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ヨルシカ『盗作』の楽曲で描かれる時の流れ

元から好きだったが、今回のアルバムで完全にヨルシカに惚れ込んでしまった。特に今作は「音楽泥棒の自白」から「花に亡霊」まで曲順通りに聞くのが、自分は大好きだ。主人公である音楽泥棒の人生が曲順に反映されているのはもちろんだが、その上に一日の時間の流れを表現する情景が重なるからだ。

太陽が照らす、エネルギッシュな昼

イントロ「音楽泥棒の自白」が終わると、いきなり「昼鳶」の独特なスラップ奏法のサウンドが飛び込んでくる。曲名にも書かれているが、このエネルギー溢れる曲調は「昼」の表現だ。続く「春ひさぎ」では「陽炎や」という歌詞が特徴的だ。スウィングのリズムで表現される揺らぎが、陽炎のゆらゆらとした感じに重なるのは自分だけだろうか。従来のヨルシカでは涼しさを感じる曲が多かったが、「春ひさぎ」は暑い。かっこいい。

その後の「爆弾魔 - Re-Recording」や「レプリカント」は今までのヨルシカらしい、疾走感のある曲調になっている。流れるようなエレキギターと軽快なリズムから、青空の下を走り抜けるような清々しさを感じる。この2曲に挟まれているインスト曲が「青年期、空き巣」だが、まさに「青年期」にぴったりだ。なお、このインスト曲では「朝」というクラシック曲のメロディが引用されているが、ポップなアレンジのおかげで昼間らしい活気の良さを感じる。「朝」の原曲を聴いて比べてみると良い。クラシックの方は間違いなく「朝だ〜!」と感じると思う。

「花人局」はお酒を飲み過ぎた翌日、昼下がりに気怠さを感じながら起きるイメージだろうか。愛する者のことを思い返す、寂しさを含む曲になっている。時の流れを表す歌詞もしっかりと入っている:

誰も来ないまま日が暮れて
夕陽の差した窓一つ
何も知らない僕を残して

夕焼けをじっと待っている

日は傾き、場面が夕方に突入していく。
n-bunaさんも公式インタビューでこの曲が「転換点」だと言っている。

人生を回想する夕方

落ち着いた曲調の「朱夏期、音楽泥棒」が終わると、いよいよ本アルバムのメインテーマを描く表題曲、「盗作」が来る。

「盗作」の歌詞には括弧がつく部分があるが、これはインタビュー形式で音楽泥棒が自身の人生を振り返るような形になっている。自分の心の中にある穴を満たすために音楽を盗むようになったと、彼は告白する。人生の中盤から終盤に差し掛かりつつある音楽泥棒と、日が沈みつつある夕方の景色が重なる。

「思想犯」ではその夕方の景色が存分に表現されている。
暗い感情と低音が特徴のBメロを通して曲は着々とビルドアップし、「君だってわかるだろ」というストレートな歌詞でサビの爆発を迎える:

烏の歌に茜
この孤独も今音に変わる
面影に差した日暮れ
爪先立つ、雲が焼ける、
さよならが口を滑る

歌詞とsuisさんの感情的な歌声とが相まって、美しすぎる眩しい夕焼けが脳裏に浮かぶ。アルバムの中ではやっぱりこの曲が一番好きかもしれない。

「逃亡」では曲調が打って変わり、ジャズ風になる。先の2曲で音楽泥棒の感情が解放された結果、落ち着いた曲調になっているのだろうか。時間帯についても「夜が近づくまで/今日は歩いてみようよ」という歌詞があるように、日が暮れ始めている。「花人局」が昼から夕方への転換点であったならば、「逃亡」は夕方から夜への転換点であろう。

なお、初回生産限定盤の小説『盗作』を読むと「逃亡」の歌詞がまた新たな意味を帯び、聴いている方としては胸のつまる思いがしてくる。
小説を読むと曲の印象がまた少し変わるので、まだ限定盤を買ってない方、オススメですよ。

純粋な夏の匂いがする夜の歌

「幼年期、思い出の中」については、n-bunaさん本人がインタビューの中で

この曲は原っぱで寝っ転がりながら夕暮れを待っているという情景をイメージして作った曲ですね。メロディもコードの使い方も、夕暮れ感のある曲です。

と述べている。これ以上言えることはあまり無いが、この後に続く「夜行」「花に亡霊」に向けて気持ちを切り替えてくれる、心地よいインスト曲になっている。

「夜行」は夕暮れから夜に向かう曲だ。これもn-bunaさん本人が言っていることだが、この夕暮れは子どもから大人になっていくことや、人生の終わりに向かっていくことを表している。音楽泥棒の人生も、終わらないにせよ集大成を迎えようとしている。

この曲については歌詞の語感がとても良い。「はらはら、はらはら、はらり/晴るる原」ではハ行・ラ行の音が、「波立つ夏原、涙尽きぬまま/泣くや日暮れは」ではナ行の音がリズミカルに繰り返されていて、ハンモックに揺られるような穏やかさを感じる。ヨルシカは暑い夏も、爽やかな夏も、癒されるような夏も全部表現していて、感嘆する。

アルバムのラストを飾るのは「花に亡霊」だ。星空の煌きのようなピアノをバックに、suisさんが優しく語りかけるように歌っていて、童心に帰ったような純真さが綺麗に表現されている。この曲が持つシンプルな美しさとは裏腹に2回目のサビ直後のギターソロは技巧的で、アルバムのフィナーレにふさわしい盛り上がりになっている。

こうして、音楽泥棒の人生は「夜」を迎える。
普通であれば "夜=犯罪" という結びつきになりそうなものだが、n-bunaさんはむしろ夜を純粋で美しいものと捉えている。独特の感性が見事に表現されていると思う。
(そういえば、「月光ソナタ」も美しい夜の曲であろう。)


結び

長い記事をここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
note初投稿となった本記事では、ヨルシカの最新アルバム『盗作』の中の時間に関する表現を考察してみた。
一日の情景を思い浮かべながら収録曲を順番に聴くのも一つの楽しみ方ではないだろうか。ぜひ試してみてください。

(引用したインタビューは、上記の特設サイトに載っています)

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