「マスターも! 服買ったら見せるから選んでください! 男の人の視点、大事!」
「別にどれでもいいんですけど」
「よくないんです! あ~髪今から伸びないかな~。卓也、髪長いのが好きなんですよね」
「一カ月でそんな伸びねえよ。諦めろ」
「あ、私、髪が伸びやすくなるシャンプーっていうの見かけたよ」
「何それ買う! 待って、今から注文するから。商品名何?」
「えっとね……」
スマホを取り出して色々やっていると、いい加減キレたマスターがドンッとテーブルを叩き、「いいから帰れ!」と言う切実な声が店内に響いた。

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