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最後の恋になればいい 第18話


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

* * *
もう何年もこの店に通っているけれど、店番を任されたのは初めてのことだ。勝手知った店内でもカウンターからの景色はいつもと違って見えて、少し心が躍る。
晃の真似をしてグラスを拭いてみたりシェイカーを振ってみたりしていると、カランコロンといつもの呼び鈴が鳴って、俺が店長代理になってから初めてのお客さんが入ってくる。
「は~外寒~。マスター、ビールお願いします!」
言いながら入ってきたのはさおちゃんだった。寒いのにビールなんだと内心思いながらも、俺は冷蔵庫を開けながら返事をかえす。
「は~い」
「え、あれ……。ケンさん?」
さおちゃんは目を真ん丸にして俺を見ている。なんだかドッキリをしかけているみたいで楽しい。
「いつからマスターに……?」
「さていつからでしょう」
今から話すエピソードに対するさおちゃんのリアクションが楽しみで、俺は自然に口角が上がってしまっていた。

* * *
くそ。
ガソリンメーターもろくに見ずに出てきてしまったから、さすがにピンチなことを高速道路に乗ってから悟ると俺は渋々パーキングエリアのガソリンスタンドに入る。
しかしなぜかこういう時に限ってガソリンスタンドは列をなしていて、思わず出る舌打ちを、自分でも制御できない。
なんでこんなにいらついてんだ。
自分でも意味がわからないほど気持ちが焦っていて、こんな気にさせた綿貫にあとで責任を取ってもらわないとという気持ちがよりいっそう強くなった。

* * *
披露宴を終えて、式場の外は二次会の指示待ちをする人たちで混みあっている。
「二次会行く人は20時に、さっき言ったお店にお願いします!」
幹事らしき人の声に、皆が一斉に動き始める。
「わっ」
人波に押された私はよろけて、ドレスが木の枝に引っ掛かってしまった。慎重に枝からドレスを外そうとするけれどまた人波に押され、ビリッと嫌な音を立ててドレスが破れてしまう。
「あ~……やっちゃった……」
すると女友達たちが合流し、私のドレスの惨状に気づく。
「うわ。芽生大丈夫? せっかく綺麗なドレスなのに……」
「二次会どうする?」
心配そうな女友達たちの表情が心苦しい。彼女たちは二次会を楽しみにしていたことを知っているから、ここで私が空気を乱すわけにはいかない。
「大丈夫、着替え持って来てるから。後から行くから先行ってて」
「そう? 待ってるよ?」
「うん。またあとでね」
女友達たちに手を振り、私は人混みから離れる。静かな場所で改めて、裾が破れてしまった青いドレスを見て、私の心は何故か、ほっとしたような、スッキリしたような、残念なような、不思議な気持ちに包まれていた。

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