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最後の恋になればいい 第12話


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

* * *
「ペンギン! カワウソ! カピバラ! ウサギ~!」
綿貫が展示された動物にいちいち走っていく。
こいつ、子供より子供らしい反応してんじゃねえか。
少し呆れながらも、まあこれくらいはしゃいでくれた方が来た甲斐があるのかもしれないと思い直して、走りはしないけれど、綿貫についていく。
「あんた全部に反応しないと気が済まねえのか」
丸めた園内地図で綿貫の頭をポンと叩くと、どうやら我に返ったのか、風船がしぼんでいくように、綿貫も恥ずかしがって、縮こまっていく。
「すみません動物園本当に久しぶりで……」
「そんなに好きなのに?」
「えっ」
俺の一言で、綿貫は心底驚いたように目を丸くした。
「いや、見たらわかんだろ。その年で動物園でこんなにはしゃぐヤツ見たことねえもん」
「な、何歳でも動物園に来たらはしゃぐでしょ!」
「そうか?」
まあ独特の獣臭さを除けば面白い場所ではあると思うけれど。それでもやっぱり、こいつほどのはしゃぎっぷりはなかなかしないと思う。
こいつ、こんなに動物園好きだったら元カレと来た時もこんな感じだったたのか……? いやいや、何考えてんだよ、俺にはそんなの関係ねえだろ。
「あっ、マスターは好きな動物いますか? そこ行きましょう! 私、どんな動物でも大好きなんで何が来ても楽しめる自信あります!」
「いや俺は別に」
「いいんですよ~照れなくて。うさちゃん触ってデレデレしても」
「あ? ウサギ?」
綿貫は上機嫌で、すぐ近くにあるウサギ広場に入っていく。飼育員が抱いているウサギを撫でていたかと思ったら、次の瞬間には膝にウサギを乗せ始めた。
こいつ、こういうことは意外と抜かりないな。
「ほら~かわいいですよ! マスターもうさちゃん抱っこしましょうよ!」
「結構です」
「ふ~ん」
「あ、おい。そのウサギ」
「へ?」
「糞してるぞ」
ウサギは無表情のまま、綿貫のスカートにゴロゴロと丸い糞をする。
「わ!」
綿貫の白いスカートはウサギの糞で少し汚れてしまった。
これは……ヤバいか? 俺どう対応すりゃいいんだ。
なんて内心焦っていると綿貫はウサギを地面に置いて、撫で始める。
「ごめんね~そんなタイミングで抱っこしちゃって」
こいつ、まじか……。恐らくお気に入りだろう服に糞されてんのにウサギに謝ってる。動物好きもここまで来るとあっぱれだな。俺の元カノだったらこれ絶対機嫌悪くなるやつだわ。
嫌そうな表情一つせずウサギを撫でている綿貫から目が離せないでいると、他の場所から女性客の声がする。
「うわ、最悪~!」
見てみると、綿貫と同じようにウサギにやられたらしい。そいつはウサギを追い払って、明らかに機嫌を悪くさせていた。飼育員が慌てて彼女の元へ駆けつけるけれど、機嫌はいっこうに直らない。
あ~あ~彼氏困ってる。
「いえいえ全然平気ですよこのくらい!」
綿貫の声がして、俺はまた視線を綿貫に戻す。いつの間にか飼育員が来ていて、飼育員は申し訳なさそうに頭を下げているが、綿貫は実にあっけらかんとしている。持ち場に戻る飼育員にニコニコと手を振る綿貫を見ていると、ホッとするような、だけどもどかしいような、なんとも言えない気持ちに包まれた。
「……着替えた方がいいかな」
飼育員が去ってからポツリと零した綿貫に、俺は何もノープランだってのに口が勝手に動いて、足が勝手に走り出す。
「待ってろ」
「へ?」
「いいから待ってろ!」
言い残して、園内の売店へと駆け込む。
途中でケンと結城のような人影を見たような気がしたけれど、今そんなことにかまっている余裕はなかった。

* * *
二人の横を通り過ぎる客たちが、二度見してはクスクス笑う。かく言う私も里見さんも、二人の様子を盗み見ては必死で笑いをこらえている。
ウサギモチーフでピンク色のツナギを着ている芽生と、猿モチーフで茶色のツナギを着ているマスターが、そんなおちゃらけた服に似合わないげんなりとした顔で並んで歩いているからだ。きっと園内の売店コーナーにはそれしかなかったのだろうけれど、それにしてもあのハッピーな服に似合わない悲壮感たっぷりの二人の表情がさらに可笑しさを加速させている気がする。「もう開き直って明るい顔した方がマシだよ」と言いに行きたいけれどそれだと尾行がバレるから、私はこうして陰で里見さんと笑いをこらえるしかできない。
「別にマスターまで着なくてもよくないですか? ペアルックみたいで余計に恥ずかしいんですけど……」
「うるせえな。あんただけ着たらこんな馬鹿そうな女連れてる上に自分は普通の格好かよって、俺の方がヤバいやつみたいな目で見られんだろ。だったら俺も馬鹿だと思われた方がマシだ!」
「変な理屈~」
「なんとでも言え!」
「よかったんですよ、そのまま帰っちゃっても」
「デートの予行演習だろ? まだそれらしいこと一つもしてねえのに帰れるかよ」
「……マスターって」
「あ?」
「意外と優しいし面倒見いいんですよね」
「……やめろ気持ち悪い」
「ふふ。なんか私楽しくなってきました。動物園なのに動物より私たちが見られてるの、ウケませんか」
「……全然ウケねえよ」
なんて言いながら、マスターも芽生も笑いがこみ上げてきたみたいで二人はくすくす笑い合っている。なんだか良い雰囲気だ。
あの二人、気付いてないけどほっといたらすぐ二人の世界入っちゃうんだよな。
私は心の声でそう呟いているだけなのに、隣で里見さんも、「うんうん」と頷いている。考えていることは私も里見さんも同じらしい。
「おい、笑い過ぎ」
おもむろにマスターが芽生の頬をつまむ。
いやいや芽生ほどじゃなかったけどマスターも笑ってたじゃん。理不尽だな。そんでこの人ちょいちょいこうやってボディータッチするけど芽生にしかしないんだよな。自覚あるのかな。
「いひゃい」
「おい、もう一回ウサギ行くぞ」
「え、興味ないんじゃ……」
「仕切り直しだ仕切り直し! この服ならいくら汚れたっていいしな!」
「……はい!」
ずんずんとウサギ広場に戻っていくマスターを、芽生が嬉しそうにキラキラした目で追いかける。からかいの気持ち半分と、本当は少し心配な気持ちもあって見に来たけれど、もう大丈夫だと芽生の表情を見て思う。
「……帰りますか」
「そうだね」
まるで阿吽の呼吸で、私と里見さんは立ち上がり、芽生とマスターに背を向ける。最後に一度だけ芽生とマスターの方を振り向いて、芽生が柔らかく笑っているのを確認すると、私と里見さんは動物園を出て行った。

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