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最後の恋になればいい 第16話


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

* * *
最近うるさかったからか、ケンと二人だけの店は随分静かに思える。ケンだってよく喋る方なのに静かに感じるなんて、俺は大分綿貫や結城に毒されていたらしい。
「晃はどっちに賭ける? 芽生ちゃんがヨリ戻すか戻さないか」
「知らねえよそんなん」
「冷た~。デートした仲だろ。芽生ちゃん、元カレと別れてから今までで一番楽しかったデートだったって言ってたぞ~」
「は? 何それ、誰情報」
「さおりちゃん」
「……あ、そう」
なんだよ、俺に直接言えよ。
込めた気持ちが包丁に乗ったのか、いつもより大きな音を立てて、ベーコンが切れた。

* * *
美容室で髪をセットされると、いよいよと言う感じがしてそわそわする。
「いかがですか? 後ろはこんな感じです」
美容師さんが背後からの合わせ鏡で後頭部の様子も見せてくれる。
うん、目立ち過ぎずラフ過ぎず良い感じだ。
「ありがとうございます、すごく気に入りました」
「よかったです」
しかしやっぱりまだ決めかねていることがあって不安になり、鏡をしまっている美容師さんに問いかける。
「あ、あの」
「はい?」
「この髪型なら青とピンク、どっちのドレスが合いますかね」
「う~んそうだなあ。この髪型なら青ですかね」
「……です、かね」
「うん、青がいいと思う。あ、雪強くなってきましたね」
「わ、ほんとだ。明日、バス動くかな」
「無理かもしれませんね~」
美容師さんの呑気な声と裏腹に、窓の外はどんどん暗く、雪も風も激しさを増している。私はただその様子を、心配して見つめることしか出来なかった。

* * *
どいつもこいつもなんだって言うんだ。ここは東京だぞ。どうして山梨の天気ばっか中継してんだよ。
テレビではアナウンサーが「山梨の方ではだんだんと雪も風も激しくなってきました!」と現場リポートしている。アナウンサーは身を縮こませ、やけに寒さをアピールしている。
そんな寒いならリポートとかしてないで早く帰れよ。
心の中でつっこんでいるとケンも煽るように口を開く。
「芽生ちゃん、99パーもう一泊だね」
「……かもな」
うるせえな、こいつ。店に誰もいねえから俺が返事するしかねえじゃねえか、めんど。早く帰ってこいよ綿貫。
「ね、芽生ちゃんもう一泊ってことは元カレももう一泊だよね? 久々に燃えあがっちゃう系かな~」
ケンの声のニヤニヤした感じが、やけに耳に残る。ああ腹が立つ。何に腹が立つってこんなバレバレの罠に引っ掛かっている自分に一番腹が立つ。
「晃? どうした? お~い」
ケンのことは無視して、グラスを拭く。だけど自分でも、今どのグラスまで拭いたか把握できていないほど、注意散漫だ。あいつのせいで。『私、もう誰かを好きになるのなんて一生無理なんですかね……』
店で酔いつぶれて、しょっちゅう机に突っ伏してた綿貫。
『あの。またお店行ってもいいですか』
わざわざ聞かなくても来ればいいのに、律儀にそんなことを聞く綿貫。いつかの、俺の車の中でのなんてことないやりとり。
『えっと、青は彼にもよく似合うって言われて……』
調子に乗ってファッションショーなんて開いて、本当の好みは違うのに、元カレに言われた色が周りから似合うと言われて馬鹿みたいに嬉しいのを隠せてない綿貫。
『マスター。私、今日一緒に動物園来たの、マスターでよかったですよ』
動物園に対するあんなバカデカ感情聞かされた後にそんなこと言われた俺の身にもなってみろ。頭から離れなくなんだろ。責任取れよな。
もうちゃんと拭けたのかどうかすらわからないグラスを置いて、腕まくりしていた袖を降ろす。
「ケン」
「ん?」
「……店番頼む」
もうこの後、ケンがどんな顔でどんな声色で何を言うのかなんて予想がついてたから、俺はそれをなるべく聞かないように早歩きで店を出て行く。
「行ってらっしゃ~い」と手を振るケンに返事が聞こえないくらいの音量で喧嘩腰みたいな「おう」を返して、俺は愛車に乗り込んだ。

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