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最後の恋になればいい 第8話


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

それからと言うもの、私は自分磨きに専念した。美容室に行って髪を整え、ネイルサロンで爪をピカピカにして、ありったけのカクテルドレスを試着してどの色、どの形のものが自分に似合うかチェックしてもらい、今はさおちゃんと共に、マッサージに来ている。
「芽生って恋するとこんな感じだったんだね」
「ん~?」
さおちゃんと私は、並んで施術を受けている。あまりの気持ち良さに、おじさんのような声で返事をしてしまった。
「今までやさぐれてるとこしか見たことなかったからさ。あの人ダサい、無理。あの人デートしたけど全然楽しくなかった、みたいな」
「……はは」
過去の自分の最悪な振る舞いを、さおちゃんも少なからず何か思いながらも見守ってくれていたのだと思うと胸が痛む。
「でも本当は乙女だったんだね。こんな必死になっちゃってさ」
「……引いた?」
好きだと思う相手とそうじゃない相手への振る舞いの差に、自分でも引いているのだからさおちゃんが引くのは当然だろう。所詮私は相手によって態度を変える、小さい人間だ。
「ううん、全然」
「さおちゃん……」
ジーンと、目頭が熱くなる。本当に良い友達を持ったものだ。あの会社に入って一番の財産は、さおちゃんに出会えたことだと言っても過言ではない。
「はは、何泣きかけてんの。それくらい当然でしょ、好きな相手なんだから。私だけじゃないよ、きっとマスターもそう言うと思うよ」
「どうしてそこでマスターが出てくるの」
「だってそうじゃない?」
さおちゃんに言われて、いつかのマスターの言葉を思い出す。
「そう言えば」
「ん? なになに」
「前にね、マスターが言ってくれたの。こんな何年も元カレ引きずってる私を、そんな風に誰かを想えるってすごいことだって」
「……へ~」
あ、またニヤニヤしている。
マスターの話をするとさおちゃんはいつもこうだ。意味ありげな顔でニヤニヤして、私の表情をじっくり観察してくる。
「な、なに」
「別に~」
するとスマホに『街コンのお知らせ』と、お見合いパーティーの主催会社からダイレクトメールが届いた。私はそのメールを開封した後、ゴミ箱フォルダに入れる。
「私ね、お見合いパーティー行くたび、男の人のこと愚痴りながら、でも、そもそも一番悪いのは自分じゃんって、心の中では自分に石投げてた」
「……うん」
「ああやってトゲトゲした強い自分になりきらなきゃ、しぼんじゃいそうで。でも今思ったら、無理してたんだなあって。色々」
「……私は、気兼ねなく愚痴言い合える芽生も、今のイノシシみたいな芽生も、どっちも好きだよ。どっちかを否定することないよ、それもひっくるめて、全部芽生だよ」
「さおちゃん……。イノシシみたいって思ってたんだ……」
「ちょっとね。でも好きだよ」
「う……さおちゃん好き……」
私がまた涙ぐんだその時、さおちゃんのスマホが鳴る。さおちゃんはスマホを見ると「あ、田中さんからだ」と鼻歌を歌いながらメッセージを返し始めた。
「あっ、ごめん……」
私の視線に気づいたさおちゃんが、申し訳なさそうに謝る。
違う。確かに、「田中さんかい!」とはなったけれど、もうあの頃の、人を羨むばかりの私には戻らない。
「謝らないでさおちゃん。私決めたの。友達の幸せを喜べる人間になるって」
「……なれてなくない? 顔、鏡で見てみな?」
「今からなるの!」
思わず立ち上がると、マッサージ師さんからさすがに注意を受けた。

自分磨きにはもちろん日頃の努力も欠かせない。私は仕事終わりにジョギングをしたその足でドラッグストアへ行き、ダイエット食品やらいつもは買わない少しお高めの化粧品やらを買い物カゴに入れていく。
すると、ふと壁にジムのチラシが貼られていることに気づく。こういうのも行った方がいいかなあなんて思いながら眺めていると、背後からつむじを小突かれる。
「んっ!?」
この感じ、まさか。
「何してんの」
やっぱり。
振り向くとマスターがいた。いつも暗いところでしか会わないから、明るい電気の下にマスターがいるのがなんだか不思議だ。
「マスターこそ何してるんですか」
「俺はちょっと店の足りないものの買い足し。で、あんたは……あ、なるほどね」
マスターは私の買い物カゴの中を覗き込むと、呆れたように頷いている。
「なんですかその感じ」
「別に~。で、こっちは? ああ、ジムの案内チラシか」
なるほどね~と言いながら箱ティッシュや布巾等をマスターが買い物カゴに入れていく。
「間に合いますかね、結婚式までに」
「あ~? そもそも俺あんたの大学時代の体型知らねえし」
興味なさげなマスターに、わざとらしく頬を膨らませる。どうして私はこの人の前だと、随分子供のような態度を取ってしまうんだろう。
「なんだよその顔」
マスターがこっちを見る。すると急に、思い出したことがあった。そう言えば、まだマスターに結婚式用のドレスを見てもらっていない。
マスターは私のドレス姿を見たら、どんな態度を取るんだろう。今みたいな、興味なさげな顔? それとも少しは驚く? ……ってこれだと私がマスターに見せたいみたいじゃないか。違う違う。さおちゃんも店員さんも同性だったから、男性側の意見が聞きたい。それだけだ。
「あの、マスター、今から店帰るんですよね?」
「ああ。これ買ったらな」
「ちょっとあの、私が店行くまで閉めないでください」
「は? 何」
「絶対ですよ!」
思い立ったら即行動だ。あの頃、卓也には顔色を伺って出来なかったこと。私は一目散にレジを済ませると、準備のために家へ全速力で駆けだす。
「なんだよあいつ……」と背後でマスターが言っているのが聞こえた気がするけれど、なんだかんだいつも受け止めてくれるから、私は安心して駆けだすことが出来るんだと走っている途中で気がついた。

