日記:現実と虚構の区別

前回はお騒がせしました。
先生とお話して今は一時的にでも大丈夫です。
周りはね、いい人ばっかなのにね…にはは

さて…
好きな作家さんの記事を今日読み返していて、
作家さんが引用していた言葉に

「現実と虚構の区別」

という単語がありました。

ああ、脳裏を記憶が走る。

前に、さっき言った先生とは別の人だけど、
先生に「一週間推し断食」をしなさいと言われ、
やったことがあった。
私が、とあるアニメが原因で、「怠けてもいい」という思考に陥ったと考えたから…だっけ。
それを言われたときは悲しかったなあ。
その時、そのアニメがとても好きだったから。
好きな人が犯人扱いされたら悲しくなるよね。多分それ。

スマホの待ち受けもLINEの着せ替えも変えて。
まあこれは自主的にやったんだけど。
それで一週間が過ぎた。
「やっと見れる!いいですよね?」
的なことを言ったら、先生は

「だめだよ。現実と虚構の区別がつくまで、ずっとだよ。」


…と言った。

流石に無理!!!!!と思ったので、
「それは無理です…」といった、っけ。
その後のことは覚えていない。
許容された…っけな。
まあじゃないと今ここにいないけど。


現実と虚構の区別…
まあそりゃあ私にだってやっていいことと悪いことくらいわかる。

剣を振り回しちゃダメだし、魔物はいないし(いたら怖いのでそういうことにしておく)、危ない薬はやっちゃいけないし、自傷もなるべくしない。ていうか怖くてできない。痛いの嫌…。

わかるよ。わかるんだ。

でもさ、
多少望んじゃうじゃん。

ポケモンがいたらいいな。
美少女と出会えないかな。
あめちゃんに会いたいな。
呪術廻戦みたいなことが現実であったらどうしよう。
空をパズーたちが飛んでるかもしれない。
ほたるちゃんたちは元気かな。
うしおととらは今どうしてるかな。
月光は元気かな。
勝たちはどうだろう…

こんなふうに。

言うなれば、架空の人たち。
言うなれば、画面越しの人たち。

その人達に思いを馳せるのは、悪いことなのかしら…。


私は、そのほうが楽しいんだよな。
世界がその分きれいに見える。
世界線は違うかもだけど、アニメや漫画のキャラたち。
現実にいる、私の推したち。
彼らと同じ、地球上で生きてる。

それだけで多少、
嬉しくなれるから。








天使は。
天使は、
「現実がないと夢は見られないよ」
と言った。
「私はみんなに夢を見せる天使なんだ」
と言って、
私達を現実へ落とした。

それでよかった。
おかげで、
君を頼りにして生きることができるから。

ああ、展覧会、良かったなあ。
夢と現実の融合だね。
等身大フィギャーは、生きていたよ。
フォトスポットも、きらきらだった。
虹色の蝶がいたのが、嬉しかったな。

イベントは、
現実と画面越しだったものの融合だ。
生きてるんだ、ってなる。
またリアイベ、行きたいな…
彼女のも、彼のも。



彼らのおかげで、
彼らを通して、
世界に色が付いてるんだ。
とっても、とってもきれいな色なんだよ。
それで、いいじゃない。

死ぬときに、
彼らのことを思い出したいから。


きっと、それが私の生きる術だから。

これが私なんだよ。

文句言うなよ。ガハハ!



虚構は、私を救ってくれるんですよ。
優しくね。
そんで、私は現実に帰るんです。
思い出や愛を胸に。

彼らのおかげで生きてるんだから、
それでいいんですよ。
多分ね。



なんていう話でした。なんだこれは。

謎でも駄文でもなんでもいいんだよ
愛があるだけ。



推しへの思いを胸に、みんな寝ましょう。
おやすみなさい。