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月と陽のあいだに 217
落葉の章
追憶(1)
夫の遺骨を抱いて邸へ戻った白玲は、床から起き上がれなくなった。
流産の傷も癒えぬままに、冷たい仮墓所で寝食を忘れて過ごした時間が、白玲の体を蝕んだ。何より、深い後悔が白玲の心を切り裂いた。こんなつもりではなかったのに、と。
白玲は心も体もボロボロのまま、薄暗い部屋の中で夜も昼もなく、眠るともなく横たわっていた。
火葬場での出来事を知った皇帝は、白玲を片時も一人にしないよう命じた。ニナとアルシーと親友のハンナはもちろん、侍女たちが交代で付き添っていた。
シノンに諌められてから、白玲は進んで命を経とうとはしなくなった。けれども、用意された薬湯や食事をほんのわずかしか口にせず、ゆっくりと死を待つ人のように、日に日に痩せ細っていった。
時おり思い出したように泣き出す。夜中に起き上がっては、よろめきながらネイサンの寝室へ向かう。そして誰もいない寝床で、夫の衣を抱きしめて眠った。
薄暗い邸内をさまよい歩く白玲は、さながら生きた幽霊だった。
白玲は、その日もネイサンの床で目を覚ました。すでに昼近いのか、窓の分厚い緞帳の隙間から、細い光が差し込んでいた。ふと耳を澄ますと、隣の書斎から微かな物音が聞こえる。
「あなた?」
白玲は、衣を抱いたまま起き上がった。
書斎に続く扉をそっと開けると、小柄な男が白玲に背を向けて立っていた。机の上の書類を整えていたようだった。
「あなたは、誰?」
闇に慣れた目には、窓から差し込む光が眩しい。目を細めたまま、もつれる足で近づくと、メガネをかけた男が振り返った。
「やっと来たね。白玲」
トカイだった。トカイは、ネイサンが皇籍に復帰する時、請われて秘書官になった。そして、ネイサンの生前はその日々の仕事を支え、主亡き後はそのまま邸に残っていたのだった。
机の上には書類が広げられ、まるでつい先ほどまでネイサンがここにいたかのようだ。
さあ、と手招きされて、白玲は机の前に座った。
「殿下は、愛馬に鞭を当てて飛び出していかれる直前まで、ここでその日の執務の準備をされていたんだよ。ここは、あの日のまま。埃を払っては、殿下が使われたままに戻しておいた。
どうしても君に見て欲しくて、ずっと待っていた」
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