掌編 「溺れろ、青春」
カンナが青春を殺したのは、白い朝だった。
ただ真っ白な、雪もなく、寒いだけの朝、通学路から校舎脇の林に続く結婚を辿り、ぼくはカンナと青春の元へと引き寄せられた。といっても、全ては予想の範囲内だった。
カンナはいつか青春を殺すだろうとクラス中が噂していたし、彼女自身も、制服に隠したナイフをぼくらにちらつかせては、いつか青春を殺してやる、と公言していたのだから、カンナの足元に倒れた青春、という絵面には不思議と既視感があった。
そして、校舎に並ぶ林は、まさに殺しのためにあつらえられたようなものだった。昼でも鬱蒼としてくらい林は、誰もが青春殺しのために目を付けていたし、当然、ここで殺しもあった。
年に二度、定めたように青春が殺される。誰も止めることができないし、誰も気にかけない。青春が殺されるのを、実はみんなが待っている。だから、噂にもならないし、問題になることもなかった。
「呆と突っ立って、何見てんだよ」
カンナがぼくの方へ振り返った。荒い呼吸を見るに、殺してすぐらしかった。
「答えろよ」
そう言って、正面を向いたカンナを見て、気付く。
「あの血はカンナの?」
彼女は右手から血を流していた。ぼくはてっきり、通学路の血を青春のものだと思い込んでいたが、青春は当然、血など流さない。
「やられたの?」
「血が、止まんないんだよ」
右手を抑えていた手を開き、ぼくへ見せつける。よっぽど深い傷なのか、赤い液体はどぽどぽと滴った。
「見せて」
ぼくは彼女の手を取り、そこへ顔を寄せる。
「私、このまま死ぬのかな」
十四歳の少女が見せる涙。かすれた声は脆く崩れ、冬の空気の中へ流れていく。
「大丈夫、ぼくが殺させない」
ぼくはその傷口へ口を付け、カンナの血を舐めた。
青春はただでは転ばない。殺した人間を殺し返す。青春のつけた傷は、一生消えることがない。青春は、人を殺すことを何とも思わない。
溺れろ、青春。その青さに身を巻かれ、溺死してしまえ。息もできない牢獄の中で、奴隷同士、苦しめ合って、共喰いで消えていく。
ぼくの口からは、収まり切らなかったカンナの血が溢れる。
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