* * *
俺の店はいつからバーからクラブになったと言うのか。
「ということで始まります! 2024年、冬のファッションショー!」
マイクを持ったケンが立ち上がり、客からは歓声が飛ぶ。
なんでこんなことに……。
そうは思いつつ客からの注文を無視するわけにもいかず、俺は一人カウンターで酒を準備する。そんな俺を綿貫の友達・結城が面白そうにニヤニヤと見てくる。
「ご機嫌斜めですか?」
「当たり前だろ。人の店イベント会場みたいにされてんだから」
「まあまあいいじゃないですか、お客さん楽しそうだし」
「俺は楽しくねえ」
本来この店で一番発言権のあるはずの店長の言葉でも、圧倒的多数の前では太刀打ちできない。味方だと思っていたケンがまずあのざまだ。ケンは水を得た魚のようにマイクを持って声を張り上げる。
「さあさあそれでは早速いってみましょう! あなたなら、どの彼女にドキッとする? 綿貫芽生ちゃんドレスショー! 芽生ちゃん準備はいいかな!?」
「なんであいつはあんなにノリノリなんだよ……」
思わず出た言葉に、結城がまたクスクスと笑う。
くそ、居場所がない。俺の店なのに。
「はい、まずはエントリーナンバー1、ピンクのドレス! 芽生ちゃんは落ち着いた色のイメージが強いから新鮮でときめいちゃうかも!?」
ケンの馬鹿みたいな紹介でピンク色のカクテルドレスを着た綿貫が現れる。綿貫は店の中央までぎこちなく歩くと、その場で一周、くるりと回ってみせた。
酔っ払いのおっさんたちはそれだけでテンションが上がるのか、店内は大いに沸いている。俺を除いて。
「騒がしいったらねえな」
てかあいつにピンクとか別に新鮮でもなんでもねえだろ。あいつと言えばピンクくらいのもんじゃねえのか。
そう思って綿貫の私服を思い浮かべるが、確かに普段は落ち着いた色が多い印象だった。
部屋だけあんなピンクなのか?
改めて綿貫を見る。照れくさそうに笑う頬のピンクと、ドレスのピンクが合っているように見えなくもない。
「マスターも選んであげてくださいよ。芽生、喜んでたんですよ。マスターが元カレ引きずってること引かない、むしろすごいって言ってくれたって」
「……そんな大したこと言ってねえだろ」
「芽衣にとっては大したことだったんですよ。こんなはしゃいで、ファッションショー開いちゃうくらい」
そう話している間にも、綿貫は色んな色のドレスを着てみせている。
どれもこれも、何をそんなに周りの評価を気にするのかわからないくらい、おかしなところなんてない。ただ、照れながらも嬉しそうに笑う姿は悪くないと言うだけ。それが俺の言ったことが原動力になっているのなら……と、そこまで考えたところで胸にむずがゆさが走る。
俺は今、いったい何を考えていたんだ。
「……いいんですか?」
「何が」
「芽生、元鞘に戻っても」
「……それが一番いいんじゃねえの」
数秒だけ言葉が出にくかったのは、急に突拍子もないことを聞かれたから、ただそれだけだ。実際、あいつはそれを望んで色々頑張ってるんだから、それが一番良いに決まってる。俺は「いい」、「悪い」を判断していいような立場じゃない。なんなら少しアドバイスしただけの部外者だ。
「ほんとかなあ」
結城の言葉に聞こえないふりをして、俺は氷を割ってグラスに酒を注いだ。

ケンが『投票箱』と書かれた箱をテーブルに置いて、マイクを持つ。
「それでは発表します!」
誰かのスマホでドラムロールの音源が流れ、ケンがそれに合わせるように投票箱から一枚紙を取る。
「青! 1票!」
「うお~まじか!」
「俺の黄色来い!」
「いやいや俺の水色……」
「なんでこんな盛り上がってんだよ……」
げんなりする俺を見て、結城は相変わらずクスクスと笑っている。ケンは次々に結果を読み上げて、綿貫はそれを緊張した顔で見ている。
いやどこに緊張する要素あんだよ。別に好きなの着てきゃいいだろ。そんなに元カレによく見られたいかよ。
「よって一番得票数が多かったのは7票獲得した、青~!」
「おお~!!」
どこからともなく指笛やクラッカーの音がする。ケンは綿貫にマイクを向け、コメントを促す。
「それでは芽生ちゃん! 青に決まったご感想は?」
「え……。えっと、青は彼にもよく似合うって言われて……」
冷やかすような声が飛び交う中、「はいはい、青ね結局ね」と一人心の中で呟きながら俺は次の注文分の酒を作る。
「マスターはどれに入れました?」
「……さあ」
探るような結城の目をかいくぐって、俺はもう一度、青のドレスを着て笑っている綿貫を見た。

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