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アメリカンコーヒーと祭りのあと

桑田佳祐の「祭りのあと」を初めて聞いたのは、中学生の時。
その頃、サザンオールスターズは活動を休止していて、ソロ活動をしていた桑田氏は音楽雑誌のインタビューで「こたつの中でギターを弾いているような距離感で、曲を届けたい」と語っていた。
その言葉の意味をきちんと理解することはできなかった。CDの歌詞カードを読んでも、意味が分からない。でも、激しく格好良いと思った。
黄昏の美学、まだ青春すら味わっていない私には、刺激的で眩しい遠い憧れだった。
まるで、若者が背伸びしてモルトウィスキーをロックで流し込み、焼けるような痺れと刺激に驚き、目眩をおぼえたような気分だった。

それから年月が流れ、そこそこ清濁は合わせ飲んできた。
少しだけ騒々しい割に中途半端にまとまった生き方をしてしまったが、若者たちを遠目に眺めながら微笑む位の心の余裕は覚えたはずだ。
心を揺さぶられるような出来事もあった。
もう少し若い頃なら、駆け出して背中を追うこともできたろう。でも、そうすることが必ずしも正しい訳では無いことを学んでしまった。

久しぶりに、その人の横顔を遠くから眺めた日の帰り道、喫茶店で長い寄り道をした。
コーヒーのお代わりを頼み、イヤフォンから流れる音楽に耳を傾けながら、その人の姿を思い出していた。

なんて儚く強く美しい人なんだろう、と改めて思った。多少人生を狂わせられても良い位に。

普段は饒舌なマスターが、静かに二杯目のアメリカンコーヒーを運んできてくれた。気のせいか、湯気からほのかにブランデーのような香りが立ち上がった。
音楽のセットリストから「祭りのあと」を再生した。
歌詞のフレーズの一つ一つが、コーヒーの香りと一緒に胸に広がった。

若くはないからこそ、色々経験してきたからこそ体得できる、野暮で粋で、下世話で不器用な優しさと切なさ。
あの日出会った、黄昏の美学が胸の中に迫ってきた。
私は、誰かの可愛い女にはなれなかった。理想のミューズにもなれなかった。
その代わりに、少しは粋で優しい馬鹿になれただろうか。もし、そうならば、若干報われた気がする。
しばらく止まらない涙を流す私を、コーヒーの湯気と喫茶店のBGMが静かに包んでくれた。

もう少しだけ、身を焦がしながら、こうしていよう。




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